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重要な事を全て話尽くしたマティルデの表情は、げっそりと頬がこけていた。


「もう、ぜーんぶ話したわ! この気持ちの悪い魔法から、私を解放しなさいよ!」


クロードの灰色の瞳がじっとマティルデを見つめる。

「な、何よ。まだ何かあるの!?」



クロードが押し黙ったまま、手にナイフを持ってマティルデに歩み寄る。

ナイフの切っ先がマティルデの心臓を指している。


「ひっっ!! 自分の母親を殺そうっていうの?!!」

体の動きを魔法で拘束されているマティルデが、ひきつった顔で叫ぶ。


そんな母に、白けた顔でクロードが、『はあ?』とばかりに眉を寄せた。


「あなたは私を殺そうとしていたんですよね?・・・自分の事を棚に上げて・・・でも安心してください。本音は貴女という存在を清算したいんですが、私の妻が悲しむので、殺しませんよ」


「だが・・」と言ってナイフを持ってさらに近付く。


「殺さないって言ったじゃない・・・こっちに来ないでー」

マティルデの体は魔方陣の中にいる限り逃げる事も出来ない。

自由な口はギャーギャーとわめきたてる。


帳簿を持っているマティルデの左手の甲を切る。


「きぎゃーーー!!」


「騒がないで下さい。少し血が欲しいだけですから。貴女が魔法をかけて燃やした帳簿は、貴女の血で元に戻す事が出きるのですよ」

面倒臭そうに説明をするクロードは、マティルデの血が伝わり燃えかけの帳簿に垂れていくのをじっと見つめている。


すると、焼けた箇所に血が滴ると元の焼ける前の帳簿に戻っていった。


すっかり完全な形になった帳簿をマティルデの手から引き抜いて、今度は僅かに残った燃えカスの契約書類を持たす。

すると先と同じように、血が垂れると復活した。


すっかり元に戻った証拠の書類を見て、マティルデが力なく呟く。


「ああ・・・あの人に怒られるわ・・・」

マティルデはターナ侯爵に怒られると思っているらしい。


「怒られる? あなたは今もターナ侯爵に怒られるだけで済むと思っているのですか?」

呆れたクロードは、深いため息をついた。


「せっかく命を助けたのですから、ちょっとは考えて下さい。ターナ侯爵に次会えば、貴女は確実に殺されますよ。だから、大人しく暫くはここに隠れてて下さい」


クロードがここにいろと言ったが、マティルデがその言葉を受け入れる筈がなかった。


「こんなに暗くて汚い小屋で一瞬だっていたくないわ。早く屋敷に戻して」


キーキー声で叫ぶが、クロードとニコラは食料のパンやハムを壊れかけのテーブルに置く。


「危険なあんたをリュシーのそばに置いて置くわけがないだろう。それに、町に出たら、間違いなくターナ侯爵に見つけだされて殺されるぞ。ここでじっとしておくんだ」


そう言い残すと、二人は暗い小屋から出ていった。


「クロード様、良いのですか? マティルデ様がこのまま大人しく、こんな所じっとしてないでしょう?」


ニコラはマティルデがすぐに町に出て、ターナ侯爵の手下に見つかるのでは? と危ぶむ。


「ああ、そうだろうな。しかし、屋敷に戻せば、すぐに私やリュシーに新しい企てを試みるだろう。少し頭を使えばあの小屋が一番あの人にとって安全な場所だと分かる筈だ・・頭が使えればの話だがな・・・」

嘲笑うように、片方の唇の端を屈戸上げた。


「つまりは・・もう関わりたくないという事ですね」


クロードはその質問には肯定も否定もせず、屋敷まで無言で帰った。





残されたマティルデは・・


クロードが自分をここに残した意味を、何も考えてもいなかった。


汚い小屋に一人取り残されて、イライラしていたマティルデは椅子を蹴った。朽ちかけていた椅子はあっと言う間に脚の部分が折れてしまった。


座ることも出来なくなったマティルデが、隣の部屋に入るとしっかりしたベッドがあった。


その部屋にはきちんとしたテーブルと椅子も用意されていたが、マティルデがこの小屋に似つかわしくない家具がある意味を分かる筈もない。


「もう、化粧道具もドレスもないなんて! 何が『ここを出ればターナ侯爵に殺される』よ!あの人は私にベタ惚れなのよ。私を心配して探しているに決まっているわ」


マティルデは、息子の最後の親孝行に思い至らず小屋を出ていった。




◇□ ◇□ ◇□


アシルはリュシーの部屋にいた。

『リュシーを守っていてくれ』とクロードに頼まれ、ずっとリュシーの傍にいる。


自分の産みの母であるアメリテーヌがリュシーに危害を加える可能性もある。


ターナ侯爵に備えて、ウルバーノ騎士団長が屋敷の回りを警備している。


屋敷は物々しい雰囲気に包まれているが、屋敷の主人であるクロードがいない事にリュシーは心配で仕方がない。

「クロード様はどこに行ったのか知ってる?」

リュシーに聞かれたアシルは、真実を話すかどうか迷う。


「あの、お父様の行き先はわからないですけど・・・おばあ様と話をしたいとお出掛けになりました。きっと、今ごろは・・・」

話は拗れて、決裂しているんだろうと子供のアシルでも二人の展開は想像出来た。


クロードも、アシルも、二人は産みの親からは愛情を貰えなかった。でもアシルは目の前のリュシーからは母親の愛情を注いで貰っているし、クロードも一方通行の愛ではなくお互いに思いやる良質な愛情を交わしている。


