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私が幼い頃の父と母は、顔を合わすと常に言い争っていた。
そのせいか、屋敷の中の空気はいつもどんより曇っている感じがして気が重かった。
父は妾を何人も囲っており、母もいつも違う男を連れて出掛けていた。
幼い頃は必死で両親の気を引こうと頑張っていたが、その二人から愛情をもらったことはなかった。
公爵家を継げば、さすがに落ち着くのではと祖父母は思っていたようだが全く変わらず、父に関しては公爵家という爵位に釣られて集まる女で、更に女遊びが酷くなった。
私は両親のようにはなりたくないと、女性を選ぶなら家庭的な女性を選ぼうと心に決めていた。
学校に通い始めると、沢山の女が我先にと私の回りに集まった。
私の自惚れが強くなったのはそのせいだ。
魅惑的な輝くブロンドに海よりも青い瞳のミルラン伯爵の娘に言い寄られたのもこの頃だ。
彼女が俺にすり寄って来て、心地の良い言葉を並べ立てられると、自分は愛されていると有頂天になった。
だからだろうか・・彼女は少し傲慢で、奔放で金遣いが荒かったが私にとって些細な事だと思い込んでいた。
私は彼女と買い物に行くと、驚く程沢山の服やドレス、宝石を買わされていたが、彼女の本質を見抜けなかった。
本当に大バカだったが、そんな彼女をとても優しく理想的な女性だと信じ、卒業後すぐに結婚した。
そして・・手痛く裏切られた。
散々ニコラに『あの女は止めておけ』と言われたのに、あの結果だ。
それから、いろんな女性と遊んだが、私に近付く女は皆、私以外の男とも遊んでいた。
だから、余計にもっと私も自由に遊んでやれとどんどん自暴自棄になっていった。しかし、心の底では自分を愛してくれる人を欲していたのに・・・・。
そんな時にニコラがリュシーを連れてきたんだ。
最初見た時の印象は・・・最悪だった。
真っ赤な髪の毛は、目がくらくらするほどだったし、私に媚びない態度も腹が立った。
つまり私にとって彼女は、見た目と中身、両方合わせてあり得ない人選だった。
寄りによって、あんなに可愛げもない、愛嬌もない、しかも私好みでもない、何が良くて彼女を連れて来たのかニコラの女を見る目を疑った。
そう、あのときは本当にニコラを眼科に連れていってやろうかと思っていたほどだ。
でも、暫くしてニコラに感謝するようになる。
前の料理長が、私を欺いていた時だ。
浮気した妻の次は、横領をしている使用人。
世間体が煩わしくて、料理長を捕まえる事すら躊躇していた私に、背中を押してくれたのはリュシーだった。
酷い事を言って、本館から追い出したのに、私の身になってあれこれ考えてくれた。
この時私は、きっとリュシーは人に裏切られたこともなく、愛情いっぱいの家に育ったのだと勘違いしていた。
だから、リュシーはこんなにも優しいのだと思ってしまったのだ。
そうではなかったのに・・・
その後、池で呑気に釣りをしているアシルとリュシーを見た。
見たと言うより、覗き見していたのだが・・・
あの時は色んなリュシーが見れて嬉しかったな。
大きな口を開けて笑っているリュシー。
魔法を一人だけ使えずに拗ねるリュシー。
子供のような一面を見て胸が熱くなったんだ。
それから、いつでもリュシーの行動を目で追ってしまっていた。
どうして、彼女の一挙一動が気になるのか分からずに困っていた。
でも我が屋敷でパーティーを開いた時、他の女と一緒に居るところをリュシーに見られて慌てたが、それを見ても一向に気にした様子もない彼女の後ろ姿にショックを受けた。
すぐにでも追いかけたかったが、最初にあんな酷い事を言ってしまった自分が、今さらどうして追いかけられるのか・・・
もうどうしたらいいのか、全く分からなかったんだ。
そのショックで熱が出た。
幼い頃、他の子供が熱を出して遊んでいたら母親に叱られていた。
でもそれはとても優しい叱り方だった。
その時見た母親のように、リュシーは熱があるのに仕事をしている私を叱ってくれたんだ。
それから私はまるで5歳児のように、リュシーに言われるがまま、寝かされ、薬を飲ませてもらい、ご飯を食べさせてもらった。
咳をするとハチミツシロップを作って持ってきてくれたリュシー。
彼女が私の頬に触れる度に、もっと触れてほしいと願っていた。
ここで私が抱き締めたら、リュシーは熱のせいだと許してくれるだろうか?
