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領主の屋敷を襲撃したターナ侯爵の行方は、捕らえられた手下達の自供によってすぐに分かった。


ウルバーノ騎士団長は、領主であるクロードの帰りを待たず乗り込もうと態勢を整えていた。


「装備を見直せ!! やつらの中に、魔法を使えるやつがいる」

「煙幕を防ぐ風魔法を使える者はいないか?!」


物々しい雰囲気の中、クロードが未だに白い煙が立ち込める屋敷に帰ってきた。


「これはいったい何事だ?」

クロードは辺りを見回し、指揮を取っていたウルバーノ騎士団長を問いただす。


「申し訳ございません。ターナ侯爵の襲撃に遭い、奥様が連れ去られてしまいました。今からやつらのアジトに行きます」


今にも馬に乗りそうなウルバーノを、クロードは腕を取って止めた。

「まず、詳しく説明をしろ。リュシーを助けに行くのはそれからだ!!」


ウルバーノは馬の手綱を側にいた隊員に預けた。

そして、すぐ脇に縄でぐるぐる巻きにされているターナ侯爵の手下を指し、説明を早口で始めた。


「こいつらが言うには、ターナ侯爵はクロード様の母君から契約書や重要書類が元に戻ってしまったと連絡があったというのです。そして、それを奪還すべく、奥様の身柄とそれらを引き換えにする為にこのようなことを仕組んだようです」


聞き追えたクロードは、唇を噛み締めた。

情けをかけた母親に、あっさりと現状を敵に教えられて、この様である。


マティルデは、クロードの忠告も聞かずターナ侯爵に魔石で重要書類が復活してしまったと報告した。


そして、屋敷にはクロードがいないこと、愛妻のリュシーが屋敷に居ることも・・・。


それを聞いたターナ侯爵の決断は速かった。

逸早く手下をかき集め、コルネイユ公爵邸を襲撃し、リュシーを拐ったのだ。



「お父様! 僕も連れていって!」

アシルが必死に頼んだ。


襲撃の時は、リュシーに言われクローゼットにいたが、リュシーの声を聞いてはじっとしていられなかった。

堪らず外に出て見ると屋敷の中は煙で一歩先も見えなくなっていたのだ。



「アシル、気持ちは分かるがお前は連れていけない。ターナ侯爵は子供だろうと容赦しないだろう」


「でもっ」

「お前がもし怪我をしたら、無事に帰ってきたリュシーが悲しむ。だから、ここで待っていろ。私が必ずリュシーを連れ帰る!!」


アシルは父の強い言葉を前に頷くしかない。


アシルの頭を撫でると、クロードはさっと馬上の人になった。

「ニコラ、アシルの安全を確認したらすぐに来い」と命令し、「あいつらが逃げ込んだのは(▪▪)の要塞だ」とニコラに頷く。


どこに盗聴器があるか分からないので、クロードは人差し指と中指をニコラの目に向けた。


それは子供時代によくやったスパイごっこの時の合図だ。


それで、クロードが考えた作戦をニコラは理解した。・・・理解はしたがその作戦には無理があった。


急ぎ止めようとニコラが言葉を発するも、クロードはターナ侯爵のアジトに向けて走りだしてしまった。そのクロードをウルバーノ騎士団長と隊員が後を追う。



ターナ侯爵がアジトにした要塞は、クロードはよく知っている城だった。

勿論ニコラもよく知っている。

「くそ、あのバカは俺が今何歳になったと思っているんだ」

遠ざかるクロードに向けて、ぼやいたが遅すぎた。




クロードが『例の』と言った要塞は、隣国との要所であったが現在、和平協定が結ばれてからは、長らく使われていない。


ゆえにクロードが幼い頃には要塞としてではなく、既に遊び場になっていたのだ。

大好きな祖父に連れられてクロードとニコラがかくれんぼして遊んだ城である。


祖父が幼い孫のために、要塞の中を行き来できる隠し通路を作ったのだ。

その通路を使って鬼ごっこやかくれんぼをしたものだった。


ニコラは遠い昔を思い出していた。

(そう!! それは本当に幼い時だ。クロードはうっかり忘れているが、あんなに細い通路を、大人になった俺が通れるわけがないだろう!! 格好をつけて合図した作戦がそれか!!)


