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マティルデは愛人のターナ侯爵に怒られたのを憤慨していた。


自分はこの領地の支配をクロードを殺して、愛しいターナ侯爵と二人で贅沢をしようと思っていた。


クロードを殺せば、幼い孫を操って好き放題出来るはず。

しかもクロードの妻は追い出せる。


考え付いてすぐにクロードを呼び寄せた。


こんなに素晴らしい計画だったのに、ターナ侯爵から叱責されている。


「こんなに大事な時期に、領主のクロードを呼び戻してどうする気だ。この前も話をしただろう。秘密裏に動かないとバレたらこちらの身が危うくなると言ったのに・・・チッ」


ターナ侯爵はマティルデがお粗末この上無い計画に、苛立ちが増した。


「ジャムの事? そんなのバレる訳ないじゃない。沢山ジャムを売って依存症になった人に、だんだん高値で売るんでしょ?」


分かっているわよと言わんばかりにターナ侯爵の計画を大声で喋る。


「だから、そういう話を大声でするな。この事を誰にも話してはいないだろうな?!!」


ターナ侯爵が今までになく激昂しているので、アメリテーヌにジャムを食べさせた事を言えずに、そのまま微笑んだ。


「もちろんよ。誰にも言ってないわ」


マティルデの答えに安心したように、ターナ侯爵は安心して、屋敷を後にした。





馬車に乗ったターナ侯爵は苛立ちを隠さず、侍従のコンホールトに愚痴を言う。

「はー・・バカな女にはやはり任せてられないな。前の取引の時も俺の名前を使った契約書や帳簿をそのまま残しやがって!」


侍従のコンホールトは痩せぎすの狐のような顔で、容姿そのままの狡猾な若い男だった。


「あの時は強盗騒ぎで、その帳簿や書類を奪われた風に見せかけましたが、本当にあの女・・・マティルデ様は廃棄なさったのでしょうか?」

コンホールトは間抜けなマティルデがどこかに未だに捨てきれずに隠し持っているのではないかと心配でたまらない。


「それは大丈夫だ。火を着けて燃やしたと言っていたぞ」

ターナ侯爵の言葉で

ようやく安心したコンホールトは、背中をシートに付けてゆったりと座った。


「心配性だな。お前は・・。」

ターナ侯爵がふっと笑うと、コンホールトは片方の眉を吊り上げる。


「そりゃ、心配にもなりますよ。陥れる相手は公爵ですよ。でも、ここで上手く行けば、念願の王国一番の領地を持てますね」


「もうすぐだ。大々的にジャムを犯罪組織に売り渡せば、大もうけ間違いなしだ」

二人の嘲笑う声が、車内に響いた。




◇□ ◇□


マティルデは、ターナ侯爵に怒られたが、自分の計画を止めようとはしていなかった。


クロードを殺して、アシルを自分の傀儡にして思いどおりに動かす。

そのためにはリュシーは邪魔だ。

きっとアシルは自分を産んでくれたアメリテーヌを選ぶだろう。


その時にアメリテーヌは『ゼダ』の効果で自分の思いどおりになっている筈だ。


この完璧な計画を、どうして止める必要があるのか。


マティルデは一人憤っていた。

ターナ侯爵は自分にメロメロに溺れているはずなのに、偉そうに上から指図をするなんて今までの関係ではあり得なかった。


でも、この計画が上手く行けば、ターナ侯爵は自分を見直すだろう。その時を想像しにんまりと笑った。


クロードは昔から、マティルデに認めて貰おうといつもいいなりだった。

ちょっと褒めれば油断して、毒入りの夕食を喜んで食べるだろう。


(私の可愛い息子。最後に私の役に立つのよ)


