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クロードはアシルの部屋にいるリュシーに、事の顛末をどう説明しようかと頭を悩ませていた。


当初、屋敷を奪ってルコック一家を少し苦労させれば、今まで辛い思いをさせていたリュシーに対して謝罪の念が生じるのではと考えていたが、奴らの性根は腐りきっていた。


全く反省もしない彼らを放置する事も出来ず、クロードは最終手段を取らざるを得なかった。


子供部屋に入るとアシルは疲れたのか、もう眠っていた。

リュシーはベッド脇の椅子に座り、アシルの手を握っていた。


クロードが息子の可愛い顔を覗くと、その顔は子供の健やかな寝顔ではなく、夢見が悪いのか険しい表情で固く目を瞑っている。


あの家族のせいで苦しんでいるリュシーを間近に見て、アシルがどんなに心を痛めていたのかがわかった。


クロードはアシルの頬を優しく撫で、「もう大丈夫だ。リュシーを悲しませる悪い奴はいなくなったよ」と語りかける。

するとアシルの夢の中にその声が届いたのか、眉間のシワが伸びて、アシルは穏やかな顔になった。


アシルへ語った言葉を聞き、リュシーがクロードを見上げる。

「ああ、終わったよ」

リュシーを安心させるように頷く。


「あの人達はどうなったのですか? 話をお聞かせ下さい」

リュシーに言われ、クロードは場所を執務室に移した。



執務室のソファーにお互い向き合って座る。

すぐに、控えめな音のノックがしてジゼルとニコラが一緒に入って来た。


ジゼルは二人の前に紅茶を用意して、一礼をするとすぐに部屋から出ていった。


ニコラはテーブルの空いたところに数枚の書類を、置いてクロードの後ろに控える。


「始めに謝らせて欲しい。すまなかった」

クロードがいきなり謝罪したので、リュシーは慌てる。


「謝らないといけないのは、私の方です。私の事でご迷惑をお掛けしたと言うのに・・」


クロードは首を振ってリュシーの言葉を止めた。

「私が謝ったのは、君が余りにも優しいからすっかり優しい家族の元で育ったのだと勘違いして、辛い思いをさせてしまった事だ」


再び頭を下げようとするクロードを、今度はリュシーは押し止めた。


「違います。私はここにいるみんなに、本当の事を話すのが恥ずかしかったの・・・家族に見向きもされず虐げられていた事を話せば、疎んじられると勝手に思ってしまったの・・・それに、旦那様がオレリアと私を見比べたら、捨てられるんじゃないかと怖かったの」


リュシーの不安を消そうとすぐに否定する。

「リュシー、君が恥ずかしがる必要はないよ。どんなに困難な事も逃げずに頑張って来たことをむしろ誇って欲しい。私は、そんなリュシーだから好きになったのだと思う・・・私はもう、どんな女性がきても目に入らないよ。ずっと君だけを見ている」

クロードが暖かい手をリュシーの冷たい手の甲に覆い被せた。


リュシーの心に暖かい液体が注ぎ込まれるように、満たされていく。


「・・・もう一つ・・君の家族の処遇なのだが・・・」

クロードはリュシーが傷付かないようには細心の注意を払い言葉を選んだ。


「私は貴女を侮辱した行為は、我が公爵家を侮辱したと見なし、その責めを負わす事を決定した」


(もう一つの罪、誣告罪(ぶこくざい)を追加したが・・・)


「公爵家が侮辱されてそのままでは示しが付かないので、これは致し方ない事だと思ってください」

ニコラがリュシーの気持ちに負担にならない用に言葉を足した。


クロードはリュシーに全てを話すつもりはない。いずれはわかる事だが、今ではないと思っている。

「コホン。それから彼らはその罪により、身分を引き下げた。彼らを今のままの身分にしておくことは彼らの為にも良くない。また、少々(▪▪)不自由な思いはするだろうが・・・それと引き換えという形で償ってもらう事にした。これで、気分を一新して彼らには一歩を踏み出して欲しい」


(犯罪奴隷としての新たな一歩だ)

クロードが流刑地で汗水垂らして働く彼らを想像し、フッと笑いを漏らした。

それを素早く察してニコラが睨む。


(奥さまの前ですよ!!)


だが、リュシーはクロードの笑いを別の意味に取った。

「そうですね、心を入れ換えて一から頑張って欲しいです」


心から家族の再出発を願い、目を閉じて祈る彼女だが、あのルコック家の貧汚(たんお)な三人には届く事はないだろう。


しかし、ルコック伯爵達が来て良かったこともあったのは確かだった。彼らに引っ掻き回された様にみえた公爵家は、屋敷の主から下っ端の下級侍女に至るまで結束が固まったのは副産物だった。






