第十四話「嘘告(後)」
【リョータのことが好き。】
脳内で奏の言葉が繰り返される。
何というか、分かってはいてもそれなりに破壊力がある。
20回もこんな罰ゲームを受けていれば、それなりにメンタルも鍛えられる。とはいえ、それなりにいい友人関係を築けていたと思っていた女子からのこの仕打ちだ。
1回目の時に嘘だと言われたネタバレされた瞬間には、それはもう呆然としたものだ。
明らかに冗談めいた告白ではあったものの、恋愛偏差値の低い、ただの中学生男子には少し重かった。
さて…、そんなことよりも、俺はどう答えるべきか、だが…。
今回も嘘告であるのには間違いないだろう。
ロリコン呼ばわりしておいて、あなたが好きだなんて、そんな女子が居たら見てみたい。
もっとも、そう返すと、『ここに居る』と平然と奏なら返すだろうが。
いつもと同じく意図はまったく、分からない。
何となく、本気ではないことだけは分かる。こんなとこだ。
毎回起こる通過儀礼とはいえ…、モヤモヤするのも事実だ。さっさと終わらせるとしよう。
「私と付き合わない?」
「ありがとう。俺も奏のことは好きだよ。でも…、付き合うとかとはちょっと違うかな。」
「えっと…。私は一瞬でフラれたの?私の何がダメなのかな?」
「いや、ダメなところはないよ。」
「じゃあ…、何でフラれたのかな?」
納得いかないとばかりに、奏が詰めてくる。
だが…。
「だって…、普通にケーキ食べてるし…、」
そう…。いくら、クール系女子といったところで、こんな真剣さのない告白はないだろう。
なんて言えばいいのか。自然体を装いすぎて、かえって不自然になったというところか。
「それに…、奏って、別に好きな人いるでしょ。」
「!」
これまでの嘘告では、彼女からこのことをバラしてきたことがある。
今回は、俺から突っ込んでみた。
「私が誰を好きだと思うの?」
「誰って、普段の雰囲気から何となくだけど。」
「そう…。」
奏の方も観念したのか、ケーキを食べる手を止め、俺から視線を反らした。
「ごめん。」
短くだが、確かに奏は呟いた。
だが、その後、奏は何を発するわけでもなく、部屋には静寂が漂う。
時間にしたら数分だろう、俺は耐えきれなくなり、奏に尋ねる。
「何か理由があるんだろ?」
だが、奏は答えない。
「俺が何かした?」
奏は首を横に振る。
「女子同士の罰ゲーム?」
「違うわ…。というか、怒らないの?」
「そうだな。腹は立っているが…。それ以上に、奏がこんなことをするんだ。何か理由があるんだろうって方が気になった。」
「そっか。リョータは大人だね…。」
奏がとても儚げに見えた。
「それに、最初っから、本気を感じなかったし。」
「あれ?リョータって女子に告白されるようなことあったの?そこは私、自信あったんだけど。」
「お前、俺に謝ってる立場って、もう忘れてるよね…。」
軽く息を吐き、奏が微笑む。
「そうね。私はリョータに酷いことをした。そのはずだったんだけどね。」
「まさか、イジメ?」
「違うわ。ちょっとした賭け。」
「賭け?」
「リョータは誰が好きなんだろうかなって。分からないし、じゃあ、私が告って、付き合うって言わせたら私の勝ち。そういう賭け。」
「それで、俺が付きあうって返事したらどうなってたの?」
「そうね。5分後に、性格の不一致で別れてたわ。」
「俺は5分で見限られるのか…。」
「ちょっとね、女子の中で噂になってるんだ。」
「噂?」
「リョータが突然、カッコ良くなってて…、大人っぽい時もあって、ちょっといいかもって。」
「…。」
少しずつ、俺を出していっているつもりだったが…、今回はイレギュラーが多かったからか、少しばかり大人びた対応が多かったかもしれない。
