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鈍色レメゲトン  作者: 畑中真比古
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ブックマン②

「あいつら、グリモアにしようと思う」


 風太ふうたがひとりきりになってから最も静かな夜、膝の上で目を瞑るクロにそう伝えた。


「……わしらのために?」


 しばしの沈黙の後に、体を丸めたまま黒い猫は投げかけた。

「ちげえ。こりゃ多分、俺のエゴだなあ」


 疲れた毛並みを慰めつつ、風太は無表情だった。


「……そう。それならいい」


 猫はもぞと動いて体を風太にそわせると、静かに寝息を立て出した。


◆◆◆


「伝えた通りだ。こいつらをグリモアにすんのは俺だ。ブックマンっつーんだろー?」


 風太は自分を親指で差しつつ、挑発的におどけた表情を作った。


「ご作法を教えてくれよ」


 茄子なすは優しい目尻のまま頷いた。風太から申し出がなくともそう勧めるつもりだった。茄子もかつては蓬莱とこよで育ち、その消滅を目の当たりにした男だった。


 里を失い、神を失う辛さを誰よりも知っている。だからこそ風太にはグリモア化を通して神を感じてほしかった。


 肩にかけていた鞄から2冊の本を取り出す。図書館の貸し出しでさえ疑似現実トロメア上で検索して書籍の電子データを取り寄せるご時世に、時代錯誤も甚だしい羊皮紙で作られた本だった。


 使い勝手や生産面では紙にも大きく劣る代物だ。しかし、ただの役立たずの骨董品などではもちろんなく、縫本衆ほうぼんしゅうが作るグリモア化に最適とされる逸品だった。


 茄子はそれぞれのシジルとともに白地のグリモアを台座に置き、風太を手招きした。


「僕は実践型でね。早速やってみましょうか」


 そう言い、風太の両手に妙鉢みょうばち――仏具のシンバルと化した【双石そうこく】を持たせた。


「本はどうすんだ?」

「出番はもう少しだけ先です。【双石】と対話ができないことにはね」

「ん、対話?」


 そんなこと言ったってよ、と風太はたじろいだ。長戸ながとたちとの戦いで【夢見むけん】がシジルと化してから、何度も握って話しかけた。


 もしかして【夢見】が元に戻るのでは、と好きな風呂に入れてみたり、抱いて一緒に寝てみたりと健気に色々試していたのだが、結局は刀。


 【夢見】の断片すら感じ取ることができなかった。それはおそらく【双石】だって同じだろう。


「ただしジンを介して。さあ、早速始めましょう」


 茄子はベッコウ眼鏡の奥を楽しそうに細めた。風太の背後に回ってその背中に手を置く。


「風太君、まずはジンを操作してみましょう」

「ジンの操作ぁ?」


 黄昏たそがれに襲われた夜、風太は【夢見】を振り回し魔術を使ってみせたが、それは意図したものではなかった。


 例えるなら、格闘ゲームをしたことのない子どもがボタンを適当に押していたら、たまたま必殺技が飛び出したようなものだ。


「今から風太君に僕のジンを送ります。体内を巡らせるのでその流れを感じて下さい」


 そう言うや、茄子はゆっくりと体内にジンを巡らせながら風太の呼吸に同調していった。風太の肺が満たされるときは小さくジンを引き、息が吐き出されるのと一緒にジンを風太に送り込む。


「どうですか? わかります?」

「おお。なんかすげえ元気が出る感じするぜえ」

「僕のジンが体内にあることで、風太君自身のジンも鮮明に感じ取れるはずです」


 風太は自分の腹に力を込めてみると、確かに茄子のものとは違う、当たり前のように自分の内にあるジンに気がついた。


「僕のジンと追いかけっこしましょう」


 茄子は若きブックマンの無意識下でのジンの巡りを感じながら、その指向性を定めさせようとして風太の体内で自分のジンを泳がせた。


「なんか体ん中でメダカが泳いでるみてえ」


 風太は楽しそうに茄子のジンを追いかけるが、そのジンの動きは辿々しい。


 ジンを操作しシジルと交流するのは風太自身でなければならない。その感覚を掴ませるために茄子は過度の干渉はしないつもりでいた。


 初めて自転車に乗る子どもの荷台をそっと支える親のように。向かう先を定めペダルを漕ぐのは風太でなければならない。


(おや)


 支える自分の手以外に、何者かの干渉、風太のペダルを漕ごうとする力を感じた。それは四方八方に分散し、風太の足運びを邪魔しているようにも感じる。


 握る【双石】の影響だろうか、風太のジンに寄り添うようにクロと【双石】のジンも混在していた。


(なるほど)


 白狩背しらかせでの戦闘で、風太は怒りに任せ強大なジンを操った。ブックマンの資質があるとは言え、それはクロと【双石】の神性な繋がりがあるからこそ可能だったのだ。しかしブックマンとしてひとりで立つにはただの過保護な枷にすぎない。


 茄子は風太の足元に立つクロに視線を送ると、どうやら聡い神は全てを承知したらしい。合祀で繋がり自体は断てないものの、2柱のジンが出力を弱めるように萎んでいく。


 萎む2柱のジンに反比例して風太の操作性が上がっていく。


(うん。やはり勘がいい)


 風太のジンが茄子のそれを捉えて、滑らかに体内で循環し出す。ハンドルの切り方、体の重心、車体を立てるための推進力、そうしたものを感覚で覚えるように、臆さず適切な方法を探り出している。


「いい感じですね。操作に慣れたら、次は自分のジンを【双石】に送ってみましょう」


 ジンを【双石】へ。風太は体を巡るジンが掌に集まるイメージを描いた。【双石】を握る手が徐々に熱を帯びていき、その高まりが【双石】へと伝播していく。


「うん、その調子です。風太君のジンが【双石】に染み入ってる」


 風太自身、自分のジンが【双石】を満たしていく感覚をはっきりと自覚した。握る紐から垂れ下がる房へ、そして銀の月のような盆を包んでいく。しかし【双石】はなんの反応も示さない。


「そう、シジルは無口でとても鈍感だ。ちょっとやそっとのことじゃこちらを見向きもしてくれません」


(無口で鈍感だと? おい【双石】てめえ、ぶってんじゃねえぞーこら)


 白狩背で目覚めてからずっと一緒に過ごしてきたのだ。シジル化したからといってら今さらこんな他人行儀はないんじゃないだろうか。


(ハゲこら、シカトかおい)


 風太はだんまりを決め込む口うるさいはずの大入道に毒づくが、ねちっこい小言は微塵も聞こえてこない。


「ハゲではない。これは剃髪と言って俗世の苦しみから開放される第一歩であって、放っておいても生えてくる髪を煩悩と同一視して剃っているのだ。はあ、風太。表層だけを見て他人をけなすなんて見下げた性根だね。拙僧は悲しいよ。だいたいお前は――」なんて風太が逃げるかキレてどなり出すまで延々と続けそうなものなのだが。

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