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大人しく領地で生活をしている母のマティルデを、クロードは(ないがし)ろにも出来ず、領地に妻リュシーと息子のアシルを連れて帰る事になった。


馬車で本来2日で着くところ、今回は観光目的で何ヵ所も立ち寄る事になったので、ゆっくりとした日程を組んだ。


妻子に美しい渓谷や、華やかな避暑地を見せてやりたいと望んだためだ。

オルド渓谷では、木漏れ日の中、清流に足を浸してリュシーとアシルが川遊びをするのを見ていたクロードが、屋敷に小川を作ろうと言い出したり・・・


ある宿では、露天風呂で疲れをとったリュシーが、湯上がりでうなじまで桃色に染めて現れ『気持ちが良かったわ』といえば、コテージの横にある池を露天風呂に作り変えると言い出した。


どちらも全力でリュシーが止めた。


「リュシーやアシルが喜ぶ物なら、何でも作りたいのだが・・」

シュンとするクロードについつい笑みが漏れてしまうリュシー。


「また、連れて来て下さい。旦那様と一緒にお出掛けが出来る事が嬉しいのです。屋敷の中に作ってしまってはお出掛けが出来ないですわ。ねっ、アシル」


アシルも、そうだよと頷く。


こんな調子でのんびりと領地に向かっていたが、最後の宿でリュシーとアシルに話があるとソファーに向かい合わせで座ったクロードの顔は沈んだ顔だった。


「明日にはコルネイユ領に入る。そして、そこには私の母であるマティルデがいるが彼女に気を許してはならない」


自分の母の事をクロードが何故そんな風にいうのかが分からず、アシルは素直に尋ねた。

「僕のおばあ様だよね? どうしてなの?」


アシルの清らかな瞳には、祖母は優しい者だと認識しているのだろう。

しかし、当のマティルデはアシルの事を孫だと思っていないはずだ。

どう説明しようかと悩むクロードに、リュシーが救いの手を差し伸べる。

「色んな考えの人がいます。きっと親子や、祖母と孫などの人間関係を持ちたくない人だっているのではないでしょうか? もしかしたら、マティルデ様もそういった人なのかも知れませんね」


アシルはじっと考えていたが、ふと思いだしたように「そうだよね。そういう人がいる事は知っているよ」

と納得していた。


アシルはこの時、自分の産みの母を思い浮かべていたのだ。

だが、優しいリュシーがいる今は、心を揺るがせる事はない。

どこか、遠い人物で忘れていたのだ。


アシルが理解してくれたので、再びクロードが話を先に進めた。

「マティルデと絶対に二人っきりにならないで欲しいんだ・・・きっと愉快な事にはならないから・・」


リュシーはニコラからマティルデの攻撃的な性格を聞いていたが、改めて実の息子のクロードから聞かされると、否が応でも実感した。


その他、事細かにクロードから注意をされたが、その度に後ろで控えているニコラが深く頷く。

つまり、どれも盛っているのではなく、本当の話なので細心の注意を払えという訳だ。


リュシーとアシルはしっかりと忠告を聞いて、領地に入る前にマティルデ対策を覚えた。

だが、待ち構えていたのはマティルデだけではなかったのだ。





クロードは、朝一番で母に妻子の顔を見せてすぐに王都に帰るつもりだった。


領地は温暖な気候で、過ごしやすい。しかし、領地の道すがらにみた人々には生気がない。


「クロード様、領地の皆さんのお顔に覇気がないようですが、何かあったのですか?」


「ああ、ここら辺で生産しているのは果物が主なのだが、日持ちがしないので地産地消で終わってしまう。暑い季節は果物の管理が難しく秋には活気付くのだが・・・それにしても、様子がおかしいな。もうすぐ行けば花の生産が盛んな集落になる。そこは年中活気があるはずだ」


