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第十話「文化祭」

…はぁ。憂鬱だ。


俺は、毎朝登校前に、情報番組で今日の運勢というコーナーを見てから登校している。


別に今日の運勢を信じているわけではない。


単純に見てから家を出ると、学校にちょうどいい時間に着くからだ。


だが、もし今朝に戻れるのなら、俺は今日に限っては見ないで登校することをお薦めするだろう。


『今日のラッキーは、グー です。』


どこがラッキーなんだよ…、最悪だ…。


よりによって、準主役になったあげく、智美とペアになるなんて…。






ワン、ツー、ワン、ツーとテンポに合わせて、体を動かす。


意外に難しいな。ドラマとかでは、まったく難しそうに見えなかったんだが…。


智美とのダンスのシーン。俺はセリフも何もかも、一から覚え直しとなった。


ようやく、ダンスのシーンまでかこつけたその時…




 ガラッ



扉を開けて、剣太が出て行った。


またか…。


「なあ、あいつ、外せない?」


「ああ、俺もそう思うわ。」


「でも…、今さらメンバー交代って、誰も引き受けてくれなさそう。」


「あいつの役を抜いて、そのまま進めるってのは、シナリオ的に難しい?」


「うーん。余り役が少なくなるのはちょっと…。」


「けどなぁ。あの調子で、本番でダラダラされるほうが腹立つんだけどな。」


剣太の態度が日増しに悪くなり、練習中の空気も悪くなることが多くなった。


秋本の代わりをやる羽目になった俺は、これまでの経験を活かすことができず苦労していた。


こんなことなら、自分以外の役ももう少し真剣に見ておくんだったな…。


「そんなにダンスが嫌なんだったら、アイツからダンスなくすってのはどう?段々ムカついてきた。別に誰もアイツのダンスなんて見に来るわけじゃないし。」


「それはそうだけど…。」


壮馬はもう、いら立ちを隠そうともしていない。志穂も志穂自身が悪いわけではないのだが、シナリオを作った人間としては、責められているような気持になるんだろう。段々、練習の時でも俯いていることが多くなった。


