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第三十三話「絶望の闇の中で」

そうであって欲しくない。そんな俺の願いを打ち破って、彼女は自身の名前を俺に告げた。


そして、俺の顔見ながら、口を開いた。


「…思ったよりも、驚いてくれないんだね?」


奏は、泣きながらも俺に微笑みかけつつ、話しかけてくる。


ほんの少し、ほんの少しだけでも俺の方に向かってくるだけで、彼女は俺に致命傷を与えることができるであろう距離。しかし俺はその場を離れることができなかった。




「いや。驚いているよ。確信はしていたけども…、反面そうであって欲しくないと思っていたから。」


「そっか…。少し話そうか。」


「ああ…。」





「まず、余り驚いてくれなかったのが残念なのだけれども…、智美の顔と私の顔は、2つとも私の本当の顔。」


「…整形…なのか?」


「ううん。違うわ。私と智美は…、双子なの…。」


「双子?」


「そう。双子…。だから私はずっと化粧をしていた。中学生の時も。結構苦労したんだよ?校則違反にならないように、けれども、智美と顔が同じにならないようにしなくちゃって…。プールなんて本当大変だったわ。」


「そんな…。ちょっと待ってくれ。智美と…奏の誕生日は違うはずだ…。それなのに双子だなんて…。」


「ふふ。誕生日…、覚えててくれてたんだ。ちょっと嬉しいな。でもね、双子で誕生日が違うって、普通にあるのよ?」


「え?」


「智美の誕生日は6月24日。私は6月25日。」


「ああ。覚えてる…。」


「時間は…?」


「…時間?」


「そう。生まれた時間。智美が生まれたのは24日の深夜。私が生まれたのは、25日にかかってから。どう?そんなに変なことではないでしょ?」


「…そんなこと…、考えたこともなかった。」





「続けても、大丈夫かな?私が虐待されていたのは思い出してくれた?」


「…ああ。」


「母親は私の本当の母親。でも、一緒に暮らしていた父親は再婚相手だったの。」


「…。」


「私と智美の父親は…、父親の不倫が原因で離婚したの…。だから、智美と私の親権は母だった。しばらくして母は再婚し、智美と私に新しい父親ができたわ。でもね、双子で顔は同じでも性格は異なるのよ…。人懐っこい智美に対して、物怖じする私。自然と父親は智美と良好な関係になった。その一方で…、可愛げのない私は…、いつも殴られてばかりだったわ。そして…、母親は見て見ぬふりだった…。」


「なっ…。」


「でも、そのうち、智美にも暴力を振るうようになり、外に出かけているときに智美を殴って…、逮捕されたみたい。」


「…。」


「それを知った…、本当の父親が私たちを引き取りに来たわ。でも、母親が抵抗して私を手元に残したの…。その後、散々私を殴るくせにね…。おかしな話。」


「お母さんは…。」


「そう。あなたが幼稚園の先生に都度報告してくれたおかげで、彼女は児童相談所に通告されて、連絡が行った祖父母が迎えに来てくれたの。…本当に嬉しかった。」


「…。」


「あの時、あなたを好きになった。また会いたいって思いながら、祖父母の家に引き取られていったの…。」


「…。」


「祖父母の家では…、幸せだったのよ?そこでまた虐待されていたなんてオチはないわ。本当に祖父母には感謝してる。両親から存在を隠すために改名までしてくれて…。」


「それなら…。」


俺が言葉を言い換えたところで、奏が口調を強くして割って入ってきた。




「でもね…!その幸せは一瞬だったのよ!」


「!?」


「祖父母は、3年後…、2人ともガンで亡くなったわ…。そうして、私を迎えに来たのは…、あの屑2人だった…。母親と逮捕された再婚相手と…。」


「そんなことって…。」


「母は病院でカウンセリングを受けていて…、今後の親子関係が期待できる…、そう判定されていたみたい…。」


「それでも…、父親の方は…。」


「そっちはもっと簡単。戸籍を入れてなかったの。秘密の同居人。だから…、行政上は私は母親と2人暮らしだったの…。結局、私が小5の時にまた結婚するんだけどね…。」


「…。」


「私はずっと親の顔色を窺ってきたわ。最初の方はアイツらも学習したのか暴力はなく、しばらくは穏やかに過ごせた。」


「…。」


「小3の時、転校して…、またこっちに戻ってきたわ。母親の実家も近いしね。そして私は出会ってしまった。私と同じ顔で…、幸せそうに過ごす智美を。」


「…。」


「私はすぐに気付いたわ。双子の勘ってやつかも知れない。でも、他人の顔色ばかり窺って、下を向いてばかりの私は、暗く…、智美とは似ても似つかない雰囲気だった。だから周りは気付かなかったんだと思う。」


