ご令嬢と王子様 その2
相も変わらずほのぼの時空。
前回を読んだ方はご存知でしょうから言っておきますが、主役のふたりはまだ子供です。
「なんだ、この美味すぎる脂たっぷりのお肉はっ!! こんな物は王家に必要ないんだ! 王宮とお城から追放しろ!!」
とある農業大国にある、王家が住まう宮殿の中の食堂。
そこで婚約者のご令嬢と一緒に大きな卓で向かい合ってお昼を食べていたのだが、端正な顔をした王子が急に立ち上がって吠えたのだ。
この場に控える給仕メード達は一瞬だけびっくりするが、直ぐに気を取り直してシャキッと姿勢を正した。
…………正した様に見せかけて、微妙に上気した頬でそわそわしている風にも見えなくはない。
「……また急に何ですの? 今度は殿下の大好きなお肉に向かって、いきなり追放だなんて」
冷静に口をナプキンで拭き拭き、落ち着いた様子で婚約者を咎める、切れ長で涼しい瞳のお美しいお嬢様。
だが鼻の頭だったり耳の近くと言った場所を真っ先に拭いていたのを知っているのは、見てしまってこっそりお嬢様に耳打ちした一部のメードだけである。
ふたりはまだ幼く、色々勉強中だ。
食事だって国の主力である食料生産の実力を知ると言う意味では、勉強にあたる。
ふたりであれこれ話し、誰かの話を聴き、感じ、手を取り合って未来を良くする指導者となるよう期待されている。
この王子は嫌いな食べ物をある程度克服したのは良いが、今度は何のつもりかこうして時々食事中に「追放だ」と言うようになってしまい、ちょっと困った事になっている。
「以前お話しましたでしょ? 食べ物を追放すると、その影響が民にまで広がり良くない空気を呼び込んでしまうと」
冷静に諭そうとするご令嬢を相手に、王子は椅子の上で立ち上がって胸を張り、こう宣った。
「分かってる! だから僕が追放すると言った範囲を思い出せ」
「えーと、王宮やお城からの追放……でしたわね。 これに何の意味がありますの?」
これは実質王都からの追放令と変わらないのだ。
なので王子の言いたい事を理解できず、つい尋ねるご令嬢。
それに普段から何かとご令嬢に負けている王子は、気を良くしたのだろう。
胸を張るどころか、得意気に鼻息荒く踏ん反り返るほどに。
この瞬間、食堂に控えるメード達の体が一斉に震えた。
具体的には肩が。
一部は同時に首がもげるんじゃないかって勢いで、顔をそっぽに向けている者も居た。
「どうせこのお肉は、王家用とか言って高いんだろ? だったら僕たちが食べないよってなれば、価値が下がって王家以外でも食べられるようになる。 良い考えじゃないか!」
…………ぶふぉっ。
壁際から何か空気が抜ける音がした気もするが、原因は一切不明。
事実なのはパーラーメードの数名が姿を消して、消えた分の数の交代要員が食堂へこっそり入室して列に加わった事だけ。
「正気ですの?」
王子の発言は、ご令嬢には刺さらなかった。
それは八の字になった眉から、簡単に察せる。
「国内の誰もそんな理由で価値が下がって、喜ぶものはおりませんわ。
美味しいものをより美味しくしようと努力した結果を、そんな形で否定されたって生産者は涙に沈むだけです」
まさかこんなに強く反駁されるとは思っていなかったのだろう。
王子の顔が険しく歪む。
この流れを見てメード達もすこしハラハラしているのか、顔色から赤みが心持ち薄くなった。
「だったら、君ならどうすれば良いと思うんだ?」
訊ねられたご令嬢だが、表情には特に変化が無い。
この流れを予想していたのかも知れない。
「我々は、我が国はこんな美味しいお肉を作れるのですと沢山のお肉を買って、国民に振る舞えば良いではないですか」
「それだーーーーっ!!!」
この言葉に一瞬で喜色満面となり、王子が思わずと言った勢いでご令嬢を指差す。
「……人に指を向けないで下さいませ」
