第三話「始まりはいつも教室」
【あいつらを許せない】
そう、目の前の疑問もそうだけど、あいつらを許せない。
今さらながら、俺が抱いた、とてもシンプルな素直な感情だ…。
しかし…。
なぜ、今になって…?自分自身に違和感を感じる。
だってそうだろう?
自分の彼女をNTRされたなんて、そう簡単に許せる話じゃあない。
1回1回は、それぞれ1度きりの人生での話だ。
だが…、
俺は20回の人生の記憶を引き継いでいる。
つまり、1回の人生で付きあった20人の彼女を全部NTRされているのと同じだ。
20回も強制的に人生を繰り返させられてきて今さらながら笑える。
何故俺は、智美との関係について、2拓で物事を判断してきたのだろうか…。
1回や2回であれば、『彼女を信じる』、『彼女を信じたい』、そう考えることに違和感はない。
だが…。
ここまで、20回の記録を書き落として、ふと疑問に思った。
なぜ、今までこんなことを考えもしなかったのだろうか?
俺が幸せになることがあいつらへの復讐になるとでも考えたことはあっただろうか?
いや、そんな考えに至った記憶はない。
少なくとも、俺は、積極的にしろ消極的にしろ、智美と幸せになりたい。
そのことばかりを考えていた気がする。
しかし、今俺が抱く、この『憎い』という思いも中途半端な気がする。
さっき智美に感じた初めて感じた感情は、憎いではなく、智美の発言への疑問が勝っていた…。
何度も人生を巻き戻り、その都度の記憶を持ってはいるが…、感情は薄れているのだろうか…?
…だめだ。思考がまとまらない…。
---キーンコーンカーンコーン---
そこで授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
さすがに、簡単に答えが出るような話ではない。
今までもそうだった。
とりあえず、今日1日を無難に終わらせよう。
昼休み。
未来では、給食の中学校も多いようであるが、俺が中2の時は弁当か購買だった。
俺もたまに行っていたが、先生にバレないように学校を抜け出して、コンビニに買いに行っていたやつもいたが。
俺は普段、購買でパンを買っていた。今日もいつもそうしていたように購買へパンを買いに行こうとしたところ、
「購買か?一緒にいこうぜ」
最悪だ…。
今日1日は回避したいと思っていたのだが…
「ああ…」
そんな言葉で返事するのが精一杯だった。階段を下り購買に向かう間、色々話しかけられたが、
何となく相槌をうつだけような会話を続け、教室に帰ってきた。
いつもなのか、今日はなのか分からないが、どうやら、今日は一緒に昼食を食べるらしい。
今、こいつの顔面を殴ったら、俺の気分は少しは晴れるのだろうか。
今、こいつを窓から突き落とせば、俺は歓喜の声を挙げられるのだろうか。
前回は、大した会話をすることなかったが、こうして出会うと、気分は複雑だ…。
クソ面白くもない会話を面白そうに装い…これは、なかなか、辛いな…。
他愛のない会話。合わすことは簡単だ。俺は年齢だけで言えば、30を超える。
中2の相手をするなんて、子どもの相手と変わらない。子どもっぽい会話に適当に
相槌を打てば、相手は何となく納得する。
難しいのは加減だ。どうしても無意識に子どもと話している感となり、それが相手からすると、
真剣に聞いてないなど、何となく見下されてると感じることがあるらしい。
絡んできたやつを相手に適当に相手をしたことで、激高してきた相手が殴りかかってきた。なんてのもあった。
今、剣太が殴りかかってきたら…
俺は多分、歯止めが効かない。
【憎い】
俺は、頭痛と眩暈の中、味のしないパンを食べ続けた。笑顔の仮面を付けて…。
いつもの6月18日でありながら、いつもと違う6月18日。
そうして、長い1日を終えて、ようやく授業が終わり岐路に着く。
周りのクラスメートへ適当に、別れの挨拶を交わしつつ、俺は教室を出た。
教室を出ると…廊下に智美が立っていた。誰かを待っているかのように。
まあ、気にすることはないかと思い、視線は合ったが、スッと視線を切り替え、そのまま過ぎようとした。
が
おれはまだ解放されないらしい。
「今日って、時間ある?」
これは…、俺に言っているのか…?
