第七話「回避された失敗」
ベッドで横になりながら、俺はメモを眺める。
【勝手は駄目だよ】【今回はこれで許してあげる】
明らかに定規か何かで引いた直線的な文字。
こんな物をもらったことはない。
まず、俺宛のメモなんだろうか、というところも、
正直分かっていない。
だが、残っていたのは俺だけだったことから考えると、
俺宛のメッセージと考えたほうがしっくりは来る。
メモ自体は、女子が好きそうな、メモ用紙だ。
これだけで、誰が書いたかを特定するのはきっと無理だろう。
俺は警察ではないし、これを警察に持って行ったところで、
指紋を取って、捜索するってのもあり得ない。
まず、相手にもされないだろう。何の事件でもないのに。
現状、この気持ち悪いメモを気持ち悪いと思う以上のことが
俺にはできない。
…とりあえず、このメモは置いておくか。
明日は、クラスの連中と遊園地の日だ。寝坊して遅刻というのも
感じ悪いだろう。
そう思い、俺は思考を止めて、眠りについた。
●
翌日。遊園地に行く日となった。
昼前に駅に集まり、皆で集まってから電車に乗って、
遊園地内で昼ご飯を食べてから遊ぶ予定だ。
家から一番近い遊園地が去年から閉園しているため、
電車に乗って少し遠めの遊園地だ。
といっても、市で言えば2つ隣でしかなく、中学生の俺たちには
ちょっとした冒険の気分になれたもんだが、大人になってから思うと、
意外に近いことを知る。車だと、1時間かからない。
「じゃあ、出発するよっ!」
そう言って、奏が皆を先導する。
しかし、何から何まで気が回る子だ。本当に。
今日は、女子が奏と唯と恵。前田さんと智美。前田さんは
卒業するまで、そんなに仲良くなることはなく、ずっと前田さんだ。
これまで、20回繰り返したが、前田さん呼びがなくなることは
一度もなかった。
男子が、勇人、秋本と冬田、俺。
ちなみに秋本と冬田も普通には話すが、まあ普通のクラスメートという距離感だ。
そして…、最後の1人が…
剣太だった…。
拓が来なくなったので、男子が4人になるかと思っていたが、
どうやら、剣太が誘われていたようだ。
なんでこいつが。
顔を見るだけでイラつくが、理由を言うこともできず、
俺はフラストレーションが溜まる。
憎いとしか思えない相手と、和気あいあいと会話する。
苦行だ。
「いやあ、夏休み初日に女子と遊園地って、俺たちリア充だったっけ?」
「いや、陰キャのはずだ。」
「陰キャだったら、最初から来てないだろ」
電車で、男子同士バカ話をしながら、ふと女子を見ると、
奏は唯と、恵は智美と前田さんと話している風だった。
奏は唯と作戦会議だろう。
そして…
智美は…、可愛い。
可愛いとは思う。だが…、どうしてもあの時の智美の顔が思い浮かぶ。
「で、あれどう思う?って、聞いてないし。」
「あ、すまん。何だって?」
「まったく…。」
俺は、夏休み初日に女子と出かけるというイベントでありながら、
少しブルーな気分のまま、目的地に到着した。
そうして、まずは昼食を取ることとなり、ハンバーガーの
ファーストフードに入った。
席は、奏と唯のテーブルに俺と秋本。智美と前田さんと
恵のテーブルに剣太と冬田と勇人だ。
智美とも剣太とも座りたくなかったため、席をうまく回した結果、
こういう席となった。
ところで、前田さんは小学校から一緒なんだが、どうにも
お嬢さんっぽいキャラで俺は話しかけづらく、
前田さんでしかないが、少し背の低い、お嬢様タイプで、
吹奏楽部に所属しており、男子に密かに人気の子だ。
恵や奏や唯と同じく、明るい系のショートカットの似合う女子で、
この子も男子に人気がある子だ。
ぶっちゃけ、今日の女子は男子に人気がある子ばかりで、
大当たりイベントではある。
秋本と冬田は、それぞれ運動部に所属しているが、どちらかというと、
