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04


リュシーの父であるアベーレ・ルコック伯爵は、今朝の事をすっかり忘れている。

そんな訳で、いつも通りふんぞり返って呼び鈴を鳴らした。


チリン・・・

一度で飛んで来る筈のリュシーが来ない。


チリン・・・

「うん?」

チリチリチリン!


「おい、リュシー!聞こえないのか?」


怒鳴ったが、返事はない。


(クソ! どこにいったんだ?!・・・ああそうだったな・・・あいつはどこかの男爵に売ったんだった。それにしても、グイドもいないのか?)


気難しい顔をさらに歪める。


ソファーで少し眠っていたアベーレは、夕日が西の窓から差し込むのを見て、いつも通りに食堂に足を運んだ。


テーブルに着くとドロテもオレリアも同じ時刻に席に着く。


「「「・・・・・」」」

当然の事ながら、水も出てこない。

「喉が乾いたわ!」

オレリアがいつも通り、命令する。つい、居もしないリュシーに声を掛けた。

もちろん返事はない。


「忘れたのか? あいつは出ていったじゃないか」

アベーレの言葉に漸くリュシーがいない事を思い出した。


三人は何も運ばれて来ないテーブルの前に座り続ける。


「ちょっと、グイド!! 夕食を運びなさい」

ドロテが声をあげるが返事はない。


「・・・・」

仕方なく、アベーレが調理場を探しにいく。


「どういう事だ? マカーリオもいないぞ!」


三人は屋敷中を探し回り、執事執務室で二人の辞表を見つけた。


その中身は、二人の給料未払いに関する書類も同封されていた。

「今まであんな年寄りを置いてやっていたのに、出ていくとは何て恩知らずだ」

アベーレは、怒り心頭で辞表を握りつぶす。


「ねぇ、お父様。そんな事より私お腹が空いたわ。夕御飯を作ってよ」

オレリアがアベーレの袖を引っ張って、ご飯をせがむがご飯を作った事がないアベーレに言っても出来るわけがない。


「俺に言うな。ドロテ、お前が何とかしろ」

「私にこの泥の付いたジャガイモをどうしろと言うのよ」


仕方なく三人は、ぐーぐー鳴るお腹を抱えて寝るしかなかった。


次の日の朝。

オレリアはもしかしたら、マカーリオが帰って来ているかも知れないと、調理場を覗く。

だが、誰もいなかった。


水を飲みたかったが、井戸の使い方すら分からなかった。

その怒りは父であるアベーレに向かった。


まだ、寝ている父の寝室に乗り込んだオレリアは、父の体を思い切り揺すって罵声をあげる。

「お父様、いつまで寝ているのよ。お父様があの役立たずを売ったりするから、私がこんな目にあっているのよ。ねえ!なんとかして!!」


アベーレは寝起きで、空腹で、さらに朝からキーキー声を聞かされて、とうとう切れた。


むくりと起き上がると、オレリアの頬を力任せに叩いた。

オレリアがベッド脇まで倒れ込んだ。

殴られた痛みと、ショックで口も利けないオレリアにさらに怒鳴り付ける。

「お前が偉そうに言うな! そうだ、お前が市場に行って買って来い!」


怒りが収まらない夫の前に立ち、母ドロテが娘を庇う。

「やめて頂戴!! 言い聞かせますから、これ以上は止めて!!」


アベーレはドロテの泣き顔に、正気を取り戻し振り上げた拳を静かに下ろした。




空腹を抱えたまま、アベーレは使用人の斡旋所に足を運んだ。

「悪いが大至急、家で働く使用人を探している。すぐにだ」

カウンターで、アベーレは尊大な態度で受け付けの男に伝える。


受付の男は無礼な態度にも気にせず、丁寧な対応を続けた。


「では、この紙に雇用条件を書いて下さい」

受け付けの男が差し出した紙に、条件を書いて渡す。


「ぶっ!!」

アベーレが書いた条件を見て、丁寧な態度だった受付の男が、吹き出した。


「あのね、今頃この安い給料で働く奴はいませんよ。それに・・・」

と、男はアベーレをじろりと見て、首を横に振る。

「あなたが、有名なルコック伯爵ね。こう言っちゃ悪いけど、あんたんとこで働く奴はいないよ」


アベーレは意味が分からないと、受付カウンターを拳で叩いた。

「ただの平民を、我が屋敷で働かせてやると言ってるんだ。すぐに働かせて下さいと集まって来おるわ。この条件で使用人を探せ」


「所で娘のリュシーはどうした?」

受け付けの男が眉を寄せて凄む。


何故こいつらがリュシーの事を知っているのだ? と思ったが、それどころではないので適当に答えた。