とても冷静に突っ込みを入れている様に見えるご令嬢だが、顔色を窺える場所に立つメードからは紅色に染まる顔がはっきりと見えており、それとは別にメード達が控えている辺から鼻呼吸の音が僅かに聞こえる。
「この提案を、国王に伝えてくる!!」
興奮状態になった王子は椅子から飛び降り、それはもう大人でも追いかけるのが大変になる速度で食堂を飛び出していった。
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食堂を辞して、自室としているご令嬢の部屋。
そこは食後ののんびりした空気に染まり、お茶を楽しむご令嬢とその侍女が居た。
「あんな提案をして、国王陛下はお困りになっておられないかしら?」
「大丈夫じゃないですか?」
ちょっと困り顔のご令嬢に、お気楽な様子で応える侍女。
ちなみに楽しんでいるお茶は、カボチャの種を乾燥させて丁寧に炒ってから煮出した、カボチャのお茶茶。
王宮の料理長が趣味とする、野菜の捨てる部分を使ったお茶の試作品。
「大丈夫じゃないわよ。 あんな案とも言えない案を献上した所で政務の邪魔、ゴミになるだけじゃない」
困り顔のままカボ茶を啜ると、少しだけ顔がゆるむ。
それを侍女はしっかりと視界におさめ、口許を横に伸ばす。
「本当に大丈夫ですよ。 殿下が初めて国民の為にと考えて、お嬢様がお助けした提案です。
未来の夫婦の初めての共同作業を嬉しく思わない親ではありませんし、これに応えられる国力は有りますので」
共同作業と聞いて慌てて俯くご令嬢。
俯く直前に、目敏くご令嬢の真っ赤な色を確認した侍女は満足そうな、でも悪事が成功した様な満足顔をする。
「………………まあ、実際に実行された時には、原形なんてほとんど残っていないモノになっているでしょうけどね」
侍女が不穏な言葉をぽつりと洩らしたのは、ご令嬢の耳には届かなかった。
実行されたのは、肉祭。
秋で肥えて美味しくなった食肉動物を各地から王都へ取り寄せて、冬に入ってすぐの頃に食べる祭。
美味しい肉を国民にもっと食べてもらいたいと願った王子とその婚約者により始めたと、国王によって宣言された。
国が補助金を出して、いつもより肉を安く買えるし、肉の屋台に期間限定で支援金を出す。
ついでに肉に合う料理とか野菜とかジュースや酒にも奨励金を出し、とにかく国民が肉に手を出しやすくするイベントとなった。
平民に王家御用達の肉をふるまう抽選も行われたり、肉料理コンテストも開かれるのでその期間の王都は非常に賑わう。
その内地方の領地でも補助金が配られ、地方でも規模がちがえども肉祭が行われるようになる。
地方の抽選では領主が食べる肉となるが、平民からすればどっちも手が届かない肉なので、大変に好評な祭へと成長する。
肉が安く買える日であり、コンテストや屋台の売上増加のために創意工夫を凝らす所もあり、料理技術や文化が押し上げられるきっかけとなる。
更に安さから肉を買いだめする事もあわさり、食肉の保存技術や保存食が改良されるきっかけにもなった。
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蛇足
食堂で消えたメード達
安心して下さい。 控え室へ下がって予備と交代しただけです。 控え室へ下がって、しばらく身悶えていただけです。
肉祭の影響
祭の発端となった為に、肉王子と肉令嬢と言うあだ名が付いて回る様になる。
最初は自分たちをきっかけに食文化が良くなったと自慢げだったが、それの所為で未来のふたりはちょっとスレた。
だって、太っているとすぐ思われるので。
特に食について何かがあると、すぐ話題に絡めて肉王子・肉令嬢と言われるので。
健康に気を付けて、食べる量は管理してもらっているし、体を動かして太らないようにしているので非常に心外。