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本館からコテージに帰ると、『お帰りなさい』と可愛い子供と愛しい妻(気持ち的にまだ恋人でもないが・・)の声が疲れたクロードを癒してくれる。


食卓には、温かな食事が用意されておりエプロン姿の妻(もうすぐ本物の妻になるはず)がワイングラスを運んでいる。

クロードはポケットの指輪を確認する。

忙しそうにキッチンでサラダを盛り付けているリュシーを見て、よし!今日こそは言うぞと意気込む。


その前にクロードが、ソファーで本を読んでいるアシルを喜ばせようと一つ報告をした。


「今日はジゼルが、張り切ってアシルの部屋を掃除してくれていたよ」


朝早くからせいを出し元々アシルの部屋があった、南東の明るい部屋の掃除をしてくれていることを話した。


その直後アシルの顔が曇る。そしてポツリと一言小声で漏らした。

「・・・戻りたくない」


その様子にクロードが困惑した。

「本館には戻りたくないのかい?」

コクリと頷くアシルにクロードは優しく抱き上げて「どうして?」と聞く。


「屋根裏部屋は寒くて暗くて怖いんだ・・・僕はここがいい」


クロードの動きが止まった。

「・・・私は何て・・バカな親だったのだろうか・・・」

かつて、自分を蔑ろにしていた両親と同じ事をアシルにして、しかもその間にどんな過酷な日々を送らせてしまったのか、遅すぎる後悔をした。


「・・・もう屋根裏部屋に帰る事はないよ。今、用意している部屋は明るいし、リュシーの隣の部屋だよ」


「リュシーの隣のお部屋?」

「ああ、そうだ。リュシーの隣の部屋だ」

みるみるうちに、アシルの瞳は輝き出す。相反してクロードは焦る。

(いや、まだハッキリとプロポーズもしていないのに、ここで断られたらアシルを悲しませるぞ!

再びこの子から笑顔を奪う訳にはいかない。 ここは慎重に行動しなければ・・・)


クロードは用意していた指輪を、ぐっとポケットの奥にしまう。


リュシーの朗らかな声が、「さぁ夕食を頂きましょう」とダイニングから聞こえてきた。




リュシーは、誰にも邪魔されない幸せな一時を、終わらせたくないと切に望むようになっていた。


アシルは我が子のように可愛く、クロードも最近ではリュシーを気遣ってくれる。


時にはキッチンに手伝いに来てくれる事だってあるのだ。

今までこんなに穏やかで優しい時間が訪れるなど想像もしていなかった。


アシルを寝かしつけた後、話しをすることが多くなった。ソファーの横に座るクロードの体温が伝わるとドキドキする。


「今日はアシルと二人で何をしていたんだい?」


耳元でクロードが尋ねてくるが、心が跳ねて喜んで、上手く説明が出来ない。

それでも頑張って顔をあげて、アシルの勉強の成果を報告をしなければと思うが、クロードの端正な顔のせいで声が裏返ってしまう。


『どうした?』と言わんばかりに微笑まれると余計に言葉につまった。

呼吸が早くなるリュシーにクロードが益々近づく。そして、心配そうに頬を大きな両手に挟まれ、灰色の瞳で覗かれる。


「クロード様・・・お顔が近くて・・」

「ああ!!すまない・・君に触れていると安心するのだが・・・手を握っていてもいいか?」


「は、はい」

リュシーがテンパって右手を突き出した。


クロードはその手を取ると、自然に手の甲に口づけをして優しく握る。


そのまま、顔を赤らめた二人は無言になった。




◇□ ◇□


朝からニコラが、昨夜の結果を聞こうとクロードに執務室をうるさくノックする。


「朝から、どうした? 急ぎの用事なのか?」


今日も朝から二人に「いってらっしゃい」と送り出されその余韻を楽しんでいたのに、その時間を邪魔され、クロードはムッとした。


「『どうした?』じゃないですよ。昨日、指輪を見せてプロポーズしたのでしょ? 結果を教えて下さいよ」


ニコラが、耳年増並みの図々しさで、聞いてくる。


「・・・ああ、まだ言ってない」


ニコラは耳を疑った。

「・・まだとは・・なぜに?」

大袈裟に頭を抱えるニコラ。


「事は重大だ、慎重に行動しなければと思ってな」


「・・・これ以上慎重になってどうするんですか? 石橋を叩いて叩いて壊すまで? それとも、急がば回れで回っているうちに迷子になりますよ! 良いですか、プロポーズは勢いです!!」


