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  閑話


コルネイユ公爵家にリュシーが来てクロードはすっかり変わった。


あれだけ女遊びをしていたクロードの事だから、すぐに別れるだろうと社交界では噂されていたが、クロードのリュシーへの執着は益々大きくなるばかり。


従って、リュシーが公の大きなパーティーに出ることはほとんど・・無い!

しかし、極まれにリュシーが出席をしたとしても、よこしまな感情をリュシーに向ける男性が、リュシーの半径2メートルに踏み入れる事は許されない。


それは男性に限ったことではなく、女性でも昔クロードに懸惣していたが諦め切れずにリュシーに悪意を向けてくるような女には、身体中の血液が凍るほどの冷たい眼差しを向けられた。


パーティー中、彼がリュシーの手を放すところを見たことがない。


手放すのは、リュシーが

「お花を摘みに言ってきますね」とお手洗いに離れる時だけだ。

しかもそれさえも、名残惜しそうにギリギリまでついていくから、いつの間にか社交界切ってのおしどり夫婦と言われ久しい。


妻を喜ばすことが、目下彼の生き甲斐なのである。

だが、リュシーを喜ばせている回数は断然アシルの方が多いのだ。


今朝もアシルがリュシーの好きな花を食卓に飾ったところ、リュシーはこの世の春全てを集めたような眩しい笑顔をアシルに向けた。


私もあの笑顔を向けられたい・・・。


こんな時に頼りになるのが、ニコラだ。

しかし、ニコラの悪いところは図に乗る事と求める見返りが大きいのだ。


「今日も奥様はアシル様から頂いたお花に、今までで一番良い笑顔を向けられていましたねー」

ニコラはクロードの自尊心を狙いすましたように、見事なアッパーを決めてくる。


「・・・ははは、リュシーは花が好きだからな。アシルは本当にリュシーを喜ばすことが上手で敵わないなぁ」

父親の余裕を見せているが、内心は自分もあの笑顔を引き出したいと焦っていた。


「リュシーさんが満面の笑みどころか、涙を流して喜ぶ姿を見せてくれそうな事、私は知っているんですがねー」

ニコラが流し目でクロードをちろりと見やる。


くわっとクロードの目が開く。

「何だ? どうすればいいんだ?」


「え? 私が言っていいんですか? それって私の手柄になりますけどぉ?」

ニコラがやけに勿体ぶる。


「誰の考えでも、実行すれば私の手腕によるものだ。だから、教えてくれ!」

クロードも食い下がる。


「仕方ないですねー。では私のお願いも聞いてくださいよ?」

ニコラの値踏みする瞳は、クロードが食いついた瞬間から光だした。


「私に出きる事なら、願いの一つや二つ聞いてやる。だから、教えてくれ」

クロードの言葉にニヤリと笑うニコラ。

だがニコラが言った事は、とてもリュシーが大喜びするとは思えない事だった。


リュシーが泣いて喜ぶ事というのが、王都で今予約が取れにくいレストランで、食事をする事だというのだ。


疑いの眼差しを向けるクロードに、ニコラが今度は真剣に言う。

「いいですか? 本当にこのレストランに行けば奥様が泣いて喜ぶのは絶対です。その手柄をクロード様にお譲りしたんですから、絶対に予約して下さい。それと、別の日に私とジゼルの予約も取っておいて下さいねー」


(ニコラがそこで、ジゼルとデートしたかっただけではないのか?)

