第二十九話「悪夢」
何の用だろう。
そう思いつつ、智美は公園へと足を向けていた。
あの公園へと。
昨日の夜、壮馬からメールが届いていた。どうしても智美に話したい話があるから来て欲しいらしい。
シチュエーション的には告白という感じもあるが、あの公園で告白というのは、智美の中ではありえない選択肢だと考えていた。
特に約束もなかったため、2つ返事で返していたものの、智美は不思議な気分だった。
あの公園。
志穂のことがあったとされている公園は私たちの中で暗黙的に触れてこなかった場所。
そして…
智美は公園へと着いた。
「えっと、ベンチでって言ってたから、奥の方なのかな。」
呟きつつ、智美はベンチへと向かう。
「壮馬君は…、まだかな。」
少し待ち合わせの時間よりも早かったからか、周りを見ても誰も居ない。
この公園は遊具も少なく、砂場もないことから、小さい子ども連れに人気がなく、そして球技をするには狭いことから、少し年上の子どもたちにも人気がなく、余り人気のない公園として有名になっていた。
夜中に若者たちが集まる時期もあったようだが、事件があって以来、警察の巡回が増えて、若者たちも集まらなくなり、地域からも腫れ物扱いのようになってしまっていた。
智美はベンチに腰をおろすと、スマホに目を向ける。
着信もメールもなかった。
少し時間も早いせいだろうと思い、智美はスマホで時間を潰すことにした。
しかし…
約束の時間を5分ほど過ぎたが、壮馬は現れない。
遅れてるだけかな…。
そう思いつつ、壮馬にメッセージを送ってみる。
すると返事が届いた。
『どうしたの?』
へ?
智美は拍子抜けする。どうしたのって、誘ってきておいて、その返事はないだろう…と。
『もう着いて、待ってるんだけど?』
『どこに…?』
…一体?
スマホに着信が入る。
「もしもし、壮馬君?」
「うん。待ってるって、どういうことって思って?」
「え?昨日、メールくれたでしょう?」
「送ってないよ?」
そんなバカな…。智美は少し混乱する。
「どこの公園に居るの?」
「xx公園」
「…いや、俺じゃない。」
「え?それじゃ、イタズラ?」
「…智美。すぐそこを離れて。一応俺もすぐに向かうよ。」
「え?何々?」
「いいから公園を出て。すぐに家に帰って。入れ違いになってもいいので、俺は向かうから。」
急に声色が変わった壮馬の声に、不思議な気持ちになりつつ、智美は返事をする。
「うん。とりあえず、公園出るね。」
智美は電話を切り、ベンチを立つ。
その時だった。
ガサッ
振り返ると、上下黒い服で…、帽子にサングラスの男が後ろに立っていた。
…いつの間に?
智美は少し不審に思いつつ、男に目をやる。
黒い服にところどころ、葉が付いている。茂みに身を隠していたのだろうか。
智美は危険を感じ、少し後ずさる。
すると…、黒づくめの男も少し詰めてくる。
声を出して叫ぼうとするも、声が出ない。
恐怖から声がでないことを智美は自覚した。足も…止まる。
智美の頭の中に危険信号が響く。なのに、声も出ない、足も動かない。
男が迫ってくる。
そして…
男がポケットから手を出すと…、手にはナイフが握られていた。
智美の頭には先ほどとは比較にならないほどの、危険信号が鳴り響く。だが、体が震えだし先ほどよりも状況は悪化していた。
辺りから音が消え、周りの風景から色が消える。智美は完全にパニックに陥っていた。
男のナイフが迫ったその時…
ドカッ
智美は突き飛ばされて、地面に手を突く。
パニックになりながらも智美が居た場所を見ると、黒づくめの男が智美を突き飛ばした男にナイフを突き立てていた。
「!!」
まだ、智美は声が出ない。
黒づくめの男は突き立てたナイフを戻すと、智美を突き飛ばした男に体当たりする。
ナイフに刺された傷が深いのか、あっさりと男は地面に横たわった…。
(冬田君…!)
刺されて横たわった男を見て、智美は驚愕する。一体何が起こっているのだろうか。智美のパニックは収まらない。
しかし…
冬田を刺した男は、なおも智美に迫る。
そして…
「えっ?」
智美の前に立つ人影から鮮血が飛び散った。
倒れこんでいた冬田は、智美の前に立ちはだかり、男のナイフをもう一度体で受けとめていた。
今度は先ほどよりも深く刺さったためか、冬田は思わず嗚咽を漏らす。
「…!」
「へへ…。やらせないよ?」
「!!」
男はナイフを冬田から抜こうとするが…。
冬田の抵抗が強く、男はナイフを抜くのを諦めると、振り返り後ろにかけて行った…。
「やっと…。」
「冬田君?ねぇ、ちょっと冬田君?」
泣き叫び、体を揺するが冬田の反応は薄い。冬田に刺さったナイフを抜こうとするが思ったよりも深く刺さっていることと、智美の震える手ではナイフは抜けなかった。
冬田から流れる血は止まらない。
「ああ…、やっと、お前に追いつける…。」
「冬田君?冬田君?」
なおも智美はナイフを抜こうとする。
地面が冬田の血で赤く染まっていく…。
「今日…、ここに来て…、良かった…。」
「冬田君!?」
智美が泣き叫ぶ中、冬田の手はそっと地面に落ちた…。
●
「智美!しっかりしろ!智美!」
半狂乱の智美の下に駆け付けた壮馬の声で、ようやく智美は我を取り戻す。
「智美。救急車を呼んである。何があった?」
「冬田君がね。冬田君がね…。」
まだ要領を得ない智美の言葉に、壮馬は今は事情を聴くのは無理だろうと判断し、冬田の血で赤く染まった智美の手をそっと握り声を掛ける。
「大丈夫だから…。」
10分くらいした頃だろうか。
救急車とパトカー、それにバイクの警察官が駆け付けて来た。
ここでの事情聴取は無理と判断されたからか、壮馬と智美は警察署に任意同行を求められた。
救急車に運ばれる冬田を見送ると、2人は一緒に来たパトカーに乗り、警察で事情を聴かれることとなった。
そこで2人は事情を聴かれるうちに、担当の刑事からあることを告げられる。
「智美さん。凶器のナイフですが…
今日あなたが買ったものではないですか?」




