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第二十一話「暗転」

「リョータ。荷物来てるわよ?」


「荷物?」


「うん。宅急便。」


「…〇X教育出版研究社?何も頼んだ覚えはないけど…。あれじゃないかな、受験生相手に高校に入ってからの教材買いませんか?とか学習教材の案内とかじゃ。」


「ああ。言われてみれば、そうかもねぇ。」


「また、後で見とくよ。」



まだ、夜の8時を回ったくらいの時間。俺は県の公立高の入試の日を明日に控えていた。


もうやれることは全てやってきた。国語や社会については、ほぼ満点に近い点数が取れる自信がある。


数学についてだけは、何を問われるかは分かっているが、その数値まで覚えているわけではないので、答え丸暗記での満点は無理だろう。


入試問題については、これまで繰り返した時間の中で、大きく違ったということはなかった。全く同じ問題だったかと言われると、やはり数値が違っていた等の、細部まで同一であるかまでの自信はない。


概ね同じだったというのがこれまでの経験上分かっている。それに例え問題が違ったところで、満点は無理でも合格ラインには乗れるだろう。それくらいは積み重ねてきた自負がある。


「ああ、荷物くらい開けてもいいかと思ったが…、急ぎでもないし、明日帰ってきて明けるか…。」


明日の準備は万端と考え、俺は眠りにつく。









「おはよ。」


「おはよー。」


同じI高を受けるメンバーで、待ち合わせをしている駅に着くと、案の定、智美が付いていた。


少し遅れて、奏と、奏と同じクラスの小林さんだ。俺はほぼ面識がないが、奏が一緒に行こうと誘ったらしい。


そして…、壮馬が来た。私学受験の時の手ごたえから、K高から志望を1つ上げたらしい。


あとは、志穂を待つだけだ。


「自信は?」


「完璧。」


「マジか…。俺も言ってみたいわ。そんな言葉。」


「あとは自分自身を信じるだけさ。そうだろ?」


「くっさ。これだから学年トップの奴は…。」


「何言ってる、大して変わらないクセに。」


「その数点の差が、大きいんだよ。ああ、緊張してきた…。」


壮馬の緊張しているところなんて、初めて見たかもしれない。ある意味貴重か…。


「志穂、遅いね。」


「うん…。」


「志穂の家って、電話番号分かる?」


「私、登録してあるよ。志穂と家と両方にちょっと掛けてみるね。」


智美がカバンから携帯電話を取り出し、電話を掛ける。


しかし…、


「出ないや…。」


「どうしたんだろう…。」


「親は多分、もう仕事で家を出てそうだし…、志穂の携帯に繋がらないと…。」


「どうする?」


「あと、少しだけ待って、来ないなら、先に行くか…。メール打てる?」


「うん。メールも入れとくよ。」


「どうしたんだろうな?親が急に車で送ってくれるようになったからとか?」


「でも、それなら連絡くらいしてくれてよさそうだけど…。」


「だよなぁ。」


「俺、先生に連絡しとくわ。」


「ああ、悪い。任せた。俺、ちょっとホームの方とか見てくるよ。」




だが、5分経っても志穂は現れなかったため、俺たちはやむを得ず電車に乗った。


I高に着くと、志穂の受験教室に行ったが、志穂はまだ到着していないようだった。


どうしたのだろうか…。


だが、余裕を持って出たはずの俺たちも、時間がギリギリとなってしまい、志穂の到着を確認することなく、着席せざるを得なかった。


1時限目の国語、2時限目の数学、3時限目の英語を難なくこなし、俺は志穂の教室を覗く。


「志穂…、来てないみたい。」


「何だって?」


振り向くと、呆然とした顔の智美が居た。


一体なんで?風邪でも引いたのだろうか?


