第十七話「皆でバーベキュー」
「今日は楽しく行こう、みんなー!」
GW3日目、俺たちは2年の時、遊園地に行ったメンバーで集まっていた。
女子は、奏と唯と恵、前田さんと智美。男子は勇人と冬田、俺、剣太。
そして…、秋山は来ず、壮馬が居る。
この頃になると、秋山の話題は余り出なくなっていた。警察の公開捜査というショッキングなことが発表されたが、特にマスコミに取り上げられるわけでもなく、俺たちにも有力な目撃情報があるわけでもなく、学校に来ていない不登校生徒の1人、そんな感じになっていた。
クラスが変わってもこうやって集まれる。2年のクラスは良いクラスだったとつくづく思う。
奏は辛い出来事があったにも関わらず、今日も参加している。忙しくしている方が、悲しいことや辛いこと、そういったことを忘れていることができる。俺の実体験であり、奏もきっとそうかも知れないと俺は思った。
俺にとっては、…剣太が居ることが気に入らないが…。
ふと、剣太の方に目をやると、冬田と一緒に唯と話しているようだ。
いけない…。顔に出てしまいそうだ。俺は一つ深呼吸を入れた…。
「さー、出発しよー。」
遊園地の時と同じように、奏と唯が先導する。今日は、みんなでバーベキューだ。
GWぐらい息抜きしたいと唯が言い出し、計画とか全部立ててしまっていた。
中学生でバーベキューを計画って、この子は本当にアグレッシブだ。
「あっ、それ、私が育ててた肉なのに。」
「ごめん。俺も育ててるつもりだった…。」
「仕方ないなー。じゃあ、ちょっと焼き係して。」
「はいはい。」
恵の肉を取ったと言われた俺は、体よく肉奉行を言い渡された。
まあ、肉奉行をするのは別に嫌いじゃない。むしろ、俺自身の年齢自体は皆より一回り上なのだから、年長者として少しやる気が出る。
「はい、お肉焼けたよ。」
「リョータって、意外と手際いいんだね…。」
「意外ってのは引っかかるけど、家族でよく来たりするからね。」
「そうなんだー。私、バーベキュー来たの初めてだよ。いいなー。羨ましい。」
「私もー。」
俺と一緒に野菜を焼いている智美と前田さんが言う。
「冬田ー。私、喉乾いたー。」
「私も。」
「はいっ!」
「ありがとー。」
隣のテーブルでは、GWのファミレス以来、めっきり唯と奏にマウントを取られた冬田が召使と化していて、隣の壮馬は苦笑いしていた。
本人の様子では、嫌そうな素振りもないし、唯も本気でこき使う気はないんだろう。周りから見るとじゃれあっているようにしか見えず、唯と冬田がいい感じなのかも?と見られつつあった。
そして、俺に肉奉行を渡した恵は、勇人と楽しそうに話している。
まだ付き合ってはいないようだが、遊園地の件以来、確実に仲は深まっているようだ。
剣太の方をチラッと見ると、冬田、壮馬と並んで、大人しく肉を食べているようだった。
2テーブルに分かれたものの、皆楽しくやれてそうだ。
そういえば…、中学時代に皆でバーベキューは初めて来たかも知れないな。
「リョータ、飲んでるかー?んー?私のも飲めよー。」
「お前は酔っ払いか…」
酔っぱらったかのようなテンションで、唯が肩を組んできて、俺にジュースを進める。
「へー。そんな口きくんだー。」
「お、俺はそんな脅しには屈しないぞ。」
「ふふーん。いいのかな。私のことを野獣のような目で見てたくせに。」
「何々?何の話?」
「すまん。俺が悪かった。美味しくいただいています。」
「うん。素直なのはいいことだよー。」
変な方向に行きそうだったのを修正したため、話が良く分かっていない智美はキョトンとしていた。
「内緒話?感じ悪いなー。」
「ちょっとねー。」
「あのな…。」
クラスメートの前で、胸の話してたとか罰ゲームすぎる。さすがに開き直るのもちょっとな。
あまりはぐらかすと、智美はかえって興味をもちそうな気もするが…。
「はい。焼く係ありがとう。リョータも食べて。」
不意に山盛りの皿を志穂から渡される。
「ああ、ありがとう。」
●
「いやあ、食った食ったー。」
「お腹いっぱーい。」
食べ終えたものが、めいめいに声に出す。
結構な量を食べた気がする。
「じゃ、次行くよー。」
「何!?」
次は向こうのコートでテニスらしい。ラケットなんて用意していないと思ったら、ラケット無料レンタル込みだそうだ。ほんと手際いいな。
そうして俺たちはテニスに向かったのだが…。
当初、皆でラリーをしてみたものの…、これが続かない。
単純に未経験者が多く、コート内に返すので精一杯な状況だったのことと、満腹で動きが鈍かった。
結果、テニスっぽい動きができたのはテニス部の唯と、完璧超人の奏に壮馬。そして意外にリョータだった。
リョータは今の身体ではテニスの経験はないが、これまでのやり直しの中での経験があるため、
何とかついていけるというレベルであったが。
4人が、そこそこテニスができると分かった後は、ダブルスで二戦ほど試合をした。
奏と壮馬ペアを相手に、唯と組むとそこそこ形となり、リョータも善戦し、さすがにテニス部。完璧超人を相手に僅差で勝利した。
「それにしても、奏と壮馬って、本当に何やらせてもすごいな。」
「いや、リョータこそすごいよ。やったことないんだろ?それなのにあそこまで動けるなんて。」
「だねー。ちょっと見直したよー。」
「うんうん。」
試合後の余韻に浸っていると、壮馬と奏が寄ってくる。本気で驚いたらしい。
少しは、日々のトレーニングが役に立ったのかな…?