二人の幸せは目の前のリュシーを守る事で、構築されるのだ。

是が非でも守るんだと腹をくくるとアシルはにこやかにリュシーに『今ごろは・・』の続きを話す。


「今ごろはお父様は、これからの事をあばあ様と話をされて、ゆっくりとお食事でもされているのでしょう」


アシルの答えにリュシーが分かりやすく安心した顔をする。


リュシーは最後まで父達とは相容れなかったが、クロードには母と仲良くして欲しいと思っていたのだ。


コンコン。

ノックの後にアメリテーヌの猫撫で声が聞こえた。


「ここにアシルはいるのかしらぁ?」


少し戸惑ったリュシーだが、ジゼルにドアを開けるように目で合図をする。

「はい、アシル様はこちらにいらっしゃいます」


開いたドアから現れたアメリテーヌを見た数人が息を飲んだ。


アメリテーヌは精一杯の微笑みを浮かべてはいるが、目は充血し淀んでいる。


「アシルったら、優しいからそんな女のそばに居てあげているのね。クロードも何を血迷ったのか、あなたのような女を選ぶなんて。でも、もうすぐ私を選び直すわ。だって学生の時にあの人は熱烈に求婚してきたのよ。今だってあなたより私を選ぶわ」


以前のリュシーならば、アメリテーヌの言葉に動揺していただろう。

しかし、今のリュシーはクロードとアシルの純然たる愛を受けて強くなっている。

アメリテーヌの言葉など、子猫のパンチほど非力過ぎて、心に掠りもしない。


「分別も付かない学生の時の恋を、クロード様が未だに引きずっていると思ってらっしゃるの? 彼はもう立派な成人男性よ、容姿だけのあなたに彼を引き戻すだけの魅力はないわ」


まさか、これほどまでにしっかりと言い返されるとは思っていなかったアメリテーヌは、歯軋りをして攻撃するための言葉を探すが、出てこない。


それに少し様子がおかしい。

やけにハーハーと口で息をして、喉の近くをかきむしっている。


「偉そうに・・・マティルデが帰ってきたらすぐに追い出してやるわ」

更にアメリテーヌの目の焦点が合わなくなっていた。

「そんなことより・・ハーハー・・ジャムを知らない? はーはー・・昨日食べちゃったのに、マティルデに貰うのを忘れてたの・・あなたも貰ったのよね? それを分けてよ」


アメリテーヌはぶつぶつ話続け、しかも口の端からよだれが垂れている。

そして手を伸ばしてリュシーに掴みかかろうとした。


アシルはアメリテーヌに炎の塊を飛ばしてリュシーを守る。


フラりと立ち上がるアメリテーヌは、悪魔に魂を売り渡した人形のように目に光がない。

しかも、痛みを感じていないのか、またふらふらと歩く。


「あらぁ? 私の息子が邪魔をするのは何故?  アシルは私が好きでしょう?」

今度はアシルに向かって、歩き出す。

アシルは伸ばされた手を振り払う。

「はぁ? あなたを母親だと思った事なんか無いよ」


振り払われたアメリテーヌは、「なんで、そんな女を選ぶの?! クロードもアシルもこの女のどこがいいのよ!」と更に追い縋る。

足取りはふらふらしているがアメリテーヌはゾンビのように前に前にと歩いて近付く。


アメリテーヌが、再びアシルの腕を取った時、屋敷の玄関付近から大きな爆発音がした。

それと同時に男達の戦う怒声と剣を交える高い音がする。


ウルバーノ騎士団長が叫んで、部下に指示を出している声に、物が破壊される大きな物音だ。


リュシーは咄嗟にクローゼットにアシルを押し込み、ベッドのシーツを上から被せた。

「アシルはここに隠れていて」


「嫌だ、僕もお母様を守る!」

リュシーは外に出ようとするアシルを精一杯の力で押し戻す。

「アシルはここで見た事を、帰ってきたクロードに教えて欲しいの。だから、絶対にここから出ないで」


クローゼットの扉を閉めたとたんに、荒々しく部屋のドアが蹴り開けられた。


「ああ、いたいた。ターナ侯爵、ここに赤髪の奥方がいたぜ」


リュシーは下品な笑みを浮かべた男を力の限り突き飛ばし、その部屋から逃げた。


「このくそアマがー!!」

突き飛ばされた男は、すぐにリュシーを追いかけた。

「赤髪の女がそっちに逃げたぞ!!」

リュシーは自分を囮にして、アシルの隠れている部屋から、少しでも遠ざかろうと走った。


しかし、すぐに捕獲されてしまった。しかも黒幕のターナ侯爵の手によって・・・


「ああ、本当に見事に真っ赤な髪の毛だ。暫く大人しくしろよ」

ターナ侯爵は言い終わらないうちに、リュシーに強烈な匂いの薬を嗅がせて、気を失わせた。


「もう捕まえたぞ。撤収しろ!」

ターナ侯爵が大声で指図すると、騎士団と戦っていた連中は、反転して逃げ出した。


その際、発煙弾が投げられ屋敷の中は白い煙で充満し、ウルバーノ達騎士団員は、襲撃してきた賊の多くを取り逃がした。


ウルバーノ騎士団長が、リュシーを助けようと追いかけたが、敵の人数と煙とターナ侯爵の逃げ足の速さにすぐに見失ってしまった。


コルネイユ公爵家の騎士団によって捕まえられたターナ侯爵家の手下達は数合わせのならず者で、少し脅すと容易く襲撃の目的とターナ侯爵の居場所を白状をした。



いつも読んで頂きありがとうございます。


そして誤字脱字報告や★マーク、いいね、ブクマをありがとうございます。

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