第四話「電話での状況把握」
夕食を食べて、俺は自分の部屋で横になって考える。
復讐する。
アイツら、2人を殺してやりたい。
しかし…、証拠も残さず、殺すことはほぼ不可能だろう。
この時代、街の監視カメラの数はまだ随分少ないが、それでも中学生の俺の行動範囲なんて、
たかが知れている。
すぐにでも俺は捕まるだろう。
初めて、自死したとき、あの時の怒りと絶望。アレくらいの思いがなければ、
アイツらを殺して、俺はどうなってもいいなどとは思えない。
今の俺は、過去に戻った、いわゆるチート人間だ。この力を使うことなく、
目先の復讐に走り、牢屋で過ごすなんてあり得ない。俺の親にも申し訳が立たない。
何らかの弱みを握って言いなりにする…、催眠術を使って操る…、
ダメだ。こんなのはドラマや物語の中だけの話だ。
それに弱みを握ろうにも、同じく中学生時代の弱みなんて、調べたところで、人を思い通りに
するほどの弱みなんて抱えていないだろう。
あとは、呪い…。
そんなものがあれば真っ先に使ってる。俺はため息をつきながら、
4月に撮られたクラス写真を手に取った。
智美と剣太と…、俺の写った写真。。
写真の中で笑顔の智美。大学に入ってからは髪を長くするが、この時はまだ肩にかかるくらいの長さだったな。
そして、1人、斜めを見て、カメラの方を見ていない剣太。こういうボケを入れる奴だったな。
そして、俺…。
そうして、もう一度思いため息をつきながら、俺は両手で写真を握りつぶした。
こんな写真を見てもイラつくだけだ。俺は考える。
直接的にせよ、間接的にせよ、今の俺では大したことはできない。
明日、学校で2人を殴る。スッキリするだろう。だが…、
恐らく、俺の学生時代は黒歴史となるレベルで、苦しいものとなるだろう。
剣太はともかく、今の智美を殴るなんて、何人を敵にするか分かったものではない。
いっそ、唯あたりに事情を説明してみるか?
まあ、信じるわけはないだろうが。
それに、今回の俺は、どうやら、智美とも剣太とも、既に交流がるようだ。
きっかけが分からないだけに、アイツらとの距離感が分からず戸惑っているが。
俺の行動の結果、未来が変わることも多々あったが、社会の大きな事件などは変わらず起きていた。
それに、過去に戻った時点の状況が違うというのは、今までになかったことだ。
だから、俺は今回、アイツらへの憎しみを持ったまま戻れたのかも知れない。
これが、吉と出るか凶と出るか分からないが…、少なくとも俺の人生の選択肢の幅は広がるだろう。
俺は自分に言い聞かせるように思い出す。
この怒りを憎しみをあの絶望を。
俺は俺の人生を取り戻す。そのためにも…、
アイツらは排除すべき敵。俺の人生に、アイツらは、要らない…!
いや、アイツらを排除してこそ…、
俺は俺を取り戻すことができる。
横になったまま、そんなことを考えていると、向こうの部屋で電話の音がした
「リョウタ。電話よ。」
母親が電話を持ってきた。
そうか。この時代だと、家の電話でのやり取りが主だったか…。
「もしもし?」
「悪い。まだ飯だった?」
「いや、もう食べ終わった。」
電話は拓からだった。
「悪い。突然。」
「どうしたん?」
これは、現状を知るためにいい機会かも知れない。
しかし、かといって、不審がられても拙い。注意しつつ引き出さねばならない。
「あのさ…。」
さて、最低でも智美と剣太のどちらかとの状況だ。
「あのさ…。」
「どしたん?言いにくいことか?」
「すまん。俺から電話しておいて。」
何となく分かる。女関係の相談だな。拓は、3年の時、奏に告ってフラれ、その後、唯にもフラれる。
高校に入って、唯にリベンジして、またフラれるというフラれ星人だ。
その後、拓は高2の時に、部活の後輩と付き合うようになる。
「あのさ…、リョウタってさ…。」
「うん?」
なんだ、タイムスリッパーとか言い出すんじゃないだろうな。
「…智美と付き合ってるん?」
「は?」
余りのことに呆けた声が出てしまった。
付きあってる?いや、俺は逆に、智美との距離感をお前にこそ確認したかったというのに…。
しかし、こういう聞き方をしてきたとうことは、俺は智美と付き合ってはいない。が、それなりに
仲が良いようだ。そして、こんなことを聞いてきたからには当然…。
「いや、なんとなくなんだけど…。」
「いや、付き合ってたら、お前に報告してるだろ?」
「そ、そうか。」
「ほんとに、どしたん急に?」
「あのさ…、お前が付きあってないんだったら、智美に告ってもいいか?」
やはり…。中学生男子なんてこんなものだろう。
だが…、気になるのは、拓が智美をという点だ。
これまで、拓が智美に告ったことはない。いや、本当は好きだったのかも知れない。
しかし…、この時点で拓が智美に…?