誰に言っても信じられるわけもないが、かといって誰にも悟られるわけにはいかない俺の秘密。
こんなイタズラなら問題ないが、強い悪意には注意した方がいいかも知れないな。
「そうか?男子なんて、女子の前ではカッコつけたくなるだけだよ。」
「そういうところ。」
「え?」
「そんな風に丸め込むような言葉がスラスラ出てくるところ。」
「必死なだけだよ。」
「そう?余裕っぽく見えるけど。でも、ちょっといいかもって思ったのは本当。」
「マジ?」
「うん。私はずっと好きな人が居るから、そうでもないけど。ちょっといいかもって話はあるわよ。全然イケメンじゃないのにね。」
「褒めるか貶すかどっちかにしてくれないかな…。」
「ごめんね。つい。」
自分の不注意と言えばいいのだろうか。中身を疑われたわけではないが、試されたといったところか。
「こういうのは、今回限りにしてくれよ。」
「無理ね。リョータの人格チェックは私の日常だから。」
「女子の家に呼ばれて、嘘告とかメンタルすっごい削られるんだけど…。」
「いいじゃない。それでも私の部屋に入れるのよ?」
「さっきの告白と違って、その発言には本気を感じるよ。」
「いつも、私は本気よ?」
「まったく分からんわ。」
そう、答えた瞬間。
俺の顔のすぐそばに奏の顔があった。
「あら、結構余裕そうね。」
そういうと、奏はまた少し離れて座る。
「ちょ、近い近い。」
余りの不意打ちに、反応が遅れ、俺は素が出てしまう。
「今ので手を出せないなんて。当分、彼女はできないわね。」
「いやいや、何もできるわけない。」
唯といい奏といい、中学生女子のクセに、女子ではなく、女性の顔が多く覗かせる。
20歳を超えても、異性との駆け引きが下手な男女なんていくらでもいるが、彼女たちの方が恋愛スキルは完全に上だな。
これ以上、奏のペースに乗せられるのも、歯向かうのも大人げない気がする。そんな考えの時点で、もう負けているのかも知れないが。
壁の時計をいると、6時を過ぎかけている。
そろそろ、夕食だ。帰宅するには頃合いだろう。
「そろそろ、夕食だろうし、ぼちぼち俺は帰るよ。」
「もう、こんな時間。楽しい時間は早いわ。」
「お前、俺のメンタルを削るのがそんなに楽しかったの?」
「もちろん。」
奏は、笑顔で答える。
俺はつい、苦笑する。なんて子だ。こいつは。
「結局、俺を試したかったのは誰だったんだ?」
奏は自分の唇に人差し指を当て、少し思案するような顔をしたかと思うと
「じゃあ、1つだけ。やっぱり、リョータは女子がまだまだ分かってないよ。好きだから、好きと言えるかは別。周りの目や、友人関係、色々あるんだよ。女子は。そして、男子のバカなところは、未だにチョコに夢を見ているところ。」
「夢?」
「そう。夢。好きな男子、友達には渡してみたい。でもね。渡さなかったから好きじゃないなんてことはないんだよ。」
「それって…。」
「私のヒントはここまで。じゃあ、今日はごめんね。ちょっと楽しかった。ありがとう。」
「ああ。おれの方こそ。また。」
ふぅ。何度されても、この嘘告というやつはメンタル削られる。やる側は軽い気持ちなんだろうけど…。
そう感じながら、俺は奏の家を後にした。
夢か…。一体、奏は何を言っているのだろう。その答えらしきものは2週間後、ゴールデンウイーク直前に分かることになるが、それよりも大きな事件が起こり、俺はこのことをすっかり忘れてしまう。
次の日。
奏は学校を休んだ…。
一部の生徒は、それを登校する前に薄々知ることとなる。
奏の父親が…
交通事故で亡くなったのだ。
それも…、飲酒運転で。
俺も登校前にそのニュースは見ていたが、奏の父親とは気が付かなった…。