こんな調子で、後1か月もないってのに、なんとかなるんだろうか…。


その日の練習が終わった後、俺は志穂と智美に声を掛けてみた。智美とは距離を取っておきたかったが、このまま突っ切るよりはマシだろう。






「なあ。シナリオにケチをつけるわけじゃないんだけど…、脇役のダンスのところ、踊る人と踊らない人を作るってのはどうかな?」


「それって、剣太に配慮しろってこと…?」


「それもある。が、一番はやっぱり俺たち自身のためだよ。」


「えっと…、どういうこと?」


「皆がやっている劇で、やる気のない奴が居たとして…。客がその劇を見たときにさ、どんな風に感じると思う?」


「それは…。」


「演出上、ダンスが必要なのはOKだと思う。だけど、たったその1つのシーンだけで、俺たち自身のやる気を客に問われてしまう。それは嫌じゃないかな?」


「…じゃあ、どうしたらいいと思う?」


「踊る人と、周りで手拍子する人にするとか、掛け声を出す人にするとか、踊らなくても不自然な役を作ったらどうだろう?」


「うーん…。」


智美も少し頷いて考えた。演劇部であるからこそ、やる気のない劇というものが、どれほど客からの印象が悪く映るかを知っているから。




「やめて……」


「えっ。」


「私のせいなんだよね。私が拘ってるから、皆の空気が悪くなってるんだよね…。もういいよ…。」


「いや、剣太のせいだろ。志穂が悪いなんて言ってない。」


「やめてよ!嘘ばっかり!」


志穂が叫ぶ。


「分かったわ。アイツのダンスのシーンをカットするわ。そうればいいのよね。」


「…うん。」


「ごめんね。私のせいで、みんなに迷惑を掛けて。話はそれだけ?」


「…ああ。」


「じゃあ、私帰るね。また明日。」


志穂はそう言い残すと、智美にすら声を掛けずに教室から出て行った。


なっ…!こんなつもりじゃ…。


「ごめんね。リョータは志穂のことを考えてくれたんだと思うんだけど…。なんか、あの子、練習で喧嘩になってるのは自分のせいだって思っちゃってて…。」


「そんな…。」


「ううん。分かってる。壮馬もリョータも、そういうつもりはないってことは。でも、志穂ってそういう性格だからさ。」


「ごめん…。」


「良いって。志穂のフォローしてくるね。ありがとう!私はリョータがちゃんと考えてくれたって思ったから嬉しかったよ。それじゃ、追いかけるから先に帰るね!」


「智美…。」


言い方が拙かったか。タイミングか…。


以前、揉めた時に智美に頼んだ時にはうまく受け入れてもらえたのだが…。


また、明日、志穂に謝るか…。


それと智美にも。




次の日の放課後、練習の初めに志穂から話があり、剣太のダンスのパートが無くなった。


俺が提案したような形でなく、剣太はダンスをぼーっと見ているだけでよくなった。


ダンスのパートがなくなった剣太は、態度こそ改まらなかったが、練習時間に抜けていくようなことはなくなった。


しかし、ダンスパートがなくなって、暇になったのか、俺に絡んでくるようになった。


…ウザい。








中学生の文化祭の劇。


俺もやってみるまでは分からなかったが、思ったよりも緊張するものだ。正直、中学生レベルの劇を客席から見ると、セリフはたどたどしかったり、効果音のセンスも微妙。


セリフは聞こえないどころか、聞こえていても、何をやっているか分からないなんてのも普通にある。


そして、俺たちのクラスから出演するクラスメートたちは、ずっとガチガチだ。


正直練習不足は否めない。


かといって、ここまで来たら、もうやるしかないだろう。半ばやけくそのような心境だ。


緞帳が上がってしまう。ついに俺たちのクラスの番が始まる。









「これで、2年3組の劇を終わります。」


「ありがとうございました。」


「「ありがとうございました。」」


緞帳が下りてくる舞台で、俺たちは拍手に包まれながら挨拶をする。


むしろ、なんとか終えることができた。というのが正直なところだ。


ダンスどころか、セリフもほとんど削られた剣太は、暇を持て余し、終始けだるそうに立っているだけだった。場面が変わるシーンでも、ぼーっとしてたのか、壮馬とぶつかるわ、立ち位置は間違えるわ、散々だった。


これで、別にキレているわけではなく、通常モードっていうのだから、質が悪い。


客席側から見ても、1人何にもせずに立っているだけの人間が居る、妙な劇に見えたんじゃないだろうか。最悪、晒し者にしたイジメなんて思われているかもしれない。藤原先生の胃痛の種が増えそうで申し訳ない。


