43 コルネイユ公爵家の新たなスキル
14歳になったアシルは、すっかり長くなった手足を伸ばそうとした。
だが、弟を抱っこしていてはままならない。
体を伸ばすのを諦めて、弟の小さな掌に自分の指を置く。
すると、小さなむにむにの手でキュッと握ってくれる。
(俺の兄弟か・・・。)
アシルは始めて妹が出来た事を思い返していた。
公爵家に可愛い女の子の笑い声が響いている。
「きゃははは、おにいさまファビーをつかまえてぇー」
嬉しそうにコテージを走り回っている。
彼女はファビオラ・コルネイユ、三歳。
クロードとリュシーの愛娘である。
その妹を優しく怪我をしないように、見守っているのは10歳になったアシルだ。
アシルはこの可愛くて、少しやんちゃな妹が可愛くてならない。
でも生まれる前、アシルには色々な葛藤があったが、それも今は全くない。
それと言うのも、この妹が生まれる前、口さがない人達はわざわざアシルに親切心を装って近付き、要らぬ事を吹き込んだからだ。
6歳の時、学校で友達になった友人の伯爵の屋敷に行くと、そこに遊びに来ていた他の伯爵夫人達がアシルに言った。
「あなたのお義母様が、妊娠されてもうすぐ赤ちゃんがお産まれになると聞きましたよ。おめでとうございます・・・でもねぇ・・貴方にとってそれがよかったのか・・」
「えっと・・どういう事ですか?」
アシルは屋敷のみんなが大喜びしていたのに、何が自分にとってよくない事なのだろうと不思議に思い伯爵夫人に聞いた。
「だってねぇ・・貴方はリュシー様とは血が繋がっていないじゃない。でも今度生まれて来るお子様は実の子になるんだもの。きっと貴方の事、邪険に扱うわ。そうなるのが解っているだけに、辛いわ・・」
わざとらしく、よよよと嘆くふりをする伯爵夫人。
アシルは自分とリュシーの血が繋がっていないことは知っている。
でも、そんな事を気にした事がないくらいに、リュシーとアシルは仲の良い親子だった。
でも、この先そうだとは限らない。
話を聞いているうちにアシルも、自分の頭では『そんな事は起こらない』と思っているが、心の奥底で実母に捨てられた経験からか、つい悪い方にと考えてしまう。
『やはり、本当の子供は可愛いはずだ。自分なんて一瞬で顧みられなくなってしまう』と不安に駈られた。
さらにもう一人の夫人がアシルの髪の毛を見て、扇で口許を隠し嫌みっぽく目を眇める。
「ほら、アシル様の髪の毛ってとても綺麗なブロンドよね。羨ましいわー。でも今度生まれて来る子はきっと黒色か赤い色の髪の毛よね」
これ見よがしにクスクスと笑う意地の悪い夫人達は、昔クロードに見向きもされなかった女性達だ。
だが、アシルはそんな女達の腹黒い思いを知る由もない。
この日友人宅から、青い顔をして帰って来たのを一番最初に見つけたのはニコラだった。
「おかえりなさい、アシル様・・って!! どうされました?」
「いや、なんでもないよ・・」
「いえいえいえ、そんなしょんぼりした顔でしかも、真っ青じゃないですか! 医者を呼びましようか? それともリュシー様を・・」
「ダメ!! お母様はダメ。言わないで!」
ニコラは(ははーん)とピンと来た。
「誰かに余計な事を吹き込まれてしまったのですね?」
(全くおしゃべりな糞やろうはどこにでもいるもんです。後でしっかりと調べてクロード様に報告しないと行けないな)
それよりも、アシルの事はクロードに報告する一方でリュシーに相談をした方が良いだろうと判断した。
クロードが早めにリュシーに言ったのが功を奏した。
夕食後、すぐにリュシーはアシルの部屋を訪れた。
「アシル、今日は嫌な思いをしたそうね」
「・・っ! ニコラは余計な事を言ったな?」
アシルはすぐにバレてしまう自分の表情と、ニコラの勘の良さを恨んだ。
「ねえ、私はアシルを本当の息子がだと思っているわ。これから何人生まれても、貴方がこの公爵家の後を継ぐ私の自慢の息子よ」
「じまんのむすこ・・・?」
「そうよ、私の大切な自慢の息子よ。 それにほら、私のお腹を触ってみてくれる?」
大きくなったリュシーのお腹を触ると、急にお腹が形を変えてむにょっと動き出した。
「動いた!!」
アシルの掌をムニョンと押し返す。
「この子はきっと、お兄ちゃんが大好きな子になるわ。きっとお兄ちゃんと結婚するって言い出すかもよ」
「え? 女の子なの?」
まだ見えないのに、どうして解ったのだろう?
不思議に思い、改めてリュシーのお腹を透視でもするように、じっと見た。
「うふふ、見ても分からないわよ。お医者様が横に広いお腹の形は女の子だろうって言ったの。」
「・・・そうなんだ」
よく分からないが、もう一度リュシーのお腹に触れると、再びむにょっとお腹が動く。
「この子はアシルが触るとよく動くの。だから、『お兄ちゃん子』になるのは間違いないわ」
「そうなのか・・僕の事好きなのかー・・」
こんな話をしていたが、実際に生まれて来たのは本当に女の子だった。
しかもリュシーが言った通り、アシルが大好きでどこに行くにも付いてきた。
「母様は、あのおばさん達が言ってたようにはならなかった。
ファビオラの髪の毛は、お母様に似て真っ赤だが、僕の事もファビオラの事も大事にしてくれた」
・・・なんて昔の事を思い出していたアシルがフーッとため息をつき、一人ごちる・・・。
(俺が9歳の時、弟が生まれた時も相変わらず煩いおばさん達が『今度は男のだから、跡取りとしてリュシーは特別に目を掛けるわ』と言っていたが、兄弟の扱いに差はなかった。
その次、11歳の時に双子の男の子と女の子が生まれた時も変わらなかった。
今俺は14歳だが、先日生まれた弟を抱っこしている。
ここまで来るともう誰も俺に何も言って来ない。
それに不思議と兄弟みんな俺に懐いている。
時には煩いと思うけど、やっぱり兄弟は可愛い。
いまだに、両親は仲が良すぎて引く時があるが・・・。
母と父は俺に弟を預けてイチャイチャタイムだ。
そろそろ俺も思春期真っ盛りなので、考えて欲しい。
時々、屋根裏に上って兄弟達を巻いて一人になる時間を作っている。
ここに来るとリュシーと会ったときの事を鮮明に思い出す。
本当に俺をここから連れ出してくれてありがとう。
うん?
ニコラが俺を呼んでいる。
あっ、そうだ。
今日の夜会は参加しないといけないんだった。
俺の婚約者をエスコートする大事な夜会だ。
俺もお父様のように女性を見る目があって良かった。
恥ずかしがり屋の彼女は俺にとって、唯一無二の女性だ。
彼女が笑うと、嫌な事が一瞬で失くなり、心が和むんだ。
出会えて良かったと心から思う)
その後コルネイユ公爵家には、こんな言い伝えがある。
コルネイユ公爵家の一族は、自分にぴったり合う異性を必ず選ぶ事が出来るとか・・・。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
最終話は少し短くなってしまいました。
ごめんなさい。
沢山の誤字脱字を出してすみませんでした。報告してくださった皆様ありがとうございました。
いいね又は☆→★、ブクマをつけていただいた皆様にも心から感謝しております。
本当にありがとうございました。