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07


侍女頭のエマは昨日、厄介者を三人も片付けて気分が良かった。


坊っちゃんを傷付けた元妻の子供。見るのも嫌だった。

汚らわしい元妻にそっくりな顔。ニコラが気に掛けなければ、どこかに捨てて置いたものを・・・


それに、ニコラが新しく拾ってきた女。あんなのを大事な坊っちゃんの妻にするとは、何たることでしょう。

坊っちゃんがあんなにお怒りになるのは尤もだわ。

それにしても・・流石は料理長。ニコラがいない間にまともなご飯を与えないとは。

優秀な彼のお陰で、女は本館から出ていったわ。


ついでに役立たずのジゼルも、あの女に協力した咎で放り出せた。


今日は久しぶりに空の空気も、屋敷の中もとても澄んでいるわ。


ー・・彼女は朝の清々しい空気を、肺にいっぱい吸い込んだ。



◇□ ◇□



アシルがパタパタと可愛い足音を立てて階段を降りて来る。

「アシル、おはよう」


呆けたようにリュシーを見つめたアシルがハッと思い出したように下を向く。


「・・リュシー・・・おはよう」

恥ずかしげに、朝の挨拶を言うアシル。

キッチンで朝御飯を作っているリュシーの近くに来ると、とても嬉しそうに話す。

「ふふ、朝から挨拶できる人がいるって、楽しいね」


あんなに沢山の人達がいたのに、挨拶すらしてもらえなかったのか。

リュシーは朝日でキラキラ光るアシルの瞳を見ながら、喉の奥から怒りの言葉が出そうになるのを堪え、出来るだけ普通に話した。


「そうね、特に挨拶って大切よね。さぁ、次は『いただきます』を言うための準備をしましょう。先ずは顔を洗って来てね。それからご飯よ」


アシルは目をギュッと力一杯瞑った後に、パアッと目を開いた。瞬きしても消えないリュシーに安心したのか口許を緩ませた。


「どんなに目を閉じて開いても、この空間は消えないんだ」

現実のリュシーを触って確かめてから、アシルは顔を洗いに行った。

アシルを洗面所に見送ってから、リュシーは鼻をグスッと言わせた。



「それにしても、ジゼルはどうしたのかな? 今日はお休みだったのかしら?」

いつもなら、朝食の準備を始める頃には、来てくれていたジゼルが姿を現さない。


コテージのドアに付けられた、可愛い鈴が来客を知らせた。


「はーい」

玄関の鍵を開けに行くと、ジゼルが立っていた。


「今日は遅くなってすみません。朝、用事で・・」

俯き加減のジゼルは、まともにリュシーの顔を見ようとしない。


ジゼルのお仕着せにはいっぱい藁が付いている。

それに髪の毛もボサボサだった。


「ジゼル? どうしたの? 何があったの?」

「いえ、何でもないです。朝の洗濯をしてきます」


ジゼルは顔を合わせないまま、洗濯場に行ってしまった。

アシルが洗面を終えて、ダイニングに戻ってきたので、リュシーは取り敢えずアシルの朝食を用意した。


大きめのクロワッサンを上下に切って、そこにレタスとトマト、ベーコンを挟む。

それにコーンスープを付けた。


顔と手を洗ってテーブルに着いたアシルはゴックンと喉を鳴らす。


「もう、お腹がペコペコなのね。じゃあ、頂きましょう」

「うん、頂きます!」


大きなクロワッサンを小さな手で持ちにくそうに、でも大事に崩れないようにそっと口に運ぶ。


目を輝かすアシル。

お目目がピカッと光る。

その後、お顔がフニャッとなる。


分かりやすいリアクションで、「美味しい?」と聞かなくても充分に見て取れた。

アシルはスープ、パン、スープ、パンを繰り返し、最後にグググッとお水を一気に飲み干し、「ごちそうさまでしたー!」

満足そうに、お腹を擦る。


「食べ過ぎたの?」

「ううん。この美味しさを忘れないようにお腹を擦っていたの」


愛おしさが募るわー。リュシーは心のカンバスにお腹を擦るアシルを書き写した。



朝食を食べ終わると、ジゼルを探す。

昨日、コテージの裏に紐を張って、洗濯を干せるようにしておいたのだが、そこにジゼルがいた。


そっと伺い見ると、ひどく泣いた後なのか、目は赤くなっている。

目の下には、はっきりと隈が出来ている。それに頬がうっすらと赤く、腫れているように見える。


(誰かに叩かれたの?)


