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 (アシル視点です)


物心がついた時から、アメリテーヌに甘えた記憶はない。

その他の人にも優しくされた記憶も殆ど無い。


僕が3歳の誕生日の日、母はそんな事をすっかり忘れていて、見知らぬ男の人を屋敷に連れてきたのを覚えている。


僕は誕生日の今日くらいはお祝いをして貰えるのではと淡い期待を持って、母に会いに行った。


「興醒めするから、顔を見せないで!」

母に恐ろしい顔を向けられ、グラスを投げつけられた。


母が男の人を見つめる顔と、僕を見る顔は全然違った。

僕を見ると眉根を寄せて、氷の様な瞳で僕を見る。そして真っ赤な唇は歪み、その口から出る声と言葉で僕の胸をえぐった。


なのに、誕生日だからと言ってどうして優しくして貰えるなんて思ったのだろう・・・。


砕け散ったグラスが僕の心臓を狙っているように尖っていた。

母が割れたグラスを持って、僕を刺すんじゃないかと震えた。


怖くて自分の部屋に走ってすぐにドアを閉めた。

暫く部屋に籠っていると、廊下をばたばたと走り回る侍女の足音がしたと思ったら、雷のような父の怒号が聞こえてきた。


あまりにも怖くて、自分の部屋で布団をかぶって震えていた。


それから、母が屋敷からいなくなり、その後見かける事はなかった。そして、お父様は僕を見る度に、まるで汚らしい物がそこに落ちているような顔をして、背けるようになった。


誰かに理由を尋ねる間もなく、僕の顔を見ると、屋敷で誰も話かけてくれなくなり、僕を避けるようになった。


この時期から、誰も僕と目すら合わなくなって・・・そしたら屋根裏が僕の部屋になった。


屋根裏では、誰とも合わないホッとした気持ちと、僕以外の人のお喋りや笑い声を聞いた寂しさがぐちゃぐちゃになって辛かった。


でも、一番辛かったのは食事がないときだ。お腹が空いて調理場に行くと美味しそうな匂いで溢れているのに、僕の食べ物だけがない事だった。


僕はこの屋敷の幽霊なんだ。

だから、姿を見せると他の人はまるで恐ろしい物を見たように「ひっ」と微かに息を吸う。

僕は何か悪い事をしてしまったに違いない。だから、みんなが僕を避けるんだ。

そう思った僕は、みんなを怖がらせないように、出きるだけひっそりと生きていた。


ある日、僕は梯子でいつものように誰も使っていない時間を見計らって、調理場に水を飲みに行く。


そして、見つからないように屋根裏の部屋に戻ると、僕のベッドに女の人が僕の絵本をじっと見ていた。

ボロボロだけど、僕にとっては大切な絵本だ。

何をするつもりだろうと見ていると、次に僕が畳んだパジャマを見つめて、何故だか鼻をすすっている。泣いているの?


僕は勇気をだして後ろから声をかけた。


「そこにいるのは誰?」


振り向いた女の人は、とても優しそうで、真っ赤な髪の毛が、ドーマー窓から見える夕日みたいに綺麗だった。

朝日を浴びた女の人は、僕をみると女神様のように優しくふんわり微笑む。


「アシル君?」

僕の名前を呼ぶ声はリンリーンと鳴るベルみたいに明るい声だった。

「私はリュシー」


その綺麗な人は名前を教えてくれると、いきなり、「私とお友達になってください」

と手を差し出す。


僕は女の人が何を言っているのか分からなかった。

お気に入りの絵本で、寂しがり屋のクマが狼と友達になって遊ぶお話があるけど、絵本のように僕と一緒に遊んでくれるのかな?


リュシーの手を握るとお友達になれるの?


不安だったけど僕がその手を握ると本当に嬉しそうに笑ってくれた。

そして、僕を屋根裏から連れ出してくれたんだ。


屋敷のみんなが僕とリュシーを見ていたけど、彼女はそんな事はお構い無しで廊下をずんずん歩く。

こんなに明るい廊下を、そして真ん中を歩いたのはいつ以来だろう。

僕はドキドキした。それと、ちょっとだけみんなの目が怖かった。


それからのリュシーの行動は凄まじくて、ドキドキとワクワクが止まらなかった。

屋敷を出てコテージで住めるように掃除して、そこから僕の生活は、急に色付き始めた。

今まで景色は色の薄いぼやけた世界に生きていた。


今は僕が花を摘んでリュシーにあげると、色鮮やかな花と空とリュシーの笑顔が広がる。


音も、屋根裏にいる時は、どこかくぐもった音で聞き取りにくかった。


でも、今ははっきりと聞ける。

いつも、リュシーの笑い声と『アシルー』と僕を呼ぶ声が耳に届く。

するとどんなに嫌な事があっても、心のもやもやがなくなる。


毎日冷たくて味のしないご飯を一人で食べて、しかもそのご飯がない時もあった。


でも今はリュシーが温かくて、美味しいご飯を作ってくれる。

何より嬉しかったのは、ご飯を食べて、『美味しい』って言える事だ。

笑ってお話して一日が終わる時に、楽しくて眠るのが勿体なかった。でも、リュシーが頭を撫でてくれると、もっとお話したいのに、すぐに眠たくなってしまっていつのまにか朝になっている。


