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05


リュシーは、ニコラの説明でクロードの事は想像していたが、想像を遥かに越える失礼さだった。


クロードに罵倒され、舌打ちまでくらって、最後に他の女の所に行くと言って出ていかれた。


そのクロードを、リュシーは振り返らず、そのまま立ち尽くした。

怒りとこれからの不安で、身動きが取れなかったのだ。


だが、これが使用人には、主を怒らせた癖に動じない悪女と認識されてしまう。

元々ここに来る女性は、公爵家の金目当ての女性しかいなかったから、今回もそんな類いだと思われたのだ。


当の本人は、クロードの仕打ちに膝から崩れ落ちて、涙がこぼれそうだったが、ここで泣くと負けだと歯を食いしばって堪えていただけなのだが・・・。


使用人がバラバラと自分の持ち場に戻って行くと、ようやくリュシーは固くなった体から、力を抜く事が出来た。


「奥様、では夫婦の寝室にご案内致します」


ニコラがたった今起こった出来事をなかったように、普通に夫婦の部屋へ連れて行こうとする。

ニコラにとっては予定の範囲内の出来事だったらしいのだが、リュシーにとっては、計り知れないショックだった。


「ニコラさん、見てました? 私が夫婦の寝室に行ける訳ないですよね?」

リュシーが無理無理と手を振って全力で断る。


きっとリュシーがそのベッドで寝ていれば、帰ってきたクロードに叩き出されるのは容易に想像出来る。


ニコラは文句を言いながら、空いている客室を侍女に用意させた。


「やっと座れた・・・」

疲れきった体で椅子に座ると、背骨で体重を支えるのも億劫に感じる。

一悶着あったが、無事? 公爵の屋敷で住む事になった。

無論、前途多難だ。


(この屋敷からすぐにでも追い出されそうだわ)

今は帰る家もない。だが、いつも何とかやってきた。

ここで、恐れてこの部屋に引きこもるのは悪手だ。

撃って出る、それが今まで自分が生きてきたスタイルだ。


リュシーは、座っておきたい体を無理に立たせて、再び奮起した。

不安はあるが、ジゼルに頼んで屋敷の案内をしてもらう。

先ず、人との関係は挨拶だ!

行き交う使用人に挨拶をしよう。


最初に屋敷の端にあるリネン室と食料庫。ここには侍女が沢山いるが、リュシーと目が合うと皆、背を向けて逃げてしまう。


挫けないわと、次は調理場に向かう。

ここでもリュシーが挨拶をしても、皆押し黙ったままだった。


広い屋敷を端から端まで歩いたが、誰一人リュシーに声を掛ける者はいなかった。


案内していたジゼルが最上階の五階の端で、足を止めた。

本館は凹の形をしている。その一番右の奥は不自然に暗く、部屋も使っている様子がない。


さらに奥に行くと、不自然な形で天井から梯子が伸びている。

「この天井梯子は、ずっと出しっぱなしなの?」


リュシーが聞くとジゼルが慌ててこの場所から離れようとする。


「この上は私達は立ち入り禁止になっているので、行けません。おくさ・・リュシー様もここから離れて下さい」


ジゼルの顔が曇るのを見て、何を隠そうとしているのかしら? とリュシーが頭を傾げる。

ああ、そうだ!! ここでアシルという男の子の存在を思い出した。


青ざめて少しずつ後ろに下がっているジゼルを、引き留めようと話す。

「ジゼルは私の事を『おくさ』と言い掛けて止めるけど、もしかしたら『奥様』と言おうとしているのかしら?」


「はい・・でも侍女頭のエマさんから、決して『奥様』とお呼びしてはいけないと言われてて・・・」

ジゼルの声が最後はほとんど聞こえない程小さくなる。


「そう、呼ぶなと言われているのね。・・・でも、実際に私は『奥様』なのよ。つまりアシル君は私にとって義理とはいえ息子なの。きちんと挨拶したいわ」


どんなに説明をしてもジゼルは不安そうだ。私をこの上の部屋に案内するとジゼルがお仕置きを受けるのだろうか?