「プロポーズは勢い・・・」


クロードが鸚鵡返しで呟く。


「そうですよ、考えて考えて熟考したところで結果は同じです」

「前妻の時と全く違う事を言っていないか?」

クロードが首をかしげる。


「その時々で変わるのです。スパゲティの時にスプーンを使う人はいないでしょ? スープを飲む時にはフォークで使いませんよね?それと同じように臨機応変ですよ」


「よくわかったような・・わからないような・・そんなものなのかな?」

クロードは難しい顔で聞いていた。

その時、高い女の悲鳴が聞こえた。


「きゃー・・・」


屋敷の中から聞こえた声はジゼルのものだ。

二人は部屋から飛び出し、悲鳴が聞こえた方へ向かう。


アシルの部屋の掃除をしていたはずだと、アシルの部屋へ向かった。

だが、そこにジゼルはいない。


しかも、ジゼルが何日も掛けて綺麗に掃除をしていたアシルの部屋は、壁紙にはインクをぶちまけられ、カーテンは引き裂かれてズタズタになっている。


屋敷は広くジゼルをなかなか見つける事が出来ない。



「どこだ! ジゼル!」

ニコラの呼び掛けに、返事がない。

悲鳴を聞き付けた他の使用人も、探しているが、見つからない。


普段使われていない客室を探していた侍女が、大声で知らせた。

「ここです。誰かお医者様を!!」


クロードとニコラが駆け付けると、背中から脇腹に掛けて服が裂け、怪我をしてぐったりしているジゼルが見えた。


「ジゼルしっかりしろ!! ジゼル!!」

ニコラがぐったりしているジゼルを呼ぶ。

気を失っているジゼルの顔は、青白くニコラは半狂乱で「早く医者を!!」と叫ぶ。



ニコラの叫びに、ジゼルがピクリと反応し、薄く目を開けた。


ニコラは震える手で、ジゼルの髪を撫で、ジゼルを元気付けようと話す。

「すぐに医者が来る。俺がそばにいるから、もう大丈夫だ」

ニコラが泣きそうな顔で必死にジゼルに声を掛け続ける。


「リュシー・・・様と・・ア シル様が・・・あぶない。エマが・・」

ジゼルが声も絶え絶えにリュシーとアシルに危険が迫っていると知らせる。


「エマが? どういう事だ?」


クロードの呼び掛けに答える前に、ジゼルは痛みで気を失った。


「クッッ!」

クロードは立ち上がると階段を掛け降りて本館を飛び出した。


地面を蹴っているが、砂浜の上を走っているように足が重く進まない。

二人を殺される恐怖に、クロードは胸がつぶれそうだ。

無我夢中で必死に走る。





◇□ ◇□◇ □



いつものようにリュシーは、台所でお昼の用意をしていた。


アシルはリビングで勉強をしている。


いつクロードが帰ってきてもいいように、玄関の鍵は掛けていない。


ガシャーン!!


突然玄関の扉が荒々しく開けられて、リュシーは洗っていた野菜を置いて見に行く。


するとハーハーと息をする侍女頭のエマが立っていた。

彼女の顔は、今まさに凶悪事件を起した邪悪な悪意が体から涌き出ていた。


リュシーを見ると、エマは大きく振りかぶって持っていた短鞭をリュシー目掛けて振り下ろした。


だがその始めの攻撃は、リュシーが瞬時に避け、当たらなかった。


エマの顔が鬼のように変わっている。

殺される! 


