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15 執事ニコラ視点(1)

執事ニコラ視点でのお話です。



俺が庭師の父に連れられて始めて入った公爵邸は、公共の大きな施設か王宮だろうと見間違えるほどに大きくて、絢爛豪華だった。


父は庭園管理長という職業柄、屋敷の中に入る事はなく、いつも10人ほどの部下と屋敷の敷地を見て回っていた。


俺も父について地道に雑草を抜く仕事から教わった。夜遅くまで働き、腹が減ってくたくたになる。

そうしていると、屋敷に明かりが灯り別世界のように輝く。

その美しさによく呆けて見ていたものだ。


そこに住む人達はどんな人なのだろうと。


ある時父が、クロードの祖父である当時の公爵様に呼ばれ、俺を連れて屋敷の中に入った。

始めて入った屋敷の中で、次期公爵夫妻が遠目に見えた。


子供ながらに美しい人達に、俺の両親と比べて、あれがお貴族様なのかとうっとりした。


男の人は黒く長い艶やかな髪の毛を耳に掛けている。優雅にその横の女性をエスコートしているがその顔は険しい。

女性は輝くブロンドに遠目でも輝く海のような碧眼だ。

まるで絵画から飛び出して来たような美しい顔だが、こちらも眉間に皺を寄せた顔で屋敷の奥に消えていった。

これがクロードの両親を始めて見た感想だ。後になってこの時の印象は消え失せる事になる。




公爵様の部屋に入ると、威厳に満ちた皺の深い老人が、俺を値踏みするように見る。


「その子がお前の息子で、確かニコラと言ったな」


「はい、息子は今年で10歳になります。大人の作業にも遅れる事なく仕事をしています。少しやんちゃな所がありますが、真面目な奴です」


普段俺を褒めない父が、偉く褒める。

何だか背中がこそばゆくなる。


「ニコラはなかなか、良い顔をしている。クロード、おいで」


公爵様の後ろから出てきたのは、青白い顔をした、女の子と見間違う程のきれいな顔した男の子だった。

すぐにさっき見た美しい二人の子供だと分かった。


「ニコラ、クロードは7歳になったばかりだ。これから君にはこの子の傍について一緒に勉強を学んで欲しい。そして、ゆくゆくはこの子を支えてやってくれ」


公爵に背中を押された男の子が、俺に歩みよる。


「僕はクロード・コルネイユだ。君は僕の専属執事になるようだね。よろしく」

クロードは表情を全く変えずに、口先だけで話す。



そして、挨拶を済ますとさっさと部屋から出ていった。

あー嫌な感じの奴だ。

何だって俺があんな暗い変な奴の相手をしないといけないんだ。


公爵は少し困った風でクロードを見送ったが、顔はなぜか嬉しそうだった。

それから、念を押すように父と俺に公爵は強い口調で言った。

「よいか、あの子の両親が他の子供を近付けても追い払え。私の権限で君が傍にいられるようにしておく。頼んだぞ」


公爵様の話の後、俺は屋敷の中で過ごす事が多くなった。


そして庭園にいては伺い知れなかった色んな事が見えてきた。


クロードの美しい両親は、外見だけだった。

美男美女のカップルは、見た目だけで心の中は恐ろしいほど醜かった。


私利私欲、愛欲、愛憎。

二人はお互いに不倫をして、家庭を省みなかった。


クロードは母親に愛情を求めたが、見向きもされなかった。

勉強、ダンス、剣術、どれを頑張っても、彼女が他の男に愛情を注ぐ100分の1も息子を見る事もなかった。

始めは美男美女の両親を持つクロードを羨んだが、いつも俺の事を気に掛ける肝っ玉母ちゃんと、色黒の子供好きの父ちゃんで良かったと心底思ったものだ。


クロードは愛に飢えていた。

きっと自分があの環境にいても

愛の飢餓状態になるだろう。


クロードが話しかけても、母親の会話は誰を思っているのかいつも上の空、自分を見て欲しいと願っても、素通りされる。


初め、嫌な奴だと思ったクロードは、『愛情』に関しても『友情』に関しても、全くの素人だった。どう扱っていいか分からないようで、もがいているように見えた。


親の愛情不足からくる、注ぎ方や受け取り方を知らない子供は、ほとんど友情も恋愛も独りよがりになってしまう。

せめて、友情だけはしっかり育もうと、俺はせっせと愛情を注いだ。

クロードより三歳年上の俺は、仕えるべき相手というよりも、弟に近い愛情を持っていた。


初めの頃、クロードの顔の表情筋は全く動かなかった。動くのは目蓋と口だけ。

だが、その口も口角が上がる事はなかった。

会話が長続きせず、すぐに沈黙になるのが俺の苦痛の種だった。


「今日は街に外出する日ですが、どこから回りたいですか?」


