13
クロードと桟橋で話してから、十日ほど経っていた。
あれからクロードがコテージに来ることは一度もない。
三日前に騎士団長のウルバーノがコテージに立ち寄ってくれて、料理長の逮捕の経緯を教えてくれた。
「いや~大変だったよ。犯罪を起こしているのに、あんなに往生際が悪い男は見たことがないよ」
ウルバーノは、料理長が犯罪奴隷として連れて行かれる様を思い出し、苦笑いをしていた。
「そんなに酷かったのですか?」
リュシーはあの図体ばかり大きく、偉そうな男がどうなったのか気になっていた。
「『俺は先代から許可を受けてしていた』と変な暴露を自分でして、刑期を更に伸ばしていたよ。クロード様が領主になってからの帳簿しか見つからなかったのにさ。それで、奴の支払う損害賠償金は犯罪流刑島で200年働いても払えない金額になったよ」
ウルバーノの話で、騎士らに引きずられて行った料理長を想像する事が出来た。
「でも、彼にはアシルに対して行った児童虐待についての慰謝料を
追加で払ってもらいたいわ!」
リュシーの怒りは止まらず、流刑だけで許されないと憤慨する。
「まぁまぁ、犯罪奴隷となって流された訳だし、落ち着いてよ。それより、新しい料理長は以前副料理長として働いていたシモンがなったんだよ」
ウルバーノは24歳同士で、同じ年齢のシモンとは仲が良かったらしく、あの料理長の下で働いていたシモンを気の毒に思っていた。
そんな訳で、今回の昇進を心から喜んでいる。
リュシーは料理長に隠れて食材を渡してくれていた、茶髪の長髪を後ろで一つに結び、いつも優しい笑顔の男性を思い浮かべた。
「ああ。あの優しい人が料理長になったのなら、これからは気兼ね無く調理場に行けるのね」
想像するだけで、陰鬱だった調理場が明るく清潔になったのだろうとうきうきする。
それと同時にリュシーは、今回の件を決断したクロードの心も、晴れやかになっていればいいなと思った。
◇□ ◇□
ニコラがアシルに絵本を途中まで読んで『今度また来る』と言ってからかなり経っている。
アシルは読みかけの本を、ニコラが来るまで読まずに待っている。
この屋敷にはアシルと同じ年の子供がいない。かといって、屋敷の外に度々連れ出せるわけではない。
つまり、アシルには遊び相手がおらず、いつも一人で遊んでいるのだ。
リュシーはアシルが寂しくないようにと、一緒に遊びを考えた。
それで、二人で釣りをしようと誘ってみた。
喜んだアシルと、釣竿に適した木の枝を探す所から始める。
これが以外に難しい。
良い枝だと思っても、簡単に折れてしまうのだ。
アシルと林に入ると、枝以外にも不思議なキノコや、小鳥、リスなどの小動物を見つけた。
中でもドングリが沢山落ちていて、アシルは夢中になって拾い集める。
小さな手で丸いドングリを摘み、リュシーに見せに来る姿は可愛くて、いつのまにか口角が上がって微笑んでしまう。
「ほら、リュシーこのドングリは帽子を被っているみたいだよ」
「本当ね。可愛い茶色の毛糸の帽子かしら」
愛らしい様子を見たくて、二人で延々と木の実を集めてしまう。
それで、結局その日は釣りを諦めて、木の実集めで終わってしまった。
次の日は朝の剣術の練習と、勉強を終わると、昨日のリベンジに燃えるアシルが、釣竿にぴったりな木の枝を見つてきた。
早速、糸に返しの付いた針を付け、餌になるミミズを探しに庭の土を掘る。
最初は気持ち悪がっていたアシルも、慣れてくるとどんどんと掘り起こしてミミズを捕まえた。
準備が調ったところで、池に釣糸を垂らして、しばらく待つ。
「ねぇ、リュシー。この糸を垂らしていると何が起こるの?」
アシルがワクワクした顔でリュシーの真似をしてじっと眉間にシワを寄せて釣糸を見ながら聞いてきた。
はっとしたリュシーは再びの失敗に慌てて説明を始めた。
「アシル、ごめん。また説明もしないでいたわ。これはこの池の中に住んでいる魚を捕まえて今日のご飯にしようとしているの」
「そうなんだ、魚ってここに住んでいるんだね」
目をキラキラさせて新しく知った新事実に喜びを隠せないアシル。
小さな世界で生きて来たアシルにもっと沢山の事を知って欲しい。
「お魚は池にもいるし、ここよりももっと広い海にもいるのよ。でも海には行けないから今日はここで一杯魚を釣ろうね」
「うん、分かった。リュシー、池の中の魚をいっぱい捕まえるから、美味しいのをいっぱい作ってね」
楽しそうなアシルを見ると、自然と笑顔になる。
「うふふ、料理は任せといて」
リュシーは力強いガッツポーズをみせた。
池で釣りを楽しむ二人を心配しながら覗く人物がいた。
料理長の一件の報告と、お礼を言おうとコテージに来たクロードだ。
あまりにも仲良く二人で釣りを始めた為に、この物陰から出るに出られなくなったのだ。
しかも、未だにアシルの顔を見ると気分が不安定になる。
だから、日を改めて来たかったのだが、池で遊ぶ二人が気になって帰れない。
「ああ、あの池は危ないのに・・・うっかりはまると底に溜まっている腐葉土が底無しのように埋まって危険なのだが・・・」
ハラハラしながら、成り行きを見守るしか出来ない。
「そう言えば、あの妻の浮気現場を見てから、あの子供の顔をこうやってじっくり見るのは久しぶりだな・・・本当におれの息子なのだろうか?」
そんな事を考えていると、どうやら魚が掛かったらしく、二人があたふたしている。
リュシーもアシルも釣りをしたことがないのか、おっかなびっくりで釣竿を振り回している。
しかも、思った以上に大物が掛かっているらしく、二人とも引きずられていた。
このままでは二人とも池に落ちそうだ。
リュシーがバランスを崩して、池に頭から突っ込みそうになる。
「きゃーッッ」
リュシーは『落ちるっ!』と目を瞑ったが、強い力で体が宙に浮く。
池に落ちる事無く、リュシーは誰かの小脇に抱えられて、池から遠ざかる。
どうなったの?