僕は眠たくなるけど、リュシーに頭を撫でられるのが大好きだ。

ふわふわする手は春みたいに暖かでずっとこうしてて欲しい。


だから、リュシーが僕のお母様になってくれたらどんなに嬉しいだろうとずっと願っていた。


それにリュシーがいると、お父様が近くまで来てくれる。

リュシーとお父様の間に入って、手を繋いだ時、地面にその影が出来た。影も喜んでいるよ。嬉しくて初めて飴を舐めた時みたいに甘い気持ちが広がった。


ある時、お父様がリュシーのいない時に僕に『大事な話がある』と言ってきた。


僕はお父様が怖い顔をしてたから、怖くて聞きたくなかった。

でも、何も言わなかったら、話を始めちゃった。


『リュシーに結婚して欲しいと言うつもりだ』


お父様が言ったその意味を、よく分かってなくて、僕はお父様にリュシーを取られてしまうと勘違いして首を横に振って反対した。


『リュシーには僕のお母様になって欲しいから嫌だ!!』


絶対にお父様に怒られると思ったけど、僕はお父様に抱き抱えられた。

『良く聞いておくれ。私の奥さんになるという事は、アシルのお母さんになることと同じ事なんだ。だから、私がリュシーと結婚してもいいよね?』


お父様は僕に微笑む。でも一瞬で暗い顔になった。


『だが、アシル・・私がリュシーにフラれてしまった場合・・・』


『・・・どうなるの?』


僕はゴクンと生唾を飲んだ。


『私の奥さんにも、アシルのお母様にもなってくれない・・・ということだ』


『・・・そんなの嫌だよ。お父様、絶対にリュシーとの結婚を成功させて来てね! 絶対だよ!』


僕は必死にお父様にお願いした。今まで誰かにこんなに頼んだ事ってなかった。でも、この時はお父様の服を掴んで、『分かった』と言うまで放さないつもりだったんだけど、お父様が消えそうな声で『絶対は・・・』と言ったきり下を向いてしまう。

お父様を追い詰めるのは良くないと思い直し、自信なさげなお父様を送り出した。



その後、勇気をだしてぷろぽーずというのを成功してくれたお父様。

それで、リュシーは僕のおかあさまになったんだ。


嬉しくて嬉しくて、何度も『おかあさま』って呼ぶ。

その度に『なあに?』って微笑む僕のおかあさま。

僕はお父様と一緒に絶対に優しいおかあさまを守るんだって決めた。


でも、上手く守れなかった。


リュシーの家族と名乗っていた奴らがきた時、おかあさまはとても苦しそうだった。

大好きなおかあさまの家族なら、仲良くしたいと思ったけど、あいつらは僕のおかあさまを影で悪口を言っていたんだ。


侍女にも、使用人にもおかあさまの悪口を言っていたけれど、誰もそれが本当の事だと信じなかった。

僕は、毎日おかあさまが心配だったけれど、なにも出来なかった。


あいつらを追い出したのは、お父様だ。


僕は何も出来なかったのが悔しくて、今度何かあった時は僕がお母様を守れるように勉強と剣術を頑張っている。

表情は出さず、情報は正確により多く集め、行動は迅速に。


あいつらのお陰で僕は、大切な人を守る為にはどうすれば良いのか、学べた。





始めてコルネイユ領を訪れたが、どことなく領民の顔には覇気がない。


その反対に始めて会った祖母のマティルデにはパワーが溢れていたが、その源には悪しき感じがしていた。


そして、僕が驚いたのは、僕の母と名乗るアメリテーヌと言う人物の事だ。

僕とおんなじ金色の髪の毛に、瞳は夏の海の色。

その瞳をうっかり懐かしく感じてしまった。


その瞳を嘘の涙が流れた。


『貴方の側にいたかったのに、クロードとニコラに引き裂かれたのよ』

分かってくれるわよね。と覗き込む。


こんなに美しい人を泣かせてはいけない。

僕はうっかり目の前の嘘を信じそうになった時、後ろにいるお母様がどんな気持ちでこれを見ているのだろうと気が付き振り返った。


僕を見る目に、悲しみと困惑と心配してくれる気持ちが混ざっていた。


ああ、僕が守ろうと思っていたお母様に今、あんな顔をさせたのは・・

・・・僕だ・・・




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