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アシルの出した小さな炎を、リュシーは羨ましげに見ていたが、隣のクロードは言葉を失う程に、凝視している。


「クロード様、この魚はどうするのですか?」

リュシーの問いかけに、自分が抱える闇から引き戻されたクロードは、「・・・ああ」と力の抜けた声で返事をして、焚き火に目を向けた。


暫く固く握った拳を額に当てて、考え込んでいたが、リュシーから魚を受けとり塩を振って火の近くにぐっと突き刺した。


それから残りの魚も同じように、火の傍に突き刺す。


「こうやって魚を焼くなんて、初めてだわ」

「僕も初めてだよ。いい匂いがする」

「あら、ホント。もうそろそろ裏側も焼いた方がいいかしら?」


「・・・・」

クロードに聞いたが、当のクロードはアシルを見ているようで見ていない、心ここにあらず状態でぼんやりしている。


「クロード様? どうしたのですか? 先程から変ですよ」

リュシーがクロードの視界を手を振って遮る。


我に返ったクロードが

「そうだな、魚を焦がしてしまうな」と魚を引っくり返した。

そこからは元のクロードにもどって焼き上がった魚を二人に渡してくれた。


「熱いから気を付けろよ。それから骨にも気を付けろ」


「くすっ。クロード様ったら、まるでお母さんみたいね」

リュシーが笑う。


「バカな事を言ってないで早く食べろ。これは熱いうちがうまいんだ」


やはりお母さんみたいだなとリュシーが思った。


その横でアシルは豪快にかぶり付く。


「美味しい。僕この魚大好きになったよ」


「・・・そうか。」


クロードの言葉は少ないが、二人の間に会話がある事をリュシーは喜ぶ。

魚をかぶり付く二人の格好は、大小と大きさが違うだけで、そっくりだった。


「食べる姿も、笑う顔もそっくりね」

リュシーが笑いながら言うと、クロードが、オイルの切れたロボットみたいにギギギと首をこちらに回す。


「やはり、そうか・・君から見ても私とアシルは似ているか?」


「クロード様とアシルは似ていると言うレベルではないわよ。瓜二つよ。二人を見て、親子じゃないなんて言う人は目が可笑しいわね」


「そうか・・そうだな・・。お前は・・いや、アシルは私の息子だ。分かっている・・・もう行かないといけない・・・すまない・・」


唖然としている二人を置いて、クロードは立ち上がり、足取りも覚束ない様子で去っていった。





◇□ ◇□


あれから、またクロードは姿を見せなくなった。

気にする素振りを見せると、アシルが悲しむので、リュシーもそこには触れないように生活をしていた。

前回は少しクロードとぎこちなさはあったが、和やかに話をしたし、アシルが悩んでいる様子はない。


今日は天気がいいので、ベッドシーツを洗っている。こんな、大物をごしごし洗っているとついつい愚痴がこぼれてしまう。


「やっと、アシルを名前で呼んでくれたと思っていたのに、また逃げているのかしら」


リュシーは一歩前進したと喜んでいたのに、再びスタートに戻った気分だった。


(この双六はいつになったら前に進むのかしら。駒のクロードは振り出しに戻るのが好きなのかしら)


リュシーはため息をついた。


「あら、だめね、ため息をつくと幸せが逃げちゃうわ」


「奥様、ため息をつかれてどうされました? ・・・ああ、もしかしてもうお聞きになられたのですか?」


ジゼルが両手で胸を押さえて、心配そうにしている。


「私が何を聞いたと思っているの?」

「あ、その、クロード様がまた大規模なパーティを屋敷で開く予定があると聞きまして・・・沢山の

女性を呼ばれているので・・・その方々と・・・楽しまれるのではと心配しています」


リュシーはジゼルが何に心痛めているのか、全くわからなかった。


コテンと首を横に倒して考えるが見当がつかない。

なので「それで?」と尋ねた。

するとジゼルが困惑する。


「奥様はクロード様が他の女性と一緒にいらしても、気にならないのですか? しかも奥様の出席はないと聞いています」


クロードの傍に他の女・・・?


リュシーが恋愛感情も恋愛経験もない脳みそで考えた。

その結果は・・・


「クロード様の傍に誰がいようと、私には関係がないと言いますか・・いえ、実際には関係はありますが気にしないので、大丈夫よ。それに、私、パーティが好きじゃないので!」

ジゼルに向かって晴れやかに笑う。


「・・・そ、そうなんですね・・・少し前にソレーヌに聞いてから、一人で悩んでいたのがバカみたいです」


あれ? 安心してもらおうとしたのに、なぜか落ち込ませてないですか?