咄嗟にアシルに叫ぶ。

「アシル、逃げなさい!!」


リュシーはろよけながら、リビングに入ると、何が起こっているのか分からないアシルが、立ったままこちらを見ている。


恐怖におののきながらも、アシルは階段の方向に逃げる。


リュシーもアシルの後を追い、二階へと駆け上がった。


アシルが逃げ込んだのはリュシーの部屋だ。

リュシーはブランケットを掴むと、アシルに頭から被せてベッドに倒れ込んだ。


「あはは、もう逃げられないわよ。この雌ブタが、よくも勝手に私の公爵家をめちゃくちゃにしてくれたわね」

言うなり、リュシーに短鞭を振り下ろした。


リュシーの足の皮膚が裂けた。

「うぅぅぅ・・・」

アシルがリュシーの異変に気が付きリュシーの下から抜け出そうと動く。


「リュシー、逃げて! 」


アシルの叫び声が、更にエマの怒りが倍増した。


「あの、女の子供がこの公爵を継ぐなんて許さないわ。坊っちゃまの前から消えないから悪いのよ」


さらにエマがリュシーに鞭を打ち付けた。







今朝、元気に送り出してくれた二人が立っていた玄関の扉。

今は固く中から鍵がかかっている。


クロードは迷わず蹴り壊し、中に入った。


二人がいない!


二階か?


駆け上がり、エマの怒声が聞こえるリュシーの部屋に飛び込む。



そこにはブランケットにくるんだアシルを抱え込み、倒れているリュシーが目に入った。


その横で、侍女頭のエマが短鞭を振り上げている。


「何をしている!!!」

クロードの怒声に、エマは振り返り嬉しそうに微笑んだ。


「まあ、クロード様。今この者達の躾をしているところですのよ」


クロードはエマが言っている内容に耳を疑った。


「お前、今なんと言った?」


「ですから、我が公爵家で身勝手

に振る舞う者達の躾を兼ねて、色々と教えてやっているんですわ」


腫れ上がり、皮膚が裂け傷ついたリュシーの腕や足が見える。


「『我が公爵家』だと?公爵家はいつからお前の物になったのだ!! 私の妻子を傷付けた事、許さない」


クロードは怒りでエマを殴り付けた。

「ぎゃー!何をなさいます!!」

クロードに殴られた事が信じられず、ヘタリ込むエマ。


エマを放っておいて、リュシーとアシルを抱き上げる。


アシルがブランケットにくるまれたまま、「リュシー・・リュシー」と名前を呼び続け泣いている。


目を開けたリュシーは痛む腕を伸ばしてアシルの頭を撫でようとするが、クロードに腕を取られる。


「無理をするな」

傷付いたリュシーが、これ以上痛む事のないようにゆっくりとベッドに寝かせた。


すぐにクロードの後を追ってきた騎士に命じ、エマを捕縛し牢屋にいれておけと命じた。


そして、治療と世話がしやすいように、リュシーをベッドマットごと本館に運ぶように指示をする。


リュシーが盾になって守ったお陰でアシルに怪我はなかった。


リュシーはアシルを守ろうと無抵抗になったところを鞭で打たれ、腕や足の傷はかなり深かった。


一人で静養をさせる方がよいのだが、リュシーがこの本館に良い思い出がないアシルを一人きりにさせたくないと、自分と同じ部屋にアシルのベッドを運んで欲しいとクロードに頼んだ。


願いはすぐに聞き入れられたが、クロードのベッドも同じ部屋に入れられた。


「君が苦しんでいる時、傍で寝ていたらすぐに気が付くだろう? それに、君達と離れては例え隣の部屋でも安心できないんだ」


リュシーは困った顔で、その言い訳を聞いていたが、助けに来てくれた時のクロードの台詞がずっと心にあって、リュシー自身も離れる事が寂しかった。


確かにあの時、クロードは『私の妻子』と言ったのだ。


あの台詞が何度もリュシーの脳内を流れ、幸せな気持ちになった。


「うん? 君が嬉しそうに微笑んでいるから、熱が下がったのかと思ったが・・・まだ熱が高いな」

傷も痛むだろうし、熱で体もしんどい筈なのにリュシーが微笑む理由が分からずクロードは困惑している。


ベッドで横になっているリュシーは恥ずかしさにシーツで口許を隠した。


「だって、嬉しい事がありましたもの」


「嬉しいこと? なんだ?」


「秘密です」

うふふとリュシーが幸せそうにまた笑った。


遅くなってすみません。

m(。≧Д≦。)m

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