クロードはマティルデがどんなに領地のお金を使い込んでも、何とかやりくりしてきた。

以前ならば、クロードは怒ってもこんなに長く田舎の領地にマティルデを留め置く事はなかった。

だがしかし、今回はマティルデがどんなに訴えても王都に戻してくれなかった。


そんな時にターナ侯爵が、甘い囁きと共に面白い儲け話を持ってきた。

始めは乗り気だったが、時間が掛かりすぎたのだ。

そう、マティルデはすっかり飽きてしまっていた。


ターナ侯爵が裏工作をしているうちに、マティルデは自分勝手に思い付いた計画を始めてしまった。


そして、今日がその始めの一段階目だ。


前に雇い入れた侍女。この侍女の子供を人質に取っているので、何でも言うことを聞く。


用心の為に、『赤毛の女にあのジャムを塗ったパンを届けなさい』と指示したところだ。

ジャムには毒が入っていないと分かると、侍女は素直に従ってくれた。


マティルデはアシルがリュシーに執着しているようなので、先にリュシーを操り人形にしてしまおうと考えた。


『ゼダ』の効果でリュシーも依存症にしてしまえば、扱い易くなると安易に考えたのだ。


侍女にパンを運ばせた後、次の第二段階目に計画を移した。


再び侍女を呼ぶと、侍女は青い顔で部屋に入ってきた。


「ねえ、あの赤毛にちゃんとパンとジャムを届けたのね?」


侍女は肩を震わせながら、コクコクと頷く。

リュシーがパンとジャムを食べているのを想像し、満足気に口角を上げた。


そして、次にクロードのスープに毒を数滴垂らすように言うとその侍女は、怖くなり出来ないと言い出した。

始め抵抗したが、親一人子一人の大事に育てている5歳の娘がどうなってもいいのか?と脅すと、子供を救う為に侍女は決心してしまった。


5歳の娘は、始め大人しかったが、母親を求めて泣き出し煩かったので今は地下牢に入れてある。



(やっと、私が自由になる時がきたのね)

足取り軽く廊下を行く。

マティルデは、クロードが産まれてから始めてクロードの部屋の扉を叩いた。


コンコン


「私よ、入るわよ」


「え? 母上?」

クロードは母が自分の部屋を訪ねて来るとは思ってもみなかったので、驚いて扉を開けに行った。


「どうしたのです?」

クロードの顔にはありありと戸惑いと疑念が浮かんでいる。


「たまには貴方と一緒に食事がしたいと思ってね。今日、料理長にー」

「ああ、本当に? 私も同じ事を考えていました。母上と一緒に食事がしたくて、屋敷を出てすぐのところにあるレストランを予約していたんです。良かった。では一緒に参りましょう」


「え? 今から?」


困惑するマティルデは手を引かれて、クロードが用意していた馬車に乗せられた。


今日、毒殺を決行するつもりだったが、マティルデは楽しみが一日延びただけと割りきった。


(今日はクロードの用意した店で食事をして、明日こそは絶対に実行させましょう。うふふ、クロードに最後の御馳走をして貰いましょう)


マティルデは屋敷を出てすぐの場所にレストランなんてあったかしら? と思いながら馬車に揺られていた。

「ねえ、アシルちゃんとリュシーさんを一緒に誘わなくて良かったの?」


付いて来られても困るけど・・

とマティルデが本音を隠して微笑む。


「二人を連れて来るなんて野暮な事はしませんよ」


「そうよね、二人が楽でいいわよね」

クロードは母に甘い。

息子が最後まで自分を分かっている事に満足した。


(私が遊ぶのを邪魔しなければ、置いといても良かったんだけど、王都に帰る為にはクロードは要らないのよね)


マティルデは明日の計画が上手くいった後を想像して上機嫌だったが、やけにレストランまで遠いと窓を見る。


暗い森に差し掛かると流石にマティルデもおかしいと、窓からの景色で場所を確かめる。


「さあ、着きましたよ」


クロードの声は始めて聞いたような、低い声だ。


「どうしました? 母上、降りて下さい」


レストランがある筈もない暗い森の中。

こんな所で降ろされたくないと、マティルデは首を降る。


「手荒な真似は母上にしたくないのです。ご自分から降りて下さいませんか?」

クロードの目は暗い森の中でも分かる程、氷のように冷たく輝いていた。


違う・・・

これは朝までのクロードではない!!


マティルデは一縷(いちる)の望みを掛けて、馬車から降りた。


やはり、レストランなんてない。


あるのは、森の中の見慣れた廃屋だった。

ここは、ターナ侯爵に言われて帳簿や契約書を燃やした場所だ。


ドクンドクンと心臓が大きく鳴り響く。

マティルデはクロードが開けた小屋の扉をくぐる。


中にはニコラが暗闇の中、蝋燭一本灯して待っていた。


マティルデはニコラが大嫌いだった。いつも自分をごみを見るような目つきで見てくるからだ。


「クロード、ニコラに何か吹き込まれたのね? それとも、リュシーに言われたの? そんな怖い顔をして、何を言われたのよ!!」

マティルデは、クロードに悲しそうな顔を向け、クロードの腕に縋った。


「放して下さい」

クロードはそっけなく、マティルデの腕を払う。


「何よ!! 私が何をしたって言うの? こんな所に騙して連れて来るなんて、なんて親不孝な子なの!!」


マティルデは目を吊り上げて激怒した。


「貴女にとって、親孝行とは毒を飲んで貴女の為に黙って殺される事なのでしょうか?」


バレていた?