リュシーはそっとコテージに戻って考える。

今日のジゼルの服は藁がいっぱい付いていた。しかも昨日、掃除した服のままだった。

着替えてない? それとも。着替えられなかった?


考えれば考えるほど、居ても立っても居られなくなったリュシーは、ソファーで本を読むアシルに留守番を頼んだ。


「アシルにお願いがあるの」

アシルはリュシーの言葉に、顔を綻ばせて次に言葉を待っている。

「私は今から本館に行くから、私が帰ってくるまでジゼルをここで引き留めといて欲しいの」


「うん、分かった。リュシーのお手伝い、頑張るね」


今日も可愛い眩しい笑顔で、リュシーに元気を与える。


「ありがとう、アシル。頼んだわよ」




アシルにジゼルの事を任せて、リュシーは本館を通り過ぎて、従事者専用棟に向かう。


そして、人の良さそうな侍女を探す。侍女頭派の侍女が居るのは知っている。それは絶対に避けなければ! 


しっかりした感じの侍女に見当をつけて、ジゼルの事を尋ねた。

リュシーに引き留められた侍女は回りを見渡して、他に人が居ないのを確認して、教えてくれた。


「えーと、あなたに言うのは気が引けるんだけど、ジゼルがこの棟を追い出されたのは、あなたとアシル様に関わった所為なの」


「え・・・? 追い出された? いつ?」


「ああ、それも知らなかったのね。昨日ジゼルはあなた達とコテージに住むのを手伝っていたでしょう? それを見咎めたエマ侍女頭が、言いつけを守らなかったって難癖をつけて、罰で従事者専用棟から追い出したのよ」


「言いつけって?」


侍女は言い辛そうにしていたが、話してくれた。


「あなたをこの公爵家から追い出すように仕向ける事です。微笑み掛けない。話し掛けない。手伝わない。この『3ない』を守る事よ」


「なにそれっ?!」

リュシーは昨日に引き続いて、またもや怒りで頭の芯が熱くなった。


「だったら、あなたも危ないのね? ごめんなさい」

リュシーは目の前の侍女が、自分に話してくれた事で、また住まいを追い出されないか心配になった。


「あなたはいい人ですね」

侍女はリュシーが今までの貴族の令嬢達と違って、使用人にも気遣ってくれる心の持ち主だとわかってホッとして微笑んだ。


これでこの侍女は三つともエマの掟を破った事になる。


「私は、大丈夫です。それよりもジゼルは私の妹分で可愛がっていました。だからどうぞジゼルを宜しくお願いします」

侍女はリュシーに頭を下げる。


「あなたの妹分のジゼルは、私と一緒に池の畔のコテージに住んで貰います。たまに顔を見せに来てあげてね」

リュシーは自分と話していることが、侍女頭のエマに知られないように早く立ち去った。


(ここの人達の迷惑にならない様に、話し掛けないようにしよう)

