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第二十話「静かな星の下で」

落ちてきそうな星空の田舎町。


夜、俺たちは空一面の星々を見ていた。


静寂の中、響く生徒たちの歓喜と感動の声。


俺も星を見に行ったことはあったが、これまで見たことがないような、光景だった。


俺たちは中学校生活最後のビッグイベントとなる、修学旅行に来ていた。








フェリーが長崎港を出港してから、1時間を経過した頃、目的地の島が見えてきた。


「あっ、あの島じゃない?」


「へー。こんな近くにこんな大きな島があるなんて。」


「ちょっとテンション上がってきたわ。」


あちらこちらで、生徒たちが感想を口に出す。


そんな中…。


「もう着くらしいからさ。2人とも。もう少しだから。」


「う…ん。」


「…。」


俺の目の前ではぐったりしている智美と志穂の背中を唯がずっと擦っていた。


船の中では自由行動だったのだが、奏と唯に誘われて、皆でトランプに興じていたところ、志穂と智美が船酔いでダウンした。


奏も風に当たってくると言い残し、壮馬たちとデッキに上がっていった。


俺は、目の前で看護している唯を見捨てることも出来ず、席に座っていた。


「リョータ、飴とか持ってない?」


「あ、あるかも。」


「ごめん、2つ持ってきてもらえない?」


「了解。ちょっと待ってて。」








「ああ、唯は天使だよ~。」


「ほんとだよー。」


フェリーから降りて、少し経つと、ぐったりしていた智美と志穂が復活して唯に抱きついていた。


「2人とも船弱かったんだ。」


「うーん。弱いってか、初めて乗ったから、初めて知ったよ。」


「私もー。」


他のクラスの生徒たちにも同じような光景が見られ、船酔い組はそこそこ居たようだ。


この後、班ごとに分かれて、塩作りとスルメイカ作り、カヌー体験をする予定だ。


俺は、奏、唯、智美、壮馬、それに剣太の班だった。


智美と付き合ってた時は同じ班になれず、智美と離れたいと思うと一緒の班になるなんて、人生とは本当に上手くいかないものだ。




「へえ?リョータ、意外に器用だね。」


「ふふん。モテる男子は包丁も使えるのさ。」


「それはモテるようになってからいうセリフね。」


俺は数年間、自炊生活をしてたので、当然ながら、普段包丁を使うことのない中学生には調理において負けることはない。


つい調子に乗ってしまう。


「うまく、剥げないよー。ここ教えて欲しいな。」


「ああ、それは…。」


俺の隣で、上手くできない智美がヘルプを求めてきた。


「ありがとう!」


「いや、ほとんどできてたじゃん。」


彼女の笑顔に、俺は少し無愛想気味に返事する。


「じゃ、2杯目も手伝ってほしいな?」


「…最後の3杯目は?」


「そ、それは自分で頑張るよ?」


智美の目が少し泳ぐ。


懐かしいな…、何度かこんな会話をした、記憶の中の智美の顔だ…。


「ちょっと。イチャイチャしてないで、私にも教えてよー。」


向かいに居る、唯が憮然とした表情で俺に視線を向ける。


「お前な…、すでに2杯教えたと思うけど?」


「私も…、最後まで手伝って欲しいな。」


突然、上目遣いとなり甘えた口調を出してきた。


な、…不覚にも少し、ぐっと来てしまった。


「どう?私もこんなキャラできるんだよ?」


「あ、唯って、私をディスってる?」


「あはは。違うよー。リョータがチョロいって話。」


「おい…。」


「リョータ、私も苦手なんだ。手伝って欲しいな?」


「いや、壮馬、お前まで何をやりだすんだ…。」


「前言撤回。リョータはモテるね。」


「あのな。」


他の生徒たちもワイワイ言いながらの中、俺たちの班も負けじと賑やかになっていた。




そして、塩作り、スルメイカ作りが終わり、カヌー体験の時間となった。


「なあ、リョータ。競争しないか?」


「ああ。いいな。負けた方は?」


「そうだな、夜、好きな女子の名前を言うとかでどうだ?」


「それ、俺が不利じゃね?そっちって、負けたところで、冬田の好きな女子なんて聞くまでもないし。」


「なんてことを言うんだ。俺は心に秘めた女子が居るっていうのに。」


「そうか、志穂以外に心に秘めた女子が居ると。おーい、志穂ー。」


「わーわー。ワーワー。」


「いいじゃんか。このまま浮いて進んでるだけよりも、競争とか楽しそうだ。」


壮馬の提案に、俺とペアの勇人が乗った。


「じゃあ、やるか。」


結果、4人はずぶ濡れとなり、担任の藤原先生の説教が待っているのであった。





その後、風呂に入り、あとは夕食となったその時、


「なあ、女風呂って覗けるのかな。」


「やめとけ。万が一バレたら…、二度と学校に来れないぞ?」


「えー、そこは男のロマンだろー。なあ?」


「ああ、同士よ!」


「…。あーあ、あいつらいっちゃったけどいいの?」


「ほっといていいだろ。修学旅行で先生が最も力を入れる仕事って、女風呂覗きの防止と男女の夜間の部屋移動、その2つしかないだろうに。」


「だよなぁ。」


「先生に怒られるのもいい薬だ。」


「それもそうか…。」


15分後、先生の部屋の前で正座させられている剣太と冬田を横目に、俺たちは夕食の会場へと向かった…。


夕食後は…、星の観察ツアーだったかな。









少し姿勢を直そうと手をずらすと、左手が隣の手と当たった。


あっ、と思い、手の位置を直す。


すると…、俺の左手にそっと手が重ねられた。


俺は、そっと隣を見ると、智美は星を見上げたままだ。


偶然か、意図したものなのか、仄暗く表情は見えないため分からない。


だが、俺は重ねられた手を跳ね除けることはできなかった。


そして…、


俺は左手をずらし…、手を繋ぐような形で、手を合わせた。


智美も手を引かない…。


俺も智美も、声を発することなく満点の星を、ただ眺め続けていた。


星々も何も語らない。静かな星空の下。


俺は智美への複雑な思いをそっとしまい、今は、この時間が少しでも続けばと思ってしまった…。




3日間の修学旅行。楽しく過ごせたのだが、俺の中のモヤモヤは解消することはなかった。


覆水盆に返らず、俺はそのことを痛感していたのに。だが…、




すべてが終わってから俺は振り返ることになる。思えば…、覆水を


少しでも、盆に返すことができた機会が、あったのではないか、と。

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