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リュシーは屋敷で自由に動ける様に、奥様の肩書きを有効利用した。

先ずは食料の仕入れ業者を新しく追加した。

そして、本館ではなく食料をコテージに運んで貰うことになり、一々料理長のいない時に行って、他のシェフに恵んで貰わなくてもよくなったのだ。


これは本当にありがたかった。

これまでは食料のためとは言え、本館に行く度、忍び足で廊下を歩き、侍女頭と料理長に会わないようにアンテナを張り巡らせた。

しかし、この二人以上に最も神経を使ったのがクロードだった。


うっかり本館で鉢合わせした時には、リュシーがその夜(うな)されるほどの形相で睨まれたのだ。

それ以来絶対に避けて通っている。


だが、避けて通れないこともある。今日がその日だ。


ここに至るまでに食事の調達の話に戻る。


料理長が使っている業者を使わず、リュシーはカリータ商会から紹介された業者を通じ、色々な物を仕入れていた。

カリータ商会は、以前リュシーが住んでいたルコック家の老料理長のマカーリオが信頼していた商会だ。


カリータ商会の長男のランドは、父親の堅実・誠実を受け継いだ信用できる男である。


その彼から、コルネイユ公爵家の料理長と、各仕入れ先の業者は癒着関係なのではと指摘を受けたのだ。


ランドは外国産のワインを扱っていて大体の味と価格を知っている。

その彼が以前に料理長が注文したワインと怪しい業者が搬入したワインが全く別物だったのではと疑っているのだ。


「ランドさんはどうして料理長が注文したワインと、搬入されたワインをが違うって知ったの?」

リュシーはコテージに、ワインを運んでくれたランドにお茶を出しながら尋ねた。


「この公爵家の侍女のソレーヌと・・・友人・・なのですよ」

ランドがソレーヌを呼び捨てで呼ぶほどの仲なのだと驚く。


(ランドさんは現在21歳。ソレーヌと言えばジゼルを影から助けてくれる姉貴タイプの18歳・・・ランドさんとソレーヌさんがお付き合いしているなんて世間って狭いわ)

ランドの『友人』発言を聞いても、二人の中は恋人だと断定した。

リュシーは、そちらの恋話(こいばな)も聞きたかったが、そこは我慢してさらにワインの話を聞く。


「ほうほう、ソレーヌさんとはご友人ですね?そういう事にしておきましょう。 それで?」


にんまりと『二人の仲は分かっているわよ』的な笑みを浮かべ、話を進ませるリュシー。


ランドは頭を掻き、リュシーの含みのある笑みに苦笑いで話を続ける。


「・・・そのソレーヌが話していたんだが、以前に料理長が『ミセット』と言うワインを分けてくれて飲んだ所、花の香りがしてちょっと酸味があったと言っていたんだ」


リュシーは今まで高価なワインを飲んだことがない。

そんな訳で、ソレーヌの話の可笑しな所が分からなかった。


「それは・・つまり?」

リュシーが首を傾げて聞くと、ランドは以前のリュシーの暮らしを知っていたので『やはり分からないだろうな』と呟く。


「つまり、『ミセット』程の熟成されたワインが、若い香りと酸味がするなんて事はないんだ。それに、『ミセット』の香りはキノコの香りに近い筈なんだ」


「花の香りとキノコの香りなら、花の方が良さそうに思えるけど・・」

リュシーが難しい顔で聞くと、ランドは「わかってないなぁ」とあからさまにため息をつく。


取り敢えず、ランドが言う事には、料理長が高いワインを購入したと見せかけて、安いワインを仕入れているらしいのだ。


そして、安いワインなのに、値段は『ミセット』の高い値段で支払われている筈だと言う。


そのワインは料理に使用されたり、パーティーでお客様に出されている。

その使い方だとワインの銘柄が今まで偽物のワインだと、なぜばれなかったのか不思議だった。

これは実際に調べに行くしかない。

だが、ワインセラーがある倉庫の鍵は料理長が持っていて、リュシーは入れない。

もう1本合鍵を持っているのは・・・

クロードだ。


長年、信頼している料理長に対して、急に執事に押し付けられた怪しい妻。


さぁ、あなたはどちらを信じますか?

もちろん前者ですよね?


