26
オレリアがリュシーに盗まれた物だと言って取り出したのは、クロードとアシルが一緒に探してプレゼントしてくれた、リュシーにとって何よりも大切なあのアクセサリーだった。
「これって私のアクセサリーだったわよね?」
本当に窃盗犯の物的証拠を見つけたように、アクセサリーを高々と上げて勝ち誇ったようにリュシーを見下す。
「ああそうだ、私がお前にプレゼントしたものだったな」
調子を合わせたアベーレがぬけぬけと言う。
「・・・何を言っているのですか? まさかそれを私が盗んだと言うのですか?それは・・」
リュシーはあまりの事に言葉が続かない。
セルブスのお店で、クロードのグレーを意識したプラチナに、アシルの瞳の色のサファイアがデザインされたアクセサリーだ。
この人達は人の罪をでっち上げる事が簡単にできるくらいこんなにも非道だったとは・・
知っていた。
いつもそうだった。
だから、諦める癖がついていた。
でもそれだけは絶対に渡せないと、リュシーが奪い返そうと手を伸ばす。
しかし、その手をドロテに叩かれた。
ジゼルが飛び出して、リュシーを守ろうと割ってはいり、ドロテを睨む。
「おや? この子は昨日いなくてリュシーが私たちの宝石を売ってしまった話を知らないのだね?」
ドロテが再び同じ話をジゼルに聞かそうとしたが、リュシーが遮る。
「いい加減にして!! そのアクセサリーはクロード様とアシルに選んで貰った物です。私に返して!!」
リュシーは母親の形見の宝石やドレスを売られた時だって、こんなに取り乱さなかった。
だが、三人は全く気にも止めず、高価なアクセサリーを見ている。
「お姉さまぁー、また嘘をついて。クロード様がお姉さまのためにアクセサリーを選ぶなんて訳ないじゃない」
オレリアはクスクス笑う。
リュシーは名ばかりの妻でクロードの相手にもされていない筈だ。
そう思っているオレリアはドレスを指差し、「これも一人で選んで買ったのでしょ?」とドレスも自分の物のように鏡で合わせている。
「ここにあるもの全て、もうすぐ私の物になるけどね。だって、昨日クロード様ったら私の事しか興味がないって顔で見惚れていたのよ。取り敢えず、このアクセサリーは返して貰うわよ」
「・・・そんな・・」
棒立ちになるリュシーを押し退け、リュシーの宝石を持ってさッさと三人は部屋から出ていった。
残されたリュシーは、ここでも居場所をあの人達に奪われてしまうのかと膝から崩れ落ちた。
(そうだ、いつだって男達はオレリアの言う事を信じた。クロード様も昨日からずっと遅くまでなにかをしてらして、こちらの部屋には来なかったわ・・・もしかしてオレリアの部屋に?・・・)
考えないようにしていたのに、最悪な事しか頭に浮かんで来ない。
しゃがみこんだリュシーを、ジゼルとソレーヌが床から立ち上がらせて、ベッドに座らせる。
「奥様、この屋敷の者は皆、奥様の味方です。あの人達の嘘を誰も信じてはいません。きっとクロード様も・・・」
ソレーヌがそう言い掛けて、口を噤む。
ソレーヌが言葉に詰まったのはクロードの悪い癖であり、いつもの失敗を見ていたからだ。
クロード様は本当に大丈夫なのだろうか? また綺麗な女性の嘘にすっかり騙されてしまうのではないかと気が気でない。
この屋敷の使用人全てが、それを心配し恐れている。
リュシーが、グッと顔を上げてジゼルとソレーヌの手を握る。
「二人とも、ありがとう。私は幸せね。こんなにも親身になってくれる人がいるんだもの。もう元気を出すわ」
まだ、目の縁が赤かったがクロードのいない屋敷を守るのは、妻の仕事だ。
例え、もうすぐにその役目を奪われたとしても、今はまだ自分が妻なのだからと、健気にも公爵夫人の仕事を始めた。
リュシーは仕事に没頭していた余り、外が暗くなった事にも気が付かないでいた。
「奥様、そろそろ夕食の時間ですが・・」
ジゼルがリュシーの気持ちを慮りながら伺う。
「まあ、もうこんな時間だったんですね? それでクロード様はもう帰っておいでなのでしょうか?」
「はい、それが帰って来られてからずっと執務室に閉じ籠っていらして出てこられないのですが、夕食は奥様と二人で食べたいと仰っています」
「・・・私と二人で? アシルは一緒ではいけないのですか?」
