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鈍色レメゲトン  作者: 畑中真比古
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葉山風太④

(火室ひむろたちはまだ来ないか)


 風太ふうたに秘密を明かしながら、疑似現実トロメア内で仲間に自分の座標と救援要請を送っていたのだが、今のところ反応がない。


(ちっ。まあいい。ダメージはだいぶ回復した)


 たちばなは無表情の風太を注視しながら、地面に落ちているグリモアをゆっくり手繰り寄せた。


「どうした風太? ショックで声も出ないか」


 卑しい笑顔を浮かべつつも、警戒は切らさない。この期に及んで風太を軽視するほど橘も間抜けではなかった。と、そのとき風太の喉がわずかに震えた。


「うん?」


 何かしゃべっているようだが聞き取れない。


 しかし橘は風太の反応には概ね満足していた。きっと戦える精神状態ではないはずだ。これなら自分ひとりでも仕事をこなせる。


 そんな橘の思惑を嘲けるように、無表情だった風太の闇夜に三日月がかかった。溢れる気持ちを抑えようとしているのか、口端を吊り上げ震える声を響かせる。


「それじゃーさー、俺を殺したクソ野郎どもによぉ、感謝しなきゃだなぁ」 


 目は地平を描き、木の葉が朝露を滴らせるようにその目尻は垂れ下がった。


「おかげでよぉ、親父の息子に生まれ変われたんだからなぁ」


 自分の悲劇性に直面し、風太は怒るでもなく悲しむでもなく、あろうことか晴れやかに破顔した。


「ずーっと気になってたんだ。家にゃ俺の小せえときの写真なんて一枚もねえしよぉ。親父に記憶がねえ時期の話聞いても、なんかはぐらかされんだよな。……ははっ、全部繋がったぜぇ」


 橘の放った渾身の秘密は、風太自身が切実に望んだ自分の空白を埋める答えだった。5歳以前の自分を知ろうと伝蔵に尋ねても満足な答えは帰ってこず、家に痕跡を求めてもそれらしいものは何もなかった。


 何か隠されている気がする。漠然とした不安が具現化することはなかったけれど、意識の隅っこに居座り続けた。


 伝蔵でんぞうが死んだことでついに曖昧模糊とした疑惑とも言えない不確かな何かは、風太の中から消え去る機会を失った。そう思っていた。


「またあんたに感謝する日が来るたーなぁ。おかげですっきり快便だぜぇ!」


 確かに伝蔵は隠していた。里の皆もそうだったろう。だがそれは風太に不要な傷を負わせないためだったのだ。


「ま、待て」


 ギラッと笑う風太を前に、橘はずりずりと尻で後ずさる。なんでこいつは笑っていられるんだ。こんなはずじゃなかった。


「センセーよぉ、大サービスだぜ。峰打ちで勘弁してやらぁ」


 心の枷が外れたからか風太を廻る疫災のジンは勢いを増し、握り直した刀から柱のように噴き上がった。


 シジルから直接力を引き出し扱う風太と、呪文を唱えることでグリモアに保存した神の力を行使する橘とでは、初動から攻撃に至るまでの速度で圧倒的に橘が不利だった。


 本来術師は後衛に構え、ジンに鈍いナノンの肉壁や魔具使いのリュカオンに前衛を任せながら戦うのが基本だ。ブックマンと言えど術師の範疇。魔具使いの機動力と術師の破壊力を併せ持つ風太は、それを逸脱する規格外の狩人だ。


 が、その能力を目覚めさせたばかりの狩人に、修羅場で練り上げられた獣の火槍が襲いかかる。風太の復讐の舞台に突然現れた火室は、幻想の最中、何者かと戦っていた。


◆◆◆


 ひとりで肉をつついていると突然鱗で石が弾けた。


(あん?)


 周囲を見渡すが誰もいない。


 じゅうっ。


(に、肉が)


 今度はBBQの網に水がぶち撒けられる。


「トカゲが餌、食ってるぞ」


 気づけば黒い影が火室を取り囲み、指を差し、好奇の目を輝かせ、せせら笑っている。


「箸なんか使ってやがる」

「人間様の真似事が上手だな」

「ほら、お前はこれで十分だ」


 コオロギを何匹も串刺しにした竹串が投げつけられた。


「はははは。ほら、何してんだ。お前のために準備してやったんだ。食えよ」


 影は膨らみ、地面のコオロギを食わせようと火室の首筋を掴んで地面に押さえ込もうとする。


(ふ、ふざけるな)


 口の端がコオロギと土に擦りつけられ、ぬるっとした虫の汁が頬を汚す。怒りで握り締めた箸が愛槍に変わっていた。


「俺がトカゲならお前らは薄汚ねえ猿じゃねえかっ!」


 地面を跳ね除け、ハルバードの横一閃。影どもは胴から切り裂け燃え上がった。しかし消えたそばから新たな影が次々と湧き出て、火室を罵倒し嘲り笑う。


 火室にとってはいつものことだった。変わり映えのない悪意、くだらない連中がもたらすくだらない日常。ただリュカオンとして取り込んだベースの影響が強く外観に出ているだけなのに。中身はナノンともヒュームともなんら変わらない人間なのに。


 彼らは火室とその家族を奈落に突き落とした。


「……いいぜ。まとめてヒヨリの元に送ってやる! 死んであいつに詫びやがれっ!」


 向けられる悪意をやり過ごすことは、とっくの昔にやめた。それらすべてを心に焚べて、復讐の炎火で焼き払う。それが彼を蔑む者に対する火室の流儀だった。


「うらぁーっ!」


 垂れ流される悪意に追いすがり突き刺し斬りつける。永遠に止むことのない戦いに鱗の体を舞い踊らせた。

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