ルコック家の三人がいなくなってから、再びコルネイユ公爵家には明るい穏やかな日々が帰ってきた。


週末は三人だけでコテージで過ごす事が恒例になり、クロードとアシルのピザ窯作りが再開した。


二人が目指しているのはかなり本格的なピザ窯のようだった。


土台作りから始まり、耐火レンガをモルタルで積んでいく。

そして、ようやく立派な二層式のアーチ型で煙突付気の立派なピザ窯ができた。


そして、今日はピザ窯のお披露目会だ。


ジゼルとニコラ、ソレーヌもいる。料理長のシモンはピザの焼き加減を見てくれるようだ。

また、アシルは剣術の師匠という事で騎士団長のウルバーノも招待していた。


コテージの庭にテーブルと椅子を並べ、食器や飲み物をリュシーとジゼルが用意している。


その横で男達がピザ窯の下の段に火を入れている。

シモンが上の段の温度を確かめる。

「もっと高温にならないといけないので、もっと薪を入れて下さい」

「はーい」「任しとけ」

「了解した」「分かった」

男達はシモン料理長の指示にしたがって、慎重に温度を上げている。


ゆっくり時間をかけて窯の中の温度を上げるのに、2時間以上は掛かると言われ、初めは窯を見ていた4人の男達(アシル、クロード、ニコラ、ウルバーノ)は次第にソワソワしてまだ温まっていない窯の中に、ピザの上にのせるはずの野菜を焼き出した。


それが発覚してリュシー達女性陣に怒られるのは30分後だ。

だが、今はテンションが上がっているのでピザプレートにピーマンやアスパラを乗せてピザ窯に入れてワクワクしている。


「もう焼けたんじゃない?」

アシルが目を細めて窯の中を見ている。

「よし、出そう」

クロードがピザピールで取り出す。


「「「「おおお!!」」」」


香ばしく野菜が焼けている。

軽く塩をふって食べると、美味しくて再び歓喜が沸く。



一方キッチンでは、シモンに教わってピザ生地を作っていたリュシーが生地を広げ、ピザソースを塗り洗っていた野菜に手を伸ばすと・・・そこにあるはずの野菜がない。


そこに外から男達の「野菜が旨い!」「アスパラは塩かけると美味しい!」という声が聞こえてきた。


リュシーがすぐに庭に出て確かめると、やはり焼いた野菜を男達が満足げに摘まんで食べている。


「もう! その野菜は今からピザの上に乗せて焼く筈だったのに、誰が焼いたんですか?」


4人はお互い罰の悪そうな顔を見合っている。

これは4人ともが共犯に違いないとピンとくる。


「俺が今から本館の調理場で野菜をもらって来ますよ。じゃあ!」

ウルバーノはリュシーに怒られる前に、さっさと馬に乗り逃げた。


ここで、アシルの素直な子供らしい率直さで「おかあさん、野菜を食べてごめんなさい」と謝る。


これでリュシーは降参し、その後すぐにウルバーノによってと届けられた野菜で、無事ピザを焼くことができた。


庭で寛ぎ、家族と使用人という仲間達と過ごすクロードの休日。

自分と息子で作ったピザ窯。

「美味しい」と言って喜んでくれる妻子。


ビアグラスを傾けて、今飲むビールは最高に美味しかった。


クロードの人生でこんなにゆったりと、心和む時間があっただろうか?

リュシーのもたらしてくれたこの穏やかな生活を守りたいと強く思った。


大いに食べて飲んだ、楽しい宴は日の暮れと一緒に終わり、其々の場所に帰った。



コテージで簡単な夕御飯を食べると、沢山の人に囲まれていたのに急に一人になるのを心細く感じたアシルは、リュシーの手を放さない。


リュシーの掌に安心したのか、アシルが目を擦り始めた。


「アシル、もう眠たくなったのね。ベッドに行きましょう」

リュシーが立ち上がると、クロードはアシルをだっこしてベッドまで運ぶ。


ベッドに入ったアシルはリュシーの手をぎゅっと掴んで放さない。


「僕が眠るまで傍にいてくれる?」

真ん丸な青い瞳を眠そうに、瞬きしながら訴えられたリュシーは、クスッと笑いリュシーの額にキスをして、傍にいることを約束した。


リュシーは約束を破らない。その信頼と安心でアシルはすぐに小さな寝息を立ててぐっすりと眠った。


「さっき、アシルにお願いされて、どうして笑ったの?」

アシルのお願いに、リュシーが笑ったのを不思議に思い聞く。


「だって、あなたにそっくりな顔で『傍にいて』ってお願いされたのよ。可愛くてつい笑ってしまったの」


「・・・『あなた』って・・それもいい・・」

アシルのベッド脇に座るリュシーを見下ろすクロードが、にやける口元を隠す。


「じゃあ、私が眠るまで傍にいて欲しいと頼めばずっと傍にいてくれるか?」

「え?」

クロードはリュシーが返事をする前に、抱き上げて夫婦の寝室に向かう。


「あの・・・私まだお風呂に入っていないわ。だから・・」


「だから? ああ、そうか! そういうのもいいね」

嬉々としてリュシーを連れて浴室に向かうクロード。


リュシーがクロードが言った『そういうの』がどういうものか理解したのは、すぐだった。


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