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03


コルネイユ家の執事であるニコラ・エンベルトは悩んでいた。


ニコラは、ルコック伯爵令嬢のリュシーを、主であるクロードの再婚相手に望んでいる。

もちろんクロードは一切知らない事だ。


でも、彼の長年の付き合いと勘で、クロードとリュシーのカップルは上手くいくと踏んでいる。


ただ、ルコック伯爵に公爵家の妻にリュシーを望んでいると言えば、高い確率でリュシーの義妹であるオレリアを押し付けられるだろう。


また、このオレリアの見た目は、男を引き付ける容姿に甘ったるい喋り方。贅沢が好きで子供に興味はない。

ニコラならこんな女は選ばないが、クロードの好みにぴったり当てはまるのだ。



何とか伯爵を騙して、リュシーの籍をルコックから外さないといけない。

ここは金をちらつかせたら、何とかなりそうだった。

一番の難関はリュシー本人に、どう言えばいいのだろうか。

ニコラは伝え方をまだ考えていなかった。


リュシーに会う前に、良い口実を考えボソボソと口に出してみる。

「私の主は貴女の事を好きになるかどうか分かりませんが、主と結婚してくれませんか?」

(いやいや、これはダメだろう)


「女好きの主で、他に女を連れ込む可能性があります。でも、可愛いご子息がいるので、面倒を見てほしいのです」

(・・・殴られるな)


どう言えば、リュシーを説得して、コルネイユ公爵家に嫁いでくれるだろうかと、試算するが全くいい案が浮かばない。


ニコラはルコック伯爵家の前で、頭を抱えて座りこんでいた。


「ねぇ、貴方は確か2年前、私に宝石やハンカチを落としたか聞いてきた人よね? 家の前で何をしているの?」


ニコラが頭を上げると、すぐ近くにリュシーが訝しげに覗き込んでいる。


「ッ!! あの、私はコルネイユ公爵家の執事をしておりますニコラと申します。どうぞお見知り置き下さい」


立ち上がり、一瞬慌てていたが、すぐに優雅に名乗った。


なんとも胡散臭い人だと、リュシーが眉根を寄せた。

「はぁ、それで?」と言い掛けたリュシーは急に顔色を変える。


「ック!! もしかして、父や義母がコルネイユ家にまでお金を借りていたんでしょうか?・・・ああ、なんて事なの。まだ、オレリアのドレス代も払えてないのに・・・」


リュシーの余りの動揺ぶりに急いで否定する。

「いいえ、違います。私は貴女に用事があって来たんです」

頭を抱えるリュシーに手を取って、落ち着かせようとしたが逆効果だった。


「きゃー!!私、売られるのね!借金はお返ししますーーだから、助けてぇーー」

慌ててニコラは手を離したが、叫び声にグイドとマカーリオが飛び出してきた。


「私の娘に何の用だ!」

マカーリオが箒でニコラを威嚇する。


「ちょっと、話を聞いて下さい」

ニコラが両手を広げて横に振り、『違う!違う!!ちがーう!』と連発した所で、漸く混乱が収まった。



丁度、ルコック伯爵と義母と義妹は、お金もないのにお茶会に出席していて留守だった。

その間に、ニコラはリュシーとグイドとマカーリオに話をした。


「・・・先程言いましたように、我が主は前妻とそのような事があり、子供もいるのに、ずっと放置しています。きっとリュシー様ならば、我が主を助けてくれると思いお願いにやって参りました」


ニコラの話を聞いたグイドとマカーリオは、渋い顔をしている。


「するってえと、そのクロードは結婚しても他に女を作ったり、リュシーが家にいるのに寄り付かない可能性もあるのかい?」

マカーリオの怒りのストッパーが切れて、突っかかる。


「でも、この話リュシー様には良い縁談だと、私は自負しています」

ニコラが苦しげに言葉を繋げる。


「は? どこがいい話なんだ?」

マカーリオの声が低く凄む。


「こちらのルコック家の家計は、今や破産寸前です。このままではリュシー様をどこかの貴族に売り飛ばす可能性が大きいと思われます」

ニコラはこの脅し文句を言いたくなかった。

だが、この言葉でリュシーの心が動く。


「うーん。私・・・このコルネイユ公爵のところに行きます。だって、本当にこのままじゃ、どこかに売り飛ばされそうだし、この人は私の事を心配してくれて、悪い人ではないと、話ていて分かったもの。味方が一人でもいてくれるって安心よ。それに、そのアシルって子のお友達になってあげたいの」


