第十三話「嘘告(前)」
「嘘告」あるいは「イタ告」、という類の行為がある。
文字通り、嘘の告白をすることである。女子が男子に、或いは男子が女子に、相手に好意を持ってなどいないにも関わらず、好きだと告白する行為である。
それに対して、マジメに回答し、付き合うなどと返そうものなら、嘘だとバラされて大いにバカにされる行為である。
そういった類の行為に慣れているメンタルの持ち主同士でやるのであれば、勝手にすればいいと思うが、この行為の性質の悪いところは、そういった恋愛面に慣れていない男女がターゲットにされることにある。
恐らく、恋愛から遠ざかっている男女が、クラスでもカースト上位の男子女子から告白されたら、何故自分がという気持ちを持ちつつも、嬉しさを感じてしまい、天国から地獄に突き落とされる。
そんな彼、彼女たちを笑いものにする。多分、精神面へのダメージとしては、上位に入るイジメ・イタズラであると、俺は思う。
恋愛を日常にしている男子女子であっても、告白してくる相手によっては、やはりダメージを受けるだろう。
実際、俺も初めて嘘告というものを体験したときはそれなりにショックを受けた。
だって、そうだろう。それなりに普段から仲良く話す間柄で、義理だと宣言されながらもチョコレートをくれた。
明らかに友達以上と認識している相手からの告白が、その後の友人関係を崩すことになるかも知れない、嘘告だなんて、誰も思わないだろう。
…そう、俺は今日、奏に嘘告をされる。
ただ…、これまでと異なる。
…今日俺は放課後の教室に呼ばれたのではなく、奏の家に呼ばれている。部屋を片付けるので先に帰るから、少し時間をおいてから来てほしいそうだ。
このやり直しでは奏の家に行くのは初めてだが、以前の人生で、奏の家に行ったことは何度かある。
1人で行ったこともある。もちろん、何もなかったのだが。
奏といい感じになったと感じたこともなくはないが、付き合ったことはない。
何故なら、奏は壮馬が好きだ。公言していたこともあるし、態度で示していたこともある。
奏と壮馬が付きあうタイミングは、中学生だったり、高校生だったり、色々だ。付き合わなかったこともある。
俺の些細な行動の変化により、周りの友人たちの行動も人生も変わる。
これまでの人生で、様々な行動を取ったがそのたびに俺の人生も周りの人生も変わる。これがバタフライ効果と呼ばれるようなものなのかも知れない。
実際、どこまでの人の人生に影響を与えているのかは分からないが、大きな事件やイベントにまでは影響が出たことはない。
少なくとも俺が知っている範囲なので、俺が知らない事件や事故、イベントはひょっとしたら変わっているのかも知れない。
そういえば、春休み明けの始業式の日。
担任の先生から、違うクラスの男子生徒が車にはねられる事故があり、今は意識を取り戻したが、まだ入院中で一時期意識不明の重体だったことを聞かされた。
3年生となり、塾で夜道を歩くことも増えるだろうから注意するようにとのことだった。
その時は余り気に留めなかったが、後で聞くところによると、2年で同じクラスだった柿沼だったようだ。
俺は話す機会がそれほどなかったが、軽音部は演劇部と部室が隣だったこともあり、智美や志穂、川村さんとはよく話していたようだ。
春休みが終わり、いよいよ中学生最終学年となり、新しいクラスとなって、奏とはクラスが離れた。
良く話してたクラスメートたちで、クラスが変わらなかったのは、唯、智美、志穂、壮馬、剣太、…そして拓だ。
今日、昼休みに俺たちのクラスに遊びに来た奏から、家に来ないかと誘われた…。
普段、意識することなく接しておいてなんだが、…奏は美人だ。
実は読モをやっている。そんな風に言われてもおかしくないレベルだ。
制服姿ですら存在感があるのだから、私服の奏は結構、ナンパをされることも多いらしいと聞いた。
性格はややきつめではあるが、誰とでも気さくに話すし、人当たりもよく、リア充中のリア充、そう呼んでも差し支えないだろう。
それが奏という女子だ。
そして、そんな女子に、放課後、2人で話をしたいから残ってほしいと言われたら、大抵の男子はそれだけで舞い上がってしまうだろう。
俺も初めての嘘告の時は不覚にも少し舞い上がってしまった。
そんな以前のことを思い出しつつ、奏の家の前に着いた。
正直、気は乗らない。
これまでも理由は様々だった。智美や唯と付き合ってるときは、浮気しないかのチェックしただの。
