第五話「期末テストの返却。そして…亀裂」
俺が過去に戻ってから数日が経過した。やはり若干の差があったが、概ね同じ過去であり、ようやく慣れつつあった。
その日は、夏休みまであと1週間となった、ありふれた1日のはずだった。
俺は日々、剣太と智美への警戒は怠らないようにはしていたが、この時点で大きなことは起こらないと考えていた。
だって、そうだろう。今までもそうだったのだから。
そう、今までそうだったから。この時点では俺は思考停止してたのかも知れない。
1時間目、机に答案を置きつつ、期末テストの解説が行われていた。
数学95点。
実は初めて過去に戻った時は、余りの問題の簡単さに、全教科ほぼ満点を取ってしまった。
余りにも急激な変化は周囲に違和感をもたらす。
そう、俺はカンニングを疑われた。もちろんすべての先生やクラスメートがそうではなかったが、
疑いの目を向けてくる先生やクラスメート、また、妬んでくるやつもいた。
チート人生と思っていた俺は出鼻を挫かれたような思いをしたものだ。
だから、その次、過去に戻った時は、わざと問題を少し間違えて、いい成績だけどトップにはちょっと
遠い。そういう点数を取るように心掛けた。
3学期になり、点数を一気に上げた。夏休み、冬休みを経て、猛勉強により、成績を上げた。
そう演出することで、周囲は、努力の結果として受け入れてくれたのだ。
勝手なものだ。
そうまでしても、妬んでくるやつは若干いたが、そいつらはいい点数を取った人間に対して、
平等に妬んでいたため、ある意味、本当に誰にでも平等だったやつらとも言える気はするが。
チート能力というのも使いどころが難しい。そう肌で感じた日々だった。
人は弱い。他人との少しの違いや差を個性ではなく、異端と見がちだ。
そう思うと、稀に存在する天才と呼ばれる人々は思っているよりも、生きづらい人生を生きていたのかもと思ってしまう。
また、記憶はチートでも肉体は、普通の中2の身体だ。
だから、俺は過去に戻ってからは、地味に筋トレとマラソンをし、体力を付けるようにしている。
そもそも、チート能力といっても、俺の毎回の頑張りを使いまわしているだけで、天から与えられた
特殊能力とかでは全くないのだけども。
過去に戻っただけで、思い通りの人生をやり直せるわけではない。
俺の過去戻りを証明できれば、本でも書けば売れるかもしれないな…。
くだらないことを考えていると、1時間目終了のチャイムが鳴った。
今日は、あとの授業も、ほぼテストの返却とその解説なので、今日は楽な1日だ。
昼休み、詳しくは聞いていないが、拓は先生だかに呼び出されたらしく、
俺は昼休みサッカー友人たちと昼食を取った。
そして、昼食後、いつものようにサッカーに行ったのだが、
拓は来なかった。
昼休みが終わり、教室に戻ると、既に拓は戻っていた。
呼び出しは何だったんだろうか。
軽く内容を聞こうかと声を掛けようとしたが、5時間目の先生が来てしまい、
話しかけることができないまま、5時間目が始まった。
理科のテスト。81点。このテストは学年1位が93点、平均点も60点とかなり悪かった、調整が少し難しかった科目だ。
「うわあー。」
「最悪ー。」
テストが返却される都度、クラスメートの悲痛な声が聞こえる。
ところで、テストというやつは、皆が点を取りすぎても駄目で、点を取らなさ過ぎても駄目らしい。授業力を問われるそうだ。
難しいもんだ。
「拓はどうだった?」
俯き加減に答案を眺める拓に聞いてみる。
「ああ…。悪かったわ。」
「そうか…。」
思った以上に悪かったのか、力のない返事が返ってきた。
そっとしておいた方がいいか。俺はそう思い、前を向いた。
そういえば、初めて過去に戻った時のテストでヤバかったのがこの理科だった。
「正直に言いなさい。」
「は…?」
テスト返却と同時に理科の先生からかけられた言葉、意味が分からなかった。
「青木くんですら93点だったテストを、あなたが100点取るなんておかしいでしょう。」
こいつは何を言っているんだ?
「どういう意味ですか?」
「分からない?不正をしてない?と聞いているんです。」
こいつマジか!その確認をするにしても、普通は職員室に呼び出しするとか、生徒の前で
晒し者になるような形で問い詰めると、どういう問題が起こるか想像もつかないほど、
アホなやつだったのか!?