「どこでもいい」


「クロード様、本日の紅茶はどちらの銘柄をご用意しましょう?」


「なんでもいい」


「クロード様、本日は天気が良いので、庭園のバラが花盛りの今、散歩に出掛けられてはいかがでしょう?」


「いや、いい」


「・・・。」

俺は限界を迎え、とうとう反論した。

「クロード、俺の親父が庭師なのを知っているよね?」

急に俺が砕けた喋り方になり、クロードは漸く目を見開いてこっちを見た。


「・・・ああ、知っている」

怪訝な顔はしているが、今までのように表情のない顔ではない。

俺はもう少し、人間らしい表情を見たくて、さらに突っ込んだことを話した。


「じゃあ、俺の親父達が精魂込めて作ったバラ園を見てやってくれよ」

俺がニッと笑うと、「わかった、行こう」と、なんのリアクションもなく椅子から立ち上がりスタスタと庭園に向かう。

俺は慌ててついていった。


「ここがさっき言ってたバラ園だな。確かに美しいな」

美しいと言っているが、その言葉に感情が入っていない。


「クロード様、このピンクオレンジのバラを見てくださいよ。庭師達が品種改良をして漸く今年咲かせたんですよ」

俺はクロードの感情を動かせたくて、手を引っ張って新種のバラを見せた。


「・・ニコラ、ちょっと痛い・・・」


「やば、すみません。クロード様大丈夫ですか?」

手を放すと、クロードは「いいよ」と言って微笑んだ。


あの二人から生まれた子供の笑顔は、やはり凄かった。


「今のは・・・なんだか、友達みたいで良かったし・・」

クロードは照れて俯いた。

この時からクロードの表情が格段に増えていった。

今はあんなに偉そうにしているが、昔は本当に可愛かったんだ。







だが恋愛はそう、上手くはいかなかった。


幼い頃のクロードは、子供達が集まるパーティーでは全ての女子の気を引き付ける程の人気だった。


公爵令息を狙う大人達の思惑と、綺麗な顔立ちの男を狙う女子のハンター的感は一致しているので、クロードに女の子が集まるのは仕方なかった。


クロードの回りには、他の女子を退ける為には容赦のない根性の悪い綺麗な女子が集まった。

そして、クロードも意地悪な女子ばかりを気に入ったのだ。

それは容姿が美しいなら、心も比例して綺麗だと信じて、上辺だけ見た結果である。



「あれ? さっきまでここにいた伯爵家のアンはどこに行ったのかな?」

クロードが回りを見渡してさっきまでいた女の子を探す。


「ああ、あの子なら自分でジュースをドレスに掛けちゃって、そのまま帰ったわ。私がそのままじゃ風邪を引くかも知れないから帰った方がいいって教えてあげたの」


俺は戦慄した。さっきアンという女の子の頭からジュースをぶっかけていたのに、さも心配している風を装うところが怖い。貴族の女子は本当に恐ろしい。

俺はブルッと寒気がした。


「そうなんだ、風邪を心配してあげるなんて優しいんだね」


ーーーッ!! 

うちのクロード様、ハンター女子のその言葉をまるまんま信じてますよ。


良く見れば、やはりクロードが傍に置いているのは、見た目は綺麗だが、えげつない根性の持ち主ばかりの女の子達だった。


この年で内面の美しさを見ろ! とは言わないが酷すぎないか?

俺は青年になった時のクロードを想像して、気が重くなったのを覚えている。


クロードだって、心根の悪い女を選びたくて選んでいるのではない。

クロードは不誠実な両親を見て、自分は誠実に一人の女性と添い遂げたいと願っていた。

そして学生時代に選んだ女は・・・やはりというか・・クロードの外見と公爵という爵位だけを愛している女、それがアメリテーヌ・ミルラン伯爵令嬢だった。


「クロード様、結婚の書類を出す前に、もう一度結婚を考え直して頂きたい」

俺は必死に説得した。

だが、俺の訴えも一蹴された。


どんなに反対しても、アメリテーヌの美しさに溺れたクロードは卒業後、すぐに結婚をした。

彼女のブロンドに碧眼の容姿と雰囲気は、クロードの母にそっくりだったのだ。



俺はアメリテーヌが笑った時に見せた笑顔が、あいつの母親にそっくりだと気付いた時から、いつかクロードを傷付けるのではと、目を光らせていた。


そうして、事件は起きた。

クロードの留守にコルネイユ公爵家の屋敷に男を引っ張り上げるとは思いもしなかった。

しかも、不倫相手の男の名前を息子の名前にするとは・・・。


そのショックでクロードは(たが)が外れたように女と遊び始めた。


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