第二十五話「雨の中で」
「なぁ、進路どうするか決めた?」
久しぶりに下校時間があった壮馬と下校していると、そんな話になった。
「そうだな。ガイダンスの内容とか、自分で調べた感じだと、K大かな。今のところ工学部。」
「H大じゃないんだ?」
「ああ、H大が進路で一番多いらしいし、工学部の先生で興味のある分野の先生も居るんだけど、K大を今は考えてる。壮馬は?」
「俺はH大。外国語学部かな。」
「へー。そうなんだ。」
ああ、知っているとも。お前は、高校は違っても、大学とその先は何度もその進路を選んでいた。就職のこともずっと決めていたんだろうな。
俺はK大、H大、色んな大学の理工系の学部を受験し、時に進路を変えてきたが、お前はいつも変わらなかった。
「この前まで受験のために頑張ってたばかりなのにな。」
壮馬が言う。
「私立も付属がないところはそうらしいぞ。」
「高校で受験が終わったなんて、これっぽっちも思ってないけど、少しは息抜きさせてくれてもな?」
「十分させてくれてるんじゃないか?うちは校則なしってことで、携帯持ち込みも髪を染めてもOKだしな。」
「そうだな。だが、自由すぎるってのもあれだな。かえってやらなくなるな。」
「そうだな。授業中でもメールしてるやつらはチラホラいるみたいだが。」
「自己責任ってやつなんだろうなぁ。」
●
「じゃ、また明日。」
「おう。」
駅を出て、帰り道が分かれる交差点で行き先を違える。
リョータと話していると、たまに妙に大人と話しているような気分になる時がある。
これは、高校に入って、大学生や大学の先生、自分の親や学校の先生以外の大人と話す機会が増えてから、より顕著に思う。うまく言えないが、少し先のことを常に考えているような感じだ。アイツと話していると、自分の子どもな面を意識させられる。逆にアイツ以外の友人と話していると、コイツら子どもかと感じてしまう自分がいて、妙な気持ちになる。
一度、お前が目標だなんて、顔から火が出そうに恥ずかしいことを言ってしまったことがあるが、俺の本心だ。
俺の中学時代、そして高校時代、ひょっとしたら一生の宝となるかも知れない。切磋琢磨しあえる尊敬できる友人と出会えたことに喜びを感じていた。
親から、尊敬できる友人を持てるようになれというようなことを言われてきたが、その意味が分かった気がする。
俺がどれだけ努力しても追いつけない壁でありながら、俺たちを引き上げてくれるような存在。本人は意識しているのか無意識なのかは分からないが。
一方で妙に子どもっぽいところもある。
特に彼女を作らないとする姿勢は不思議に思う。
女子を嫌ってる風でもなく、苦手にしてる風でもなく。それなりに女子に気が利くようであり。一体、何がアイツを彼女を作らないと思い込ませているのだろうか。
中二病というやつなのだろうか。余りそういったことを思わせる風でもないのだが。
だが、それは俺も同じなのかも知れない。
小学校、中学校、そして高校まで同じになるとは。
奏…。
女子として意識したことがないかと言うと嘘になる。小学校の頃は恋心のようなものを抱いていたように思う。だが、幼馴染というやつは、こういうものなのだろうな。
仲の良い友人以上に彼女を見ることができなくなっていた。奏も俺を同じように感じている節がある。
そうしているうちに、俺は女子が好きになるという感覚がどうにも分からなくなってきた。
告白されて付き合うものの、まったく長く続かない。
【一緒に居るのに、いつも楽しくなさそう。】
これまで付きあった女子に言われ続けた言葉だ…。
俺自身は相手を好きになろうとしているつもりなのだが、どうにも態度でバレるらしい。お陰で遊び人扱いだ。
ん?小雨がチラついてきたか。少し走るか…。
ヤバいな本降りになるやつだ。俺は走るスピードを上げる。
雨宿りするか…、いや、この空の暗さだと時間がかかりそうだ。一気に帰ろう。
いつもは横断歩道を渡っている、やや交通量の多い道路に差し掛かったところで、予想通り本降りになってきた。
くぅ。びしょ濡れだ。服が体にへばりついて気持ち悪い。
中々の雨だ。前が全く見えない。これがゲリラ豪雨ってやつか。
今日ぐらいはいいだろう。ちょっとショートカットするか。あの車が行ったらここを渡るか。
俺は車道を横切ることにした。
そして、少しだけ車が途切れたところ見計らい…
よしっ!いまだ!
俺は車道を横切ろうと飛び出す。
ガッ
「なっ?」
なんだ?
何かに足を引っ掛けた?
一体、何に?
俺は道路に豪快に転び、肩を打ち付ける。
打ち付けた箇所の痛みにすぐに立ち上がることができず、俺の居た方を振り返ってみる。
凄まじい雨に視界は遮られ、ぼんやりとではあるが、レインコートらしきものが見えた。
あれは…、人…?こけたのではなく、足をかけられた?
俺の思考が混乱する中、それが俺の見たその日の最後の風景となった。
次の瞬間、けたたましい音のクラクションが聞こえ、俺の身体が宙に浮かぶのを感じ…、
俺の意識はそこで途絶えた…。