「不正なんてしてないですよ?」
「正直になった方が罪は軽くなるぞ?」
「いや、普通にやってませんけど?」
「じゃあ、何故、青木君よりお前の方が点数が上なんだ!」
「青木より点数がいいと不正になるんですか?」
「そうは言ってない!」
「いや、言ってるじゃないですか。」
「なんだと!」
ダメだ。話にならない。
「なんなん、リョータ、カンニングしたんー?」
「悪いなー。」
「最悪ー。」
クラスメートの一部が騒ぎだした。
クソっ。こうなるに決まってるだろ。馬鹿かこいつ。
「不正をしてないなら証明してみろ!」
「どうやってですか?監視カメラとかないんですか?」
「できないんなら不正だ!」
ヤバい。誰だこんなやつ、採用した奴は。帰ったら親を連れて、凸るとして、
今は、とりあえず納めないと、1時間つるし上げなんて日には、
明日からの学校生活がヤバくなる可能性だってある。
「先生。とりあえず、身に覚えはないですが、担任の藤原先生も入れて、職員室で話しませんか?」
「ああ、良いだろう。今日の終礼が終わったら、職員室に来るように。藤原先生には私から言っておく。」
「はい。」
はあ、気が重い。
席に戻ろうとすると、こちらを見ていた智美と目があったが…、
智美はスッと目線を下に外した。
そりゃそうだ。関わりたくないわな。
「あいつ、無茶苦茶やな。」
「だろ?青木より点を取ったらカンニングって。意味不やわ。」
席に戻ると、拓が半笑いで声を掛けてきた。
あの時とは、ちょっとシチュエーションが違ったが、そういえば、この理科のテスト、
拓はそんなに悪かったのだろうか…。
こんな、陰のある表情をしていた記憶はないが…。
そうして、理科の時間も終わり、終礼も終わって、あとは帰るだけになり、俺は教室を出た。
そうして、いつものように下足箱で靴を履き替えたときだった。
「なあ?応援してくれるんじゃなかったんか?」
後ろから声を掛けられたと思うと、振り返る間もなく、背中に衝撃が走った。
「!!」
俺は声も出せず、前に突き倒された。蹴られたのか?
「なあ!」
転んだ背中に、さらに衝撃が走る。
俺は、混乱しながらも、態勢を立て直し、立ち上がって、声のした方を見る。
…拓だった。
目が赤い…。泣いている…?
「なあ、それが友達のやることなんか!?」
訳が分からないまま、顔を殴られる。
2発、3発。
なんだ、なんでキレてるんだ。
「待て。何の話だ。とりあえず待てよ!」
俺は大声で拓を静止し、距離を取った。
周囲に少しやじ馬が集まり始めた。クソっ、何だって言うんだ。
「ふざけやがって!!」
掴みかかってきた拓をかわしつつ、距離を取る。
どうする。ここは一旦逃げるか?
殴ってきてる拓が半泣きで、一方的に殴られてる俺が冷静って、俺が悪者みたいな状況だ。
「先生、こっちです!」
「おい。お前ら!ちょっと指導室まで来い!」
誰かが先生を連れてきたらしく、俺たちは揃って、指導室に連れていかれた。
指導室というのは、まあ、あれだ、問題行動を起こした生徒が呼び出しされ、
怒られるという、まあ、全く関わらないまま卒業する生徒も居れば、
何度も呼び出される生徒も居る部屋だ。
指導室に連れていかれた俺たちは、4人の先生に囲まれながら、
事情聴取されることとなった。
さすがに、先生4人の前では拓も暴れる気はないようだ。俺の横ではあるが、少し離れた位置におとなしく座っている。
「何があったんや?お前ら友達やろ?あんなとこで喧嘩なんかして。」
そう、それは俺の方こそ知りたい。
「別に…。何でもありません。」
拓は俺と反対方向を見ながらそう答えた。
「何もないことないやろー。お前、一方的に殴ってたやんか。」
「…。」
「殴るということは、なんか理由があったんやろ。それを聞かせてくれって言うとるんや。」
「何でもありません。」
拓はまた同じ返事を返した。
「リョータ。お前の方は?なんかあったんか?」
「いえ。俺も特に…。」
「2人揃って何もなかったら、あんなところで騒ぎになるわけないやろ。」
「あれやったら、家の人に来てもらうことになるけどな。」
「…。」
拓は話そうとしない。
一体、どうしたって言うんだ?
そういえば、昼休みまでいつもと変わらなかったが、理科の時間に様子がおかしかったのは…
昼休みに何かあったのか?しかし、確定でない以上、これを先生に言うのも変な気がする。
30分ほど、同じような問答を繰り返したが、結局、拓は口を割らず、俺たちは揃って保護者呼び出しとなった。
「すみません、先生、うちの子が…。」
「いえ、うちの方こそすみません。ほら、謝りなさい。」
「まあ、まあ。ちょっと私らには理由は言ってもらえんかったんで、何を喧嘩したのかは
まだ分かってないんです。」
「子どもたちにはこいうこともありますが、学校としては、喧嘩になる前に止めることができず、
本当に申し訳ございません。」
「いえ、先生、本当にすみませんでした。」
先生と親の謝罪合戦が軽く入り、俺は母親に連れられて家に帰ることとなった。
「どうしたん?あれ、拓君やろ?なんで喧嘩したん?」
「いや…。分からん。」
「分からんことないでしょ。」
「本当に分からんねん。俺も何が起こったんか、わけが分からんくて。」
「そうなの?まあ、また家でゆっくり聞かせて。とりあえず帰りましょ。」
「うん…。」
俺は釈然としないまま、家路についた。
そうして、次の日から…、拓は学校を休みだしだ…。