「はい、重要なお話があるそうで、奥様と二人で食べたいと・・・」
ジゼルが辛そうに目を逸らす。
クロードの行動は昨日までと違って、明らかにリュシーを避けている。
それは誰が見ても明白だった。
リュシーは優しいジゼルに、気を使わせていることが申し訳なく思う。
「・・・そうですか。分かりました。着替えて食堂に行きます」
これがクロードとの最後の食事になるのだろうか・・・
リュシーは最後くらい、精一杯お洒落してお食事をしようと居住いを正す。
ジゼルは震える手で、いつもよりも入念に化粧やヘアセットに力を入れてくれた。
綺麗にしてくれたお陰で、リュシーも微笑む事ができた。
それが、作り笑顔でも・・
「ありがとう、ジゼル。さぁ、行きましょう」
リュシーが食堂のドアを開けると、既にクロードが座っていた。
リュシーが「おかえりなさい。クロード様」と声を掛けるとクロードはビクッと体と顔を固まらせた。
あんなにリュシーを見て微笑んでくれていたのに、今は違う。
リュシーは自分の存在がここまでクロードに疎まれているのかと悲しくなる。
リュシーがクロード前の席に座ると、クロードはすぐに俯いた。
涙が出そうになるのを堪えて、リュシーは尋ねた。
「クロード様・・・私はもう、あなたにとって見たくもない存在なのですか?」
「え? 違う・・」
(何が違うと言うの?)
リュシーはクロードの言葉を待つ。次の言葉を探しているクロードを見ているのは辛かった。
クロードが、ポツリと言う。
「私はどうやら勘違いしていたようなんだ・・」
クロードの圧し殺した声に、リュシーの胸がギュッと痛む。
(私を好きだった事が勘違いだったと言うの・・・?)
「私はあなたが・・」
「クロードさまぁー!!」
クロードが次に言い掛けた時に、オレリアが派手に飾りつけた姿で、食堂に乗り込んできた。
「今日はリュシーと二人で食事をすると言っていたではないか!!ソレーヌ、どうしてここに入れた?」
「申し訳ありません。お引き止めしたのですが・・・一向に言う事を聞いて頂けなくて」
ソレーヌが深々と頭を下げて謝るが、オレリアは無視して、クロードの傍にゆっくりと歩み寄る。
クリスマスツリーなら綺麗だろうと思えるくらいに、派手に着飾った自分を見せびらかすようにもったいつけて歩く。
が、ここでクロードが恐ろしい顔で反対にオレリアに近付く。
そして、ネックレスとイヤリングを確認するようにスッと手に取る。
その距離が近くてオレリアは顔を赤らめる。
「もう、嫌だわー・・クロード様ったらお姉さまの前なのに・・」
次に聞こえたクロードの声は、オレリアが期待した甘い声ではなかった。
「このネックレスはどうした?」
クロードは地響きのように低い声で聞いた。
「え?」
少し返事を躊躇ったオレリアだったが、ここで嘘をつき通した。
「これは我が家にあった私の物だったんですが、姉が勝手に持っていってしまったんです。でも今日やっと見つけて姉に返してもらって・・」
「ほお? これは君の物だったのかね?」
クロードの瞳に赤く黒い影を宿ったのをオレリアは気が付かない。
「そうなんです。私たちずっと姉に酷い扱いを受けていて、辛かったんですが、ここに来てからも私を傷付けることばかり言うんです」
「そうなのか・・こんなに使用人達が沢山いる所で言うとはな」
侍女達はリュシーの立場が悪くなりそうなら、自分達の見た情報をクロードに直訴しようと考えていた。
「仕方ないな。悪いがソレーヌ、ルコック伯爵夫妻を呼んできてくれ」
急に呼ばれて食堂に来たルコック夫妻は、クロードの傍に立つ愛娘のオレリアと、離れた位置に立つリュシーのこの構図を見て、勝ち誇った顔で大いに微笑む。
「ねえ、お母様。このアクセサリーは我が家にあった物よね?」
オレリアが胸のネックレスを指差した。
(ああ、そういう事ね?)
ドロテはすぐにオレリアの意見に合わせて答えた。
「そうなんです。このネックレスもイヤリングもオレリアのだったんですけど、リュシーが勝手に持ち出してしまったんです」
アベーレも続く。
「リュシーは、本当に酷い奴なんです」
「・・・もういい。黙れ!!」
クロードの低い怒声に、部屋の空気は一気に凍りついた。