グイドもマカーリオも、このままここに居てもリュシーが幸せになれないと知っていた。

しかも、二人はとうに引退時期を過ぎているのだ。

老い先短い二人では、彼女を守る事は出来そうにない。


「後は如何にあの守銭奴達を騙すかが、問題だな」

マカーリオが、腕を組む。

リュシーの父、義母、義妹の顔が4人の脳裏に浮かんできた。


「その方法は既に考えています」

ニコラが計画を話すと、グイドが「それならば、私もお手伝いできましょう」と久しぶりに黒いグイドが動き出した。



◇□ ◇□ ◇□


日を改めて、ニコラがルコック伯爵に会いに来た。


当日、ルコック家の卑しい面々は、コルネイユ公爵の執事が会いに来るなんてどういう用事なのだろうと、ああでもないこうでもないと言い合っていた。


「もしかして、私に公爵様が求婚にいらしたのかしら? 随分前のパーティーで、公爵様が私の事をチラチラ見ていた気がするものー」

オレリアが浮き足立っている。


「きっとそうよ。私達にも漸く運が向いてきたわね」

義母のドロテはもうドレスのカタログを見ている。


そこへ、グイドがお客様の来訪を告げた。

三人は欲深い顔を隠し、満面の笑みでお出迎えをする。


「私がこの屋敷の主のアベーレ・ルコックだ。早速そちらの用事を聞こう」

焦っているので、伯爵は玄関先で用事を聞いてしまう。


「ご主人様、先ずは応接室にお客様をお通ししましょう」

グイドに言われて、ルコック伯爵はそそくさと移動を始めた。

横柄な態度を取るが、小走りになってしまう辺りが、小物である。



応接室では、ルコック伯爵とオレリアとドロテが、テーブルを挟んだニコラに向かい合って座っている。

三人の後ろにリュシーとグイドは使用人らしく立っている。


「では、手短に話しますと・・・今回のご用件と言うのは、こちらのご令嬢のリュシー様の事でお話があるのです」


リュシーの名前を出した途端、三人の顔が険悪になる。

「は? リュシーに何の用なの? あの子はどこにも行かせませんよ!!」

ドロテは足を組んでいきなり横柄な態度に変わった。

「なんでリュシーなのよ! 公爵様は私の顔を見てないのかしら?」

オレリアも憤慨して、腕を組む。


二人の高慢ちきな素顔に、ニコラはうんざりしながら、鞄を探るふりをして舌打ちを隠した。

「・・・今回、78歳の男爵がこちらのリュシー様を見初めて是非にと仰られまして、私が間を取り持つ事になったのです。その・・ルコック家に渡す結納金として・・こちらをお渡しする用意があるそうです」

ニコラは紙に書いた金額を見せる。


三人の顔が輝いた。


「凄い金額じゃない。それに、78歳男爵ってお姉さまにぴったりだわ」

オレリアは義姉の嫁ぎ先が、酷くてご満悦だ。口を開けて大笑いしていた。


ルコック伯爵は、まだ値段が吊り上げられるのではと値踏みを考え、舌舐りをする。それを見たグイドが、ルコックの側に寄って、紙に書かれた書類を見せた。


するとルコックは娘の値段の吊り上げを止めて、その金額で承知した。


グイドが見せた書類は、返済が迫った借用書だ。返済が滞れば屋敷の全ての家具が差し押さえになるものだった。

金額を吊り上げるより、返済期限を優先したのだ。


ルコック伯爵は意気揚々と全ての書類に署名を始める。

その中には、今後一切リュシーとは縁を切り関わらないという書類もあったが、喜びサインをしようとしている。


ニコラが、ルコック伯爵に父親としての情はないのかと訝り、その書類にサインをする前に一応の説明を加えた。

「こちらの用紙に書かれている事は、お嬢さんであるリュシー様と縁を切るものですが、宜しいですか?」

言ってみたものの、返答はあっさりとしたものだった。


「ああ、縁より金だろう。これにサインすれば金がもらえるんだな?」


一瞬の迷いもなくサインが書かれた。


「今さらお姉さまと縁なんて・・くふふふ、要らないわよねぇ!!」

可笑しいとばかりにオレリアがお腹を押さえて笑う。


「私なんてずっとこの子との縁を切りたかったのよ。清々するわ」

ドロテは夫が書いたサインを、満足気に眺めた。


ニコラはリュシーを思って聞いたことが、逆に悪い結果になってしまったと深く後悔した。

リュシーをそっと横目で見たが、何の感情も表す事なく立っている。

一刻もここから出してやる方がリュシーの為だと思い、ニコラはさっさと話を進めた。


「では、早速本日からリュシー様は、こちらの方で暫く面倒を見させて頂きます」

ニコラがそう言っても、前に座る三人の関心はお金しかなかった。


出発の用意を済ませたリュシーが、応接室に入ったが誰も無関心だった。

ニコラがリュシーを連れて行こうとすると、ドロテが「待った」を掛けた。


「あの子が持って行こうとしている荷物を検めさせて頂戴」

ドロテはリュシーが持っている小さな手提げ鞄を引ったくるように奪った。


鞄の中には、お仕着せ二着と古い普段着1着だった。

たったこれだけなのに、ドロテは普段着を鞄から抜き取った。


「今着ている服があるじゃない。二着も要らないわぁ。金持ちの色ボケ男爵に買ってもらいなさいよ」

義母が嬉しそうに服を取り上げると、オレリアも「お母様のいう通りね。でも、一着も買って貰えないまま男爵に捨てられるかもね」と母の所業に手を叩いて喜んでいる。


ニコラは吐き気がした。こんな時でも、当のリュシーは何も言わない。

こんなところに一刻もいられないとばかりに、ニコラはサッサとリュシーの腕を引っ張って屋敷を出た。


老執事グイドと、老料理長マカーリオが門まで見送りに来てくれたとリュシーは思って頭を下げたが、そのまま二人は門を出た。


二人も鞄を持っている。

「ははは、今日でわしらも退職だ。これから、二人で旅に出ようと思ってな。リュシーはわしらの仕えるべきお嬢様だ。そのお嬢様がいないんじゃ、ここにいても仕方がない。リュシー、体に気をつけてな」


長年支えてくれた二人に、退職金すら渡せない事がリュシーは悔しかった。

なにかないかと、鞄を開けようとするが、さっきドロテに最後の服を取り上げられたのを思い出し落胆する。


二人にはリュシーの考えている事はお見通しだったようで、リュシーの手を取って首を振る。


「娘のように思っていたお嬢様から、何も頂けません。それよりもリュシーが元気でいてくれる事が何よりです」


実父によって荒らされた心を、グイドの暖かな言葉が癒してくれた。


「はい、本当に長い間ありがとうございました。私にとってお二人は父であり、先生でした。どうぞお体に気を付けて旅を楽しんで下さい」



三人は抱き合って別れを惜しんだ。



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