ニコラに騙された感は否めないが、あそこまで言うのだからやってみようと思った。



レストランで食事をする日、親子三人で久しぶりにお出掛けというので、朝からアシルは大はしゃぎだ。


「旦那様、アシル。お待たせしました」

踵の細いヒールで、小走りにかけてくるリュシー。

レストランということもあって、リュシーは町歩きに適したワンピース姿に着替えている。


濃紺に大きな黄緑色のリーフ模様がプリントされたワンピースに、リュシーの燃えるような赤い髪の毛はとても映えている。

長い髪の毛を三つ編みにしてサイドに流している。


「・・・リュシー・・君はいつも私の心臓を締め付ける・・・」

胸を押さえているクロードの腕を取って、リュシーが寄り添う。


「私の方こそ、その光沢ある黒のスーツ姿の旦那様が素敵すぎて、ドキドキします」


二人が、頬を赤らめて見合っていると、すぐ後ろでゴホンゴホンと咳払いが聞こえた。

「えーと、レストランの予約の時間に間に合わなくなるので、早く馬車にのって下さい」

ニコラの指摘に二人は時計を見る。


「ニコラ、この遣り取りを邪魔しちゃダメだよ。これが『夫婦円満の秘訣』なんだから」


「・・・っ!! アシルったらどこでそんな言葉を覚えたの?!」

リュシーは恥ずかしさで頬が真っ赤になる。


「侍女のみんなが言ってたよ」

侍女の皆さんに何て思われているのだろうと聞きたくもあり、聞きたくないような・・


リュシーは恥ずかしさで今日全てのエネルギーを使って既にヨレヨレなのに、クロードは逆に嬉しそうだ。


そのクロードに、横抱きでかかえられ馬車まで運ばれてしまった。


「こうすれば、少しでも長く触れあえるからね」


生ぬるい眼差しの侍女達に見送られて、やっとお出掛けだ。


馬車の中で今日のお出掛けを不思議に思っていたリュシーが聞く。


「旦那様が王都とは言え、町外れのレストランに予約をされるなんて珍しいですね?」


「・・・あああ? そうかい? とても人気だと聞いたのでね。来たかったんだよ」

クロードは口ごもる。


ニコラはここで飯を食えとしか言わなかった。訳も分からず他の貴族に評判を尋ねた。

美味しくて雰囲気も最高に良かったと、誰に聞いても悪く言う者は居なかった。

だが、兎に角、予約が取れないと皆一様に口を揃えて言うのだ。


そんなにも予約が取れないと聞いていたが、クロードが公爵家の名前を出すととすぐ予約は取れたではないか。


公爵家のネームバリューで予約が取れたと思っていたが、他の公爵が、半年先まで予約が取れなかったと言っているのを聞いた。


なぜコルネイユ公爵家を優遇してくれたのかは分からないのが、腑に落ちずその店を徹底的に調べた。

万が一、公爵家に仇なす者達が営むレストランなら、食材になにを入れられるか分かったものじゃない。


そうして、調べた者からの報告書を読み、ニコラがここを推薦した理由を知った。




馬車を大通りで降りて、そこからは歩いて店まで向かった。

大通りからすぐのところに店があった。


入り口の木の扉は赤く塗られていた。


「さぁ、ここが最近流行りのレストランだ」


赤い扉を開けて、店に入るとすぐに5段下がる階段がある。

そこを降りると赤と緑を基調とした店内が広がっていた。


こじんまりとしたレストラン。左側に5人座れるカウンター席。テーブル席はカップル席が3つ、6人掛けが2つで席数は多くない。


店内に入ると、コック姿の男性と給仕長の男性が二人立っていた。


「いらっしゃいませ、コルネイユ公爵様。奥様のリュシー様、アシル様、お待ちしていました」


自分の名前を言われたリュシーが二人を見る。


リュシーを見つめる暖かな眼差しは、ルコック家でリュシーをいつも助けてくれていた老執事グイドと老料理長のマカーリオだった。


リュシーの瞳が大きく開かれ、そこから大粒の涙が溢れだす。

懐かしい二人が目の前で微笑んでいる。


「グイド! マカーリオ! 会いたかったわ・・・私・・今凄く幸せで・・それを伝えたくて・・」


「リュシー・・泣かないでおくれ。公爵夫人になった幸せな顔を私たちに見せてくれ」


「そうだよ。そんなに綺麗な服を着て、旦那さんもかわいいお子さんもいる。あとはリュシーの笑顔を見たいってもんだ」


二人に言われ、リュシーは頬に伝う涙を止める事は出来なかったが、微笑む顔は見せる事が出来た。


事前に調べた報告書に、リュシーを影で支えていたルコック家の執事と料理長の二人のお店だと分かった。

(この二人が、父親の代わりにリュシーを大切に守ってくれていた人達だ)


