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パーティーの日から一週間が過ぎようとしている。


クロードはリュシーが去っていくのを指を咥えて見送ってから、何度もコテージに行こうとした。

だがリュシーに何を言ったら良いのか分からず、コテージ近くになると尻尾を巻いて本館に戻ってしまう。


その間何度も「リュシーに会いに行け!」とニコラに、急かされてはいたのだが・・・。


心のズキズキから、もがき逃げるようにクロードは夜遅くまで仕事に明け暮れていた。

目の下の隈が色濃くなっていたのを心配したニコラが、コテージに用事を作り、無理矢理クロードを行かせた。



コテージでは、おやつの時間で三人で焼いたばかりのクッキーを並べて品評会を開いていた。


「ほら、この可愛いクマのクッキーはアシルが作ったものよ」

焼きたての真ん丸お目々のクマさんは、作った本人そっくりで可愛らしいクッキーだった。


「えへへ、ジゼルに手伝ってもらったお陰でとても上手く出来たよ。でも食べちゃうのがもったいないなぁー」


アシルが手作りクッキーを愛おしそうに眺める様子は、まさに天使だ。

ジゼルもアシルには弱く、こうなるのを予測して、動物以外のクッキーを量産していた。


「アシル様、沢山作ったからこの可愛いクマさんは最後に食べましょう」


お茶を用意し、三人で一つ一つの形を話題にして口に放り込んでいく。

その様子をクロードが窓から覗いたが、楽しそうな中に入るには、勇気が足りなかった。


その人影をアシルが見つけ、クロードと目があった。

慌ててクロードは首を振ったが、アシルにその意味は通じなかった。

すぐに窓の外を指差しアシルがリュシーに話す。


仕方なくクロードは呼び鈴を鳴らした。


出迎えたジゼルはクロードの暗い顔に、叫び声を上げそうになった。

それ程クロードはげっそりして、表情は固く険しくもあった。


リビングに入ってきたクロードを見て、リュシーはその顔色の悪さに驚く。


「やぁ、リュシー・・・あの」

クロードの決死の言葉をリュシーが遮る。


「『やあ』じゃありません!」

いきなり怒られたクロードの顔は、子犬のようにシュンとする。

「・・・」

「その顔はどうしたのですか?」

「え?」


リュシーは怯むクロードに構わず距離を詰め、さっとクロードの額に手を当てる。


「ああ、やはり熱いわ。クロード様、二階のベッドに案内します。こちらで少しお眠り下さい」


リュシーが有無を言わせずに、二階に連れて行く。

そして、クロードをベッドに座らせるとどぎまぎしているクロードをよそに、シャツのボタンを一つ二つと外す。

「ちょっ・・ちょっとまっ・・」

少女のように戸惑うクロードを尻目に、リュシーは手早く首もとを緩めた。

「本館から、ゆったりした服を持ってきますが、それまでこれで寝ていて下さい。お昼ご飯はなにを食べましたか?」


「・・・食欲がなくて何も食べていない」

クロードの食欲不振の元が、目の前で大きくため息をついた。


「ダメですよ。食事はしっかり食べて下さい。熱も高いので消化の良いものを作って持ってきます。それまで眠れるなら、寝て下さい」


「・・・うん。分かった」


クロードは自分が小さな男の子になったような気がした。


言われた通りベッドに潜り込むと、リュシーの匂いがした。

ふと気になり、見渡すと可愛い小物が飾ってあり、どうやらここはリュシーの部屋らしかった。


香水の匂いでもない、優しい彼女の匂いに包まれて、安心したクロードはすぐに眠りに落ちた。




クロードの顔や首筋を、優しい手がふわふわのタオルで拭いていく。気持ちがよくて目を開けると、リュシーがベッド脇に腰かけて覗き込むように拭いている。

何時間寝ていたのか、辺りは真っ暗だ。


「あら、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」

小声で話すリュシーに、クロードは顔の近さが気になりドキドキする。

「何か食べられますか?」

「リュシーをた・・」


うっかり、『リュシーを食べたい』と言いそうになった。

朦朧とした頭では本音が溢れ出る。

「え?」

「いや、少しなら食べられそうだ」

その返事にリュシーは、安堵したのか微笑む。

「よかったわ、ではこの寝巻きに着替えて、ここで待ってて下さい。食事をこの部屋に持ってきますね」


リュシーは去り際にもう一度、クロードの額に手をやり、熱を確かめてから一階に降りて行った。


クロードは心臓がばくばくとうるさく打ちつけ、更に熱が上がったような気がした。


タオルで身体を拭いていると、扉がゆっくり開いて、そこから小さな影が見える。


「あの・・お熱大丈夫ですか? しんどい? 水を持ってきたんだけど・・・飲む?」


おずおずとガラスコップに冷えた水を入れて、アシルが溢さないように持ってきた。


ベッド脇に水差しの水が置いてあったが、せっかく持ってきてくれたのを受け取った。

「ありがとう、もらうよ」