はあ、秋本が居てくれたらなあ…。俺は心の底からそう思った。




とりあえず、出番が終わった俺たちは自由時間となった。


展示を見に行くもよし、他のクラスの劇を見るもよし。


衣装から制服に着替えて、教室に戻ると、人はまばらだった。もう既に色々回っているのかもしれない。


出遅れたか。


どうしたもんかな。拓が居れば拓と回ったんだがな。


「お疲れ様っ!ねっ、一緒にクラス、回らない?」


奏と唯が、俺に話しかけてくる。


「じゃあ、俺も混ぜてくれよ。」


冬田が近づいてくる。


そうだな、1人で回るのもなんだし、一緒に見に行くとするか。


俺は2つ返事で了承した。


「じゃ、行きますか!」


「食べ物の出し物とかもあれば、もっと面白くなりそうなのになー。」


「食べてるだけなら楽しそうだな。」


「だろっ!」




俺たちは、4人で色んなクラスや部活の展示を回り、奏が行きたいという軽音部のライブを見に行ったり、文化祭を楽しんだ。


教室に戻ってくると、後、15分ほどすれば、体育館に集まって、校長先生の閉会の挨拶を聞く時間のようだった。


これで文化祭は終了だ。


一斉に体育館に行くと、入口で混雑して中々、入れないため、俺たちは、少し早いが体育館に向かうことにした。



「悪い。トイレ行ってから行くわ。先に行ってて。」


「ほい。」


用を足して、1人遅れて体育館に向かうと、もう既に行列ができていた。


仕方なく、俺はその行列に並び、校長の挨拶までには体育館に入ることができた。


俺たちの中学では、文化祭では順位を付けず、すべてが何らかの表彰をされるという形式だった。


文化的行事には順列を付けたくないということだったんだろうとは、卒業してからは思った。


俺たちのクラスの劇は、微妙な感じだったのだが、それでも表彰されたのだから。




教室に戻ると、カバンに筆箱を無造作に入れた俺は下足へと向かう。


「ね、ちょっと寄り道して帰らない?」


下校しようとしたところ、追いかけてきたのか、声を掛けられた。


「いいね。ってか、家の方向逆じゃん。」


「たまにはいいじゃん。」


「まあ、いいけど。どっちの方いくの?」



俺は奏に誘われるようについていく。


「はい。」


ついていった先は、ちょっと先の市民公園で、自販機で買ったジュースを俺は手渡される。


「まっ、座ろっ。」


まだ、夕方になったくらいだが11月ともなると、少し薄暗くなってきており、親と一緒に来ている小さな子どもたちがチラホラ居る程度だった。


俺はジュースを受け取り、奏の座ったベンチの隣に並んで座った。


奏も俺も何も言わないまま、ジュースに口を付ける。


「お疲れさま。」


奏の第一声はそれだった。


「さっきも言われなかったっけ。」


俺はつい可笑しく感じて、奏の方を見る。


奏も俺の方を見つめる。そして奏が俺の方に顔を近づけてきて


「えいっ」


鼻をつままれた。


「…えっと。これは何でしょうか。」


「スイッチが切れてそうだったから、オンにしてみたつもり。」


スイッチが切れてそう…か。


うまい表現だ。


そうだな。やり切ったというよりは、やり過ごしたそんな時間だった。


客席から見るとやはり酷かったのも知れないな。


「そんな落ちてるつもりはないんだけどな。」


「うん。思ったより元気あるみたいだね。よかった。あのさ…」


「うん?」


何か言いづらいことだろうか。髪の毛に指をくるくる巻きながら、溜めているようだ。


そして、口を開く。


「秋本君…。あれからまだ何にも聞いてないよね?」


「…ああ。そうだね。」


絞り出すような声で出てきたのは秋本のことだった。


9月の初めの方だったから、彼が行方不明になって、もうすぐ2か月になろうとしている。


「どうしちゃったんだろうね…。ほんとに。」


あの日、警察に事情聴取された4人以外は秋山が行方不明であることは知らない。


藤原先生に聞いたところ、学校でも俺たち以外の生徒からの話も聞いた方がいいだろうと、校長先生が親に相談したそうだが、学校ではまだ内緒にして欲しいとのことだった。聞いてみると、3年生の姉がただでさえ受験前で神経質になっているところに、周りの生徒に騒がれて、姉の調子に影響することを気にされているとのことだった。


もちろん、それを聞いた俺たちは憤慨したが、一方で俺は秋山の親の言うことも分からなくもなかった。


子どもが2人居て、片や行方不明、片や受験失敗なんてことになったら目も当てられないだろう。だが、それはどちらかというと親の心情ではない気がする。俺のように第三者的に考えるのであれば分かる考え方だ。


だが、秋本の親がそういう以上、学校としては何もできないらしい。もちろん警察には捜索願が出たままだ。家出とかだったら、昼間にお金がなくて、食べ物を万引きして補導されるというパターンで結構見つかることがあるらしい。


「せっかく智美とペアだったのになあ。」


「ん?どういう意味?」


「あれ?秋本って、智美のこと好きっぽいのかなって思ってたんだけど、女子から見たらそんな風には思わなかった?」


「んー。私は気が付かなかったなあ。そうかー、秋本君は智美が好きだったのかー。」


「いや、好きっぽいかなってだけで、好きだったのかまでは知らない。俺の勘だ。」


「なーんだ。」


「女子はよく見てるから、そういう風に見えてると思ってたんだけど。」


「うーん。どうなんだろう。秋本君のはしたことないなあ。」


秋本と智美、ちょっといい感じだと思ったんだがな。少し残念なような、残念でないような変な気分だ。


「家出なんだとしたら、どこに行ったのかなぁ。」


「家出だとしたら…。」


家出だとしたらか…。理由は色々あるだろう。だが、どこに家出するかと言われると…。


俺であれば、住み込みで働かせてくれるような、しかも歳を聞かないような…、建設現場とかか?