頭の出来の良さを売りにしているほうだ。
顔もそれなりに整っており、女子にそれなりに人気はあるはずと
俺は思っている。
勇人は運動バリバリ!ってタイプで、背も高く、確か中1の時は
彼女が居たらしいが、もう別れていると聞いた。
剣太は…、
死ねばいいのに…。
こいつは俺や拓ともバカをやりつつ、運動も勉強もそこそこといった感じだ。
サッカー部だが、2年の初めからレギュラーであり、後輩女子からも
そこそこ人気があったようだ。
たまに空気を読めない発言をするので、一部の女子には
嫌われていたみたいだが。
特に表面上は、楽しそうに会話している唯が、本心では毛嫌いしていた。
女というのは年齢に関わらず、男には分からない生き物だ。
そして…俺。何のことはない、今日のメンバーで、一番のモブは俺だ。
この時点ではあるが。
「さて。リョータも秋本君もよろしくね。」
「うん?何のこと?」
「実はね。今日はさ、リョータの反省会なんだよ!」
「ええっ!」
「そこ。そんな小芝居はいらん。」
「ひどっ。」
「酷いのはお前だ。だから親友にはなれないんだ。」
「あはは。奏が悪い。」
「唯もひどっ。」
「というか、冬田と…、剣太は知ってるのか?大丈夫なのか?」
「ああ、それはね、大丈夫だよ。」
奏は今日の目的を話し出した。
アトラクションをみんなで回りつつ、どこかのタイミングで、
勇人と恵を2人きりにさせて、2人で回らさせるというものだ。
その目的は当然、恵が好きになった勇人と2人で
居させてあげたいというものだ。
そして、この目的は、勇人と恵だけが知らない話だ。
最初聞いたときは、女子はこういうの好きだなーとしか
思わなかったが、あらためて聞くと、余計なお世話だったんだろうなと、
結果を知っている限りは思ってしまう。
20回も失敗してるんだから、成功する目はないだろう。
「恵ちゃん、狙ってたのになー。」
「え?マジで?」
「冗談だよ。」
「それ、今、困る冗談なんだけど。」
「ごめんごめん。」
「ごめんは1回!今日は、私たちの友情の見せ所だよ!」
ノリノリの2人だ。
そういえば、今回は拓は欠席だ。いつもなら、奏と唯と
楽しそうに話していた。
しかし、拓は智美が好きだと言っていた。今回、一緒に
来ていたら、また未来も少し変わったのだろうか。そんな埒も
ないことを考えていると
「じゃあ、最初はベタだけど、あれに行こー!」
奏が一番大きいジェットコースターに向かう。
怖い怖いといいつつ、ジェットコースターは女子に人気があると思う。
むしろ、男子の方が怖がってるんじゃないのだろうか。
ちなみに、俺は某温泉テーマパークの世界最高の
ジェットコースターに智美に10回連続で乗らされて、
ジェットコースターに目覚めたので、ジェットコースターは大好きだ。
「せっかくだし、女子と男子でペアになろうよ。」
「ノリノリだな。」
大人になってこんなシチュエーションで乗れたら、
お金を取られるんじゃないかな。
そうして、奏は剣太と、秋本は智美、冬田は前田さん、
勇人は恵、そして俺は唯とペアになって、
ジェットコースターに乗り込んだ。
唯も上手く、剣太をかわした様だ。
「さて。ここでリョータさんにお願いがあります。」
「はい。なんでございましょうか。」
「絶対にこっち見るな。」
「…泣くから?」
「うっさい。」
「そうか。」
「そして、私のレバーを抑えている手をさらに上から
抑えてください。これは命令。」
「そこまで怖いか…。」
「何か言った!?」
「いや…。」
俺は黙って、力が入っている唯の手の上から、そっと手を乗せた。
そういえば、俺が照れくさくて、抑えなかったら、
手を握ってきたことがあった。
こんな積極性を見せられたら、普通だったら、唯が俺に
