第九話「暗雲。そして文化祭へ」
「不登校」
国の定義では「年度間に連続又は断続して30日以上欠席した児童生徒」のうち「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にあるもの(ただし、「病気」や「経済的理由」によるものを除く)」と定義しているらしい。
夏休み明けからも登校していない拓は、この定義に入ってしまっている。
理由は未だに分からない。あれから何度か連絡を試みたもののやはり取り次いでもらえない。藤原先生に一度聞いてみたが、先生も困っているようだった。
友人が不登校になることはショックではあり、不登校生徒の問題は年々増加しているらしい。
ここに来て、秋本だ。
文化祭の役決めをした金曜日が明けた、月曜日から秋本は学校に来ていない。
そして今日、俺と奏、冬田と智美。4人が放課後応接室に呼ばれている。
秋本のことだろうとは思うが、周りの生徒に言わずに来てほしいという、妙な呼び出しだった。
呼び出しに応じた俺たちを待っていたのは、校長先生、教頭先生、藤原先生、生徒指導の先生、そこに意外な人物が居たため、少し驚くこととなる。
…警察官?。
何だ?俺の中学時代に警察沙汰になるような呼び出しがあったような覚えはない。秋本のことで警察が来たのだろうか?
奏たちを見ると、俺と同じように驚きを隠せていないようだ。皆も呼び出し理由は深く聞かされていなかったようだ。
何度目かの人生の時に応接室に呼び出されたことがあったが、その時も教頭先生までしかいなかった。校長先生が居るというのは、想像していた話よりも大事になっているのかも知れない。
いつぞやの時のように、教頭先生に促されて俺たちは、椅子に座る。
警察…。後ろ暗いことなど、何一つないが緊張してしまう。
秋本の話か、それでなければ、万引きか何か犯罪関係の事情聴取だろうか。いずれにしても覚えはない。
「今日は、突然呼び出して申し訳ない。君たちが知っている内容でいい。ちょっと話を聞きたい事情ができました。君たちも知っているように、クラスの秋本君。彼は今学校に来ていない。」
やはり、秋本のことか…。
「お願いします。」
「はい。失礼します。皆さん初めまして。私を見て、皆さんは驚いたかも知れません。私は所轄警察署の少年課というところから来ました、村田と言います。よろしくお願いします。」
座っていた男性の警察官が自己紹介とともに軽く会釈をしてきたので、俺たちも合わせるようにして会釈をした。
物腰の柔らかい話し方で、俺たちに対する視線も、俺たちを疑っているという感じではないように思える。最も相手はプロなのだから、素人である俺たちに警戒感を疑わせるような態度は出さないだろう。
しかし、彼が発言した言葉に皆は衝撃を受ける。
「君たちのクラスメートの秋本さん。彼は4日前の金曜日から、家に帰って居ないんです。ご家庭からの届け出が昨日なされました。未成年ということで、犯罪に巻き込まれたという可能性も考えられますので、先週の秋本さんの様子であったり、何か気になることがあればお伺いさせてもらえないでしょうか。」
「「!!」」
「それって…、行方不明って、ことでしょうか?」
「そういうものになります。ご家庭から捜索願が出されたものです。」
「行方不明…。」
「…。」
俺たちは余りのことに、言葉を失った。警察官は俺たちがショックを受けている様子を観察するかのような視線を向けながら続けた。
「申し訳ない。友人が行方不明というできごとは、君たちにとって大変ショックなことだと思います。でも、彼が今どうしているのか、そういったことを調べるためにも、彼が居なくなる直前の様子というものをお聞きさせていただきたいのです。余り一般には知られていないことかも知れませんが、こういった行方不明になった方というのは、8割ぐらいは1週間以内に見つかることが多いのです。例えば、彼が直前にあった出来事により、事件に巻き込まれた可能性があれば、その関係を探す、自分から家出をした可能性があるかも知れない。何でもいいので先週の様子を聞かせてもらえないでしょうか。」
「金曜日、学校から帰って、彼と会った方は居ませんか?もしくは電話で会話したとか。」
俺たちは顔を見合わせつつ、各々が首を振った。
「そうですか。それでは学校での様子ですが、校長先生方が居る前で申し訳ないのですが、クラスの中で、そうですね、嫌がらせのようなものを受けていたというのはありませんでしたか?」
俺は思い当たることがなく、首を横に振った。奏たちもそうだったようだ。
警察官は、メモを取りつつ、
「他には、喧嘩とか、揉め事のような感じのこともなかったですか?」
俺は考えつつもやはり思い当たりはなく、首を横に振る。
すると…
「どんなことでもいいんですか?」
「ええ、もちろん。本当にどんな些細なことでも構いません。」