だが、花の産地の町でも人々の顔は妙に沈んでいる。


クロードも異変を感じ、険しい顔になる。

「一体なにがあったのだ?」


その後、手がかりがないまま屋敷に着いた。

あれだけ、嫁と孫に会いたいと言っていたのに、マティルデは出迎えにも来ない。


屋敷の車寄せにいるのは、長年ここで勤めているメイドのテレサだけだ。

クロードをみると、戸惑いの顔で出迎える。


「テレサ、出迎えご苦労だったな」

一度はマティルデに追い出されそうになったが、クロードの尽力でここに戻っているテレサだが、マティルデがいる限り苦労は絶えない。

だが、今日のテレサの顔が辛そうなのは、そういったものではないようだ。


「どうかしたのか?」

クロードの問いかけに、深く肩を落としてテレサが周囲を気にしながら小声で話す。


「クロード様、今日はこのまま奥様とアシル様を連れてお帰りください」

テレサが言った言葉の真意を確かめようと、クロードが口を開いた時、奥からマティルデが現れた。


「あら、テレサ。領主様のクロードを中にも入れず、何をしているの?」

そう言って出てきたマティルデの格好は、太ももまでスリットが入った紫のスリップドレスだ。


初めて嫁や孫を出迎えるには、らしからぬ格好である。

その姿に呆気に取られていたリュシーだったが、思いなおし初めて会う義理の母に挨拶をする。

「初めまして、この度クロード様とー」

「挨拶は抜きよ!! クロードに会って欲しい人がいるのよ」

リュシーの言葉を遮って、クロードだけを招きいれようとする。


この母の無礼な振るまいにクロードは『やはり』と失望する。


「あなたが会いたいと言うから、私の妻子を連れてきたのだ!! リュシーとアシルを邪険にするつもりなら私はここに用はない」


踵を返して帰ろうとするクロードを、マティルデが止める。


「まあ、せっかちな所はビクターそっくりだわ」


マティルデの台詞にクロードの顔がひきつる。

ビクターとはクロードの父だ。

クロードは父が嫌いで、ビクターと似ていると言われるのが嫌でたまらない。


「はいはい、挨拶をすればいいのでしょ? こんにちは、リュシーさんに・・この子がアソル? かしら?」

マティルデは会いたいと言っていたが、まともに名前すら覚えていない。


「息子のアシルだ」

クロードが訂正したが、覚える気もない。


クロードの妻子には、興味の欠片もないマティルデの後ろから「アシルー~ゥ」と甘ったるい声と共に駆けてくる女がいた。


その女はリュシーからアシルを奪うように抱きつく。


「アメリテーヌ・・・何故君がここに?」

前妻の出現に、絶句するクロード。


「クロードったらダメじゃない。母と子を引き離してはいけないわ。リュシーさんもそう思うでしょ?」

マティルデは、嫌味なまでに真っ赤な口紅をつけた口でニタッと口角をあげて笑う。


困惑しているのは、クロードや、リュシーだけではない。

一番驚いているのはアシルだった。


もうすっかり母の面影など忘れていたのに、自分と同じブロンドの髪に海のように青い瞳が、目を潤ませて自分を抱き寄せている。


リュシーの事を考えるとこの腕から離れなくては・・・。

そう思うが、振りほどけない。

強く拒否できないのは、自分とよく似た顔が親子だと分かるせいだ。


『母』。それは子供にとって常に追い求めてしまう存在。


その母を今、退ける事はアシルには無理な事だった。


「さあ、アシル。ここではよく顔が見えないわ。もっと明るい場所に行って、そのお顔を私に見せて頂戴」




アメリテーヌは、リビングにアシルを引っ張るように連れて行き、ソファーに座らせる。

「ああ、やっと会えた。クロードから私の事を何て聞かされているか知らないけれど、私はあなたを置いてあの家を出ていきたくはなかったのよ。でも、ニコラとクロードに私達は引き裂かれたの」


渾身の演技で泣き崩れるアメリテーヌ。

アシルは泣き真似とは分からず、アメリテーヌの頭を優しく撫でる。


「アシルは優しい子ね。だったら私の事を信じてくれるわよね?」


「僕は分からない・・・でも、今日こうしてお母様に会えて嬉しいよ」

これはアシルの正直な気持ちだ。


母がこんなに優しそうな人だったなんて、想像もしていなかった。それに、アメリテーヌは本当に美しくて微笑むと女神のようだった。


でも、アシルには素直にアメリテーヌを受け入れられない理由がある。

それはリュシーの存在だ。

リュシーもアシルにとって、優しい『母』なのだ。


「今日から、アシルは私と暮らしましょうね? あなたも母である私と暮らしたいでしょう?」

アメリテーヌは自信たっぷりに微笑む。


だが、アシルは後ろを振り返り、佇んでいるリュシーを慮る。

今の会話を聞いていたリュシーは、不安そうにただ見つめている。


「誰を見ているのよ。あなたを産んだのはこの私よ。ほら、考えるまでもないでしょ? あの女がアシルに優しくするのは、クロードの財産を狙っているからなのよ」

リュシーを見ていたアシルの腕を力任せに引っ張り、自分の方を向かせようとするアメリテーヌ。


「・・ーッ!」

アシルは痛みを感じて、自分の腕を見る。

強く握ったアメリテーヌの長い爪が、アシルの腕に食い込んでいるのだ。


「僕は・・・よくわからないや! 急に言われても困るから待って欲しいな。ママ」

アシルは急に甘えた声で、返答を待って貰った。


アシルに『ママ』と呼ばれて一応の成果を感じたアメリテーヌは、少し安心したのか、アシルの手を放して返事を待つ事にしたようだ。


「分かったわ。返事を待っているわよ。愛しいアシル」

アメリテーヌはリュシーに向かって勝ち誇ったように微笑み、リビングを出ていった。


いつも読んで頂きありがとうございます。

毎日、一話を投稿したかったのですが、追い付けなくなりました。

ごめんなさい。

ここから二日に一話の投稿を目指して頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします。

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