リュシーは一人で自問自答した。


クロードに怪しまれずに倉庫の鍵を借りる方法を模索いていた。

そのリュシーの前に、あのクロードが険しい顔で立っていたのだ。


「ヒィッ!」


「私を見て悲鳴をあげるとは、何たる無礼な女だ。こんな所で何をしている?!」


普段なら、言い訳を考えて逃げ仰せているところだが、今日のリュシーにはこの屋敷を後に引き継ぐアシルの為に、逃げている場合ではない。


ごくりと生唾を飲んで、相手を怒らせないように言葉を選んで倉庫の鍵をもらうのだ。


「こ、ここんにちは。今日はとても良いお天気ですわね」


「はぁ? こんなに曇っているのにか?」


「そそその、何て言いますか・・この倉庫に仕入れと違うワインが納品されているのではと思いまして・・この中を見せて頂きたいのですが・・」


「・・・ここにはワインの他にも食品が入っている。お前、ここに毒を仕込むつもりじゃないだろうな?」

クロードに考えてもみない事を疑われ、リュシーの顔をから愛想笑いがスーッと消える。


「毒? そんな事、絶対にしません。それに貴方のように、幼子に酷い仕打ちをする碌でなしに言われる筋合いはございません」

リュシーは、最安値で売られた喧嘩をあっさりと買ってしまった。


「この私が・・碌でなしだと?」


「そうです。子供にまともにご飯も与えずに、餓死寸前に放置している親! つまり、あなたの事ですわ」


出会った頃の痩せ細ったアシルを思いだし、リュシーはずっと言いたかった言葉を吐き出してしまった。


「何を言っているんだ? 私は食事は料理長にきちんと作らせていた。お前こそ、何の根拠があってそんな事を言っているんだっ!?」


クロードが厳めしい顔で、一歩近付いて威圧する。


負けずにリュシーも一歩近付いて、クロードの顔を見上げた。


「そこまで料理長を信じると仰るならここを開けて下さい!!」


リュシーがビシッと倉庫の扉を指すと、クロードはポケットから鍵の束を取りだし、無造作にリュシーの足元に投げた。


「それのどれかがここの鍵だ。食材の事は料理長に任せているから、どれがここの鍵か分からん」


20本程、鍵が一本の紐で通されて束になっている。

リュシーは拾い上げて、一本一本倉庫の南京錠に突っ込んで試していく。


「もう、本当はどの鍵がここの倉庫の鍵なのか知っているんじゃないですか? 教えてくれてもいいじゃない」

ぶつぶつ言いながら鍵を刺しては、次の鍵を試す。

その後ろで意地悪く、クロードが腕組をして「早くしろ」「まだか」と嫌味に何度も声を掛けてくる。

15本目で漸くカチリと高い音が鳴り、南京錠が開いた。


倉庫の中は埃っぽくて、食料品を置いているとは思えないくらいに、不衛生だった。


棚には殆ど何も置いてなくて、食料品は地面の上に直置きされている。小麦粉の袋は破れて溢れているし、ジャガイモの木箱からは芽が出たり腐って悪臭がしている。


ワインを保管している場所に行くと、温度管理もせずにワインが置かれていた。

そんないい加減に放置しているワインなのに、ワインのレベルだけは丁寧に全て剥がれている。


「・・・これはどういうことだ?」

棒立ちになっているクロードを心配しながらも、リュシーはワインを一本取って、コルク抜きを探す。


その時、倉庫の入り口で数人の声が聞こえた。

棒立ちのクロードを引っ張って、リュシーは急ぎ棚の後ろに隠れる。



「おいおい、鍵をちゃんと掛けとけって言っただろ」

料理長が若い男を叱っている。


「俺はちゃんと閉めたっすよ」


若い男は酒を運びにきた業者のようだ。

「所で、こんなに味が違うのに、本当にこの酒を『ミセット』と思ってパーティーの客は飲んでたんすか?」


「それだよ。公爵には本物を用意しとけばいいのさ。まさか公爵が『ミセット』だと言っているワインを疑う奴はいないだろう。それに可笑しいと気づいても、誰も公爵様に言いにいきゃしねえ。まぁ、ワインをデキャンタに入れときゃ、客は気付かねぇさ」


「ふーん、そんなもんすか?」

若い男はガチャガチャ鳴らせてワインを運んでいる。


「おいおい、割るなよ。いくら安いったって、もったいないからな。所で今回の仕入れの儲けで、また女がいる娼館に行くつもりだろう? 女につぎ込むのはいいがいい加減にしとけよ」


「はいはい。それよりもう一回運ぶんで手伝って下さいよ」


二人は次に荷物を運ぶために倉庫から出ていった。


いま聞いた会話を思い返していると、クロードがリュシーの手を引いて走り出す。


「あいつらが戻ってきたら閉じ込められるぞ。早く走れ」


有無を言わせずに走って、コテージに着いた時にリュシーはゼーハーゼーハーと喉が引っ付いて息がしにくいほどだった。


振り返りリュシーを見たクロードは、目を見開いた。

「お前、そのワインの瓶を持って走ってたのか・・・。それは悪かった」


よれよれになっているリュシーを見て、少しは気が咎めたのか珍しくクロードが謝った。


息を整えたリュシーが、コテージのドアを開ける。


「このワインが本当に高級ワインかどうか、確かめる為にも今開けて飲んでみましょう」


クロードは一瞬躊躇ったが、複雑な顔をしたまま頷くと、コテージに入った。


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