リュシーはここでジゼルに他のお願いをした。


「今から天井裏に行った事は、あなたは知らなかった事にして頂戴。それから、ジゼルは私の夕御飯を早めにして欲しいと頼まれて、私から離れていたというのはどうかしら?」


リュシーが微笑むと、ジゼルはやっと頷いてくれる。


ジゼルが下の階に降りて行くのを見て、リュシーは天井裏の下ろし梯子を登っていった。


屋根裏はだだっ広くて、がらんとしていた。

本当に子供がいるのかしら?と疑いたくなる。


採光と通気の為のドーマー窓が五つ並んで見える。

一番奥の窓近くに、小さなベッドが見える。

薄暗い屋根裏部屋は埃っぽくて、物音一つしない。

リュシーは何だか恐ろしくなって、独り言のように小さな声で尋ねた。

「あのー・・誰かいますか? いたら、返事して欲しいなぁー」

実際広すぎて、もっと大きな声を出さないと聞こえないのだが、心もとなくて小さくなる。


遠慮がちに近付き、ベッドのところに来たが、誰もいなかった。ベッドの横には小さな本棚があり、五冊だけ絵本が置いてあった。


どの本も何度も読んだのだろう。ボロボロだった。

リュシーはこの光景に胸が痛んだ。

小さな子を、こんなに暗くて何もない所に一人で放置させておくなんて・・・


小さなベッドに綺麗に畳まれたパジャマは見るに忍びなかった。


「そこにいるのは誰?」


リュシーの後ろから、怯えた声がした。

見ると、お人形のような可愛い男の子が、距離を置いて立っていた。


金髪は夕日を受けて輝き、青い目は大きく見開いていた。


「えーと、アシル君?」


コクンと頷く。


「私はリュシーと言います。今日からここでお世話になるので、ご挨拶に来たの。どうぞ宜しくね」


コクンと頷く。


「あの、アシル君はここで生活しているの?」


コクン。


「食事や、お風呂とかはどうしているの?」


「・・・ご飯はここにニコラが持って来てくれる。いない時は他の人が・・・お風呂はみんなが使わない時に入る」


喋ってくれた事にほっとしたリュシーは、更に質問を続けた。


「昼間はここから、出てお庭とかで遊んだりしてるの?」


「僕と会ってもみんな、見えてないみたいにするから、怖くてずっとここにいる」


その経験、リュシーには心当たりがあった。

ついさっき、透明人間のように扱われたばかりだ。


大人の自分でもかなりへこんだのに、こんな幼い子供にまでするとは、下劣過ぎる。

怒りで目がつり上がりそうになるが、アシルを怖がらせないよう笑顔を作り続けた。


「私、ここに来たばかりで、不安なの。もし良かったらお友達になって下さい」

リュシーが、頭を下げて手を差し出す。


アシルはじっと考えているようだったが、一歩また一歩と少しずつ近付いていているのがわかる。


頭を下げたまま、リュシーは待った。

心の中で(私は怖くないわよ。だから手を握って友達になってー!!)と祈る。


リュシーの祈りが通じ、手に柔らかい小さな手が触れて、きゅっと握ってくれた。


「お友達になってくれるの?」

リュシーが顔を上げると、微笑んだ天使の顔が間近にあった。


「うっ、かわいい・・。まぶしいい・・」

あまりの可愛さにリュシーは、胸を鷲掴みにされた。


「ここで一人は寂しくない? 私のお部屋に来ない?」

こんな何もない所で、一人にさせておくなんて、出来る訳がない。


「でも、僕がいくと、お姉さんも嫌われるよ」


「・・・優しい・・」

こんな境遇なのに、こんな良い子が他にいるだろうか?

