28
クロードの怒りに満ちた雷のような声に、その場にいるものは竦み上がった。
クロードは、ドア近くで控えていた騎士の腰に佩いていた剣を引き抜き、オレリアの首に当てる。
「ひいいいーー」
オレリアが悲鳴をあげても、アベーレとドロテは、クロードが恐ろしくて動けない。
「おまえのだと言い張るそのネックレスとイヤリングは、私がリュシーのために買ったものだ!! それを買ったセルブスの店は全て一点物。おまえの物である訳がない。つまり、おまえは公爵夫人のリュシーを泥棒だと嘘をついて
貶めたのだ」
「すすすすみません!!! 私が悪かっったです。許してェェー!! すぐに、今すぐに外します」
オレリアはイヤリングを外そうと、手を耳に伸ばそうとした。
「おい、動くな!!」
クロードはそう言うと、ニヤリと嗤う。
「おまえの汚い手で、リュシーの物を二度と触れるな!!」
「でででは、どどどうやって外せば・・?」
オレリアは首に当たっている剣の冷たさにビクビクしながら、上げた手を動かせず青ざめている。
「簡単な事だ、おまえの首をはねて、耳を切ればすぐに取れるだろう?」
聞き終わった瞬間、オレリアは腰を抜かしてしまった。
「フンッ!! この屋敷をおまえの薄汚い血で汚す訳がないだろう。ソレーヌ、そいつからアクセサリーを取って、綺麗に消毒しておいてくれ」
本気でクロードが剣でオレリアを切るのではないかと、止めに入ろうとしていたリュシーは安堵で、ホッとため息をつく。
クロードはリュシーを見てニコッと微笑みリュシーを安心させる。
しかし、前を向いてアベーレとドロテを目にすると再び憎悪の渦巻く灰色の目が光る。
「お前達はこのリュシーを自分達の都合で除籍していたのにも拘わらず、リュシーの家族だと偽ってこの屋敷で好き勝手をしてくれたな。これがアベーレ、お前のサインが入った証拠だ」
確かに以前ニコラが来た時、金欲しさにリュシーとは縁を切るという書類にサインをしたのをアベーレは思い出した。
いつもは愚鈍なアベーレが、この時ばかりは逸早く動いた。
「リュシーを・・・いえ、公爵夫人を頼ってここに来たいと言い出したのは、このドロテとオレリアの二人です。私はただただ、二人について来ただけで、全く関係ございません」
クロードに膝歩きですり寄る。
その後ろでドロテが間髪入れず叫んだ。
「あなただって、リュシーを盗人にして、オレリアを公爵の後釜にすれば安泰だって、言ってたじゃない! 私に罪をなすり付けないでよ」
愚かな夫婦が喧嘩を始める。
これ以上リュシーの前で話を聞かせるのは、酷だと判断したクロードは一喝する。
「黙れっ!! お前達は私を騙し図々しくもこの屋敷で飲み食いした。その費用は支払ってもらわんといけないな」
お金で事が収まるならと、アベーレとドロテは「お金はお支払します」と揉み手をする。
しかし、請求された金額は到底支払える金額ではなかった。
けれども二人は、事も無げに「もちろんこの金額を全額お支払します」と愛想良く笑う。
(こんな金額支払える訳ないじゃないか)
(そうよ、こんなのどうしたって無理なんだから、今は『払う』って言ってて借金は踏み倒せばいいのよ)
二人の間に、こんな無言のやり取りがあった。
「そうか、『支払う』のだな!?」
クロードの最終確認に二人は、
「ええ、もちろん払いますわ」
と言い切った。
ここで、クロードがリュシーを振り返り、優しく退室を促す。
「元とはいえ、父親だった人が借金を抱える姿は見せたくない。だから、リュシーはアシルの部屋で待っててほしい」
リュシーは、クロードが自分に配慮して言ってくれた事に感謝し、元家族を心配しながらも、食堂を出てアシルの部屋に向かった。
残された三人はここから、地獄に追い落とされるとも知らずに、どうやって借金を踏み倒そうかと思案している。
愛しい妻がしっかりと食堂から出て、遠ざかったのを確認すると、クロードの顔が変わった。
怒りで、クロードの体内の炎が燃え盛っている。
部屋の温度は上昇するが、この部屋にいる公爵家の使用人の為に、気持ちを押さえた。
「先程の費用には、公爵夫人に対する侮辱罪が入っていなかった。この金額は、我が妻を泥棒扱いし、侮辱した罪の慰謝料が入っている」
見せられた金額は更に驚くべく金額だった。
借金を払う気のないアベーレとドロテはその金額を見ても、『払いますよ』と言ってのける。
(やはりな)
クロードは二人が全く支払う気がないのを見抜いていた。
「では、お前達が払うと言ったのだから、実現可能にして欲しいのだ。私は口約束なんてするつもりはない」
「え?! どういう・・・?」
戸惑っているアベーレの前にサインをするだけの書類がおかれた。
険しい顔でアベーレが黙読すると、その横からドロテも顔を割り入れて読む。
「屋敷と領地の差し押さえ・・?そんなバカな事が出来るか!!」
アベーレは怒鳴って書類を床に投げつける。
「そうよ!! あの屋敷は私達のよ」
ドロテも金切り声を上げた。
クロードは喉の奥で「くくっ」と笑う。
想像通りの行動をアベーレとドロテがしてくれたのだ。
「では、これよりアベーレ・ルコックとその妻、ドロテ。そして娘のオレリアには公爵家の妻に対する侮辱罪と虚偽の申告で我が妻を泥棒に仕立て上げようとした罪である誣告罪で投獄する」
その声で部屋に騎士隊がざざっと入ってきて、三人を取り押さえる。
「どういう事だ?!!」
「何の真似なの?!!」
「痛いわ! 離しなさいよ!!」
床にねじ伏せられた三人に、クロードが冷たく説明し始めた。
「愛しい妻のために慰謝料を払えば許そうと思っていたが、全く反省のないお前達は目に余る。これから爵位剥奪の上、投獄する。斬首にならなければ、犯罪奴隷としていつかは牢屋から出られるかもしれんな」
「待ってくれ!!! 払う!!
