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要塞の前に到着したクロードは、聳え立つ城門の前に、敵が逃げ出せないように隊員を配置していた。彼らを捕まえなければ、証拠はあっても証拠不十分だと裁判で判断されてしまえば、領地で『ゼダ』を密輸した責任を負わされる。


犯人確保は、クロードの進退に関わる事だ。

しかし、リュシーの安全を一番に考えたい。

クロードは苦渋の判断を迫られていた。


ターナ侯爵が契約書と引き換えにして、リュシーを大人しく交換するとは思えない。


きっと隣国まで逃げる人質として、リュシーを連れていってしまうだろう。


あんな、女好きの奴の近くにいて、リュシーが無事でいるのかと心配で仕方がない。


頼みの綱のニコラはどうしたのか?とクロードは腕組をしたまま、暫く待っていた。


だが、ニコラの姿が一向に見えない。

ここに至ってもクロードは自分の作戦に、大きな欠点があるなんて思ってもいないのだ。


ニコラが作戦に失敗したのか?


そう思った瞬間意を決して、クロードは城門の前で大声をだし、ターナ侯爵を呼ぶ。


「クロードだ! ターナ侯爵、出てこい」


城壁の上で二、三人の手下がうろうろしていたが、クロードを見て急いで城の中に消える。


そしてそのすぐ後、待っていたかのように城壁の上にターナ侯爵が姿を現した。


「おお、愛しい妻のためにすぐに駆けつけると思っていたが、案外時間が掛かったな」

上機嫌のターナ侯爵にクロードがイラつく。


クロードは上皮紙に書かれた契約書や重要書類をバサバサと振ると叫んだ。


「お前の名前がしっかり入った、密輸の証拠がここにある!! 欲しければ我が妻を今すぐに返せ!!」


「本物だな。それをこちらに渡せば、お前の妻は返そうじゃないか」


「まず、リュシーに会わせろ!」


クロードの要求に、ターナ侯爵は手下に地下牢にいるリュシーを連れて来るよう言いつけた。


「今お前の妻を呼びに行かせたから、待っててくれ。所で、お前の母も元妻も良かったが、一番良かったのは今の妻だったよ。赤い髪が情熱的だったな。私にしなだれかかって来た時はゾクゾクしたね」


ターナ侯爵はクロードが動揺すると踏んだが、実際には嘲笑されただけだった。


「赤い髪が情熱的なのは認めよう。だが、リュシーがしなだれかかるなんて、絶対にない!!」


強気な所はあっても、媚びるような事はリュシーが出きる筈がない。

そんな事をしてくれていたら・・・。

私は今ここにいない!!なぜなら、心配できっと彼女を籠の中に閉じ込めていただろう。

クロードはターナ侯爵の嘘を見破り、強気に言い切った。



クロードが威勢良く言った事でターナ侯爵の方がたじろぐ。

だが、手の内にリュシーと言う切り札を持っているターナ侯爵は、すぐに余裕を取り戻した。


じきに連れて来られると思っていたリュシーが、いつまでたっても姿を現さない。


クロードは我慢しきれず苛立つ。

だが、ターナ侯爵も同じようにイライラし始めた。


漸く手下だけが現れ、ターナ侯爵に耳打ちした。

「なんだと? いなくなった? きちんと見張っておけと言っただろう!!」


クロードはターナ侯爵と手下の遣り取りは聞こえなかったが、その動きに相手が焦る事が起きたのだと察知する。


待機させていた隊員に突入をさせようか決断を迫られた。

今、城内をリュシーが逃げているなら、こちらが先に探し出さなければならない。


それに、もたついている今がターナ侯爵の捕縛できるチャンスだ!!


