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リュシーの義妹のオレリアは、先程見た光景が頭から離れなくて、皿を三枚も割ってしまい怒られていた。
疲れて帰ると無駄に大きい屋敷には、働かずにグータラしているだけの両親が待っている。
屋敷の門を開けると手入れのされていない門がキー・・と錆びて耳障りな音を立てる。
「もう、直しといてって言ったのにまた何もしないでいたのね」
オレリアがこんなに苦しい生活でも、何とかやってこれたのは、どこかのスケベなジジイに売られた姉がいたからこそ頑張れたのだ。
あれに比べたらマシだわと思っていたのに・・・
もしあれがリュシーなら・・
そう思うと悔しくて知らず知らずのうちに握り締めた爪が掌の肉に突き刺さっていた。
屋敷に入ると案の定、父はソファーに寝転び酒を呑んでいる。
母は、日給が入っている鞄をオレリアから引ったくり、中身を改める。
「どうしてなの? 昨日よりお金が少ないじゃない」
「今日はお皿を割ったから、抜かれたのよ」
「全く使えない子ね」
母が機嫌を悪くして小言を言う前に、オレリアは両親に今日見た事を話した。
「ははは、そりゃお前の見間違えだろう。それにリュシーなんて名前はそこら辺に沢山いるさ」
父アベーレは取り合わなかったが、母ドロテはその話に引っ掛かりを感じた。
「そう言えば、リュシーの結婚の話を持ってきたのは公爵家の使用人だったね。今回その赤毛の女が乗ったのも公爵家・・・調べて見ましょう。もしリュシーがそんないい暮らしをしているのに、私達を呼ばないなんて親不孝じゃない?」
ドロテはリュシーと呼ばれた女の正体を突き止めるための算段を始めた。
リュシーはずっとルコック家の屋敷の中にいて、舞踏会にも、パーティーにも出席させた事がない。
つまり、家族以外に公爵の屋敷で暮らしている人物がリュシーなのか区別が付かない。
しかし、伯爵家と言えどもこんなに落ちぶれていては、公爵の敷地に入ることは出来ない。無理に入ってリュシーではなかった場合、大変な事になる。
ではパーティーに潜入すればよいのだが、今のルコック家に招待状が届く筈もない。
考えあぐねていた時に、昔メディナ侯爵家の夫人のパーティーに招待され行った事を思い出す。
あの夫人ならば、きっと公爵家のパーティーにも招待されているだろう。
落ちぶれてから連絡を取っていなかったが、ドロテは恥も外聞も捨てて公爵家のパーティーに、娘のオレリアを侍女として連れていってくれるように手紙を書いた。
数日後に、手紙の返事が届いた。
メディナ侯爵夫人は落ちぶれたドロテを救済するつもりで、この一件を引きうけたようだった。
彼女はお金に困ったドロテの娘を侍女として雇い、少しでも給金を上乗せしてあげようと、思い遣りで今回の事を引き受けたのだ。
メディナ侯爵夫人からの返事を受け取り、オレリアとドロテは作戦を練った。
当日そのパーティーでリュシーを見付けても、声を掛けずにその姿を確認するだけに留めると言うものだ。
この計画を実行する為には、コルネイユ公爵家のパーティーの開催が必要である。
だが、待つまでもなくその機会はすぐに訪れた。
コルネイユ公爵のパーティーが都合良く開かれたのだ。
パーティーの為に眼鏡とカツラを買ったオレリアはかつてリュシーが屋敷で着ていたお仕着せを着て出掛けた。
今日のオレリアの仕事は、公爵家に入り込んでいるリュシーを探す事だ。
従って、メディナ侯爵夫人と一緒にコルネイユ家に入ってしまえば、メディナ侯爵夫人に用はなかった。
オレリアはさっさと言われた持ち場を離れ、リュシーを探し始める。
公爵家の大広間で開催されたパーティーには名だたる貴族が集まっていた。
その中には、今回コルネイユ公爵の友人枠で、セスト・ユルバン王太子もご出席されていた。
優しげな顔立ちからは、この国きっての腹黒だと誰が思うだろう。
そうとは知らずオレリアは自分がお仕着せを着ている事を忘れ、王太子に声を掛けそうになった。
美しくもない女達が王子様に群がっているのを見ると、舌打ちをしたくなった。