「お姉さんじゃなくて、リュシーって呼んでね。それと、既に私はこのお屋敷の人に敬遠・・って分からないか・・つまり嫌われているから、それは心配しないで」


だから・・来て欲しいと必死で目と態度で訴えた。


「じゃあ、リュシー。お部屋に行ってもいい?」


リュシーはガッツポーズを両手で作った。

「嬉しいわー。よし、今すぐアシルの荷物を持って行きましょう!!」


にっこにっことアシルの手を持って踊る。


「リュシー、そんなに嬉しいの?」

アシルが恥ずかしそうに聞く。

今まで、自分の事を必要としてくれたり、自分が関わって嬉しそうにしてくれた事なんてなかった。


みんな、アシルが傍に来ると困った顔をして、離れたり遠巻きに見ているだけだ。


だからリュシーのように、こんなに近くに来て嬉しそうにしてくれるのは、始めてだった。


屋根裏部屋の梯子を降りて、リュシーの部屋に着くまでに、何人もの使用人が二人の姿を、驚いて見ていた。


リュシーは気にしていなかったが、アシルは下を向いて後をついて行った。


部屋に入るとジゼルが夕御飯の用意をテーブルにセットしてくれていた。


「本当なら、ダイニングにお運びしようと思ったんですが・・」

ジゼルが飲み込んだ言葉の続きは、言わなくても分かった。


「他の人に、私の部屋に運ぶように言われたのね?」


ジゼルが申し訳無さそうに、小さく頷いた。


「まぁ、ここの方が私は落ち着いて好きだわ。マナーとか、とやかく言われなくて済むものね」

リュシーがアシルとジゼルに、にこっと笑う。


アシルも嬉しそうに笑ってくれた。

その顔にリュシーは目を瞪った。

その笑った顔がクロードそっくりだったからだ。


笑った顔と言っても、クロードの顔は嫌みっぽく鼻で笑われた時の顔だったのだが・・


(あの人も、長身で体格はがっしりしてて、認めたくはないが・・顔もそこそこ・・見映えだけは本当によかったな・・見映えだけは・・・・)






◇□ ◇□ ◇□


リュシーに自分の容姿を『貴方は人の事をいう程のものなの?』と嫌味を言われ、腹が立ったクロードはコラリー嬢のパーティーで

気分転換の真っ最中だ。


「クソ! 忌々しい!」

ワイングラスを一気に傾け飲み干すクロードに、女性達が群がる。


「どうなさったの? 随分とご機嫌が斜めなのね?」

一人の女性がクロードにしなだれかかる。彼女はゾード伯爵のマノン嬢。少しタレ目で右目の下の涙黒子がセクシーな女性だ。


「とても失礼な女が居てね・・ああ! 思い出しても腹が立つ!」


急にヨランド嬢がクロードとマノン嬢の会話に割って入る。


「あん、そんな他の女性の事なんて、お話にならないで! それよりこの前言っていたダイヤモンドのイヤリングをプレゼントして下さるって話をしましょうよ」

クロードの口に女は人指し指を当てて、宝石の話に転換した。


「あら、ヨランド様ったらそんなに宝石が欲しいの? でしたら私のお下がりのですけど差し上げますわよ」

マノン嬢がタレ目をより下げて人の良さそうな顔で笑う。


「クッ! 宜しくてよ。そこまで落ちぶれていませんわ」

ヨランド嬢がサッサとクロードの傍を離れて去っていく。


「あなたは優しい人だな。彼女に宝石をあげようだなんて!」

クロードの的外れな意見にニコラは「どこが?!」と突っ込みを入れたかったが我慢した。


それよりも、見た目は聖女のようだが毒の強い女を早くクロードから引き離さなければならない。


「クロード様、宝石は奥様に買って差し上げる方が良いのでは?」

ニコラの余計な一言に、クロードが舌打ちをする。

「え?! クロード様ってご結婚されたんですの?」


「・・・ああ、そうなんだが・・」

クロードがお茶を濁し、目を逸らす。

「でも、構いませんわ。クロード様が先日約束してくださったゼナイドのドレスを私にプレゼントしてくださるまで離れないわよ」

ウフフと笑うマノン嬢。


さっき、クロードに宝石をねだった女にはマウントを取り、追い払った口で次は自分のドレスをおねだりする。

舌舐りする様子は蛇のような女だ。


だが、クロードはそれが分からない。

「君はなんて可愛い事を言うのだろうね」などと、ご機嫌で笑っている。


その時、領地からの知らせが入る。知らせを聞いたニコラはこの時とばかりに、「クロード様、大変です領地で一大事なので、今日は残念ですが、失礼させて頂ましょう」

言うや否や、クロードの首根っこを掴み馬車に放り込んだ。


(クロードには悪いが、あのようなけばけばしいのを可愛いと言う、公爵の女を見る目のなさ・・・残念でなりません。私はあの一件以降、わが公爵家のお金を狙う女からは容赦なく引き離すと決めたのです)                    

 

馬車はニコラの思惑通りに、クロードを乗せて蛇女から遠ざかった。

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