ニコラは肝心な時にうっかりする残念な主人に、呆れ、そして悩んだ。

しかしじっと悩んでいる時間はないので、動き出す。


ニコラは、屋敷に戻りアシルの安全を確保するために護衛騎士と屋敷に敵がいないか探す。


だが、その前を屋敷からふらふらと虚ろな目で彷徨うクロードの元妻のアメリテーヌが目に入る。


ニコラはため息をついて、既に人の話を聞く事も出来ないアメリテーヌに向かって文句を言う。

「全くもう、あなたはどうしたかったのですか? 公爵夫人という地位に満足せず、物欲はきりがない。男にも満足をしない。挙げ句の果てに男を引っ張り上げてしまった。そして、最後は薬ですか?」


せめて普通の感覚の持ち主で、普通に慎ましく生きる事をほんの少しでも知っていればこんなにも、堕ちてしまう事はなかったのだろう。


「ジャムをちょおだい・・ねえ・・」

呟き続けるアメリテーヌをニコラが地下倉庫に放り込んだ。

こんな情けない姿の母を見るのは、アシルには辛すぎると判断し、見えない場所に隔離したのだ。


地下の倉庫の扉を閉めて、鍵を掛け振り返ると、アシルが立っていた。

ニコラは全身をびくつかせ、硬直する。


「・・・えーっと・・・アメリテーヌ様は、少々御気分が優れないようなので、ここで休んで頂こうと・・・」

苦しい言い訳が通る筈もない。


しかも、倉庫の扉を中からガンガンとアメリテーヌが叩き騒ぐ。

「あけてー。ジャムううう  もってきてぇぇぇ」


「ニコラ、僕の事は気にしなくて大丈夫だよ。彼女を母だと思っていないから。それに、彼女も僕を息子だと思っていないようだったけどね」

アシルは冷ややかな眼差しで、ガンガンと鳴り続ける扉を見て、そのままその場を去った。


リュシーの本物の愛情に包まれる幸せを知った今、アシルに偽物の愛情は不必要であり、邪魔なだけだった。


揺るぎない足取りで歩き去るアシルを見たニコラは、彼がクロードのように母の幻影を追い求めるような失敗はしないと確信した。


「ニコラ、リュシーが捕まっている要塞に僕を連れて行ってよ」

振り向きもしないで、玄関に歩いていく。


「いえいえ、先ほどクロード様が仰っていたじゃないですか。危ないから来ては行けないと・・それにアシル様も了承していたでしょ?」


「ああ、あの時はああでも言っておかないと、お父様が救出に向かえないからね」

涼しい顔でさらっと言ってのける。


どうあっても付いて来ようとするのは分かっている。

前を行く小さなアシルを見ながら、ニコラが「俺じゃ、奥様を助けに行くの無理だもんなあー」と嘆く。


仕方なくニコラはアシルを連れて、要塞に馬を走らせた。





◇□ ◇□ ◇□



ターナ侯爵がアジトにした建物は、隣国の国境沿いに、ずいぶん昔に建てられた要塞の一部を改造した建物だ。


小高い丘の上に建てられた要塞の大きな城門は、要塞の真正面にあり、そこから入るには城壁の上から狙われて、容易ではない。


それとは別に要塞のあちらこちらに、何の為の穴か分からない小さな穴が壁に開いている。しかしそこは草で覆われていて知っている者でしか分からない。




城内では・・・


ターナ侯爵は、リュシーを後ろ手に縛り付けた状態で椅子に座らせている。

薬を嗅がされた為に、未だにリュシーの思考はぼんやりしていたが、徐々に覚醒し始めていた。


「奥方はまだ、ぼんやりしているようだ。だが、今はそういった状態の方が都合が良いな」


ターナ侯爵は、リュシーの赤い髪の毛を一掬いして顔を近付ける。