冬田が思い出したように、先日の役決めの時の話を伝えた。
「なるほど。クラスで言い合いのようなものがあったということですね。」
「そんなことぐらいで…。」
「いえ、先生。それが原因とみなしているわけではありません。本当にどんな些細なことでもいいんです。」
「そうですか…。」
校長先生からすると、学校の中での出来事が理由というのは引っかかるのだろうか。
そのほかにも気になることがないかを聞かれたが、それ以上に思い当たることはなく、警察官はやるべきことは終えたというようになり、
「それでは、本日はこれで大丈夫です。ご協力ありがとうございます。家出なのか事件性が高い出来事であるのかの判断はこれからにはなりますが、また何か思い出すようなことがあれば、直接でも学校を経由しても構いませんので、警察にご連絡ください。」
「「はい。」」
「それでは、本日はありがとうございます。先生方もお忙しいところありがとうございます。それでは失礼します。」
やや事務的な挨拶をすると、警察官は立ち上がって、俺たちと先生たちのほうに再度礼をすると、校長先生、教頭先生に先導されるような形で応接室を出て行った。
「ごめんなさいね。理由を伝えずに呼び出したりして。」
珍しく、暗い表情の藤原先生が俺たちに話しかけてきた。
「いえ…、それよりも行方不明って…。」
「そうね。学校にも、ご家庭から今朝連絡があったところ。」
「そうなんですか…。」
「家出かもって…。」
「可能性の話よ。事件に巻き込まれた可能性もあるんだし。」
「事件って?」
「誘拐とか…。」
「さ、皆、今日はありがとう。このことは周りには言わないんでね。公開捜査とかにもなれば、ニュースになったりするのかも知れないけど、私もそういったことは分からなくて。」
「「はい。」」
俺たちは応接室を後にして教室に向かった。
教室までの間、誰も何も言葉を発することはなかった。
行方不明…。
秋本が行方不明だって。そんなことは今まで一度もなかった。何がどうなっているんだ…。
秋本とは良くも悪くも普通のクラスメートの関係だ。
どちらかというと目立つタイプの方だった。
今は知らないが、3年の時には彼女っぽい関係の女子が居た記憶がある。
冬田とよく一緒に居た。
俺自身は秋本と2人で遊んだことはなく、かといって嫌ったこともない。
本当に、普通のクラスメートというやつだ。
友達か?と聞かれたら、友達未満かなという程度に答えられる程度には。
年間の行方不明者数は数万人居るというのは聞いたことがある。
発見された人間も含むが、10代の行方不明は、年間1万人以上居るらしい。
よりによって俺たちのクラスから行方不明者が出るとは。
もちろん、明日になって、「ただいま!」なんて言いながら、ひょっこり学校に来るという可能性は否定できない。
そもそも、何故行方不明となっているのかすら、分からない状況なのだから…。
「…ねえ。さっきの話って。」
みんなが帰り、4人しか居ない教室に声が響く。
智美だ。
「…うん。」
「事件かもってことなんだよね。誘拐とかだけじゃなく、ひょっとしたら、殺されてるなんて…。」
智美が青い顔をして、思い立ったように言い出した。
『殺されている』
考えたこともなかった。秋本が殺される。確かに否定できないものではあるが…。
なんで?いや、そんな難しい話でもない。例えばひき逃げにあって、隠蔽のために連れ去れたなんて事件も聞いたことはある。
俺の今までの日常に、事件というものが絡んでこなかっただけで、これから起こらないという可能性はない。
現に俺は、剣太に対する殺意を持て余している。発覚させないための条件を得ることができれば、すぐに実行に移してしまうであろうほどに。
ふと、そんなことに思い至ったが、慌てて打ち消した。
今は剣太の話ではない。俺の殺意は皆には絶対に知られるわけにはいかない。
いずれ、実行に至った時に、俺にたどり着く糸は絶対に残してはならない。
「…考えすぎだよ。きっと大丈夫だって。」
「そう、なのかな…。」
智美の肩に手を掛けながら、元気づけるように奏が智美に答える。
『きっと大丈夫』。確かにそれ以上、言える言葉はないだろう。
智美の顔色が悪いままだったからか、さらに言葉が付け加わる。
「警察の人も言ってたじゃない。まだ事件って確定したわけじゃないって。」
「そうだけど…。」
智美は俯いたままだ。
「そうだよ。まだ何も分かってないし。」
「そうそう。もしヤバい事件なんだったら、ニュースで行方不明になりましたとか報道されてたりするじゃん?」
冬田と俺も続く。
「…うん。」
智美は当然納得できていないようだが、それ以上誰も何もいうことなく、俺たちは学校を後にした。
●
夕食後、俺は横になりながら考える。
金曜日、剣太を止めた。それで剣太が秋本を…。