焦るターナ侯爵。


今が好機だと突入を決意するコルネイユ公爵。


『突(入!!)』

「ふわあああぁぁ。出れたぁぁ」


クロードの号令より前に、呑気な声が響いた。



緊張の糸をぷっつんと切ってしまう長閑(のどか)な声が青々と繁る草原に響いた。


「ああ、こんなところにも出口があったんだー」

アシルが笑う。


「もう!! あの通路が二股に分かれてたでしょ! なんで来た通路と違う方に行っちゃうのよ。私の孫っておバカさんなの?」

マティルデが、同じ体勢で痛めた腰をさすりながら怒っている。


「お義母様と言えど、私の息子を『おバカさん』呼ばわりはやめて下さいませ! 本当にアシルは頑張ったわ。ありがとう!!」


リュシーは頑張った可愛い息子の頭を撫でながら、労を労っている。


三人は、多くの視線を感じて回りを見た。


5メートル先には、目を大きく開けてこっちを見ているクロードと騎士の皆さん。


そのさらに向こうには、今まで捕まっていた要塞が見える。


「・・・お前達はどこから出てきた? それにアシル・・・屋敷に残っていたんじゃ?」


クロードの頭が追い付かない。

理解する前に、三人の姿を目撃したターナ侯爵が逸早く理解して・・・逃げる!。


「あいつら、逃げてます!!」


騎士の一人の叫び声で、意識が元に戻ったクロードは、騎士達に叫ぶ。


「リュシーは無事に保護した。今から突入し、ターナ侯爵を確保しろ!!」






そう、この要塞はクロードが幼い頃に、大好きな祖父に連れられてニコラとかくれんぼをして何度も遊んだ城だ。


なので敵よりも構造を熟知しているクロードが指揮し、その命令を受けて突入したウルバーノ騎士団は、呆気なく城の城門を開ける事に成功した。


城内に雪崩込んだ騎士達が、人質もいないターナ侯爵を制圧するのは、あっと言う間であった。



その後、ニコラが待っていた穴からアシルが出て来ないので、探しに来た所で、クロードと合流した。


◇□ ◇□ ◇□


要塞が見える草原。

草むらでクロードは胡座をかいて座っている。

その顔は険しく、かなり怒っていた。


その前にアシルがしゅんと小さくなって立っている。


「どうして、屋敷にいなかったのだ?」


「リュシーを助けたかったんだ」

アシルは、クロードから目を逸らす。


「どうして、アシルを連れてきたんだ?」

今度はアシルの横に立たされているニコラに質問をする。


「だって、クロード様が子供の時の通路からリュシーの居場所を探せって目で合図されましたが、子供の時には入れたけど、あんな狭い通路、今の私じゃ入れないでしょ?」


「だからって子供を行かせるなんて、何を考えている!!」

クロードの怒号が響く。


「それは・・本当にすみませんでした。通路内にいれば絶対に安心だと思って行かせた私の落ち度です」


頭を下げるニコラより前に出たアシルは、自分も一緒に頭を下げる。

「ごめんなさい。ニコラに決して隠し通路から外には出ないで下さいと言われてたんだ。お母様の居場所だけ見つけたら戻ってきてと言われてたんだけど、お母様の声が聞こえたら外に出てしまっていたんだ・・・だから、ニコラを怒らないで・・・無理を言った僕が悪いんだ」


頭を下げ続ける二人の間に、マティルデが割って入る。


「いいじゃない。こうやってみんな無事に出てこれたんだから。アシルのお陰でクロードの愛しい奥さまも無事だったし、いつまでも怒ることないじゃない」


マティルデは孫を庇ったのではなく、このやり取りに飽きていただけだ。


「誰のせいでこんな事になったか分かっているんですか?」

全く悪気のない自分の母に、うんざりする。


「アシルと旦那様のお陰で私は助かりました。二人とも、ありがとう」

リュシーが二人の手を取ってお礼を言うと、クロードの頬は一瞬で緩んだ。


「ほら、私の嫁(・・・)のリュシーもああ言っている事だし、この話はもう終わりにしましょ」

再びマティルデの台詞にクロードがジト目になる。


「・・・だから、誰のせいでこうなったんですか?」


そもそもの原因はマティルデなのに、全く責任を感じる事もないようだ。


しかし、本人が責任を放棄しても、マティルデの犯した罪は重く、それに伴う罰は重刑が待っているのだ。

この人はこれからの事を知っているのか?とクロードは聞きたくなる。


「ふんっ クロード、何て顔をしているのよ。漸く邪魔な母とお別れ出来るんだから、しけた顔をしてないで笑いなさいよ」

悪態を突いているが、マティルデの態度は今までとは、明らかに違う。

マティルデが優しい声で、息子の名前を呼ぶなんてなかった事だ。

今になって呼んでくれるとは、辛すぎるだろう。


クロードがさらに沈んだ顔になる。


先に連絡しておいた王宮から、憲兵が到着した。

彼らは黙々とターナ侯爵とその手下達を捕縛し、鉄格子の付いた馬車に乗せていく。


今から、クロードの母であるマティルデもこの馬車に乗せられるのだが、クロードが憲兵に引き渡しを拒んだ。


「私が必ず、王都に連れていき引き渡すと言っているのだ。それで良いだろう?」


コルネイユ公爵に言われた憲兵は、戸惑っているがここで犯人の一人を連れて帰らないわけにもいかない。


「公爵様のお身内の方ですが、この事件はこの国の存続を揺るがす大きな事件に発展する恐れのあった事件です。さすがに見逃すわけにはいきません」


憲兵も事件を考えると、引き下がれない。


「何考えてるのよ。こんな所で引き渡しを拒んだら、コルネイユ家そのものが取り潰されるわよ」

そう言って、間に入ったのはマティルデ本人だ。


「この鉄格子の扉を開けて頂戴。ああ、クロード今までありがとうね。それから、公爵様の力を私の為につかうなら、こいつらと同じ島には送らないようにしてよ」


マティルデは先に入っているターナ侯爵を指でさした。


そして、開けられた扉に自分から乗り込むと、リュシーとアシルを見る。

「アシル! 私、きっと長生きするわ。刑期を終えて帰ってきたらひ孫を見るのを楽しみにしてるからね。それとリュシー、息子をよろしく」


彼女がひ孫を見る事はないだろう。だが、最後の最後に彼女はクロードに強い母親を演じて見せた。

そして最後に初めて母親になったのだ。



扉に鍵が閉められ、馬車が遠ざかる。


見えなくなるまで、クロードはその馬車を見送っていた。


やがて、見えなくなると漸くポツリと別れを呟く。


「さようなら、お母さん。また会う日まで・・・。」


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