焦るマティルデに対して、クロードの表情は全く動かず、何を考えているのか分からない。


「ああ、あの侍女が言ったのね? ちち違うのよ。勘違いしないで!わ、わたしは・・そう、貴方のスープに栄養のある薬を入れようとしていたの。だって、あなた・・・疲れてたから」


頭が回らず言葉が出てこなかったが、それらしい言い訳を考えた。


「私が疲れている・・か。そうでしょうあなたが仕出かした事が山のようにあるのだから。疲れていますよ。でも、今まではお金欲しさに横領等色々していたが、今回ばかりは遣り過ぎましたね」


クロードが合図を送ると、ニコラが愛想笑いをしながら手に、マティルデが侍女に渡した毒の小瓶を持って現れた。


ニコラが取って付けた笑顔で、にこやかにその小瓶をクロードに渡す。

「はい、マティルデ様の愛がいっぱい詰まった栄養剤です」


「あなたはこの領地を犯罪組織に売り渡そうとしていた。『ゼダ』の密輸に手を貸して、さらにこの領地の果物に『ゼダ』を入れて加工し、売り捌こうとしていた。邪魔になった私の毒殺を考え、侍女の子供を誘拐し、実行犯にしようとした。ここまでも十分に許されない事だ。だが、あなたは私をさらに怒らせる事をやってしまったね」


マティルデは、クロードの言った以外の自分がやった事を思いだそうとしたが、出てこない。


「私の妻に『ゼダ』入りのジャムを食べさせようとしましたね」


穏やかに話を続けるクロードに、安心したマティルデは「なんだ、そんな事か」と頬を緩ませた。


「貴方にあんな赤毛で貧相な女は合わないわ。私がもっといい子を紹介して上げる。あの女より私の方が貴方を大事に思っているの。愛しているわ、クロード」


甘ったるい声で、目を細めて微笑むマティルデ。


クロードが「ぶはっ」と可笑しそうに吹き出した。

「貴女が・・愛を語るとは・・くくく」

訝るマティルデの前に立ち、クロードは嬉しそうに語り出した。


「ああ、残念だが私は本当の愛を知ってしまったんだ。貴女の嘘と欲にまみれたそれが愛ではないことを既に知っている」

喋り続けるクロードは、指でマティルデの頭の上に魔方陣を書いている。


「貴女をどんなに絞っても、一滴ですら愛なんてものは出てこないでしょう。だが、私はリュシーから溢れるほどの愛情を受け取ったんです。私にとってリュシーは何ものにも代え難い人なんですよ」


禍々しい真紫の魔方陣が光だす。


「そんな大切なリュシーを私から奪うなんて、どんな罰を受けても足りない。そうだろう? 母上」


ニコラが燃え残った帳簿をクロードに渡す。

クロードは帳簿と毒が入った小瓶をマティルデに差し出した。

それと同時にマティルデの頭の上に有った魔方陣が降りてきてマティルデの体を包む。


すると、なぜかマティルデの意思に反して、マティルデの手は小瓶と帳簿を受けとる。


「ななな何? なんで勝手に体が動くのよ」


「ああ、この魔方陣は嘘を言うと、今自分がしたくないと思う事をしてしまうんだよ。例えば今、貴女が右手に持った毒を飲みたくないと思っていても、自分が嘘を言うと体が勝手に動いて毒を飲んでしまうのさ」


「なっ! 止めなさいクロード!!」


マティルデを無視して、クロードは質問を始め、ニコラは魔石を使ってこの光景を撮り出した。


「この帳簿とターナ侯爵の名前が入った契約書をここで燃やしたのは貴女ですね」


「違う、そんなもの知らないわ!!」


マティルデの右腕がゆっくりと動き、小瓶を口許に運ぼうとする。

抗うように全身に力を入れたが、全く効果なく小瓶がマティルデの口に近付く。


「そうよ!! ターナ侯爵に言われて私がここで燃やしたのよ!!」


クロードとニコラから張り付けた微笑みは消えて、さらに核心に近付く尋問が続いた。


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