お題:ガラケー
カチカチと刻まれる秒針を見つめる。十七時になる。
すぐ携帯を手に取って耳にあてる。
「もしもし?」
いつもの彼の声だ。
「こんばんは。今週は何があったの?」
この携帯は壊れている。小さい頃は耳にあてて「電話ごっこ」をしていただけだった。何となく手放せず、実家から持ってきたこの携帯は、今では日曜日のこの時間だけ、彼との電話だけが出来るようになっていた。
「今週は、妖精さんが遊びに来て一緒にワルツを踊ったんだ! ダンスのリード初めてだから緊張しちゃった」
名も知らない彼の話には「妖精さん」やら「天使さん」やらが出てくる。現実離れしたこの時間が日々の疲れを癒してくれるのだ。
「君は? なにか面白いことあったの?」
「うーん、特になかったかな。……あっ、でも卵に黄身が二つ入ってた。ちょっと嬉しかったよ」
「分かる! お得な気分になるよね」
「蒼汰くんもそう思うんだ」
「うん!……ねぇ、ソウタって、誰?」
相槌でそのまま流されるのかと思ったら、指摘されてしまった。口からぽろっと出てしまったその言葉で、いつもと違うような空気になる。
「ううん、ごめん。会社の人に口調が似てるから」
「……そうなんだ! あっ、そろそろ時間だから切るね。またね」
「うん。また来週」
充実感を覚えながら電話を切る。この電話で、また来週も頑張ろうという気持ちになる。
学生時代に亡くなった彼氏と似ている、名前の知らない彼との電話を楽しみにしながら。