「ああ、あれはどっかの男爵に嫁に出した」


受け付けの男の回りに人が集まってきた。

その中の女がアベーレに、まるでリュシーの身内のように心配気に聞く。


「その男爵はいい人なのかい?」


「さぁ、知らないな。年は78歳だと言っていたが、どんな男かは知らないよ」


斡旋所内が一斉にざわついた。


「あんなに自分達のために働いてくれていた娘を売ったのか!?」


アベーレの言葉に、その場にいた者達が怒りだし、斡旋所からアベーレは叩き出された。


こうして、ルコック家は使用人がいないままになった。


アベーレはリュシーがしてくれていた、金策に走り回り、オレリアとドロテは慣れない食事の支度をするようになった。


「お父様、こうなったらお姉さまが嫁いだ男爵家にお金を用立てて貰いましょうよ」


「おお、そうだな。大切に育てた娘をやったんだ。もう少しお金を都合して貰うのは当たり前だな。・・・しまった、どこの男爵に嫁にやったのかわからない・・・」


「もう、どうするのよ!!」

オレリアの耳障りなキーキー声が、屋敷に響いた。




◇□ ◇□ ◇□


馬車で王都の中心まで来ると、道沿いに並ぶ屋敷の雰囲気が変わってきた。


リュシーの知っている屋敷とは、どの屋敷も大きさが違い過ぎる。

どれもこれも、城のようだった。


馬車に乗っていると、ずっと同じフェンスが続いている屋敷がある。

美しい藍色の百合をかたどった模様のフェンスは、先の矢じりのような部分は全て金色に塗られている

この屋敷のフェンスは途切れるのか?

と考え始めた所で、大きな門が現れた。


見上げる程高い門は、フェンスと同じ藍色と金色の門扉で、今は大きく開かれている。


なぜこの門は開いたのだろうとリュシーが思っていると、自分の乗った馬車がその中に入って行く。


(え・・・? この中の屋敷に用事があるのかしら?)

戸惑っているとニコラが、「今日から貴女がここの奥さまになるのですよ」

と、いとも簡単にのたまった。


「ちょっと、待って下さい! この屋敷で私が暮らすのは無理です。しかも奥様? こんなの・・・無理ですよー・・うん、無理」

屋敷が近付くにつれその大きさに、ごくりと唾を飲むリュシー。


爵位では公爵家と名のっているが、その昔、双子の王子の弟から分かれた実に由緒正しい公爵家である。

更に屋敷の大きさや領地の広さ、収入は他の公爵よりも遥かに凌ぐ。

王都では王宮に次ぐ大きさの屋敷が、リュシーの前に近づいてくる。


だが、馬車が明らかに道を逸れて脇道に入っていく。

すると、もう一軒ルコック家と同じ大きさの屋敷が出てきた。

見慣れた大きさでホッとするリュシーに、玄関の前にズラッと並んだ使用人が出迎えた。


その多さに、リュシーの顔が再び青ざめる。

使用人が居並ぶ前に馬車が止まった。

「あのニコラ、私、ここで降りなくてないけないのですね?」


「そうです。先にお客様の専用棟で、着替えてから主のクロード様に会って貰うつもりだから、ね?」

ニコラに促されて、リュシーが頷くと馬車の扉が開けられる。


使用人の頭を下げる音がざっと、鳴った。その中から、黒髪をひっつめた厳しい顔の侍女が進み出た。年は40歳くらいだろうか。


その姿を見たニコラの舌打ちが聞こえた。


侍女はリュシーの姿を靴の先から頭まで見てから、見下すようにゆっくり挨拶をした。

「私、この公爵家で長年、侍女頭をしていますエマ・カンタールと申します。どうぞ宜しくお願致します」


リュシーは慌てて、頭を下げて挨拶をした。

「私はリュシー・ルコックです。勝手がわからない事ばかりなので、色々教えて下さい」


言い終わると、侍女の中から数人のクスクスと笑う声が漏れた。


「どうやら、本当に色々教えないといけない事が一杯のようですね」

侍女頭のエマが、眼光鋭くリュシーを見る。


「この由緒正しい公爵家で、正しくないと判断した事は、リュシー様にも従って頂きます」

エマが、威嚇するように背筋を伸ばした。


ムッとしたリュシーも背筋を伸ばす。

「正しいか正しくないかは、私の方でも判断させて頂きます。私が正しいと思った事は、長年のしきたりだろうと変更させて頂きます」

リュシーがエマと大勢の使用人に向けて宣戦布告をする。


(先妻の浮気を放置して、幼い子供の面倒も見ない使用人。そんな人達に正しい行いが出来ているとは思えない。ここは、しっかりと意見を言わせて貰います!)


