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第十五話「奏の父の死」

【奏の父親が亡くなった】



朝のショートHRでの担任の話に、俺は何も声を発することができなかった。


通夜も葬儀も家族だけで行われるため、香典も参列も生徒は参加することはないらしい。


昨日、奏に会った後に、そんなことが起こるなんて思ってもみなかった。




「今日は、学校休んでるみたい。」


「やっぱりそうか…。」


休み時間、唯の席に近寄って話すとそんな答えが返ってきた。


唯も、親と今朝のニュースを見たときに、ひょっとしてと思ったレベルだったらしく、詳しいことは分かっていないらしい。


俺としては、昨日の話の答え合わせをしたかったのだが、そんな場合ではなくなった。


「ちょっとびっくりしたよね。」


そう。かなり衝撃的な事件だ。


父親が交通事故で亡くなる。


しかも、飲酒運転で、自損事故のようだ。


奏でなかったら、転校を余儀なくされるレベルの事件だ。


奏であっても、転校せずに学校に来ることができるのだろうか。


それほど、飲酒運転というものに対する社会の風当たりは強い。


奏には何の罪もない。そんなことは俺たちは分かっている。


でも、俺たち以外の生徒は?世間の人たちは?


『飲酒運転をするような人間は悪い奴だ。』


『そんな悪い奴の子どもも当然、悪い奴だ。』


世の中には一定数、このような思考をする輩が居る。不幸中の幸いといっていいのか、この事故による被害者は居ない。


事故に巻き込まれて亡くなった人も居なければ、家や車が破壊された被害者は居ない。


高速道路での事故らしいので、事故車両を撤去するまでの間、高速道路を使えない人が被害者と言ったところだろうか。


学校の掲示板、所謂、学校裏サイトにあることないこと書き込む奴も居るだろう。


嘘告どころではないダメージを奏は負うかも知れない。


「すぐには無理だけど、ちょっと時間が経ってから、奏から連絡あると思うし、ちょっと待ってみるよ。」


「うん。」





父親の忌引きだと…、恐らく1週間ぐらいか。俺は普段見ることのない生徒手帳を開いて確認する。


そういえば、奏の父親は何をしてる人だったのだろうか。今更だがクラスメートの両親のことなんて、普通は知らない。


智美の父親は、銀行員で、母親は看護師だった。この辺りは、結婚を意識しだして、智美の両親にも会うようになってから知ったことだ。


あとは、冬田の母親が学校の先生をしているというのを聞いたことがあるくらいか。


家が店舗型の商売をやっていない限り、親の仕事というのに接することは余りない。そんなものだろう。


その日は、奏の父親の話があちらこちらで飛び交っていた。


やはり、飲酒運転というところに引っかかる生徒の心ない言動も耳にしたが、ここでそれを否定してもかえって、炎上するだけだろう。


それにそういった声は、少なく死因というよりも、ニュースに出ていたということが生徒たちの関心の大部分を占めているようだった。




そして、3日後の夜だった。


「電話代わりました。」


「ごめんね。遅くに。」


奏から電話があった。


電話の内容は、ニュースになってしまって、迷惑を掛けてないか、主だった友人たちにはこうやって連絡していること、来週には学校に行こうと思っているので、心配は要らないということなどだった。


慌ただしい中、掛けてきてくれた電話だ。声も元気がなさそうだ。


俺は学校で待っているというようなことだけを伝えつつ、電話を終えた。


俺は、親のパソコンを借りて、掲示板サイトを見てみたが、飲酒運転をしていた本人を攻撃するような書き込みが見受けられたが、その家族を攻めるような書き込みは見つからなかった。


事故の内容によるものだろう。とはいえ、飲酒運転をしていた人間に対しては容赦のない書き込みもあり、もし奏がこれを見たらと思うと、憤りを感じる。


ニュースでも、飲酒運転による死亡事故ということで、1日、2日は取り上げていたが、やはり被害者が居ないからから、報道は尻すぼみになり、今日の時点ではどこも取り扱っていないようだった。


飲酒運転を悪だというのなら、被害者の有無に関わらず、飲酒運転をなくすための報道というのがあるだろうになと思うが、この事件については報道されない方が、俺たちにとっては都合がいいと思っていた。







