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シュクレ市場から帰ってくると、屋敷の大門が開いていた。門付近に大勢の騎士が騎乗したままでいる。


錚々たる騎士の勢揃えの迫力に、気圧される。と同時にリュシーは胸騒ぎがした。

「屋敷の様子が変ですね? なにかあったのでしょうか?」

リュシーは、膝枕で寝ているアシルを起こさないように、小声でジゼルに話す。


門番のルーベンが、馬車に向かって息せき切って走ってきた。

「明日ご帰宅予定だったクロード様が、たった今お帰りになったんだ。このまま馬車で入っては鉢合わせしてしまう」


ウルバーノは「分かった」と返事をすると、リュシーに向き直る。「では馬車はここまでにして、ここからは歩いてコテージまで戻りましょう」


ウルバーノは、寝ているアシルを抱きながら馬車を降りる。

それを近くいたウルバーノの部下が険しい顔で近寄る。

「団長、アシル様とお出掛けしていたんですか?」


「ああ、モーリス。今度来た新しい家庭教師のリュシーさんと一緒に、アシル様の社会科見学に行っていたんだ」


ウルバーノはアシルを抱いているので、目でリュシーを紹介した。


モーリスと呼ばれた男は、リュシーと同じ赤毛の短髪で、年齢は30歳前後だ。

このモーリスの赤毛を見てリュシーは思い出した。本館で始めてクロードに会って、罵倒された時に立っていた人物だ。

自分と同じ真っ赤な髪の毛だったので、あの雑然とした場面だったのにも拘わらず、彼を覚えていた。


勿論、モーリスも忘れていない。

モーリスはリュシーを見ると挨拶も忘れ瞠目している。


我に返ったモーリスは、再びウルバーノに詰めよった。

「この人は家庭教師ではありませんよ! ニコラさんが連れてきたクロード様の奥様ですよ」


今度は、モーリスを含めウルバーノとルーベンにも目を見開かれてリュシーは三人に凝視された。



「ごめんなさい。騙すつもりはなくて・・・ニコラさんに連れて来られてクロード様の奥様になったけれど、クロード様には認めて貰えず・・いつ追い出されておかしくない身分なので、本当の事が言えなかったんです。本当にごめんなさい」

ブンブンと何度も頭を下げて謝罪をするリュシー。


それを見ていたウルバーノが、片手で顔を覆った。

「危なかった。もう少しで手を出すとこだった・・」

呟いた声は、誰にも届かなかったが、ジゼルは雰囲気で察していた。


「俺はクロード様の様子伺いと挨拶に行く。モーリス、アシル様をコテージへお運びして、そのままそこでクロード様が、来られた場合に備えて待機しておいてくれ」


ウルバーノはそう指示を出すと。モーリスの馬に乗り、颯爽と本館へと走り去った。





コテージに帰ったリュシーは、ジゼルと一緒に簡単なお昼ご飯を作っていた。


市場では、食べ歩きしながら食事をしたが、それだけでは全く足りなかった。

卵をボールに割って、ふわふわの卵焼きをつくってパンに挟む。これで簡単玉子サンドイッチを作る。


ちょうど作り終えた時にアシルが目を覚ました。


目を擦りながら、リビングにおりてきた。

「僕、寝ちゃったんだ。騎士のウルバーノさんにお礼を言えなかったな」

騎士団長がいない事に寂しそうだった。でも目の前に置かれた沢山のサンドイッチを見るとちょっと元気が出たようだ。

「沢山歩いたから疲れちゃったのよ。今度また会えるから、その時御礼を言いましょうね」


リュシーの言葉に笑顔で頷いた。



◇□ ◇□ ◇□


穏やかなコテージとは打って変わり、本館では不機嫌な男が険しい顔付きで、侍女頭のエマの報告を受けていた。


「本当にとんでもない女でしたよ。侍女達には横柄な態度で当たり散らし、やりたい放題で、料理は贅沢な食材を要求したりと恐ろしい女でしたわ。私がいなかったらこの屋敷は大変な事になっていたでしょう。私がこの屋敷の安寧を守りましたの」


侍女頭のエマはリュシーの有る事無い事・・・いや、無い事だらけをクロードに報告していた。


その報告を受けて、クロードはニコラを横目で見て鼻で嗤う。


「ふーむ。お前が見つけて来たリュシーと言う女は、ずいぶんと我が儘でずる賢い女だったようだな。侍女頭と料理長の活躍で、我が屋敷は安泰だ。さぁ、ニコラ。あの赤毛女をどうする?」