…携帯で連絡しようにも、学校に入った際に預けており、終了時間まで返してもらうことができない。


事情が事情だけに話は聞いてもらえるかも知れないが…。


「私、先生に掛け合ってくるよ。学校へ緊急連絡したいって言えば聞いてくれると思う。」


少し遅れてやってきた奏が俺たちにそう告げる。


そうだな、さすがに返してくれるだろう。


俺と智美が頷くと、奏も頷き返し、廊下を早足で掛けて行った。


しかし…、志穂も心配だが、智美は大丈夫だろうか。これで午後の試験に集中できるのだろうか。


そこに壮馬と小林さんがやって来た。


「来てないのか?」


「ああ、欠席みたいだ…。今、奏が学校に電話しに行ってくれてる。」


「そうか…。」


「…。」


小林さんについても、志穂と交友関係があるかすら知らない。だが、無関係で居ようとしてもしづらいだろう。ここは俺たちから言い出すべきか。


俺が考えをまとめつつあると


「とりあえずさ、食堂いって、昼食にしよう。そしてその後、午後に向けて準備。志穂のことは心配だけど、俺たち自身も他人の心配だけをしていられるほど余裕はないだろ?」


「…。うん。」


「そうだね。」


なかなか、言い出せなかった俺に先んじて、壮馬が提案する。


すまん。嫌な役目をやってもらって。俺も遅れて頷いて同意を返す。


「分かった、先に行っててくれ。電話に行った奏を待ってから行くよ。もし、食べ終わったのなら、先に教室に戻ってて。」


「ああ。すまん。」


俺の方こそだ。


「智美。」


「うん?」


「気が気でないだろうけど…。昼からも頑張ろうな。」


「うん!」




俺は食堂に向かう3人の背中を見ながら、教室前の廊下で1人佇む。


朝、学校に電話したら、電話に出た教頭先生は、とりあえず先に行っておくように指示をしてきた。


今日の試験を休むのなら、学校に電話が入っていて、そのことを教えてくれそうなものだが、学校にも連絡していなかったのだろうか?