気があるとかなのにな。これで気がないんだからな。
女子は怖い。絶対騙される。
そうしてジェットコースターが坂を上りだし、一気に落ちて行った。
この落下の瞬間。誰が始めたか知らないが、手をあげて、
楽しんでるアピールをしてしまう。
あと、ジェットコースターでスピードが出ているときの
風は、女性の胸を揉んでいる感触に近いと聞いて、
男子同士で乗るジェットコースターは盛り上がったものだ。
実際、乗っていた時間は2分に満たないだろうか。
周りの席からは絶叫がそこそこ聞こえたが、
唯はジェットコースターに乗っている間、遂に一言も
発することはなかった。
ジェットコースターを降り、降り場に向かう間も顔が真顔で
無言で付いてくる。
うん。怖いよ、君の顔。
まだ、1つめのアトラクションなんだけどな…。
夏休みに入って最初の土曜日、それなりに人が多いようだ。
どこもアトラクションに多くの人が並んでいる。
東京のテーマパークは遠いが、大阪にも似たような
テーマパークができて、関西の他の遊園地に壊滅的な
打撃を与えたようであるが、ここはまだ大丈夫のようだ。
もっとも、この遊園地も現在は影響を受けており、赤字らしいが、
もう少ししたら、お笑い芸人をイメージキャラクターにした
戦略を取り、V字回復を遂げる。
俺が過去に戻るまでの時まで、この遊園地は閉園することなく、
観覧車は光を放っていた。
このアイデア、売れないかな。とは何度も思ったが、
中学生の話を通すにはハードルが高い。
過去に戻る前だったら、SNSやらアイデアソンやら、中学生のアイデアを
企業に届ける手段やイベントは山のようにあったのだが。
「…さあ。次はどれに行こうか!私はね、レッサーパンダ!」
「そんなのいるの?。」
「うん。すっごく可愛いんだよ!」
「いいね。いこっ!」「うん!」
唯のレッサーパンダ推しに、女子が賛同し、レッサーパンダを
見に行くことになった。
あれで、少し時間が経つと、またジェットコースターに
乗ろうといいだすのだから、女子とは本当に分からない生き物だ。
「レッサーパンダって、俺見たことないわ。」
「俺も俺も。」
「あれ、小学校の遠足で来なかった?」
「俺のとこは来てないわー。」
「なあ。来てないよな。」
女子に先導され、男子共が連れ立って、レッサーパンダ小屋に向かう。
「かわいいー!」
女子たちが嬉しそうだ。
「餌とかあげれないん?」
「餌はNGって書いてるな。」
「そうなんか。残念やな。」
秋本と冬田は餌をあげたかったらしい。そうだな。
動物の餌やりって、動物園の儲けシステムでしかないのに、
楽しんでしまうな。
女子は、レッサーパンダを十分に楽しんだようで、
「次はあれ行きたいー。」
急流すべりを指差しつつ、移動を始めた。
元気な女子たちだ。
中学生だと、まだまだ女子の方が大人びて、男子の方が
総じてガキっぽい。
ここは、素直に女子にリードさせておくほうが無難だろう。
何より、奏の作戦もある。
「じゃ、行きますか。」
俺たちは、さっきと同じく、連れ立って、女子を追いかける。
「どうやって乗る?これ6人乗りだけど。」
「やはり、勇人君が女子5人と一緒に乗って、ハーレムかな!」
「おい。冬田。差別発言が来たぞ。生徒会役員としてどうよあれ。」
「そうだな、その写真を夏休み明けに、SNSで流せば、
勇人の女たらしぶりが全校に公開できるな。」
「いや。俺が言い出したんじゃないから!俺、一言もハーレムしたいって
言ってないから!グー・パーで別れようよ。公平に!」
勇人の無難な提案により、組み分けが決まった。
奏、唯、恵、前田さん、勇人、剣太と
俺、秋本、冬田、そして智美に別れた。
「智ちゃんが逆ハーだ!」
「えっ!」
「5人ずつにした方が良かったかな?」
「これはこれで面白そうな分かれ方下からこれでいいじゃない。」