どうだと言わんばかりにニコラを凝視する。


「今の報告を受けて、私の目は確かだったと確信しましたけど、それが何か?」

我関せずとばかりに、専属執事はしらっと言いきった。


「くっ。お前が連れて来た女の所為であの子供がこの屋敷内をウロウロしているんだぞ。何とかしておけ」

クロードは持っていた領地の報告書を机に叩きつけた。


「あの子供ではなく、アシルと名前で呼んで下さい」


「呼べるかっ!! その名前を出す事は許さない。下がれ」


こうなってしまっては、ニコラも何も言えない。

素直に主の言葉に従って、執事執務室に戻った。


執事執務室の机には、書類の山が出来上がっていた。

それを机の角に押し退け、侍女頭が記載した、リュシーの報告書に目をやる。


ニコラは侍女頭の報告を聞いて、ホッとしていた。

今回、急な領地での不始末が見つかり急いで帰郷したが、その間に置いてきたリュシーの事が気がかりだった。


だが、リュシーは期待以上の事を既に行ってくれていた。


侍女頭と仲良くやっているような女なら、逆に出ていって貰うところだった。

あの性悪侍女頭に堂々と戦いを挑み、自分の居場所を勝ち取っていたとは、想像以上だ。


しかも、最大の問題点であるアシルをこうも簡単に、屋根裏部屋から助け出してくれた事に感謝していた。

それと自分の審美眼を誇りに思う。


「しかし、今回の領地での盗難騒動も横領の証拠が消えてなくなっていた。騒動に紛れて誰かが証拠隠滅を図ったはずだ」


王都の屋敷(あっち)領地の屋敷(こっち)も使用人やトップ連中が金に汚い奴らばかりだ。

これも全て、前コルネイユ公爵も人を見る目がなく、彼が雇った人間が欲の固まりのような奴ばかりだったからだ。


今回の盗難事件に関与した人間を見ると、何人かは無実の罪を被せられている。早急に調べて釈放しなければ、領地の屋敷も収入も黒幕に横取りされてしまうだろう。


ニコラはある程度の目星を付けた後、部屋を出てリュシーのいるコテージに向かった。


池が見えてくると、既にその道から以前と違って整備されている。

コテージに着きノックすると、「はい、どちら様ですか?」

と警戒しながら聞いてくる。


「ニコラです。急に伺ってすみません」


すぐに扉が開かれて、不機嫌な顔のリュシーが目に入った。


(こっちの住人も不機嫌なのか・・勘弁して欲しい)とおもいつつ笑顔は崩さない。


だが、ニコラの足元に飛び付く元気な子供に癒された。

「お帰りなさい。ニコラが帰って来ないから心配してたんだよ」


「アシル、ニコラさんを解放してあげないと家の中に入れないわよ」

リュシーはアシルがじゃれる様子を見て機嫌が直っていた。


コテージの中はすっかり綺麗に片付けられて、住人によってピカピカに磨かれていた。

「食事もここで自炊されているのですか?」


リビングから見えるキッチンに、野菜が置かれているのが見えた。


「当たり前です。あそこの料理を食べていたら、アシルの健康に悪いでしょう?」

リュシーが眉間にシワを寄せて言う。


「え? でも、料理長はアシルのご飯はしっかり栄養を考えた食事を作っていた筈ですが・・・?」

ニコラが困惑しながら、アシルを見るとアシルは気まずそうに俯く。


「そんなの、ニコラさんがいる時だけですよ。現に私達だけの時は固いパンが一切れと冷めきったスープだけでしたよ。ああ、もちろんスープには何も入っていませんでしたわ」

リュシーが『ふんす』と鼻息荒く報告する。


「・・・そうだったのか。・・・まさか料理長が、子供にもそんな無慈悲な行いをしていたとは・・」

ニコラが肩を落としていると、言いにくそうにジゼルも一言告げる。


「あの、クロード様とニコラさんがいらっしゃらない時は、私達下級侍女の食事の質も落ちて、酷くなります」


「「え? そうなの?」」

リュシーとニコラの声が重なる。


ニコラはドサッとソファーに座り、両膝に肘を付いて頭を抱えている。


その落ち込み具合がかわいそうになって、リュシーは慰めた。

「ニコラさんにはニコラさんの仕事がいっぱいで、そんな一度に屋敷中を見渡せないですよ」


「だからと言って、侍女頭の事は理解していたが、料理長の事を信用していたなんて恥ずかしい。そんな奴にアシルの食事を任せていたなんて・・・クソッ!何が審美眼だ!」


ニコラが自画自賛していた特技は、一瞬で崩れ去った。


「これからはもっと緻密に、情報を収集しないといけないな」

ニコラが呟くとリビングの脇にたっていたモーリスが頷いている。


「なんだ? モーリスも知っていたのか?」


「いえ、騎士団の料理は屋敷の料理長が作ってないから、内情は知りませんよ。でも、僕達が作った大雑把な料理を羨ましげにメイドの子達が見てたから不思議に思ってたんです」


「・・・そうか。きっと浮かした食費は、奴らの遊興費になっているんだな」

ニコラがげんなりした顔で再び項垂れた。


「私にも経験がありますが、一人で出来る事には限度がありますよ」

落ち込みが激しいニコラは、がっくりと肩を落とした。かわいそうになったリュシーは助け舟を出す。

「私は名ばかりの奥様ですが、ニコラさんに権限を頂ければ、私もこの屋敷で働く人達の居心地が良くなるようにお手伝いしますわ」


敵だらけのニコラにとってリュシーの言葉は心強かった。

「・・・うん! やはり私の目に狂いはなかった。二人でこの屋敷の改革を進めましょう。このままではこのコルネイユ家はダメになってしまう」


「はい、頑張りましょう。それでは先ず、このコテージに食料が問題なく届くようにしたいので宜しくお願いしますね。高級なお肉、お願いします」

にこりと微笑むリュシーに、騙された感がよぎるニコラ。

彼は、再度自分の人を見る目を疑いそうになった。


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