02
クロード・コルネイユ公爵は、若くして公爵家の後を継ぎ、悠々自適の独身生活を送っていた。
パーティーに参加しては美しい女性を見つけては口説いている。
しかし彼がこうなったのには訳があった。
幼い頃から、美少年と持て囃されたクロードは、いつも大勢の女の子達に囲まれていた。
クロードの回りにいるのは、幼さより女の本能とワガママな性格の女の子が優しい女の子よりも圧倒的に多く集まった。
その中でも、高慢で意地悪な性格の美少女とクロードは好んで遊んでいた。
クロードは少女らが裏でしている行為は読み取れず、上辺の愛らしさだけで女を選ぶ傾向があった。
そんなクロードは、学生の時に見初めた同い年のミルラン伯爵令嬢のアメリテーヌと、すぐに恋に落ち婚約した。そして、19歳の時に結婚した。
彼女の長く光るブロンドは男達を振り返らせ、海より美しい碧眼は誰もを魅了した。
また、容姿は抜群に色っぽく、クロードは完全にアメリテーヌの手練手管に引っ掛かった。
三つ年上のクロードの執事であるニコラ・エンベルトには「もう少し様子を見てからにしろ」と言われたが、クロードはニコラの反対を押し切って籍を入れた。
愛しい彼女との間に、20歳で子供が生まれた。
彼女にそっくりな金髪に碧眼の男の子で、彼女が『アシル』と名付けた。
とても幸せだった。
だが、この美しい妻はとても金遣いが荒かった。
王都のパティーに、夜な夜な出掛け、一晩中帰って来ない事は日常茶飯事であった。
度を越す浪費、派手な人付き合いに、クロードの疲労がピークを迎えていた。
どんなに咎めても減ることのないアメリテーヌの貴金属やドレスの買い物。
そして赤ん坊の世話は、使用人任せだ。
クロードの黒い髪と灰色の瞳に合う端正な顔からは、精彩さが欠けていった。
学生時代からクロードの友人だった若き国王は、次期宰相と呼び声お高いクロードを心配して、二週間の視察に連れ出した。
学生からの友人でもあったクロードを、息抜きさせる目的もあったのだ。
ゆっくりさせる為にクロードの執事ニコラも同行させた。
だが、これが仇となる。
視察の為に屋敷を離れたが、クロードは予定よりも三日早く屋敷に戻ったのだが・・・。
屋敷の戻ると使用人達の顔色が、青ではなく土色になっていた。
ある者は震えている。
明らかにおかしい使用人の様子にクロードは夫婦の寝室に走る。
夫婦の寝室のドアノブに手をやると、中から妻の甘えた声がする。
「可愛いアシル、こっちを向いてぇ」
クロードはホッとした。
(何だ、子供と戯れているのか)
しかし部屋の中から聞こえた返事は男の声だった。
「おいおい、そんなにせがむなよ。まだ、欲しいのか?」
クロードは掴んだドアノブを回す事なく固まった。
だが、次にその扉を開ける動作をせずにドアを吹き飛ばした。
部屋の中の二人は、裸のままベッドの上で固まっている。
アメリテーヌは男が狼狽える中、男をベッドから押し出した。
「クロード、これは違うのよ。アシルが強引に来て私はー」
「君は・・・」
クロードの怒りの声がアメリテーヌの言葉を遮る。
「君は・・・私の息子に他の男の名前を付けたのか!?」
アメリテーヌが言い訳を考え、目を逸らした瞬間に間男が、動いて服を取ろうした。
それを見逃さず、クロードがその服を魔法で一瞬にして燃やした。
アメリテーヌは逃げられないと観念したのか、開き直りつっけんどんに答える。
「ええ、そうよ。うっかり彼の名前を呼んでもバレないように、子供の名前も『アシル』って名付けたのよ」
クロードは悪びれた風もない妻を見て、何故今までこれ程愚かな女に入れあげて来たのかと、自分自身を呪いたくなった。
怒りが頂点を越え、裸の間男を魔法で屋敷の外に放り出し、アメリテーヌには「ここから出ていけ」と怒鳴るのが精一杯だった。
アメリテーヌはローブを羽織ると、一番高価な宝石が付いたアクセサリーと服を持って部屋を出た。
それをクロードはただ突っ立って見ているしかなかった。
アメリテーヌが玄関までくると、にっこりと微笑むニコラが待っていた。
スッと書類を差し出し、離婚届けと子供に関する権利を放棄する旨の書類、今までの取得した一切の財産の放棄が書かれた書類に、笑みを浮かべながらも高圧的な言葉でサインを促す。
「ここにサインを頂けない場合は、貴女を社交界から追放する事になるでしょう。貴女ほどの贅沢に遊んでいた女性が、今更市井で暮らせますか?」
「ふん!! サインするわよ!!」
アメリテーヌは財産に関する書類への署名を躊躇ったが、子供に関する書類には何の抵抗もなくサインした。