「えー。」
智美の抗議むなしく、乗るメンバーが決まった。
「よろしくお願いします。」
俺たち3人にぺこりと頭を下げる智美。
「ようこそ逆ハーへ!」
「冬田、最悪ー。」
「歓迎してるんだよ。」
拓が居ないからだろう。
過去に分かれた組み合わせと違う。
ちょっとずつ知っている過去と違う未来が
起こっている。本当にちょっとずつではあるが…。
「はい。レバーを下ろしてください。」
俺たちの番となり、係員に案内されて、俺たち4人は乗り込んだ。
俺は右の席が空きで、左には智美が乗ることとなった。
「ドキドキするね。」
「ああ。」
何気ない会話ではあったが、今日初めての智美との会話だ。
智美と話すことに抵抗があるため、なるべく避けていたが、
智美はそんな様子もなく、また、夏休みパワーだろうか、
智美も楽しんでいるようだった。
「水、結構かかるのかな?」
「ここのは結構かかるって有名だよ。」
「「マジで?」」
「うん。」
「そうなんだー。知らんかったー。」
…思ったよりも濡れたな。
服とかまでは濡れなかったが、顔と頭がびしょ濡れだ。
智美と秋本は位置が良かったのかそれほどでもないが、
俺と冬田はなかなか濡れている。
「イエーっ」
「イエーイ!」
前のグループでは奏と唯が濡れ役だったようで、同じく濡れ役の
俺たちにハイタッチしてきた。
「次のところで、離すね。」
ハイタッチしながら、奏が耳打ちしてきた。
どうやら作戦開始のようだ。
実は気が乗らない。失敗することが分かっているだけに。
このことが原因で、しばらく勇人と奏の間に微妙な空気が
流れることとなる。
恵と奏の間はどうだったのかは分からない。
表面上は取り繕っているようには見えたのだが。
だが、失敗することを知っているのは俺だけだ。
俺が言い出したところで、奏は止めないだろう。
仕方ない…やるだけやるか。
大人になった時に笑い話にできる青春の一コマ。
俺は俺で、今日という日を楽しむことにしよう。
そう。想像する。あの氷点下のアトラクションにあいつらを
閉じ込めたらどれだけスッキリするだろうか。
アイツらがお化け屋敷にでも閉じ込められて、そこで一生を
過ごせばいいのに。
●
「じゃあ、次はあのカード取るやつ行って見たいー。」
分かっていても止められない出来事もある。
俺はそう割り切って、運命に身を任せることにした。
このアトラクションは、迷路を回って、必要なものを集めて、
最後の出口のゲームで勝つことでカードがもらえるゲームだ。
このゲームは、ゲーム性を無視すると、とんでもない時短ができる。
そう、必要なものを集めず、さっさとゴールに向かい、
最後の出口のゲームに不参加とすることで、
ミッション失敗という終了方法がある。
この手のアトラクションでは、色んな事情から途中で止めたい客が
止められるよう、失敗とすることで、退出することができる。
それを利用して、勇人と恵のペアを残して、さっさと出て、
先に行ってしまおうというものだ。
ちょっと考えれば分かることだが、スマホとかで、先に行ってるとか
連絡できるならまだしも、連絡なしで、残りの人間だけがどこかへ行く。
そんなことをすれば、残った人間は怒るだろうに。
そのあたりは中学生の発想か。
だが、作戦失敗のポイントはそこではないのだが。
…むしろ、剣太と智美を残して、皆で帰ろうぜ。
「じゃあ、最初のジェットコースターのペアで行こっ!」
「「うん。」」
強引な女子パワーに俺たち男子は何もモノが言えず、苦笑いだ。
そうして、順番にアトラクションに入っていく。
次は勇人と恵の番だ。何も知らない2人は楽しそうに入っていた。
「じゃ、行こっ。」
「おう。」
俺と唯の番になった。係員からカードを受け取り…、
一切のチェックポイントをスルーして、ゴールへ一直線に向かう。