大手だと身分証明の確認をしっかりしているはと聞くが、孫請けひ孫請けの事業者だとどうだろう。


そこまで丁寧に行っていないのかも知れない。


他にも、不法入国の外国人が捕まったニュースを見ることがある。俺が知らないだけで、中学生でも働こうと思えば働く場所はたくさんあるかも知れない。


非合法なことも対象にするなら、それこそ何でもありになるんだろう。


となると、どこに…というのは全く手掛かりがないことになる。


少なくとも、簡単に補導されるような場所には行っていないんだろう。


「さっぱり分からないな…。」


「早く帰ってきて欲しいな。」


「全くだ。どこで何やってんだろうな。あいつ。」


「そういえばさ、秋本君のは知らないけど、リョータの好きな人は分かるかも。」


「!!」


俺は飲んでたジュースを吹き出しそうになる。


「いや、俺はそんなの居ないぞ?」


「何それ。俺は好きな女子なんていないってやつ?」


「いや、そんな感じでもなくて、普通に居ないんだけど…。」


「そう?」


「えっと…、じゃあ、俺は誰を好きなように見えてるん?」


「ズバリ、志穂でしょ。」


「えっ。」


俺は思いもよらなかった名前に驚きつつ、智美の名前が出なかったことに安心していた。


「違う?なんか、文化祭の準備で急展開って感じだよ?」


「ないって。頑張ってるから色々手伝ってるだけだよ。」


「好きでもないのに、あんなに手伝うのかなあ。」


「そんなに?」


「うん、そんなに。」


そんなつもりはなかったのだが…。智美を意識して避けようとした結果、周りから見るとそんな風に見えているのだろうか?


「じゃあ、他には?」


「そうだねー。あとは…。」


奏のペースになった。だが、確かに気分が落ち込んでいたんだろう。話すうちに少し心が軽くなったのを感じていた。





「さて、そろそろ……帰らないと」


「そうだね。」


俺たちは、重い腰を上げて立ち上がった。


思ったよりも話し込んでしまった。随分、気持ちも楽になった気がする。




「ありがと。」


「ううん。私も秋本君のことが気になってさ。」


「早く戻ってきて欲しいな。」


「うん!」


「奏は秋本?」


「ここでそういうこという?女心が分かってないなー。」


「ごめん。」


「良いって。ううん。違うよ。そういうんじゃないよ。私たちだけしか知らないって、結構苦しいなって。」


「ああ。そうだな。」


そう。ひょっとしたら事件かも知れない。そんな問題を中学生に背負わせるのは酷な話だ。


俺もこんな経験はないので、年長者としての対応になる。それが正しいのかどうかは分からないが。俺は奏の頭を撫でる。


「何?イケメンぶってる?」


「いや、そういう場面かと。」


「ふふ。ありがと。でも、心がこもってないからマイナス50点かな。」









その日の夕食後、俺はやってなかった昨日の宿題をやろうと机に向かう。


そして、カバンから筆箱を取り出そうとすると…、


ん?なんだこれ。


カバンの内ポケットから見慣れない紙がはみ出しているのに気が付いた。


これは、…またあの柄のメモ用紙…。


恐る恐るメモを開くと…、






【あなたは悪くない】



【でも許さない】







「!」


またか!?


前と同じ、定規で書いたような、不自然な文字で、メモが書かれていた…。


またか…。誰が一体何を伝えようとしているんだ、これは…。


メモを眺めてみても、前と同じキャラクターのメモ用紙だった。


「何だっていうんだ!」


せっかく奏が変えてくれた気分を台無しにされたような気がして、イラっとし、メモを握りつぶす。


しかし、いつ入れられた?今日だろうか?昨日より前だろうか。内ポケットはほとんど使っていないから気付かなかった…。


…結局俺は、またメモを捨てきれず、机の引き出しにそっとしまった…。


俺の周りで確実に何かが起こっている。


待てよ…。秋本が学校へ来ないのは行方不明が理由だった。


だとしたら…、拓はどうなんだ?


親に取り次いでもらえず、先生すら話せていない。拓は本当にただの不登校なのか?実は…拓も行方不明なんてことはないのだろうか…。


妙に気になってきた…。これは、一度、行って確かめてみる価値があるのかも知れない。


この週末、拓の家に行ってみるとするか。

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