第三十六話「彼女の選択」
あの怒涛のような3日間から、7年が過ぎた…。
あの日々のことは、今でも昨日のことのように思い出すことができる。
智美は、大学を卒業後、地元を離れて就職した。
たまにこっちに帰ってきた時に皆で会うのと、正月のメッセージ交換くらいだ。一度、奏と3人で飲みに行った時に、酔った勢いからか、好きだったと言われた。今は彼氏は居ないらしい。
拓は、まだ会えてはいない。
しかし、あれから通信制の高校に行き、今も通信制の大学に通いながら、働いているらしい。これといってやりたいことを見つけたわけではないようだが、ある日、ふと何かスイッチが入ったように変わったと、拓の母親から聞いた。いつかまた話せる時が来て欲しいと思う。
唯は…、小学校の先生になった。
めっきり、『忙しい』が口癖になっていて、昔の口癖の『彼氏が欲しい』が加わっている。そして少し前にあった時、壮馬と少しだけいい感じに見えたのは気のせいではないのかも知れない。
壮馬は、誰もがその名前を耳にする商社に入った。
アイツの生き方を何度も見てきたが相変わらず手堅いやつだ。これまた『忙しい』がメッキリ口癖になっていて、たまに会う顔はいつもイキイキとしている。労働時間だけ聞くと、ブラック企業だったが。
冬田と志穂はなんと結婚した。
住所は書かれてなかったが、笑顔の2人が並んだ写真のハガキが送られてきたときは皆驚いていた。いつか、またいつか、2人に会えたらと願ってやまない。
恵は電機メーカーに就職し、そこで出会った人と結婚した。
今は2人で海外勤務のため、たまに女子たちの間でだけ会話しているらしい。
勇人は中学卒業以来会っていない。仲が良かった友人たちとも距離が離れていく。これが大人になるということなのだろう。
前田さんは高校の同級生と結婚して、専業主婦しているらしい。まだ、俺の中では、『前田さん』のままだ。
小林さんはITベンチャーに就職してバリバリやっているらしい。おっとりしたイメージしか持っていなかったのだが、それは俺だけだったようで、女子陣からは、やっぱりなという評価だった。俺はやはり女子の事を理解できていないようだ。
剣太は、奏が言っていたとおり、全く見ることがなく、今どこで何をしているのか分からない。だが、あの狂おしいほどの怒りをアイツに向けることはもうないだろう…。
そして…、
俺は今、傷付いた子どもたちをサポートする、NPO法人に勤めている。
正直、給料はこれまでの人生で最も低い。使命感というと大袈裟かも知れないが、そういった仕事に就きたいと思うようになったからだ。隣で眠る彼女の髪を撫でながら、この人と生きていけたらと思うようになっていた。
そして…、
昨日、婚姻届けを2人で市役所に提出した。
俺たちは夫婦となった。
これから…、ずっと2人で歩んでいく。そう思って…。
「リョータ、朝ごはんできたよ。」
朝食が食卓に並ぶ。ニラ玉に野菜サラダ、すまし汁、ご飯。
俺たちは、向かいあって席に座る。
楽しいことも嫌なことも嬉しいことも辛いことも、一緒に過ごしていく。
たった、たったこれだけのことを得るために、俺たちは21回の人生をやり直した。だが、21回をやり直せなかったら、こうやって朝ご飯を一緒に食べる、こんなことすらできなかったのだ。
人生とは一度、その歯車が噛み合わなくなると、二度とその歯車が噛み合うことのないものなのかも知れない。
15分程してからだろうか…。
「ぐ…。」
眩暈がする。俺は自分の身体が支えられなくなり、椅子から転げ落ち、体が床に叩きつけられる。
息が…。できない…?
ふと見ると、笑顔の君がいた。
薄れゆく意識の中…、俺は納得していた…。
ああ、これが君の選択なのだと…。俺が決して君から離れないようにするために。
それもまたいいか…。
「抵抗…、しないのね…。」
「ああ…。愛している…からな…。」
俺は息も絶え絶えに返事をする。
俺の視界が、段々と暗くなって…、
そして…、これが俺の最期の言葉となった。
「ありがとう。私も一緒に逝くわ。ようやく…、あなたを私のものにできたのだから…。一生のお願い…、聞いてもらっちゃったな…。」
体が叩きつけられる音とともに、彼女の体もまた床に崩れ落ちる。
「愛してるわ…、リョータ。ずっとずっと…。」
そう言って、奏は満足そうに、笑顔で目を閉じた…。