寂しく思ったが、仕方ないと諦めた。

でも、このリュシーの気持ちはしっかりと侍女達に広がっていく。


コテージに戻ったリュシーは、ぼんやりと部屋の掃除をしているジゼルに声を掛ける。


「ジゼル、少しお話があるの。ここに座って」

ソファーを指すとジゼルはおずおずと座る。


「昨晩、あなたはどこに居たの?」

リュシーの質問にジゼルの肩が、跳ねる。


「・・・」

従事者専用棟を追い出されたと言えば、ここにも来れないかもしれない。

そう思うとジゼルは、本当の事が言えなかった。


「ねぇ、もし行くところがないなら、このコテージで一緒に住まない? あなたが来てくれたら心強いわ」

リュシーの申し出に、ジゼルは顔をあげる。その目には涙がたまっていき、容量を越えた涙はポロポロとジゼルの頬を伝った。


「泣かないで」

幼い声がジゼルを慰める。

アシルがジゼルの横に座って、優しく背中を撫でる。


「ごめんなさい。私はアシル様に何もしてあげられなかったのに・・全然優しくなかったのに・・・本当にここに居ていいのですか?」


「うん、いいよぉ。きっと楽しいよね」

明るい顔で元気に返事をするアシルに、またジゼルの涙が溢れた。


「よし、これで決まったわね。それでは、ジゼルの部屋を決めましょ」


「いえいえ、この素敵なコテージの中に私の部屋をなんて・・・恐れ多くて・・私は玄関で寝起きさせて頂きます」

腫らした目蓋を見開いて、手を大きく横に振る。


「そんなの駄目だよ。僕が部屋を決めて上げるから、二階にいこう」

アシルがジゼルの手を引く。

戸惑っているジゼルを連れてアシルは階段を上がっていく。


リュシーは微笑みそれを見送った。


二階の二人の微笑ましい会話が聞こえてくる。

「この部屋はどう? とても日当たりがいいよ」

「こんな立派な部屋を使わせて頂くなんて出来ません」


「じゃあ、この部屋はどう? 部屋の壁の色が薄いピンク色で、ジゼルにぴったりだよ。この部屋にしようよ。うん、この部屋に決まりだね」

アシルが街の大家さんのように、仕切ってジゼルの部屋を決めていた。


きっとジゼル一人では、遠慮して部屋を選べなかっただろう。


リュシーは早速、朝食を食べていないジゼルのために、アシルが食べたクロワッサンを用意をする。


一階に降りてきたジゼルをテーブルに座らせ、朝食を置いた。恐縮して食べようとしないので、アシルにジゼルを食べるように応援してあげてと頼むと、アシルは、ジゼルの横で、「食べられないの? 僕が食べさせてあげようか?」と一所懸命に食事を促していた。


その間にジゼルの布団を干して、ふかふかにしなければ!


昨日はどこで寝たのか分からないが、あの目のしたの隈から殆ど睡眠は取れていないだろう。

ジゼルの部屋を綺麗に掃除して、一階に行くと、アシルの応援のお陰で、ジゼルは朝食を食べ終わっていた。


ジゼルにベッドで寝るように言ったが、朝食を食べて覚醒したのか、または安心してやる気が出たのか。

ともかく元気ならいい。




夕御飯を食べて、三人で寛いでいると、コテージのドアが小さくこんこんと鳴る。

とても控えめな音だたので、風の音かと思ったが、再びこんこんと鳴る。

現在このコテージを訪ねようなんて思う人はいない筈。

リュシー達は恐る恐る聞く。

「誰ですか?」


「ソレーヌです。ジゼルが心配で様子を見に来たのですが・・ジゼルは大丈夫でしょうか?」


ジゼルの顔が、安心と嬉しさで綻ぶ。ドアの前には、リュシーが朝話した侍女が立っていた。


「ジゼル、大丈夫なの?」

ソレーヌはチラリとリュシーを見る。


「ソレーヌ、心配を掛けてごめんなさい。でも大丈夫です。今日からこのコテージで住んでもいいと仰って頂けたので、安心して」

ジゼルの元気な様子に、ソレーヌはホッと安心した。

「はい、これ。ジゼルの部屋にあった荷物と着替えを持って来たわよ。エマがいるから、取りに来れないでしょ?」


「まあまあ、そんな玄関で立ち話もなんだし、どうぞ中に入って頂戴。お茶でも淹れるわ」

リュシーが、中に入るように勧めたが、ソレーヌは遠慮して鞄だけジゼルに押し付け渡すと、手を振って、さっと暗闇に消えて行った。


やはり、侍女の多くはソレーヌのようにさっぱりとした気のいい侍女ばかりなのだ。


ここでの生活は、そんなに住みにくくはないかも知れない。

リュシーは少しだけ、展望が開けたような気がした。


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