少し、カマをかけてみるか…。
「むしろ、俺と智美が付きあっているように見えるか?それにお前って、奏が好きじゃなかったっけ?」
「いや、部活で一緒になってから仲良さそうに見えてたからさ。まあ、奏も気にはなるが、今は智美も気になって…。」
「え?演劇部で?」
「はあ?バレー部だろ、お前。」
智美が演劇部ではない?それに…、バレー部だと?俺は2年の時はバスケ部で、3年でバレー部になったはず…。
やはり微妙に歴史が違っている…。
そうか、朝のボールを当てた話はこれか。
だが…、
「あれ?智美って演劇部じゃなかった?」
「掛け持ちだろ。お前が言ってたじゃないか。」
「そうだっけ。」
これは、チャンスかも知れない。いや、チャンスと言っていいのだろうか。
あのクソ女を親友に押し付けるようで気が引けるが、拓が智美を監視するのであれば、
俺の人生に絡むことはないだろう。少なくとも俺と付き合う未来はなさそうだ。
「付き合ってないし、告るなら応援するよ。」
「マジか!」
俺の人生に光明が差した気がする。
「当たり前だろ。いつ告るん?」
「早い方がいいとは思ってるけど…。」
中学生の恋愛なんて、本当に好きかどうかなんて大したものではない。
好きと言われて、何となく意識付き合うなんてのもザラだ。
かつて、俺はそれで唯と付き合ったわけだが。
ここは押せ押せで拓を応援するとしよう。
「そうだな。人気あるみたいだし、他のやつに取られる前にしないとな。」
「あ、ああ。」
さて、後は上手く乗せて、さっさと告らせるか。
まあ、中には酷いフラれ方もあるが。拓なら大丈夫だろう。
そう。あれは剣太が唯に告った時だった。あれは本当に酷かった。当時は同情したもんだ。
『2年の時から嫌いやった。』
あの人当たりのいい唯がそんなことを言ったのにも驚いたし、剣太を嫌っていたことにも。
俺の中でベストオブベストの名言だ。いかんな、唯に惚れそうだ。
結果的に地雷化する女ではあるが、中学時代は普通に可愛い女子だった。拓だったらNTRは発生しないかもしれない。
「部活の後とかに告るってのありかな。」
中学生男子からの恋愛相談とかムズムズするな。
「ああ、いいと思うよ。だが、女子が集団で帰ってる時とかは避けた方がいいかな。女子は冷やかされるのを嫌う。」
「そうか。じゃあ、ちょくちょくバレー部に顔出しに行くよ。」
「余り目に余ると、キモがられてストーカー呼ばわりされないようにな。」
「ああ、気をつける。」
その後、何度か同じような内容の話を繰り返し、1時間ぐらいが経った。
しかし、女の長電話も内容がないが、男も大して変わらんな…。こう考えるとメール文化は楽でいい。
「とりあえず、俺と智美は付き合ってないし、俺も智美が好きってわけじゃないから。応援するし、頑張れ。」
「本当にありがとうな!」
そうして、拓との電話を終えた。
拓が智美を好きになるとは。いや、もう既に好きになっているか。聞きたいことの半分も聞けなかったが…。
とりあえず、智美と俺が部活をきっかけに仲良くなったであろうことは分かった。
ひょっとして、剣太の奴も唯以外の奴を好きなっているのだろうか。
そういえば…。
初めてかも知れないな。智美を好きだというやつの恋愛相談に乗ったのは。
俺は初めての展開、しかも俺の都合に合わせたかのような展開に少し心が緩んでいた。
この電話の内容を誰かに聞かれている。そんな可能性について疑うこともなく…。