と思ったのだが…
「ん?行き止まり?」
「うん。ちょっと謝りたくて。」
「…謝る?」
「うん…。なんか喧嘩とかあったみたいでさ。気分が乗らないかも
知れないって、奏と言ってたんだけど。」
「ああ、奏にも言われた。悪い、気を使わせて。」
「ううん。私が連れていこって言ったんだし。」
「うん?唯って俺のこと好きだっけ?」
「ばーか。ばーか。」
「ごめんな。色々気を使ってもらって。」
「ううん。こちらこそ。元気付けたかったんだけど。
一応、拓君にも電話したんだけど…。
私も奏も電話に出てもらえなくて…。」
「そうだったんか…。」
奏と唯がそんな動きをしていたとは露知らず、
俺は2人に励まされるために今日連れてきてもらっていたのか。
「ありがとうな。」
「どういたしまして。じゃ、それだけ。いこっ!」
そういって、唯は俺の手を握り、出口へと引っ張っていった。
無事といっていいのか、俺たちは無事、失敗して、
アトラクションから脱出した。既に他の皆も出ていたようだ。
「じゃあ、あそこの喫茶店から様子を見てよっか。」
「うん。」
出口の丁度少し上あたりに、喫茶コーナーがあり、
こちらからは顔隠しながら、窓から様子を伺いつつ、
2人の様子を皆で見るということだ。
「勝手に店に入ってたっていったら、2人は怒らないか?」
「大丈夫。私と唯がわがまま言ったってことで。」
「さっ。早く早く。」
「お。おお。」
一応、最後の抵抗を試みたが、無駄だったようだ。
皆はそれぞれ、飲み物を注文し、窓際の席を陣取った。
●
「もう、そろそろ出てくるかな。」
「多分。」
「あっ。出てきた!」
皆が少し、顔を隠し気味に2人を伺う。
「ちょっとは進展するかな。」
「うー。ドキドキするー。」
女子のハイテンションに対して
「なあ、お前らが勇人の立場だったらどう思う?」
「そうだなあ。まあ恵と2人でラッキーとは思うが、
かといって、それを出しすぎて、恵に嫌な顔されたら逆に凹むな。」
「うーん。俺も俺が頼んで恵と2人きりになりたいって頼んだとか
思われないかと不安になるな。」
「剣太は?」
「そうだな。2人きりになる女の子によるな。」
「それは皆そうだろ。」
男子は対照的にテンションは低かった。
そう、女子には分かるまい。
男子からすると、罰ゲームを疑ってしまう。
大人になってからなら、そんなことはないだろうが、
中高生時代の、嘘告というやつだ。
俺も中3の時に、奏に嘘告されるが、あれは明らかに嘘丸出しだったから
誰も嫌な気持ちにはならなかったが、あれほど男子の心を抉る残酷な
行為はない。
特に俺のようなモブには、下手すると今後の恋愛に響くほどの
トラウマを抱えるような破壊力がある。
まったく、女子というやつは怖い。
「あっ、2人でベンチに座ったよ。」
「勇人が飲み物を買いに行ったみたいだね。さっすが優しいー。」
女子陣が2人の一挙手一投足に盛り上がっている。
おっさんか。
「なあ、リョータって勇人が好きなん誰か知ってる?」
「いや、知らんな。」
「冬田も知らんの?」
「ああ。聞いたことないな。」
「1年の時は、松本と付き合ってたらしいけど。」
「松本って、2組の?」
「そうそう。」
「へー。松本だったんか。」
「俺、1年の時、勇人と同じクラスだったからね。」
「そっか、秋本はそうだっけ。」
「まあ、良い奴だしなあ。モテるだろうなあ。」
「いいなー。モテる奴は。」
「しかし、まあ、あの4人は俺らの誰かに興味を持ってくれないものかね。」
「それなー。」
「俺らを男子って忘れてるよな。絶対。」
毎度のように、監視モードの女子にほったらかされた、
俺たちはいつもの男子トークに花を咲かす。
だが、剣太の存在が俺の胸に針を刺すように引っかかる。