「…。」


「そして…、授業参観で久しぶりに見た父親は…、すごく幸せそうだった…。」


「…。」


「もちろん、この時は父親の不倫なんて知らなかったわ。智美だけを連れて行き、私は置いていかれた。その程度の憎しみだった…。」


「…。」


「忘れもしない、小5の誕生日…。」


「…。」


「智美がクラスの友達を招待して誕生日会を開くんだって。学校で嬉しそうにしてた。」


「…。」


「その夜…。私は…、レイプされたわ…。」


「!?」


「ずっとその機会を狙ってたんでしょうね…。私が成長して…、そういうことができるようになるまで。それだけでは終わらなった。」


「…。」


「翌日、私の様子がおかしいことに気が付いた母親に私は問い詰められて…、そのことを言ったわ。そしたら…、あの屑、何を言ったと思う?」


「…なんて言われたんだ…。」


「『智美の母親と同じね。男を寝取るなんて。なんて汚い子』。そう言われたわ…。」


「そんな…。」


「その時になってようやく分かったの。私たちの本当の父親は不倫で出て行ったこと。私は捨てられたこと。私に救いなんて…、ないってことを。」


「な…。」


「そこからは地獄のような日々だったわ。アイツに犯され、犯される度に母親に罵られ…。気が狂いそうだった。いっそ気が狂って欲しい。そんな風にさえ思っていた。」


「…。」






なんて声を掛ければいいのか。なんて言えばいいんだろうか…。中学、高校と…、一緒に過ごしてきて…、こんなにも深い闇に…、気が付けなかったというのか…。俺は…。


目が…、少し痛みを感じた。俺は目頭が熱くなり、軽く指で拭った。






「6年になって…、壮馬に出会った。」


「壮馬と?」


「誰にでも分け隔てなく優しい人だったわ…。陰鬱な日々も少しは救われた気がした…。彼は太陽のような人だったわ。私のことを好きだって言ってくれて。でも、私はそれにこたえることができなかった。あの屑達が怖かったから…。」


「…。」


「それでも、壮馬は変わらなかった。いい友人として接してくれた。私は学校に行くのが楽しくなった。でもね…。」


「…。」


「それと…、唯。」


「唯も…。」


「そう。唯も…、いい友人として接してくれた。もっとも、唯が女子にハブられているタイミングと重なって、私しか話す相手が居ない時期があったというのが事実なんだろうけど。それでも、壮馬と唯と…、一緒に居る時間は心地良かったわ。」


「…。」


「私が前向きになるにつれて…、気が付いてしまったの。ある日、鏡の前で。…智美にそっくりな私に。」


「…。」


「まずい…、私は思ったわ。どうにかしないと。智美と双子だなんてバレるなんて嫌だ。そればかり考えた。そうして、ふと母親の化粧道具を手にしたわ。うちは裕福な家庭ではなかったのが幸いしたのかも知れない。そんなに際立つメイクができる道具が揃ってなかったの。」


「…。」


「だから、最低限の化粧で…、智美と違いが出るように練習したわ。おかしいでしょ?自分の顔じゃなくするためにメイクしてただなんて。」


「…。」


「それに声もね。私の気持ちが上がるにつれて、やっぱり声も智美と似てきたわ。だから、いつも意識して声を変えてた。時にはカラオケに行って声を枯らしてみたりね。」


「…。」



「そして、中学に入って…。あなたに出会えた。すぐに分かったわ。あの時のリョータだって。あなたは気付いてくれなかったみたいだけども。姓も名前も変わってたしね。」


「…。」










「嬉しかった…。遠くから見てるだけでも…。皆と一緒になって会話しているだけでも…。あなたが…愛しかった。」


「…。」


「中2になって、中3になって、どんどん仲良くなれて、すごく嬉しかった。バカバカしいでしょ?私ね、あなたから初めて本を借りた日、嬉しくてね、夜なかなか寝付けなかったんだよ?」


「本…。」


「そして…、大学生になって…、社会に出て、働くようになって…、あなたに起こったことを知ったわ…。」


「…。」


「私ね…。ずっと好きだったんだよ?何度も伝えたかった。いつかは…、きっといつかは、そう思ってた。でもそしたら、気が付けば…、あなたは智美と付き合っていた…。そしてその結果が…。」


「…。」


「私は…、何もかもどうでもよくなった…。あなたが居なくなって一週間後…、私も後を追おうとしたわ…。」


「な…。」


「どうせなら派手に死んでやろう。そう思い、私は車を走らせた…。そして、山道からダイブした先で、私はあの人に出会った…。」


「あの人…?」




さっきから言っていた…、あの人というやつ。あの人とは一体…?




「あの人は言ったの。『もし、過去に戻って人生をやり直せるのならやり直してみたいか?』とね…。」


俺は、少し喉に違和感を覚えたため、少し声が詰まったようになりながらも奏に尋ねた。

「やり直す…?」


「うん。やり直す。私は朦朧とする意識の中で…、夢を見てるのだと思った。人生の最期に…、私に夢を見せてくれてるんだって…。私は言ったわ。やり直したいと。あなたと出会えたあの頃に。あなたから初めて本を借りた…。」


「…。」







「中2の…、2008年6月18日に。」

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― 新着の感想 ―
[一言] 奏さん人殺してるからハッピーエンドにはならないんだろうな 気の毒や
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