きっとこの二人がいなければ、リュシーはこんなにも優しく明るく逞しくはなって居なかっただろう。

ともすれば、あの偽家族の元では生存すら危ぶまれていたかも知れない。


二人はクロードを見ると、婿を見るが如く少し厳しいチェックをしたが、すぐに愛おしい愛娘の夫であり、自分達にとっては義理の息子のような気安さでクロードに握手を求めた。


「初めまして、貴方に会えるのを楽しみにしていました。今日は私達のリュシーを連れて来ていただき本当に感謝しています」


「こちらこそ、無理な予約をいれてもらってありがとうございます」


リュシーの本当の父親とは永遠に解り合えなかったが、この人達とは長く付き合いたいとクロードは願う。


「そして、こちらがアシル様だね? こんにちは、今日は私が腕に縒りを掛けてごちそうを作るからいっぱい食べて行って下さいね」

マカーリオが大きな声で言い、にっこり笑うとアシルも釣られて

大きな声で御挨拶が出来た。

「はい、いっぱい食べます」


満員の店内。

案内されたのは、中庭が望めるリラックスできるテーブル席だった。

「急な予約で、こんな良い席を用意してくれて・・・他のお客様にご迷惑を掛けてしまったのではありませんか?」

クロードが心配するのも無理はない。


「心配はご無用です。この席はいつリュシーが来てもいいように常に『予約席』の札を立てていましたから・・。それに本当はリュシーが行く宛がなくなったら一緒にこの店を手伝ってもらおうと考えて開業したんですよ。こんなにも人気店になるとは思ってもいなかったんですけどね」


ずっと『予約制』の札がおかれているだけの席に、今日始めてその札が取り除かれてお客様が座る。


グイドとマカーリオは、家族仲良く微笑むリュシーの姿を見て心からの安堵と喜びで胸がいっぱいになった。


運ばれて来たマカーリオの料理は、懐かしい味だった。この優しい味はリュシーの心に負った傷をいつも癒してくれていた。

グイドが料理に合わせて選んでくれたワインは、その料理と気分に一番合う物を選んでくれた。

実家に帰ったような寛ぎと安らぎを感じて、リュシーは少し飲み過ぎてしまう。


全てのコース料理が終わり、店を出る頃には千鳥足になったリュシーをクロードが支える。


それをみたグイドとマカーリオが意外そうに驚いた。

「この子がこんなに無防備に、誰かに甘える姿を始めて見ました。きっとリュシーが一番心許せる場所はクロード様なんでしょうね。どうぞ、うち(▪▪)の娘をこれからもよろしくお願いします」

グイドが頭を下げる。


「リュシーを泣かすような事は絶対に許さないよ。それからアシル様、お母さんをよろしく頼むよ」

マカーリオがクロードとアシルに言う。

「もちろんです。リュシーを全力で守ります」

「僕も、一生懸命お母様を守るからね」


「グイド、マカーリオ・・今日は本当にありがとう。わたしの・・家にも来てほしいなぁ」

ちょっぴり飲み過ぎたリュシーは、子供みたいに遊びに来て欲しいと二人にねだる。


「うんうん、今度行くね」

そう約束してもらうと嬉しそうに、リュシーは微笑んだ。




馬車に乗ると、すやすやとリュシーは寝てしまう。

「お父様。お母様、寝ちゃったね」

「きっと嬉しい事がいっぱいで飲み過ぎたんだよ。このまま寝かせてあげよう」

「うん、だって今日のお母様はちょっと子供みたいに笑ってたから、僕も嬉しかった」


「うー・・ん・・こどもじゃないもん・・・」

リュシーが寝ぼけて、またすーすーと寝息を立てる。


クロードとアシルが顔を見合わせて、『ふふふ』『ははは』と笑いリュシーの満足そうな顔を二人は屋敷に着くまで見ていた。


沢山、誤字脱字見つけて頂きありがとうございます。

すぐに直させて頂きました。


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