リュシーにジゼルの気持ちの機微が分かるにはまだまだ時間がかかりそうだった。


一方、クロードの方は様子が明らかに可笑しくなっている。


例えば、リュシーは料理長になったシモンに、仕入れた食材を活かす調理法を教えてもらっている。


そこで、たまにクロードを見かけるが、どうやら避けられている。

以前は会うだけで恐ろしい顔で睨まれていたが、今は見て見ぬ振りをして回れ右でどこかに去ってしまう。


睨まれるよりもましだと思うようにしているが、実際には睨まれるのと同じくらい神経に来るものがある。

「全く、何なのかしら? 睨んでいたと思ったら、今度は逃げ回っている。クロード様って本当に分からないわ」

首を傾げながら、コテージに戻った。




◇□ ◇□


パーティー当日


クロードは動揺していた。

今回のパーティーは、随分前に予定していたもので、沢山の貴族に招待状を送っていた。


それ故、急なキャンセルは出来ない。

ニコラにリュシーのお披露目会にすればいいと言われたが、「それは出来ない」と突っぱねた。


クロードは何故その案を受け入れられなかったのか、自分でも良く分からないでいた。


パーティーが始まると、沢山の女達が一斉にクロード目掛けてやって来た。

いつものクロードならば、沢山の女達に囲まれていい気になっているところだ。


だが、今日のクロードは女達の様子が細かく目につく。


この伯爵令嬢は、必要以上に自分に触れてくる。いつもならば、さりげないボディタッチに気を良くして、自分の手を重ねて相手の反応を確かめる所だが、今日はベタベタ触られる事が気持ち悪く感じる。

また。別の令嬢は媚を売るように見上げてくる。この下から見られる顔が可愛く思っていたが、不快に感じ、いつも涙目で自分を見る令嬢をあざとく思った。


ああ、この香水の匂いがきつすぎて、鼻がもげそうだ。

頭から香水の風呂にでも入って来たのか?

臭い!!!


この女はさっきまで、他の男の腕にしなだれ掛かっていたくせに、今度は私の腕に纏わり付いている。


真っ赤な口紅を塗られた口からでた言葉は、どれも真心がない薄っぺらい言葉ばかりで聞くに値しないものばかりだ。


私は今まで、どうしてこの女達といて楽しいと思っていたのだろう?

クロードは、感じたことのない虚しさが心に広がるのを止められなかった。


だが、屋敷の奥に引っ込む訳にはいかない。

招待状を出した本人が、病気でもないのに退席は出来ない。


頭を冷やそうとクロードは庭に出た。

夜の庭園は、中の熱気から解放され、夜の冷気がぼうっとなった頭をスッキリさせてくれた。


だが、そんなクロードを狩人化した女達が放っておく訳がない。


結婚をしたとはいえ、王家と同等の屋敷と力を持つコルネイユ公爵家の当主は魅力的な存在だ。

しかもクロードのような美しい男はそうそういない。


「もう、クロード様ったらぁ。急に居なくなったら寂しいですわ」

先程の伯爵令嬢が、庭園まで追い掛けてきた。


いつものクロードならば、「悪かったね」と言って女を連れて会場に戻るところだが、こんなところまで追いかけてきた令嬢に思わず眉をひそめてしまう。


だが、女はそんなクロードを見ずに、クロードの腰に腕を回し抱きついた。

「酔っちゃったから、クロード様が介抱して下さい。お・ね・が・い」


イラついたクロードが顔を上げると、そこにはたまたま通り掛かったリュシーと目が合った。


クロードはこの状況に、狼狽え出す。リュシーに何か言わなければと焦る。

「あっ、これは・・・その・・」


だが、リュシーは全くの無関心で通りすぎていく。

それがショックで動けなかった。

その遠ざかるリュシーの後ろ姿をただただ見送るしかない、自分に苛立ちを覚えた。


「どおしたの? クロード様ぁ?」


クロードは体を擦り付けてくる女の腕を振りほどき・・・それからリュシーの後を追おうとしたが、追ってどうするのだ? そう考えると足は止まり、しゃがみ、頭を抱えた。


自分が何故他の女と一緒にいるところをリュシーに見られて、こんなにも動転しているのかが分からない。


それに、リュシーが全くの無関心で立ち去って行った事に、胸が締め付けられ痛むのか、自分がなぜこれ程全身強張(こわば)って苦しいのか、その理由も全く思い至らないのだ。



何も分からず、子供のように動けない自分が情けなかった。


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