見れば、リュシーのお腹に回された手はガッチリ太く、リュシーは「ぐえ」と変な声を出してしまった。
「お前は蛙か・・まあいい、そのまま釣竿を放すな」
失礼な声の主は、クロードだった。
上を見る事ができない状態で、しかも釣竿を持ったままの姿勢。
クロードが下がると、一緒に魚も一緒に引き上げられて50センチの大きさの魚が釣れた。
心配そうにクロードとリュシーを交互に見ていたアシルも、魚を見てクロードが側にいることを忘れてはしゃぐ。
「わー!凄いや、リュシー大きい魚が釣れたよ」
「うんうん、こんなに大きな魚が釣れるなんて思ってもみなかったね。アシルー、晩御飯できたねー」
魚が釣れた事に大喜びをしていて、リュシーもアシルも今の状況を忘れている。
「お前達、俺の事を忘れているのか? おい、そろそろ下ろすぞ」
クロードに言われて、リュシーは漸く自分がまだ、クロードの小脇に抱えられていたのを思い出す。
「ああ、ごめんなさい。魚が釣れた喜びに浮かれてたわ」
「浮かれすぎだろう・・」
クロードは能天気なリュシーに呆れながら、ゆっくり地面に下ろした。
「それから・・・喜んでいるがその魚は食べられないぞ」
「「え!!?」」
二人が同時に驚き顔を見合わせる。
「その魚は底の泥をかなり食っているせいか、身が泥臭くて食べられたもんじゃない。食料にするのは諦めろ」
クロードが言い終わると、がっかり肩を落とした二人は、それまでの明るさが嘘のようにしょんぼりする。
「・・・そんなに魚が食いたかったのか?」
リュシーとアシルの消沈ぶりは見るに忍び無かったのか、「薪になりそうな枝を沢山集めといてくれ」と言い残し、クロードは本館の方に足早に去った。
クロードのいつもと違う感じに、二人とも、戸惑いはしたが気安い雰囲気は傍にいても怖く無かった。
クロードを待っている間に、先程三人で釣り上げた魚をそっと池に逃がした。
それから、クロードに言われた通りに小枝を拾い集めていると、クロードが小振りな魚を三尾持ってきた。
「この魚を持っててくれ」
リュシーに渡すと、一緒に持ってきた串に刺していく。
それから起用に木の枝をナイフで少しずつ削って先端に溜めていく。すると先に木の花が咲いたようになった。
「木でお花を作っているの?」
アシルが少し遠慮がちに聞く。
クロードも遠慮がちに答える。
「・・・花に見えるか?」
「うん」
ちょっと間を置いてから、クロードは説明を付け足した。
「・・・・これはフェザースティックと言って火を着けやすくするんだ」
クロードがナイフの裏側を使って火花をつくり、その枝に燃え移らせるとしっかりとした炎になった。
「すごいわね。そんなに簡単に火が起こせるなんて! 魔法みたいだわ」
リュシーが、興奮していると、クロードはいとも簡単に今度は手からも炎を作り出した。
「・・・貴方、魔法でも火が着けられるの?」
「ああ、でも祖父がいつも言っていたんだ。『外でキャンプをする時は不便を楽しむもの』だそうだ。だから、野外で料理を楽しむ時はこうやって一から手作業を楽しむようにしているのさ」
魔法が殆ど使えないリュシーは、「じゃあ、私はいつも不便を楽しんでキャンプをしているようなものね」
と、半眼になる。
「僕も火は出せるよ」
アシルもクロードと同じように、あっさりと手に炎を出した。
「いいわね、貴方達は・・・」
更にリュシーは遠い目になった。