あり得ない。剣太は確かに屑だがそこまで短絡的ではない。剣太に誘拐や死体が発見されることなく人を殺すなんて器用な真似ができるとは思えない。
大人になってからの剣太ですらイメージが沸かないのだから、中学時代の剣太には不可能だろう。
人が4日居ないだけで、警察は動く。
未成年者だと警察の動きも早いのだろう。
発見されないようにするには、やはり車がないと厳しいだろう。
それに大人になってからであれば、捜索願なんてそうそう出されないだろうし。
だが、それまで奴への憎しみを解き放つことができない。
それまでこの地獄のような思いを抱き続けなければいけないのだろうか…。
それに智美についても俺は…。
秋本のことを考えていたはずが、いつの間にか俺は将来実行するであろうことについて、思いをはせていた。
「リョウタ。電話よ。」
母親が電話を持ってきた。
「もしもし…。」
「…ごめん、夜遅くに…。」
電話の主は…、智美だった。
何の用か、いや絶対に秋本のことだろう。
俺は今考えていたことを忘れて声の主に向き合う。
「ううん。大丈夫。何かあった?」
智美の声は学校で聞いた時と変わらず暗いままだった。
「さっきの話。もしも…、もしもだよ。あの時、私と一緒に声を掛けたことが原因だったら…。」
「そんなわけないだろう。それだったら俺もそうだし、だいたい、そんなことぐらいで、何か起こるわけなんてないよ。喧嘩なんて、他のクラスでだってあるじゃん。」
さっきまで、同じようなことを考えていたとは言えず、しかしその可能性はないと考えていた俺はあっさり、そう返した。
そうこんなことぐらいで事件が発生したのであれば、これまでの20回でも俺はその経験をしていたはずだ。
「うん。そうだよね…。」
恐らく、智美もそう言って欲しかったのだろう。あっさり同意してきた。
「それに、もし警察が疑ったのなら、あの場で剣太を呼んだと思うよ?」
そう。俺たちに気を使ったのかも知れないが、警察はあの話を聞いたことについて、特に関心を示した様子はなかった。
「うん…。」
これはあれだな。単に誰かと話したいだけか。智美と付き合ったときに何度かそういうことがあった。
いや、智美だけでもないが。何となく不安になって、誰かと話したくなる。
しかたない、今日は付き合うか。
盛り上がる話題はなく、呟くように話す智美に俺は30分ほど付き合うと、少しは落ち着いたのか、電話を終えた。
いつの年齢でも、智美は智美か…。
俺はそんなことを思いながら、眠りについた。
●
「ねぇ、見た見た?」
「うん。私も見たよー。」
翌日、教室に着くと、昨日、学校に警察が来ていたことが話題となっていた。
幸い、応接室での話だったからか、警察が会いに来ていたのは俺たちだとは、見られていなかったようだ。
何も話せることはないのだから、やじ馬になられてもな。
ふと、智美の方を見ると、いつものように女子同士の輪に居るようだ。遠目に見る限りは普通の様子に見える。まだ気にはしているだろうが、うまく隠せているようだ。
「おはよっ!」
朝の挨拶と同時に俺の頭をはたいてくる女が居た。
奏だ…。
最も、これは彼女なりのスイッチの切り替えだろう。彼女もクラスメートの行方不明という自体に動揺を隠せていいない。そんな気がした。
秋本のことは口外することを止められたため、クラスの中では4人しか知らない。
既に拓が不登校となっていることから、秋本も不登校と思われたのだろう。警察の訪問の理由が秋山には、誰も結びついていないようだった。
そうして、日は進み、2学期の中間テストを終えたある日。
志穂が劇に出るメンバーを残し、劇の練習のことを提案してきた。
「さて、今週くらいから、何度か放課後残って、セリフとか合わせたいんだけどいいかな?」
残り1か月くらい。中学生の文化祭にしては、十分の力の入れようだろう。
しかし、準主役の秋本が居ない。そして、この中では、俺と智美しか秋本のことを知らない。だからか、志穂が言ってきた。
「秋本が来なかったら、今さら、準主役をやってって言うのも難しいし、少年役の中から誰か準主役をやってくれないかな?」
「「!!」」
やはりそうなるか。
事情を知らないと、単なる不登校だが、そう判断をするしかないだろう。
智美の方を見ると、少し泣きそうな顔をして俯いていた。
彼女も志穂に、秋本のことは伝えていないようだ。
「いいんじゃね?来ないんだったら仕方ないじゃん。」
「うん。時間もないし。」
何人かが同意する。
「じゃあ、どうやって決める?」
「少年たちでじゃんけんで決めるか。」
「しゃあない。負けたもんが秋本の役でいこか。」
脇役の俺たちは集まり、じゃんけんをする。絶対に勝つ。その意気込みもむなしく
「お。一人グーか。」
「決まりだな。」
「じゃあ、よろしくね。」
俺の準主役が決まってしまった。智美と一緒の…。
感想、誤字報告ありがとうございます。大変嬉しく思います。