「なるほど、あの公爵様がご執心な訳だ。緑の瞳に濁りは一切なく美しい・・」


リュシーは動きにくい体に力を入れて、懸命に目前の嫌な物から逃れようと下を向こうとした。


だが、顎を人差し指で持ち上げられて、簡単に元の位置に戻されてしまう。


間近にクククッと面白そうに笑うターナ侯爵は、逞しい胸を見せつけるようにシャツの前ボタンを開けてはだけさせている。

そして、癖のあるダークブラウンの髪をワイルドにかきあげて見せる。

男盛り、35歳のターナ侯爵の魅力にクロードの母マティルデも、元妻のアメリテーヌも彼の言いなりになっていた。

だが、その男を前にリュシーは眉をひそめている。

ターナ侯爵は整った顔をしているが、その奥に隠された胡散臭さは、滲み出ているのだ。


「あの公爵様の選んだ女なら、あの二人の女のように、すぐこちらに靡くと思ったのだが、お前は違うようだ」


(『は? 誰が色気だけで中身も

誠実さの欠片もないあなたに靡くのよ!!』)

リュシーは威勢良く怒鳴りたかったが、口が動いていなかった。


心の中で罵ったリュシーの言葉を聞こえたように、ターナ侯爵はニヤリと笑う。


「公爵様の泣きっ面を拝みたいんで、悪いがお前を好きにさせてもらうよ」

小刀を持ってリュシーに近寄る。そして、ターナ侯爵はリュシーを縛っていた縄を小刀で切り、両手を自由にする。


「俺は元気に逃げ回るところを捕まえるのが好きでね。ほら逃げなよ」


リュシーの体から、痺れはなくなっていた。逃げられる!と思いターナ侯爵を押して、扉の方に逃げるがすぐに先回りされる。


「くっっ」

今度は窓から逃げようとするが、これも窓に手を掛けた瞬間に、手を取られた。

「放して!! 放しなさい!!」

暴れれば、さらに力を入れてリュシーの細い腕を握る。


ワイルド系と言われ、少し微笑んだだけで今までの女達は腰が砕け、自分に言い寄って来る。

だが、こんな風に自分から必死で逃げる女は見た事がなかった。


ターナ侯爵の男としての、狩猟本能とも言うべき男心に火が着いた。


「もう、おしまいかな?」


リュシーは自分の手が痛むのも構わずに、男の手から逃げた。


ターナ侯爵はゾクゾクする感覚に、拍車が掛かり今度はリュシーの腰を捉えて抱き締めた。


リュシーの赤い髪は艶やかで美しい。それに自分を睨む顔が舐めたくなる程にかわいいのだ。


ターナ侯爵が舌舐めずりをした。ベッドに行くのも時間が惜しい。

ターナ侯爵はテーブルの上の荷物を下に払い落とし、物がなくなったテーブルの上にリュシーを押さえつけた。


怖さで震えているが、気丈にもリュシーは唇を真一文字に噛み締めている。


「コルネイユ公爵には申し訳無いが、お前を返すわけにはいかなくなったな」

ターナ侯爵がリュシーに顔を近付ける。

「ああ、いい匂いだ。香水まみれの女の相手はこりごりだ。これからはお前の香りだけを嗅いでいこう」

ターナ侯爵の鼻と髭がリュシーの首筋に当たると全身が総毛立った。


「放しなさい!!」


リュシーは男の胸板をグッと押すが、全く離れない。


そればかりか、リュシーの細い両手首をいとも簡単にターナ侯爵は片手で掴み、リュシーの頭上に押さえつけた。


睨むリュシーの瞳を、ターナ侯爵は欲が絡んだ顔で覗き込む。


「やはり、この目はいい。この思い通りにならない感覚が堪らない」


ターナ侯爵は、片手でリュシーの顎を持ち、自分の唇とリュシーの無防備になった唇を合わせようと近付けた。


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