「あんな女達がみっともないわ。これさえ着てなかったら王子様も私の虜になっていた筈なのに」
悔しく思ったが、そこら辺にドレスが落ちているわけも無く、諦めてリュシーを探す。
その中に、背が高い黒髪のクロードを見付けた。
「ああ素敵!! 公爵様は最近ご結婚されたと聞いたけれど、愛人はおおきにならないのかしら?」
オレリアは華美なドレスに身を包み、豪華な宝石をつけてあの素敵な公爵様の隣に立つ自分を想像した。
何もかもしっくりくるではないか。あの闇夜のように美しい黒髪の男と光り輝く自分のブロンドはとても似合う筈だわ。
そう思ったすぐ後に、有り得ない光景がオレリアに目に写し出された。
自分が蔑んでいた、赤毛の義姉が公爵の腕に自分の手をそっと回し、公爵の笑顔を独り占めにしているのだ。
「どういう事? あれは何?」
目を疑ったオレリアは、自分を納得させる理由を考えた。
(きっと、公爵様の息子の家庭教師を頼まれてここにいるのよ。あの汚ならしい女がこんな表だっているなんて可笑しいもの)
オレリアは早く納得したくて、近くにいる侍女を一人捕まえて、リュシーを指差して聞いた。
「あの赤い髪の女性は、この屋敷で何をされているのかしら?」
聞かれた侍女は、胡散臭い侍女姿の女に警戒をしつつも返答する。
「あの方はコルネイユ公爵夫人ですよ」
「なんですって!!!」
侍女はオレリアの悪意に満ちた形相と、一種の怖さを感じて近くの騎士を呼ぼうとその場を離れた。
それに察知したオレリアは、一先ず目的は果たしたとばかりに、逃げた。
帰りは当然ながら、徒歩で家路に着いたがその距離が気にならない程、怒り心頭だった。
その勢いのまま、疲れも忘れて屋敷に入るなり、ドロテとアベーレに吐き捨てる様に報告した。
「あのリュシーが公爵と結婚していたのよっ」
「あれが公爵夫人ですって?!!」
オレリアの話に、ドロテは拳をテーブルに打ち付けて叫ぶ。
そんな筈はない!!
ドロテはリュシーを追い出し、笑いが止まらなかったあの日を、初めから頭できちんと巻き戻して再生する。
だって、あの男がスケベな男爵の老人を・・・
そう言えばとあの時の台詞を思い出す。
『78歳の男爵・・是非にと・・間を取り持つ・・』
そうだ!!
あの話を持ってきた男は男爵と結婚させるとは一言も言っていない。それに、その男爵の名前すらこちらに明かしてないのだ。
「やられたわ・・あの娘は初めから私たちを騙す気で出ていったのよ!!」
ドロテが憎々しげに言うと、アベーレもいきり立つ。
「なんて奴だ。育ててやった恩を仇で返すとは!! 今から公爵の屋敷に乗り込んで抗議してやろう!!」
欲にまみれたルコック伯爵は、自分達がリュシーの結納金を使い込んだ事はすっかり忘れている。
「ちょっと待って、あなた。私にいい考えがあるわ」
ドロテはアベーレより悪知恵が回る。
今彼女の頭は、如何にリュシーを追い落とし、娘のオレリアを公爵の妻の座に座らせるかを高速で計算していた。
「いい?明日、私達は朝一番で、公爵の屋敷に行くわよ」
「公爵の屋敷に伺うためのドレスなんてもう一着もないわよ?」
オレリアは、空になったクローゼットにため息をつく。
「いいのよ、あっちは豪華な服を着ているけど、私達があの子のためにどれ程辛い目にあったかを服装で公爵様にわからせるのよ。それと、オレリアはもっと薄汚れた格好で行きなさい」
これにはオレリアは反発した。
「せっかく公爵様にお会いするのに、汚い格好じゃ好きになってもらえないじゃない」
しかし、ドロテは「これだから、若い子はダメなのよ」と首を横に振る。
「よくて? 男はギャップに萌えるのよ。初めは薄汚れた格好を見せておいてから、美しいドレスに着替えるの。まるでサナギから蝶に変わるように変身すると、男はドキッとするのよ」
「なるほど、それはわかるぞ」
アベーレが口を挟むのを煩わしく思うドロテは、アベーレを無視して先に話す。
「だから、あなたは化粧をせずに行くのよ」
強い口調のドロテに、オレリアとアベーレはなるほどと感心し頷いた。