そんな事ばかり考えているうちに、熱が下がってしまった。
また、距離が遠退いたのではと力が抜けた。
前侍女頭のエマが、リュシーを襲った事件で私は漸く大切な物は何かを気付く事ができた。
これから私の生きる指針は、アシルとリュシーを守っていく事だと悟る。
ニコラに呆れられながらも、漸く告白し、受け入れてもらえた時の喜びはこのまま空を飛べるのではと思う程舞い上がった。
指輪を見てはにかむリュシー。
寝ているアシルを起こそうとした私を『メッ』と怒るリュシー。
『クロード』と呼ぶリュシー。
『旦那様』と呼ぶリュシー。
どの顔も、どの姿も、どの仕草も可愛すぎた。
それで、もう止まれなくなってしまった・・・
反省したが、リュシーを目の前にすると、また押さえられない愛しさのせいで、自分を制御出来なくなる。
毎日が幸せ過ぎて、一日が終わるのを惜しいと感じてさえいた。
そうして、本当の家族が出来たと喜んでいたら、妻の家族が我が家にやって来た。
夫として丁重に持てなそうと思ったいたが、私が頑張れば頑張る程、何故か妻は悲しげな顔になる。
私は家族と向き合ってこなかった分、こんな時どうしていいのか分からないのだ。
何を間違っているのだろう?
誰か教えてくれ!!
そんなパニックに陥っている私に大問題が起きた。
妻の妹はとても美しかったのだ。
だが、何か心の奥底に変なザラザラとした嫌な感情が沸き起こる。
それは、リュシーの両親にも感じた。
リュシーの家族を嫌悪し始めた自分を、どうして良いのか分からず困っていた。
リュシーの家族が来た日に、ニコラに手紙を送った。仕事で領地に行っているニコラに妻の両親が家に来た時の心得を教わろうと手紙を出していたのが、すぐに返事が返ってきた。
さすがニコラ! 仕事が早いニコラに感謝しつつ、封を開けて読む。
そこには私が思い描いていたリュシーの家族とは全く違う事が書かれていた。
母親の形見まで売られて、朝から夜遅くまで働かされていたなんて・・・
それなのに、最後は78歳の色ボケた男爵に売り付けるつもりでいたなんて・・・なんて酷い父親だ。
私が熱を出した時に、ハチミツシロップを作って持ってきてくれたリュシー。
その彼女に私はあの時何と言った?
『君の両親はとても良い薬を知っているんだね』と・・・
きっとリュシーが風邪を引いた時にあのシロップを彼女は両親に作って飲ませてもらったのだろうと勝手に想像し、言ってしまったのだ。
彼女の事を何も知らない癖に・・・
なんて酷い事を言っていたのだろう・・・私は!!
そして、ニコラからの手紙の最後に『家族を守れ』という言葉と『クロード、お前を信じている』と書かれていた。
ニコラが私を呼び捨てにするのは、随分久しぶりだ。
ニコラがこうまでして、私に何を言いたいのか理解した。
もう大丈夫だ。間違えない。
まず、リュシーを蔑ろにしていた奴らに落とし前を付けてもらう為の証拠がいる。
朝一番で用意しよう。
それから、二人で食事をしながら、リュシーの事も彼女の口からきちんと話してもらおう。
そして、今まで何も知らなかったとはいえ、無神経にリュシーを傷付けていたことを謝ろう。
こう思っていたのに・・・
オレリアが二人だけの食事をしているところに入ってきた。
怒りを押さえようとしていたのに、オレリアの首にかかっているネックレスを見た途端、憎悪の気持ちがわが心を占領した。
しかも、私が妻に贈ったアクセサリーをリュシーが盗んだと言い張るのだ。
その両親もバカな娘といっしょになってリュシーを罵る。
これ程までに腐った人間を見た事がない。
リュシーはこんな奴らに長い間虐待され、生きて来たのだ・・
そう思うと怒りなんて生易しい言葉で言い表せられない感情が、脳を支配した。
さぁ、
こいつらをリュシーのいない所で、思う存分捻り潰そう。