翌週の水曜日、奏は登校してきた。


さすがに面と向かって、何かものを申せるようなものもなく、また父親が亡くなったということに対する配慮からか、少し腫れ物に触るような扱いだったそうだ。


そうだというのは、さらにその翌週の月曜日、昼休みに俺たちのクラスにやってきた奏から聞かされた。


まだ、顔は少し暗かったが、学校を転校しなければならないような嫌がらせも受けることなく、新しいクラスでもそれなりに溶け込んでいるようだった。




そして…、すっかり忘れていた、奏への答え合わせがやってきたことに俺は少し意表を突かれた。


「好きでした。私と付き合ってください。」


俺は、部活が休みで、誰も居ない演劇部の部室で、彼女からの告白を受けていた。


演劇部の部室だからだろうか。他にも誰か居そうな雰囲気はあるが、俺たち以外の人の気配はない。


演劇部の智美ではなく…、志穂からの告白を…。


俺はあの時の奏の言葉を思い出す。


『好きだから好きと言えるかは別。色々あるんだよ女子には。』


もし、あの時の言葉を解釈するのであれば…、


俺が智美を好きに見えるから、志穂は遠慮していたということだろうか。


唯にも智美のことが好きなんじゃないかと邪推されたことがある。


何なら、さっさと告白してしまえというようなニュアンスだった。


俺は智美を避けつつも、避け切れていない。そういったところが、逆に好きなのに告白できない男子のように映ったのかも知れない。


しかし…、志穂が俺を好き?


こういっては何だが…、志穂の好感度があがるような行動を取った覚えはない。


恋愛ゲームでいうなら、フラグが立つどころか、フラグを立てるためのイベントすら発生した覚えすらないのだが…。


志穂を見ると、少し俯きながら、耳まで赤くなっている。


いくら演劇部とは言え、こんな演技はできないだろう。それに奏に続いて、志穂も嘘告というのは少しやりすぎだろう。


また、志穂の性格からすると、嘘告をされても、嘘告をするタイプではないと俺は思っている。


「嬉しいけど…、志穂は俺なんかがいいの?」


 それに…、と言葉を続ける。


「志穂って、壮馬が好きじゃなかったの?」


あの時、奏には言えなかった言葉…。


『君が好きなのは俺ではなく、壮馬ではないのか?』


だが、奏の時と違い…、志穂に動揺した様子はない。


「ちょっと前まではそうだったね。でも今は違うよ。」


志穂は落ち着いた口調で、そのことを認めつつも、今は違うと、はっきり声に出して否定した。


志穂が…。俺を…。


俺は…、まだ彼女を作るのが怖い…。そして、同時に智美以外の彼女を作りたいという気持もある。


だが…、それは今じゃない。


俺の中で燻る怒り。


向き合った、この怒りをぶつけて後、もし、もしも俺が普通の人生を歩むことが許されるのなら…


その時、俺は俺が愛する人に隣に居て欲しい。


そう。俺の中で答えは既に出ていた。


やり直した人生を面白おかしく楽しく過ごす。それだけでは俺はもう満足できない。


将来は分からない。だが、今の時点では誰の告白であろうと受けることはできないし、誰にも告白をする気はない。


まだ、俺は怒りを形にする力を手に入れれていないのだから…。





「ごめん。気持ちは嬉しいんだけど、付き合うってのがまだイメージ沸かなくて」


ダサいな。ダサすぎる…。どこの乙女の言い訳だ。


自分でもダサすぎる言い訳で志穂の告白を断る。


唯や奏には、とりあえず付き合ってみないと分かることも分からないだとか、だから彼女ができいないんだとか、


散々怒られそうな振り方だ…。


もし、俺がこの怒りを抱えていなかったのなら、喜んで志穂に応えただろう。


だからこそ、精一杯向き合ったうえで、断る。これが彼女への誠意だろう。


「えっと。それは私だから嫌ってことではなくてってことでいいのかな?」


良かった。空気は読んでくれたようだ。


俺は黙って、頷く。すると…


「じゃあ、恋愛に興味をもつことができたら、チャンスがあるかもってことだね。」


「えっ。」


「どこまで、私に気を使ってくれたのかは分からないけど…。今はリョータは恋愛が無理ってのは分かったよ。でも、私が無理なんじゃないんだったら、頑張ってみる。」


何だって…。志穂って、こんな子だったのか…。


志穂が理由でないのであれば、その理由が解消すればと…。


俺にそんな価値があるのだろうか。だが…、彼女はそう言った。


もうすぐ、俺のやり直しが始まって1年が経とうとしている。


1年に満たない期間で、中学生女子にそこまで思ってもらえるとは…。


申し訳ない思いと、感謝の気持ちが入り混じったような気分になる。


だが、やはり、俺は志穂の手を取ることはできなかった。


「うん。俺なんかにそんな価値があるとは思えないし、志穂には申し訳ない気持ちしかないんだけど…。」


「大丈夫。私が勝手にそう思ってるだけだから。」


はっきりと力強く、志穂はそう言った。


明日からもよろしくねと、そう付け加えられる。


志穂の気持ちに触れて、少しだけ、俺の心が温かくなった気がする。


さて、奏と唯、それに部活繋がりで、智美からもか。


かなり怒られるんだろうが…。


中学を卒業し、高校に入って、大学に行く。


そうすれば、中古であれば、車を手に入れることができるだろう。


それまでは、周囲には気取られることなく、生きていく必要がある。


だけど、こんなことがあると俺の心にも揺らぐものがある。


普通の幸せを目指す。そんな人生を歩くだけでいいのではないかと…。


俺はそんなことを思いながら、誰も居ない演劇部の部室を後にする。

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