ニコラは書類とアメリテーヌが握っていたアクセサリーを引き抜き、「お別れです」と微笑む。
大きな宝石のついたアクセサリーを取られたアメリテーヌは、ニコラを睨みながら出ていった。
とてもあっけないクロードの結婚生活が終わった。
クロード23歳の時だった。
それからのクロードは、息子アシルを見える範囲には置かず、いないものとして生活をした。
妻と同じブロンドの髪も、碧眼も気に入らなかった。だが、何よりも疎ましいのは『アシル』という名前だった。
思い出すのも、口に出して呼ぶのも苦痛だったのだ。
次第にアシルは一人、屋根裏の部屋に追いやられて行く。
アシルは不貞の子供として、クロードに受け入れてもらえなかった。
回りの使用人も、クロードの怒りを恐れて、そのアシルを積極的に世話をするものはいなくなった。
屋敷には最低限の世話をしてくれる者しか、アシルのいる屋根裏には来なくなっていく。
◇□ ◇□ ◇□
5歳になったアシルは、ニコラが持ってきてくれた本を読んでいる。
たまに顔を見せてくれる執事が、アシルにとっては親のような存在になっていた。
25歳のクロードは、いい年だが未だにアメリテーヌの件を引きずっているのか、再婚相手を選ぶ様子もない。
だからといって堅物で過ごしているのではなく、パーティーではしょっちゅう違う女をエスコートして楽しんでいるという訳である。
始めは主人を可哀想に思っていたニコラも、そろそろ堪忍袋の緒が切れ掛かっていた。
今日こそはと思ったニコラが、クロードに詰め寄る。
「いい加減にアメリテーヌの事は忘れて、公爵家の奥様に恥じない人を選んで連れてきて下さい! あなたは公爵家を継いだんですよ。いつまでもフラフラしていてはいけません」
ニコラの言う事は、一々尤もな事で、言い返せなかった。
虚ろな表情のクロードは、また始まったか・・と頭を抱えて首を振る。
「何度言われても、まだ結婚を考えられない。それにどうせ俺が選んだ女はどれもみんな金目当てな奴らばかりだ」
ニコラは言葉を詰まらせる。
(本当に我が主が選ぶ女には、碌な女がいない)
そうクロードは、女を見る目がないのだ。
だから、いつもの間にかクロードも、女とはそういう生き物なのだと割りきって付き合っている。
しかし、結婚となれば再びアメリテーヌの様な女と連れ添わすわけにはいかない。
ニコラはついうっかり、ため息を漏らしてしまった。
「本当に見る目がない・・」
心の底から出た声は、小さかった。が、主クロードに聞こえてしまった。
「おい、聞こえたぞ。そんなに言うなら、お前が選んだ女と結婚してやるから連れて来い」
連れて来れるものなら連れて来いとばかりにクロードはニコラを睨む。
「え? 本当に良いのですか?」
ニコラは本気でクロードの妻を探す気でいた。
「ああ、お前の言う気立ての良く金遣いが荒くない、そこそこ美人で、天使のように優しい女がいたら了承してやろう」
売り言葉に買い言葉的に、話が決まった。
ニコラは拳を握ってガッツポーズ。もちろん主には見えない位置で小さくだが。
ニコラには心当たりがあった。
前妻のアメリテーヌは、大がかりなパーティをよく開いていた。
ニコラはその時の招待客のなかの女性がずっと気になっていたのだ。
彼女の名前はリュシー・ルコック。ルコック伯爵のご令嬢なのだが、その姿は着古した時代遅れの服を来ていた。
だが、リュシーの義母と義妹は新しいドレスで参加していた。
高価なアクセサリーをふんだんに身に付け、下品に感じる程だ。
ニコラがその対比に気が付かない訳がない。
でもそれだけなら、ニコラはリュシーの事を気にも留めなかっただろう。
リュシーは、粗末な服でいるのに恥ずかしがる事なく、しっかりと食事を思う存分味わって、堂々としているのだ。
その様子は一言で表すならば、『逞しい』だ。
その服装を揶揄って、無礼な振る舞いをする者もいるが、リュシーはどこ吹く風で、眼中にない。
それよりも彼女の興味は、目の前のお菓子や料理のようだった。
ニコラは気が付いていた。
リュシーの手がガサガサで、あかぎれていることを。
そして、とても痩せている事を。
だが、彼女からは悲惨さが見えない。常に強い瞳で会場を見渡している。
単にお腹が空いて獲物となる料理を狙っていただけなのかもしれないが、ニコラの目には前向きな緑の瞳の輝きが、とても好印象に映っていたのだ。
ちょっとの好奇心でニコラが声を掛けたが、その態度は当時17歳とは思えない社交スキルに驚く。
公爵夫人が開いた数あるパーティーでニコラが唯一、興味が湧いた出来事だった。