エマの前に尻込みせずに立ちはだかるリュシーを見ると、ニコラは口許に笑みを浮かべて自分はさっさと女の戦いから逃げ出した。


「じゃあ、私は顔会わせの用意があるから、先に本館に行ってますね。エマ、奥様の事を宜しく頼むね」

この冷えきった雰囲気の中リュシーを置いて、ニコラが去っていく。


リュシーは心の中で涙が出た。

(ニコラさん、こんな所に私を置いて行かないでーー)


だが、ニコラは無情にも振り向きもせず、本館に戻って行った。


「では、リュシー様。お風呂に入って着飾って頂きます。ジゼル、リュシー様をご案内して」

それだけ言うと、エマと沢山の侍女は蜘蛛の子を散らすように、いなくなった。


沢山の侍女に囲まれている時は、リュシーに対しての不満がビシビシと伝わった。

だが、指名をされた侍女のジゼルからは何も感じない。


「おくさ・・・あの、リュシー様。浴室にご案内します」

栗色の天然パーマ頭のふわふわした髪を二つに結んだジゼルは、かわいいリスみたいだった。


(ああ、この子・・・癒されるわ)

ジゼルが髪をほわほわさせて歩く。


ジゼルにお風呂から着替えまでの全てを手伝って貰った。

その間に二人はすっかり打ち解けた。ジゼルの年は15歳。

のんびり屋の彼女は、侍女頭のエマにずっと目を付けられていたようだった。


リュシーのボサボサだった真っ赤な髪は香油を付けられると、サラサラになった。

時代遅れの服から、用意されていたオレンジのドレスを着るとお嬢様らしくみえた。


本館から迎えの馬車が到着し、それに乗る。

リュシーは落ち着かなかった。

結婚をすると言っても、まだ夫となる人に会ってもいない。


公爵家に嫁入りなんて、本当に荷が重い。この本館に来るまでに、森があったわよね?

この屋敷の面積ってどれくらいなの? 心臓に悪い敷地の広さだ。


迫る本館の大きさがますますリュシーを不安にした。


(このお屋敷って実は、ホテルなのかしら? 一人の主とお子さまが一人でこの大きさって・・・無駄じゃない?)


馬車が本館に着いて、馬車の窓から、建物を見てため息が出た。


白壁に青いラインが入って、そこに金色の花の模様が描かれていた。

玄関の扉は重厚な作りなのに、上半分がガラスで出来ているので、明るい雰囲気がする。


馬車が止まって随分経つが、全く馬車の扉が開けられない。

(自分で開けろという事なのかしら?)

リュシーが恐る恐る取っ手を掴むと、玄関の扉が開いてニコラが走ってドアを開けてくれた。


「申し訳ございません。ちょっとゴタゴタがありまして・・・」

ニコラが目を合わせない。


「何が合ったのですか?」

リュシーの質問にニコラは、口半分がひきつったままの笑顔で、「大丈夫です」と言ってリュシーを屋敷に招き入れた。


屋敷の使用人がざわついている。

「絶対に大丈夫じゃないわね・・」

リュシーの嫌な予感はすぐに当たった。


沢山の使用人の中で、背丈が飛び抜けて高く、黒い髪に灰色の瞳の男性が、恐ろしく不機嫌な顔でこちらを見ている。


「・・・それが、お前が連れてきた女か? 真っ赤な髪にオレンジのドレスとは・・・目がつぶれそうだ!」

この言葉に、リュシーの導火線に火が着いた。だが、その男はさらにリュシーに対して文句が止まらない。


「お前が偉そうに言うから、どんな美女かと思ったら。フンッ」

鼻で笑われ、リュシーの導火線はさらに短くなった。


「大体これのどこがいい女なんだ」

そして、導火線の火は火薬に到達した。(ボンッ!!)


「貴方は人の事をいう程のものなの? それに人の容姿をとやかく言うのは、失礼な行為で最低だと教わらなかったのかしら?」

リュシーはくっと顎を上げて、手を腰に当てて、足を踏ん張る。

普段、履着なれないヒールでふらふらするが、そこはぐっと踏ん張った。


「クッ・・。こんな小娘を相手にする必要はないな。勝手に選んだニコラ、お前の責任だ。適当に捨ててこい」

灰色の瞳に一切の光りはなく、リュシーを見る目は唯々冷たかった。


「申し訳ございません。先日ご了承頂いたので、既に婚姻届けを致しました。王家に受領されているので、それは出来ません」


ニコラが悪戯っぽくニヤつく。

ニコラはクロードよりも三つ年上で、その手腕はクロードも一目おいている。

ニコラが抜かりなく準備をしたのを察知したクロードは、一旦逃げることにした。


「私はこれから、コラリー嬢のパーティーに呼ばれている。こんな垢抜けない娘と一緒の屋敷にいるなら、そちらに行っている」


クロードは大股で、リュシーの横を通り過ぎる。

通り過ぎる時に、舌打ちをリュシーに聞かせて出て行った。


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