第二十四話「邂逅」
今、俺が自死すれば、どうなるのだろうか。
また、あの日に戻ることができるのだろうか。
志穂のことがあって以来、そんなことを考える機会が増えた。
だが、俺は踏み切れずにいる。
何故、拓はあんなにも変わってしまったのだろうか。
何故、秋本は消えてしまったのだろうか。
何故、志穂があんなことにならないといけなかったのか。
何故、冬田があんなにも苦しそうな表情を浮かべる必要があったのか。
何故…、俺が死ぬと、あの日、あの時間に戻ることができるのか。
あの日に戻ることで、またやり直すことができるのかも知れない。
だが、今回がもし最後なら?もう戻れないとしたら?
何度も絶望の淵で自死を選択してきた俺ではあるが…、毎回、自死していたわけではない。
交通事故に遭ったこともある、そして…、刺されたことも…。
俺の死が、ループのきっかけになっていると俺は考えている。
だが、俺の考える仮説には、もう1つ要素がある。それは俺の絶望というやつだ。
俺の絶望と俺の死が重なった時、俺は自分の人生をループしているのではないだろうか。負のエネルギーとでも言えばいいのだろうか。
何かしらの超常的な力が働いているのだとは思う。俺が単に死ぬことでやり直せるというほど、この奇跡の在り方に慣れきってはいない。
死ぬことというのは…、そんな簡単に選択できるものではない。絶対にあの日に戻れるなんて保証などない。
だからこそ、絶望の中にあっても、前回は自死を選択せず、違う生き方を選ぼうとしたのだから…。
そう。ここまで考えると、俺が自死しない理由は明確だ。
俺は…、今回のループで、俺自身は絶望に襲われていない。
俺の仮説を満たす要素が欠けているのだ。これだけのことがあったにも関わらずだ。そう、俺は自分に絶望していない…。
「俺のためにはやり直せても、他人のためには無理か…」
駅に向かう途中、ふと俺は呟いた。
最近、こんなことばかり考えているせいか、独り言を呟く機会が増えたような気がする。
人前では気を付けないとな。変なやつだと思われてしまいそうだ。
●
「おう。お待たせ。」
「おう。」
俺は待ち合わせしていた壮馬に声を掛けると、一緒に改札へと向かう。
最初の数日こそ、奏たちと連れ立って登校していたが、段々と登校時間にズレが生じだし、結果、クラスは違うが、俺は壮馬と2人で朝登校するようになっていた。
「なあ、聞いたぞ?別れたらしいな?」
「まあ…な。」
「まったく、羨ましいな。」
「ん?お前は彼女を作らないだけだろう?」
「そんなわけないだろ。作らないんじゃなくて、できないんだよ。」
俺は、右手で軽く、壮馬の肩を小突く。
そう。俺に彼女は居ない。
高校生活が始まり、すっかり高校生活に馴染んでいた。
同じ中学の皆とはクラスが離れたことこともあり、新しい友人関係も築かれていた。
そして何より、人生初めての彼女となる、彼女と出会う場所でもある。
彼女とは3年でクラスが一緒になるが、2年までは全く接点がなかった。
しかし…
「おはよ。」
席に座ると同時に、隣の席に座る女子が声を掛けて来た。
何度もの人生で忘れることがなかった声で。
「おはよ。」
「今日も朝からテンション低いねー?」
「いや。普通だし。お前が朝から元気すぎるんだよ。」
「高校生って、3年しかないんだよ?毎日を楽しまないと損だからね。」
女子は笑顔で言いのける。
クラスの名簿を初めて見たとき、俺は思わず目を疑った。そして自己紹介する女子を見たときに、それは確信へと変わった。
そこには…、彼女が居た。俺の思い出の中、そのままの姿で。
俺にとって、本当の初めての彼女だった。だから、それなりに思うところはあった。智美への妄執とも言える感情があったからなのか、彼女と付き合ったのは、1度目の人生の時だけだ。それ以降の繰り返しでは付き合うことはなかった。
彼女を思うと辛くなることがある。それは今回も同じと思っていた。特に今回は幸せになることを目的にしていない。こんな人生に彼女を関わらせるわけにはいかない。
だが、入学して早々の遠足で同じ班となり、迂闊にも意気投合してしまい、今では仲の良い女子の1人となっている。
壮馬などは、完全に俺が好意を持っていると思っているらしく、いつも冷やかされる有様だ。
「これだけ、女子がアピってるのに、鈍感系男子とかラノベだけにしてくれないかな?」
「は?」
「ほんとお前ら夫婦は仲いいよな。」
「さすが。友哉君はよく分かってる!」
「いや。違うから。友哉も悪ノリは止めてくれ。芽衣に何をたかられるか分かったもんじゃないし。」
「たかったりしないよ?私。」
「ほう。部活帰りのミスド代がいつも俺持ちなのはなぜなんだ?