俺の教室でも空いてる席はあったし、体調不調、それとも諦めて私学に行くことにした、欠席自体は珍しいことではない。


智美や奏も知らなかったということは急に行けなくなったということだろうか。急に…。


俺の脳裏に、ふと秋本の顔が思い浮かぶ。



俺は首を振り、思い浮かびそうになったことを否定する。


そんなこと…、あるわけがないだろう…。


俺は俺自身に言い聞かせるかのように思い、教室の中を見る。既に昼食を終えた受験生たちが、午後の試験の勉強をしている。机に突っ伏して寝ているものもいる。


今のところ、俺の試験は問題ない。確かな手ごたえを感じていた。午後もきっと問題ないだろう。


だが、智美たちはどうだろうか。


数学が終わってくれているので、動揺が響くとしたら、計算がある理科か…。


「お待たせ。電話してきたよ。」


奏が戻ってきたようだ。


「どうだった?」


「うん。それが…、学校に今日の試験は休むって、親から電話が入ったみたい。」


「そうなのか…。そういえば、メールに返事は?」


「あっ、そこまで気が付かなかった。ごめん…。」


「ああ、俺の方こそごめん。確認しにいってくれたのに。ありがとう。」


「皆は?」


「ああ、先に昼食に行ってもらってる。午後の科目もあるし。」


「うん。そうだね。どうする?時間減っちゃったけど、お昼食べる?諦めて勉強する?」


「そうだな…。奏は食べれそう?」


「うん。少しくらいなら。」


「じゃあ、少しだけ食べて、教室に行くとしよう。」


「うん。」


焦った様子は落ち着いたものの、奏の表情は少し暗い。


俺たちは遅れて食堂に向かった。元々、教室で食べている受験生が多かったこともあり、食堂はすでに閑散としていた。


見渡すが、智美たちは居なさそうだ。既に教室に向かったのだろう。


奏の方もそう判断したようだ。


「一番近くのそこの席でいいかな。」


「ああ、そうしよう。」


俺は頷くと同時に席に向かう。


「先生は何か言ってた??」


「ううん。お前たちは頑張れよって。」


「そっか。」


「理由は分からないけども…。」


自分の弁当のおかずをつつくものの、口に運ぶ様子はなく、


「一緒に高校行けないのかなって思うと…。」


そこまで言って、奏は話すのを止めた。


そうだよな、と俺も思う。


学校でも塾でも同じ志望校を目指してた友人、確かに受験生同士、ライバルなのかも知れないけども、皆で一緒に合格したかったと思う。


志穂には志穂の事情があるんだろうけど…。


結局、2人とも無言のまま、時間だけが過ぎ、弁当もほとんど残したまま、教室に戻ることとなった。


「リョータ。」


「うん?」


奏が右手をグーにして俺に向けてきた。


「ん。」


俺も右手をグーにして奏の手に合わせる。


「頑張ろ。」


「ああ。」


いつもよりも格段に言葉少なく、2人は別れた。







「どうだった?」


「あそこ、分かんなかったー。」


「え、あの問題、1番なの?」


5限目の社会が終わり、試験を終えた生徒が、口々に自分の解答結果を話しながら帰っていく。


「どうだった?」


人の流れのまま、待ち合わせの校門に向かっていると、俺を見つけた智美が寄ってきた。


「ああ。ぼちぼちかな。そっちは?」


「うーーん。思ったよりはできたとは思うんだけど…。」


「それなら一緒だよ。」


「そっか。」


智美は少し安心したような顔となり、俺の隣を歩く。


「あのさ、社会の最後の問題、あれ何書いた?めっちゃわけわかんないこと書いたかもなんだけど。」


「最後ってあれか。三語使って説明しろってやつか。」


「そうそうあれ。」


「他県に住み、A県に通勤通学する人よりも、A県の住民で他県に通勤通学する人の方が多い。だったかな。」


「えー。やばっ。全然違うこと書いたかも…。問題の意味が分かるまでにちょっと時間がかかって…。」


「でも、最後の問題までは埋めれたんでしょ?」


「うん…。」


「きっと大丈夫だって。」


「他にもさ…。」


校門までの間、俺たちも周りの受験生と同じように、試験問題を振り返っていた。


そうして、校門に向かうと、既に皆が待っていた。


俺たちと同じように試験問題の話をしているようだった。


「お待たせ。」


「おお。どうだった2人とも。」


「ばっちり!」


「おお。いうねー。」


「私は…、ちょっと自信ないんだけど…。」


「まあ、皆そんなもんだって。」


集合した俺たちは、そのまま駅に向かって歩き出す。


「志穂からメールの返事あった?」


「ううん。」


「ほんと、どうしたんだろ」



駅に向かう、多くの受験生。悲喜こもごもの表情だ。


もしかすると、もう駄目だったと分かっているものも居るのかも知れない。そう思うと、辛い表情の学生の顔が一段と気の毒に見える。


まだ、俺の合格が確定したわけでもないのに、俺は半ば合格を確信していたからから、少し心に余裕があった。




帰宅後、俺は昨日届いた郵便物を開封する。


すると、


「何だこれは?」


箱には、これは…


稲だろうか…?少し折れ曲がった、数本の稲が束ねられて入っていた。


社会の勉強の教材とでもいうつもりか?


他には何も入っておらず、何の間違いかと思い、差出人の〇X教育出版研究社に電話を掛ける。


「お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって…」


「あれ?間違えたかな。」


しかし、2度掛けなおしても、やはり音声アナウンスが流れるのみだった。


「なんだって、こんなものが…?」


俺は漠然とした気持ち悪さに襲われつつも、とりあえず捨てず、箱に稲を戻して、机の中にしまった。









結局、卒業式にも志穂は現れることはなかった。藤原先生からも欠席するとだけ話があり、特にそれ以上の話はなかった。


冬田に聞いてみたが、冬田も入試の前日からメールの返事がないらしく、入試の翌日に家に行ったが留守で、連絡は取れていないらしい。


風邪が長引いているのだろうか?


俺たちは、卒業式こそ出れなかったが、せめてもと思い、皆で連れ立って志穂の家に向かった。




「あれ?」


「留守なのかな?」


冬田がインターホンを鳴らすも返事はない。


もう一度鳴らす。


しかし、家の中からインターホンの音が聞こえるだけで、反応はない。




結局、俺たちは志穂に会うのを諦めて帰り、クラスの打ち上げに向かった。






翌週の月曜日。速達で届いた合格通知を手に学校に向かうと、下足室に差し掛かったあたりのことだった。


「お前、もう一度言って見ろよ!?」


「な、なんだよ。お前…。」


何だ?怒声とともに、何かぶつかるような音が聞こえる。


下足室に着くと、冬田が他の男子生徒の首を掴み、下足箱に押さえつけるようにして迫っていた。


「なあ、もう一度言って見ろよ?」


冬田が男子生徒を殴る。


なんだ?一体?


「やめろって、どうしたってんだよ。なにやってんだよ、こんな日に。」


さらに男子生徒を殴りつける冬田に、俺は慌てて後ろから抑えて止める。


「放してくれ。放せよっ!こいつ!」


さらに男子生徒へ蹴りが入ったところで、ようやく冬田を止めた。


「待てって。」


俺が冬田を止めている間に、その男子生徒は逃げるように、友人たちと思しき生徒たちと連れ立って走って去っていた。


「どうしたんだよ。何があったって言うんだよ?」


あらためて冬田に問うが…、冬田は答えない。


「…すまん。もう暴れないから、放してもらってもいいか?」


「ああ。」


「すまん。ちょっと、俺先に行ってるわ…。」


「ああ。」


何が何だかよく分からないが…。




ふと見ると、下駄箱の陰に、隠れるかのように恵と唯が居た。俺は2人に近寄り


「2人とも居たんだ。冬田って、どうしたの?」


「うん…。」


「ちょっと…。」


なんだ?2人とも歯切れが悪い。


しかも、2人とも泣いていたような、目が赤く充血している…。


一体…?


「リョータ。リョータはきょうだいは居ないよね。」


「うん?急に何?うん、居ないよ。」


「あのさ…。下の学年で噂になってる話があるんだ。私は昨日聞いた。」


「私も、その話を聞いてて…。その噂をさっきの男子がしてて、それを聞いた冬田がキレて…。」


「噂って…。」


「それが…。」


「?」


なんだ?2人ともが言いにくい噂なのだろうか。




人気のない体育館裏へ移動することを促された俺は、2人に付いていく。


そこで聞かされた話に、俺は絶句する。






先々週の土曜日、市内に住む10代の女性が乱暴された。




容疑者は捕まっておらず…、その被害者の家族は、逃げるように引っ越していった。





その被害者の女性こそは…




志穂だと…。

誤字報告ありがとうございます。

高校入試失敗は高校浪人だと思ってましたが、高校浪人だと、大学入試落ち、高校入試落ちどちらになるのか紛らわしいから、中学浪人の方がわかり良いんですね。勉強になりました。

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[一言]  折られた4本の穂で手折られた志穂?
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