俺たちの試合が終わると入れ替わりに、剣太たちがコートに入っていった。
「なあ、受験が終わっても、高校生になっても、こんな風に遊べたらいいな。」
「ああ。ってか、どうした急に。」
「いや、皆結構、高校はバラバラになるかもなって思うとつい。」
「壮馬って、ちょっとおっさんクサいとこもあるんだね。意外ー。そういうのリョータぐらいって思ってたよ。」
「えぇ…。俺はおっさん呼ばわりかよ…。」
急にセンチメンタルになったような壮馬に唯が突っ込む。この場合、突っ込まれたのは俺なのだろうか。
「奏と志穂とリョータはきっとI高だろう?俺はI高は無理だから、一つ下のK高を受けるだろう。唯はS高って、ずっと言ってたからS高なんだろ?」
「うん。そうだね。私はS高受けるよ。」
「奏とリョータはI高なんだ?さっすが。」
「うちは、私立なんて無理なだけよ。」
少し寂しそうに奏が微笑む。
「冬田もK高だろうし、勇人と剣太はどこなんだろうな?」
「勇人は大学エスカレーターがいいって、D高を受けるって言ってた気がする。」
「そうか…。他の女子は?」
「恵と智美は、K高を目指してるって言ってたかな。前田さんは、親の都合で東京の方を受けるって言ってたよ。」
「そうか、やっぱり寂しくなりそうだな…。」
「まあ、高校受験よりも先に、大事なイベントもあるから、皆忘れちゃダメだよ?」
少し暗くなりそうだった空気を変えようとするかのように、唯が割って入る。
「大事なイベント?夏休みか?」
「ぶっぶー。だから、リョータはモテないんだよ。」
「お前の中で、俺はいつになったらモテる日が来るんだ…。」
「永遠に来ないかも?」
「酷くね?」
「あは。来月23日って何の日か知ってる?」
「来月っていうと…、中間テストか体育祭か?」
「リョータ、マイナス100点。」
「えー、6月になんかイベントなんかあったか?」
「…そうか。唯と…、奏の誕生日があったな。」
「さっすが、壮馬。イケてる男子は違うね。」
「本当に。リョータも少しは見習った方がいい。」
「どうせ、俺は女子の誕生日なんて覚えていませんよ。」
悪態は突きつつも俺は決して忘れていない日があった。
6月24日、智美の誕生日だ。そして…、それを挟むように唯と奏の誕生日がある。初めて知った時は驚いたものだ。
「正解は、6月23日は私、24日が智美、25日が奏の誕生日でしたー。ぱちぱちぱち~。」
「そうか、智美も近かったのか、それは知らなかった。」
「壮馬も知らないことがあっておかしくないって。」
「お前、俺と壮馬の扱い、違いすぎるの酷くね?」
「一つも正解できなかった男なんて、そんな扱いで十分だと思うよ?もっと女心を勉強してよ?」
休憩中の4人は、剣太たちのテニスを眺めつつ、そんな会話に興じていた。
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本当に充実した1日だった。同じことを大人になってからでは味わえない充実感みたいなものがある。
ジャネーの法則だったか。20歳までの体感時間と、20歳以降の体感時間が同じくらいだと言う。
俺はそれを20回以上体感しているからこそ、事実だと感じる。
学生時代をやり直す。こんなに楽しいものだとは、大人になっては思いもよらなかった。
「帰りは少し近道しようぜ。」
冬田がこんなことを言いだし、少し丘高い位置に建つ社宅群の中を通っていく道を進んでいた。
10年以上経ってから、大手マンションデベロッパーが、土地を買い取ってこの辺りの再開発が行われる。
しかし、今はグラウンドや公園、それに集会所などもある広大な土地に、数棟の団地風の社宅が建つという、後世から見るととてつもなく贅沢な土地の使い方をしていた。
だからといっていいのか、結構、山のままで放置されている場所も多くあり、夜になると野犬が出る、痴漢が出るといったことで、学校からの注意喚起もなされていた。
車だと、社宅専用のゲートを通らないと、社宅内の道路に入ることができず、抜け道としては役に立たなかったが、自転車用には、社宅用の道路へ繋がる道が多く整備されており、丁度いい抜け道になっていたことから、夜にここを通って、何らかのアクシデントに遭うということもあったようだ。
これだけの人数が居れば、野犬も痴漢も寄ってこないだろう。それにまだ夕方とはいえ日は高い。そんな心配は不要と言えた。
先頭を行く、冬田と剣太に皆ついていっていたところ、少し悪ノリが入ったのか、整備された道路を横切る形で、雑草の生えた砂利道を進む。
男子は楽しんでいたが、女子には不評だったようで、もう少しいい道を走ってほしいという、ぼやき声が聞こえてきていた。
そうしてしばらく進んでいると、二番手くらいに位置していた壮馬が、急に止まった。
壮馬に追いついた俺たちが声を掛けようとすると、壮馬が先に言葉を紡ぐ。
「なあ、なんだと思う?あれ…。」
壮馬が少し長く伸びた雑草に隠れるかのようだった、少し暗い山の中に見える空間を指さした。