第三十二話「願い」
BGMは、機動戦士ガンダムSEED ORIGINAL SOUNDTRACK3の出生の秘要のイメージです。
俺の思っていた通りの顔が、そこにはあった。
予想していたとおりではあったが…。俺は智美の顔見ると…、声を発せずにいた。
「まさか…、記憶を持っていることまで気付かれるなんて、思わなかったな。」
「そっちは、俺が記憶を持っていることに気が付いていたのか?」
俺は思わず問いかけていた。
「そうだね。3度目くらいからかな。以前とは余りに違う行動を取るようになったしね。2回目で成績が突然上がったことも、あれ?とは思ったけど。」
「そうか…。」
「ふふ。繰り返す度に、全然違うことするんだもん。リョータは。」
俺に笑顔を向けながら智美はそんなことを言う。
それはそうだろうな…と俺は思う。
繰り返しの人生の度に違う行動を取っていた人間が居たなら、きっと人生を繰り返しているのだろうと俺も思うだろう。
もっとも、毎回最後には絶望の人生だったわけだが…。
「あの人が言ったんだ…。」
「…あの人?」
「うん。あの人。これ以上やり直しても君は救われないって…。
痛々しくて見てられないって…。
これが最後だって。 あの人に言われたんだ…。」
…あの人とは?何を言っているんだ?
「だから…、すべての決着を付けるために…、復讐するために…。私は最後のやり直しを選択したんだよ。」
「…復讐?」
「うん。復讐。私のね、願いはシンプルな願いだったんだよ。元々。そう復讐。」
やや狂気じみたような笑顔で話が続けられる。
俺はまだ黙って続きを聞くことにした。
「今回は、ちょっと今までと違ったでしょう?」
「!?」
「やっぱり気付いてたよね。そう。中2より前の記憶が異常に薄くないかな?中2からの繰り返しだから、
それ以前の記憶が薄れているのかとあなたは考えていたのかも知れないけど。」
「違うのか…?」
「半分は当たり。繰り返す度に中2以降の記憶が強まり、相対的にそれ以前の記憶は薄まる。それだけじゃないわ。この最後のやり直し…。私は小6からやり直してるの。少しずつ、ほんの少しづつだけど…、未来を変えるために。あなたと合流してやり直す未来のために。」
「なっ?そんなことが…?」
「信じられないかな?でも、小学校の時の記憶はどうかな?幼稚園の記憶は?修学旅行はどこにいったか、
卒業アルバムを見ないで思い出せる?思いだせないでしょう。だって私は過去を変えたけど、あなたは変わる前の過去の記憶しかない。
でもそれは時間が許さない。結果、あなただけが、中2以前の記憶が曖昧になっていったの。」
「…。」
バカな…。そんなことって…。
「君は覚えてないでしょう。私を救ってくれたことを。あの日、私の名前を呼んでくれた。私の世界を変えてくれたことを…。」
「あの日…。」
「そう。そして…、初めて私が人に愛を告げた…。あなたに愛を告げた…。」
「…。」
俺はあらためて、智美の顔を見つめる。
あの日?
愛を告げた?
名前を呼んだ…?
一体、何のことだ?
突然、割れるような頭痛に襲われる。
な、なんだ…。
この痛みは…。
俺は割れるような頭痛に、両手で頭を押さえてその場にうずくまる。
「xxちゃん。」
「xxちゃん。」
あれ、あの子は…?
「xとちゃん。」
あの子は確か…。
「おxちゃん。」
そうだ…!
…
「お…と、ちゃん…?」
俺の頭に不意に名前が浮かび…、気付かないうちに思わず声に出していた。
すると、さっきまでの頭痛が嘘のように引いていき、俺は立ち上がり、智美を見た。
「こんなことがあるのね。嬉しいわ。前に聞いたら、もう名前を忘れていたのに…。」
智美は少し驚いていたように見えた。
俺の中にある「おとちゃん」。それは幼稚園の時に出会った少女。
母親に虐待されていた、いつも元気がなかった少女。
そして…、俺を好きと言ってくれた…。
だが…その名前は…?
「そうよね。名前も違うし気付かないよね。私も気付かせないようにしてたんだし。それに幼稚園にしては少し難しい漢字だったからね…。
名前ってね。変えることができるんだよ?」
確かに聞いたことがある。だが…、裁判をしたり結構な手間がかかるはず。それに変えるにはそれなりの理由も必要だったはずだ…。
「漢字を変更するのは難しいのだけども、読み方を変えるのは簡単にできるのよ。あなたが呼んでくれた名前。変えたくはなかったのだけども。
虐待する両親から離そうとした祖父母が変えてくれたの。生まれ変わって…、幸せになれるようにと。」
「…。」
俺は突然思い出した記憶の中の女の子と智美を重ねる。
「おとちゃんが、復讐って一体…。」
「そこで止まって?」
「あっ…。あぁ…。」
俺は知らず知らずのうちに足を進め、気が付けば手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいてきていた…。
「最終的な復讐は…、あなたに今日呼び出されたことで、もう諦めたの…。」
「えっ?」
「ねぇ。リョータ…。」
「何?」
「もう、やり直しはないの…。だから。」
智美が長い髪に両手をあてると、彼女の髪からウィッグが外れ、足元にバサッと落ちた。
それから…、
ハンカチを取り出すと、目元を拭き…、足元にカラコンが音もなく落ちた。
そして、同じようにグロスとマスカラを取り出して、鏡を見ることもなく慣れた手つきで眉、目元と唇を僅かに飾る…。
彼女が…、ゆっくりと顔を上げる。
俺を見つめる智美と同じ色をした目に、大粒の涙が流れる…。
「だから…、一生の…最後のお願い。一緒に終わってほしい…。」
「!!」
智美とは違う、芯のある少し低めの、いつもの彼女の声が聞こえる。
そう告げて、彼女は上着の内ポケットからサバイバルナイフを取り出し…、液体の入った瓶を下に落とした。
瓶が割れ、中の液体が漏れ出す…。
「そう…。
おと…。それが私の以前の名前。
そして、祖父母がくれた…
幸せを奏でられるようにと願いがこもった…
今の私の名前は…
かなで…。」
静寂の中、彼女はハッキリと、そう言った…。