クロードが喉を鳴らして飲むのを、アシルは嬉しそうに見ていた。

「冷たくて美味しかった。ありがとう」

素直に礼を言うと、アシルは恥ずかしそうに「どういたしまして」と笑う。

その顔はクロードそっくりでもあり、クロードの祖父にも似ていた。


そっとドアが開くと、リュシーが入ってきてテーブルにお盆を置く。

そして、アシルに向いて少し怖い顔を作る。


「クロード様は風邪だから、このお部屋に入っちゃダメっていったでしょ?」

「ごめんなさい。でも、心配だったから」

この言葉にリュシーはアシルの頭を優しく撫でる。


「そうよね。心配よね。でも、アシルは子供だからうつっちゃうの。だから、クロード様の風邪が治るまで我慢してね。アシルが病気になったら、私は悲しいの」


リュシーのもの悲しい表情に、アシルはあっさりと引き下がった。


「うん。わかった」

寂しそうに出ていくアシルの姿に、クロードが堪らなくなり、声を掛けた。


「冷たい水、美味しかったよ。私の風邪が治ったら一緒に遊ぼう」


「「本当?」」

アシルとリュシーが顔を見合わせる。

「ああ、本当だ。約束しよう」

クロードの約束。アシルは初めての出来事にもじもじしながら、これも、久しぶりに父を呼ぶ。


「あの・・ありがとうございます・・おとうさま」


真っ赤な顔で恥ずかしげに、でも不安げに見つめるアシルの顔を安心させるように優しく応える。


「ああ、こちらこそ」

クロードの低い声は、心地良くアシルの胸に響いた。


リュシーに促されて、部屋から出たアシルは嬉しさに走ってベッドに潜った。


そのパタパタと楽しげな足音を聞きながら、リュシーはクロードを振り返る。

「クロード様、アシルと遊ぶ約束をしていただきありがとうございます。さあ、それではクロード様に一刻も早くお風邪を治して頂かなければいけませんね」


リュシーは、クロードのベッド脇にミルク粥の入った皿を持って座る。

「さぁ、薄いコンソメ味にしてますが、お口に合うでしょうか? あーんしてください」


「・・・リュシー、私は一人で食べられるから・・・」

クロードが赤い顔で口に運ばれたスプーンを拒む。


「ああ、そうですよね。ごめんなさい。つい・・・」

リュシーもうっかりしていた自分に、顔を赤らめた。

つい、アシルと同じ顔が弱っていると母性本能の『構いたい』が発動してしまったようだ。


リュシーは皿をクロードに渡し、食べ終わるまで、傍で水を渡したり甲斐甲斐しく世話をした。


クロードは自分が病気になった時に、今まで傍に誰も居なかったなと思い返す。

幼い子供の頃、クロードが病気をしても、両親はそれぞれの不倫相手の所から帰って来ることはなかった。

以前結婚していた時にも風邪をひいて熱を出したが、前妻がパーティーから帰ってくる事はなかった。

だから、病気の時はそういうものだと思っていたのに、こんなに近くにいて看病されると嬉しいのだと初めて経験した。


クロードがミルク粥を全部食べると、リュシーは子供に言うように「良く食べましたね」と頭を撫でる。

「苦いですけど、この薬を飲んでもう一度しっかり寝ましょうね」


クロードは渡された薬を、大人しく飲む。

そして、またベッドに横になるとリュシーの冷たい手が伸びてきて額に感じた。

「うーん、まだ熱は高いですね。辛い時は『辛い』って仰って下さいね」

クロードの顔色は悪いのに、なぜか嬉しそうな様子なので、しんどいのかそうではないのか区別が付かず困っていたのだ。


「分かった。しんどくなったら言うよ」


クロードが目を閉じて眠るまで、リュシーは傍にいた。


自分のベッドをクロードに明け渡したリュシーは一階のソファーに寝る事にした。

夜遅く、うつらうつらしていると二階から、苦しそうな咳が聞こえた。


はちみつと生姜とシナモンで作っておいたのをお湯で割って、急ぎクロードの部屋に持っていく。


部屋に入ると咳で、背中を丸めて苦しげにしているクロードを支えて起こす。

「ゴホゴホッ。咳、うるさかったか? ゴホゴホ」

「無理に喋らないで下さい」

背中を擦りながらリュシーは、咳が収まるのを待つ。


咳が止まったのを見て、リュシーが飲み物を渡す。


「これは?」

クロードは香りを確かめるようにクンクンと嗅いでから、少しだけ口に含む。


「それは、私が風邪をひいた時に良く作ってもらった特製はちみつシロップです」


クロードはゴクリと飲むと、喉が潤って痛みが治まった。

「うん。甘いが飲みやすいな。咳が治ったようだ。君の両親はとても良い薬を知っているんだな」


リュシーの両親がリュシーのためにシロップを作ってくれるわけがない。熱が出ていても働かしていた外道な人達だ。

このシロップを作ってくれたのは、老料理長のマカーリオである。

リュシーは懐かしいマカーリオを思いだし、微笑んで頷いた。


「クロード様が必要なら、また作りますよ」

リュシーの言葉に安心したクロードは再び微睡んだ。


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