視線を智美へと向ける。
「今日は忙しいかな?」
俺は内心の動揺を隠しつつ
「いや、特に何もないよ。」
何気ないふりをして返事をする。
「今日マクド行かない?」
今回は、どうも俺と智美の関係性に若干違いがあるのだろうか。これまではこの時点で2人で遊んだりするほど、距離は近くなかった。
「俺と?」
本音ではお断りだ。
だが、現状を確認する意味では行くほうがいいのかも知れない。そんな迷いから曖昧な返ししかできなかった。相手は15歳も下だというのに。
「うん。前に行こうって約束してたじゃん。」
約束だと…。これは少しまずい。そんな約束に当然覚えはなく、話がかみ合わない可能性がある。
しかし…、それが元で一定の距離が離れるのは、それはそれで結果OKかも知れない。
「じゃあ、いこっか。」
「じゃあ、帰って着替えてから、直接集合でいい?」
「うん。それで。」
仕方ない…。だが…、本当に約束なんてあるのだろうか…。騙されてるのではないだろうか。この女には心を許してはならない。
「考えすぎか…」
「何か言った?」
「いや、大したことない。じゃあ、またあとで。」
声に出てしまっていたようだ。とりあえず、家に帰ってからマクドに行くとしよう。
何か分かることもあるかも知れない。
さすがに15年前だけあって、顔が幼い。だからか…、いらだちはあるものの、顔を見ただけで
吐き気をもよおすことはなかった。
マクドは、中学の校区のギリギリのところにあり、うちの中学の中では集まったりするのによく使われている。
当時は、中学生にしてはちょっと背伸びしたやつが行く場所だった。
友人たちとくだらない会話で何時間も居れたものだ。
家に帰り、制服を着替えた俺は、自転車に乗ってマクドに向かった。
「自転車は同じか…。」
智美と剣太との距離感が異なったことで、いつもなら、未来を知っているという俺のアドバンテージが
使えないかも知れないと思うと、少し不安な気持ちがある。
おかしなものだ。未来のことを知っている方があり得ないのに。
「ごめん。お待たせ。」
「ううん。私も今来たとこだよー。」
思わず、はっとする。
このやり取りも何度したことだろうか。智美との待ち合わせ。
注文をして、2Fのテーブルに座る。
店内にはそこそこ客が居るようだ。俺たちと同じような学生っぽい客が目立つ。
この店も智美と何度来たことだろうか。
しかし…、まあ、さすがにお互い中学生。まだまだ子どもっぽいな。などと考えていると
「なあ。なにかあった?今日一日、なんか変だったよ?」
俺は思いもよらない言葉に絶句した。
「なんか、上の空っぽかったよ。」
「そうか?」
動揺を隠すためにも即答していくしかない。向こうに探られてどうする。俺が探りを入れたいからこそ誘いに乗ったというのに。
「うん。なんか、ずっと考えことしてるみたいだったよ。」
「そんなことないって。そんな観察されるほど、変だった?観察しすぎじゃん。」
冗談めかして返してみる。
「そう?こんな可愛い子に見られてうれしいくせにー」
こいつ…。よくもこんなふざけたことを…。
いけない。一瞬キレかけた。だが同時にその気軽さにも焦る。なんだこの距離なし感は。
「はいはい。ありがとうございますー。」
「すっごいテキトー。」
智美が少し呆れたような視線をぶつけてくる。
が、嫌悪感は感じない。
少し探りを入れてみるか…?
「いえいえ、智美さんはクラスのアイドルなんでねー。自分はもうドキドキしてますよー。今もクラスのやつらの嫉妬にビクビクしてるからさ。」
智美は少しきょとんとしたような顔をして
「何で?」
ん?少し軽い感じで返したのだが、距離感が違ったか?
「いやいや、人気あるからさ。」
これは事実だ。智美は目立つタイプではないが、地味に見えて可愛い子と人気があった。
それを知ったのは、2回目の人生だったが。
「へー、だったら、もう少し楽しそうにしてくれてもいいのになー。」
精神年齢的には1周りも下の女の子に見透かされたことを言われ、何とも情けない状況だ。
「ごめん、朝からちょっと頭痛でさ。」
半分本当だ。理由の大半はお前だとは言えないが。
最近の出来事、クラスメート、担任の話。他愛のない話をしつつ、俺の記憶との答え合わせをする。
そのほか、誰が誰を好き、誰に告白した、告白された、そんな話だ。
こういった話を楽しくできる。幸せなことだ。心の底から思う。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰ろっか。」
時計を見ると、6時半を回っていた。6月だからまだ明るいから2時間近く過ぎていたことに気付かないとは。
「また明日ねー。」
「ああ、バイバイ。」
途中まで、智美を送って、俺は家路に向かう。
智美は、今の中学2年の智美のようだった。話し方、内容、仕草、表情、それらには違和感を感じなかった。
やはり、最後に刺してきた智美から、今の智美へは記憶を受け継いでいないのだろうか。
あの燃えるような背中の痛み…。俺は忘れちゃいない。
今日の智美の様子を振り返りふと思う。
智美と剣太との関係が今までと違う。たったそれだけのことで、俺はこんなにも不安になっていたなんて。
いいだろう…。どこの誰のたくらみだか知らないが…、俺は…俺だ。
俺は家路へと向かう自転車のスピードを上げた。
ところで、全くの余談ではあるが…
俺はマック派ではなく、マクド派だ。