それに今までリュシーにした事も詫びるから許してくれー!!」
「そうよ、リュシー!! 私の愛しい娘。これからはきっと大切にするわ!!」
「お姉さまあああ!! 今までしてきた事を謝るわ!! だから、助けてよー!!」
事の重大さをやっと理解したアベーレ達は本気で許しを乞うた。
きっとリュシーがここにいたら、クロードに元家族を許してやって欲しいと頼んだかもしれないが、ここにはいない。
いるのは浅はかな者共を、射殺しそうなほど冷たい目で見ているクロードだけだ。
「連れていけ!!」
クロードの声に、騎士達は手錠と足枷を付けアベーレとドロテ、オレリアを肩を掴んで立たせると引っ立てていった。
クロードが部屋を見回すと、ジゼルとソレーヌが目に涙を浮かべている。
(しまった!!やはり妻の家族に対してやり過ぎたのか?)
焦るクロードにジゼルが深々と頭を下げ感謝を述べる。
「クロード様! ありがとうございます! もしかしたら、ブロンドヘアのオレリアに騙されてしまうんじゃないかと気が気じゃありませんでした。でも、ちゃんとリュシー様を信じて下さって本当に良かったです・・今までのクロード様でしたら、美人にコロッと騙されぇぇああああ」
ソレーヌが、ジゼルの口を無理に塞いで黙らせた。
これ以上はそれこそ侮辱罪だ。
だが、クロードはそれを楽しそうに笑って見ていた。
「どうやら、君達にも心配されていたんだな。だが、もう騙されない。私は大丈夫だ。これからはリュシーただ一人を愛して生きていくよ」
この食堂で成り行きを見守っていた多くの使用人が、大きな拍手でクロードを讃えた。
その拍手に混じって、嫌味なくらい大袈裟な拍手が聞こえてきた。
領地から帰ってきたニコラだ。
「もう、無事に終わったみたいですね。向こうにいる時はクロード様がまたふらふらしないかとても不安でしたが本当に良かった。成長しましたねー。クロード様」
「チッ! 嫌な奴だな。私がリュシーを裏切る訳ないだろう。あんなに優しくて、賢く心が綺麗な女性は他にいないだろう? 私は女性を見る目はあるんだ」
侍女達のジト目に気付かないクロード・・・。
その女性を連れてきたのは私です!!と必死に訴えているニコラにも気がついていない。
◇□ ◇□ ◆■
手錠と足枷を付けられたアベーレ、ドロテとオレリアの三人は、騎士に公爵家の廊下を引き摺られて行く。
オレリアは、自分を世話をしてくれていた侍女を見つけると、騎士の手を振りきって泣きついた。
「あなた達、助けて! これは何かの間違いなのよ。きっとお義姉様が私達を陥れたの」
「そうなのよ、私達はあの子に・・」
ドロテが言い終わらないうちに、スカートを触られている侍女が、パンッとオレリアの手を払う。
「この屋敷の人はあんた達が奥様にしてきた事を知っているんだよ。牢に入って反省しな」
「ひでぇ、話だよな。散々働かせておいて、幸せになっていると聞き付けたら今度はそこからも追い出そうなんて、人のする事じゃないぜ」
屋敷の者達が口々に三人を罵る。侍女達の冷たい目に、ドロテとオレリアが震える。
漸く三人は、もう自分達の嘘が通じないのだと理解した。
だがしかし、それはあまりにも遅すぎた。
その代償である彼らの行き先は、罪人が送られる中で1、2を争う劣悪な環境の孤島である。