駄目だ。楽しいはずの遊園地だったが、こいつが居るせいで、
心の底からは楽しめない。
智美と剣太が並んでいるところを見ると、
吐き気すらする。
はあ。さて、確かそろそろのはずだが…。
「ちょっと、私と唯で、こっそり見てくるね。」
「大丈夫?ばれない?」
「大丈夫、大丈夫!」
「私も。昨日、弟の忍者マンガ見てきた。」
「それは心強いな。」
奏と唯が、2人にバレないように近づく。
そうして、5分ほど経つと
「あっ、バレたのかも。」
「ぽいね。」
「どうしたん?」
「奏と唯が、勇人と話してる。」
「バレて、言い訳してるってとこか。仕方ない、皆で行くか。」
「どうなったかねー。」
俺たちはゾロゾロと連れ立って、喫茶店を出て、勇人と恵の下へ向かった。
●
「なあ、こういうのやめよ?」
「いや、ちょっと喉が渇いたから、先に出てた皆誘って、
飲み物買いに行っててん。」
「だったら、飲み物買いに行って来たら、普通、
ここに戻ってくるんとちゃうの?」
「ちょっと店が混んでてー。」
「俺は、あっさり買えたけど?」
「ほんと、ごめん!」
「せっかく、皆で来てるんだからこういうのは、
なしにしてくれよ?」
「うん…。ごめん。」
「恵も大丈夫?これ、女子のイジメとかじゃないよね?」
「それは絶対違う!」
「ならいいや。全く。ごめんな恵。こいつらあとで怒っておいてくれよ?」
「うん!任せて!」
…何?勇人が…、激怒していない…?
「悪い。待たせてしまって。」
「お前らもいい加減にしてくれよほんと?男子の友情は脆くて俺は悲しいわ。」
勇人が俺たちを睨む。
「いや、これは友情の結果だ。」
「嘘つけ。」
奏が俺たちに頭を下げる。
「ごめん!失敗しました!」
「仕方ないね。」
「ところで、何となくは分かるけど、奏と唯は説教かな。
男子もどこまで知ってるのかな?」
目は笑っているが、顔は全く笑っていない恵が俺たちに迫る。
「いや、俺たちは何も。」
「うん。女子と遊べると思ってきただけで。」
「本当に?」
「ああ、本当だって。なあ、唯?」
「うん。男子は知らないよう。」
「ということは、女子は分かってるんだね?」
下手くそめ。せっかく、遊びにきただけっていう
アリバイのパスをしたのに。
「ちょっと空気悪くなっちゃったかもだけど、せっかくの夏休みだし、
明日以降も楽しく過ごしたいから、今日はもう少し遊んで帰ろ?」
「いいの?恵?」
「うん。勇人君もそれでいい?あとは、晩御飯おごってね。
あと帰りの電車賃も出してね。私、少し怒ってるよ。」
「ああ、それはいいな。俺、肉が食いたい。」
「うぅぅ。」
…何が起こっている。いや、最終的に揉めることなく、
1日を終えることができようとしている。それは良いことのはずだ。
夏休み初日の遊園地の楽しい1日を俺は過ごすことができた。
何度も繰り返した失敗だったはずが、今回、それを回避できた。
喜ばしい日のはずだ。だが…。
俺の目が回る。頭が軋む、胸が痛む。
…その後の会話や足取りがどうであったか、覚えていない。
俺は、朦朧としたような意識のまま、帰りの駅に着いた。
「じゃあ、みんな、今日はお疲れー。いい夏休みを!」
「「お疲れー。」」
「「ばいばいー。」」
皆が言葉を返し、自分の家の方向に自転車を走らせる。
俺も自転車に乗ろうとすると
「今日はほんとにありがとね。」
「ああ、こっちこそ。ありがとう。」
「また、みんなで遊べたいね。」
「ああ、いいね。」
「じゃあ、またね!」
唯はそう言って、俺の手に何かを握らせると、自転車を進めた。
俺の手にはキャラクターものの小さなメモ用紙が握らされていた。
メモには…、
【今日1日ありがとう。】
【元気出してね!またね!(はーと)】
最後まで、なんていい子だと思う。
だが…、メモ用紙の模様には見覚えがあった。
あのメモ用紙だった…。