「そこはやっぱり、男子を立てないとと思ってるからね。」
「それをたかってるって言うんだよ。」
そう。いつからか毎朝のように絡んでくるようになった、彼女。…芽衣。
誰とでも友達になれるタイプの女子。例えるなら、口が悪くない唯といったところだろうか。
そして友哉。同じく遠足の班が同じだった男子だ。入学直後から席が近かったことで話すようになったのだが、思ったより気が合い、よく話す友人の1人だ。
そう。友哉とはこれまでも何度となく友人となった。今回も友人になれたことは嬉しく思っている。
「そりゃ、夫婦なんだから財布が1つなだけなんだろ?」
「だよねー。私、財布は別々じゃなくて、一緒派なんだー。」
実は芽衣は…、21歳で死ぬ。所謂ガンで。
出掛けた先で倒れた彼女が、運ばれた病院で精密検査をしたところ、腫瘍が発見され、治療を続けたが彼女は助からなかった。
2度目の人生では、そのことがどうしても頭をよぎり、彼女を避けてしまい、その後、彼女がやはりガンでなくなったことを友人経由で聞くこととなった。
ガンの生存率は早期発見で高まると知って、俺が受けるからと促して、彼女にもがん検査キットでの診断をしたことがあった。だが、異常なしと判定されてしまい、早期発見されることはなかった。
彼女を助けることができない。その事実に俺は目を逸らした。
そうして、彼女の笑顔を見ることが辛くなり、何度目かの人生からは完全に彼女を避けるようになってしまっていた。そう3年生で一緒になるまでは彼女と接点がないのだから、3年生の1年間、接点を持たなければいい。それだけのことだった。
だが、何の因果か彼女が同じクラスに居たのだ。
こうして彼女と楽しく過ごせば過ごすほど、あとが辛くなる。そのことから目を逸らした俺が、彼女と話す資格などないのに。
「まあ、でもしっかり捕まえとかないとな。」
「どうゆうこと?」
「ああ、リョータは前妻が居るから。」
「おい…。話を作るな。」
「ああ、奏さんと智美ちゃんのことかな。確かに強敵だねー。」
「あのな…。同じ中学の同級生なだけなんだが。」
どうして、女子はこういう話になると止まらないのか…。
俺は机に頭を伏せて寝たフリを決め込もうとする。
「浮気を責められた男って感じだな。」
「だよねー。」
「2人ともその辺にしとかないとリョータ君がキレるよー。最近の切れる10代は怖いんだから知らないよ。」
「いやいや。綾乃。それ一番酷いこと言ってるから。」
俺は顔を伏せたまま、綾乃に言い返す。
彼女もまた、俺の人生に関わった女子だ。最も、友哉の彼女として。彼女とは一緒のクラスにはなったことがなかったが。
俺は、このように友人たちとの邂逅の日々を、懐かしくもあり嬉しさを感じ過ごしていた。
●
「ごめんなさい。」
「どうしてもだめかな?もう少し考えてもらえないかな?」
「本当にごめんなさい。私、好きな人が居るんだ…。」
「そっか。それなら仕方ないか。こちらこそごめん。」
フラれた側の男子が、人気のない教室からそそくさと出ていく。
「で、誰が好きなの?」
「好きな人なんて居ないよ。」
「これで、2人目かな?奏ちゃんってモテるんだね。」
「彼氏が居るコバちゃんに言われてもね。」
出て行った男子と入れ替わりに入ってきた小林さんが奏に話しかける。
友人たちに支えられて、どうにか平静を装ってはいるけど、ここしばらくの出来事は私の心を抉ってきた。
彼、彼女たちが居なければ、私は挫けていたかも知れない。そう思うと友人たちには感謝しかない。
「いつか、奏ちゃんが好きになれる人が告ってきたらいいね。」
「うーん。私、結構理想が高いのかもね。」
「いいんじゃない?好きな人なんて妥協したくないし。」
そういえば、智美も告ってこられてフッたって言ってた気がする。壮馬は付き合ってたっけ。
高校生になって、心機一転、新しい出会いをって感じなのだろうか。智美や壮馬に今度聞いてみよう。
けど、私はやっぱり、まだまだ恋愛って気分じゃない。智美もひょっとしてそうなのかも知れない。
「帰り、ミスド寄ってかない?」
「うーん。いちゃついてるリョータを見るとムカつくから嫌かも。」
「アハハ。芽衣ちゃんだっけ。リョータ君と最近、仲いいみたいだね。」
「リョータのクセに生意気。」
「どこかで聞いたことあるセリフだね。」
けど、こんな気分の時は、リョータを揶揄うのもいいかも知れない。
「やっぱり、行ってみようか。」
「うん。」
私も早く立ち直らないと…。