付き合っている彼女が居なければ、最近、女子の扱いが手慣れすぎててムカつくから注意しただの。
どんな反応するか見てみたかっただの。
散々な言われようだ。
何が言いたいかと言えば。
どんな理由を付けたところで、嘘告は悪質な行為だ。
あれほど異性の心を抉る残酷な行為はない。
特に俺のようなモブに対しては、トラウマを抱えるような破壊力がある。
…俺は覚悟を決めてインターホンを鳴らす。
「はい。」
「こんにちわ。奏さんいらっしゃいますか?」
「はーい。ちょっと待ってね。」
ガチャリと扉が開く音がして、私服の奏が顔を見せる。
「ちょうどいま片付けが終わったよ。上がってー。」
「ああ、お邪魔します。」
俺は恐縮しつつ、奏の家に入る。
「ちょうどいいタイミングだったわ。ひょっとして、私の部屋を覗いてた?」
「お前はそんなストーカーを部屋に招くほど不用心な女子なのか?」
「うん?リョータだったら覗いてても、私はストーカー扱いしないよ?私に興味を持ってくれてるってことだよね、それって。」
「あのな…。」
唯とは違う攻められ方だ。これだから女子というやつは…。
「そこ座ってて、飲み物入れてくるわ。」
「ああ、ありがとう。」
俺は、座るよう案内されつつも、何だか落ち着かず、立って奏が来るのを待った。
部屋をさっと見渡す。
ぬいぐるみや小物が置かれ、窓はレースのカーテンが掛かった、殺風景な部屋な感じがしつつも、女子の部屋という感じの部屋だ。
唯や智美は可愛い系という感じの部屋だったが、奏は女子力高そうという表現がいいのか、余り不必要なものがないながらも、女子の部屋という感じを醸し出すような部屋だった。
写真が色んなところに飾ってある。
これは…、この前の体育祭か。唯と2人で映る奏が居た。
確か、あれは小学生時代に市の大会で、陸上で優勝した時の写真だったか。机の上に飾ってある写真立てに目がいった。
これは…、北海道でスキーをしたと言ってたかな。スキーウェアの奏と母親が映っていた。
…あっちは、小学校の卒業式だったかな。着物の母親と映った奏が居た。
小学生の時から、美人すぎだろ…。
写真の中で笑顔の奏に俺は一人でツッコむ。そして、1つ倒れている写真立てがあったので、直そうと手を伸ばしたとき…
「何?小学生時代の私に見惚れてるの?小学生は最高だなんて、それはちょっといただけないかな。」
「誤解だ…。」
扉を開けて奏が部屋に戻ってきた。
戻ってくるなり、グサグサ刺してくるな。そう思いつつ、俺は返事をする。
とはいえ、いつも通りの奏だ。ちょっと言葉に棘があるが、口調は穏やかそのものだった。
毒を吐きつつも、本心はまったくそう思っていないといったところか。
こういう一面を見ることができるのは、ある程度、仲がいいものの特権だ。そう思うと少し面白くもある。
「はい。これ。ロリコン御用達のショートケーキとジュースよ。」
「ちょっと待て。」
意外とロリコンネタを引っ張るようだったので、たまらず俺は突っ込んだ。
しかし、奏はそんな俺を気にすることなく、ケーキを口にする。
「それで、今日は、ロリコン趣味を見せつけにわざわざ来たのだっけ?」
「待て待て。俺にそんな趣味はない。それに俺はお前に呼ばれてきたはずだろ。」
「冗談よ。女子のこんな軽口にいちいち突っかかってくるなんて。リョータ。あなた彼女できないわよ?」
お前もそれを言うのか!
俺は心の中でツッコんだ。
「いや、まあ、色んな所に行ってるなと思って見てただけだよ。」
「そうなの?まあ、私としては成長しているつもりだったけど、小学生時代の自分に負けるなんて、ちょっと女子としての自信がぐらついたところだったのだけど。」
「小学生時代も今も変わらず美人だってとこは認めるよ。」
「あら。ありがとう。」
奏が少し目を丸くしてこちらを見る。
「それよりも…。どうした?急に。何かあったのか?まだ、3年が始まってそんなに経っていないと思うんだが。」
「うーん。そういうのとはちょっと違うかな…。」
奏は自分の髪の毛を指で回しながら言う。
「あのさ。リョータがロリコンだって知った日に言うのはちょっと私的にはショックではあるんだけど…。」
「奏さん?そろそろ、ロリコン扱いは勘弁してほしいんですが…。」
「私ね…。」
そう呟いて、奏が言葉を少し止める。
ああ、今回はこう来るのか…。俺はそう思った。
「リョータのことが好き。」