転生悪役令嬢の弟は姉さんが大好きなのである。
私はハッピーエンドだと思って書きましたけど、見方によってはバッドエンドな気がしたので一応注意です。
楽しいルンルンハッピーな話ではないです。
俺は姉さんが大好だ。
この貴族の子供として、姉さんは僕の2年先に生まれた。
姉さんはドジでノロマで気弱の僕が恥ずかしいみたいで、いつも怒鳴っていた。両親が見向きもしないからこそ、姉さんは僕に厳しく当たった。
そんな姉さんが変わったのは姉さんが6つの頃。
ちょっとした事故によって頭を強く打った姉さんは再び目が覚めた時から、別人のよう……いや、正しく別人になったと僕は確信している。
今まで両親に我儘放題で使用人に当たり散らかし、僕を叩いていた姉さん。
最近一目惚れした皇子の婚約者になりたいと駄々を捏ねて、そうして婚約者になった皇子に熱を上げていたのに、その日を境に急に天使になった。
両親を敬い、使用人を平等に接して。みんなに優しく、明るく快活に、しかしそれでいてちゃんと淑女らしくなった。
婚約者に対してもほとぼりが覚めたようで、というか冷えきったような態度を取っているけれど今までとは逆に皇子の方が姉さんを愛しているようで。しかし、鈍くなってしまったらしい姉さんはそれに気付いていないようで。
今では良い友好関係を築いている。
姉さんはみんなに愛されるようになった。
元々お人形のようか美しい顔立ちだったけれど内面が欠点とされてみんなから嫌われていた姉さん。
その内面が外面と合致するほど天使になったのだから好かれるのも当然だ。
聖母や天使と揶揄されているけれど、どこと無く抜けているのが近しいところでなんとも魅力的だとか。
両親の仲も姉さんのお陰で良くなった。
僕のことも当然叩かなくなった姉さんは、物覚えの悪い僕に「いっその事マナーも家柄も何も無いところにお姉ちゃんと逃げちゃおっか」とにやりと可愛らしく微笑んで。
その後、あんなに姉さんが好きで僕には一欠片しかくれなかったアップルパイを半分にして、大きい方を僕に分けてくれた。
「私の可愛い弟ですもの。大好きよ」と、その日から沢山言ってくれるようになった。
そこ日、確信した。
この姉は姉さんではなくなったのだと。
そんなこと誰でも分かっている。
天変地異の前触れか、それとも悟りを開いたのかはたまた天使の思し召しか。
気づいているけれど、言わない。みんな怖いのだ。今の姉さんが好きだから、前に戻ってしまうのではないのかと、前の姉さんに戻って欲しく無いから下手なことは言わないのが暗黙の了解だ。
それから10年の月日が流れた。
姉さんと僕は同じ学園に通っている。
そして今まで貴族社会でしか生きていなかった姉さんは、視野を広げた。
庶民の暮らしに関心を寄せているのか、寮生なのをいいことに自分で着替えて紅茶を淹れて料理を作って掃除までしていた。それを見たお付きのメイドが悲鳴を上げるのがいつもの光景。自由奔放ながらも優しくて品位を保つ姉さんはここでも愛された。
姉さんがしつこく聞いて来ては「あなたならきっと仲良くなれると思うわ」と言っていた平民出身の女子生徒も、結局姉さんと仲良くなって。他の男子生徒を振り切ってまで姉さんと一緒に居たがっていた。「私を攻略してどうする!?」と叫んでいたけれど、どちらかと言えば姉さんがあの子を攻略した側だろうに。
そうして、みんな姉さんの昔の姿を忘れた。
そんな今日はクリスマスパーティーだ。姉さんが姉さんになった日。
ある意味、姉さんの誕生日と言えるのではないかと思える特別な日。
姉さんは今年も皇子と踊る。
オレンジ色のドレスが良く似合うのは太陽の様な人だからだと言い出したのは誰だったか。
昔と違ってきらびやかに宝石などを散りばめたドレスを来ている訳では無いのに、それでも輝いているのだとみんなが言う。
それでいて、1番の淑女ではあるが変わっておられる方だ。と皆が笑顔を浮かべる。
お金の消費もやめて、着飾るのもやめて。
婚約破棄がしたくて家から出たがっていて、他の国や庶民の生活に憧れて。
きっと地位や名誉も全て捨ててどこかで羽ばたきたいのだろう。実際に姉さんは寝言で「……平民快適ライフを……おくる……の……」と言っていた。
それでも皇子は姉さんを手放さないだろうし、誰もが皇后に彼女をと望む。
そして、お人好しの姉さんはその期待に答えるのだろう。
だから、僕は。僕にできることをする。
それが誰も望まないとしても、僕は姉さんが大好きなのだから。
そのためには、今日しかない。
パーティがあるけれど、だからこそ喧騒に紛れることが出来るのは今日だけ。
だから、今日というこの日にパーティに行く前の彼女を呼び出した。
「まさか、一緒に行きたいだなんて。ふふっ、本当に可愛い弟なんだから」
「ダメだった?」
「いーえ! 全然ダメなことなんてない! 嬉しいくらいよ」
「……姉さん。あのね、僕姉さんが大好きだよ」
「ええ。私も大好きよ? たった一人の弟ですもの」
「うん」
そうだね。姉さん。
僕らは姉弟。
たった一人の姉さん。
「……ねえ、気の所為かしら会場とどんどん離れていってない?」
「そんなことは無いよ。これで合ってる」
「私も方向音痴なところがあるから、まさかしっかり者の貴方とこんなところが似てるなん」
「一緒にしないで欲しいかな」
明らかにパーティ会場から遠のいているのに、どう言っても足を止めない僕に姉さんはたじろぎながらも着いてくる。
こんな夜にドレスを着て庭を歩くなんて不思議な感覚なのか、楽しくなったようで姉さんはパーティよりも僕を優先した。
そうして他愛のない会話を続けているとようやく温室に辿り着いた。
「ようこそ」
「わぁあ……すてき……」
アロマキャンドルで幻想的になった温室はまるでスノードームのようで。我ながらよく出来ていると感心する。
おままごとのようなエスコートをして。
温室の真ん中に配置した椅子に姉さんを座らせ、紅茶を淹れると姉さんは驚きながらも嬉しそうに飲んだ。
さて、あまりゆっくりしては居られない。かと言って焦ってはいけない。
籠の中に入れられようとしている鳥を逃がそうと言うのだから、落ち着いて確実にやらなければ。
僕はあるものを取り出した。
「姉さんにプレゼントがあるんだ」
「えっ! クリスマスのプレゼントはもう貰ったわよ!?」
「ううん。それとは別だよ」
はい。とプレゼントを渡すと姉さんは嬉しそうに受け取った。
彼女はプレゼントの中身よりもその気持ちが嬉しいのだと模範解答をするような人だから、きっと僕が何かをくれるということが嬉しいのだろう。
……喜んでくれるといいな、姉さん。
「あけてみてもいい?」
「勿論」
丁寧にリボンを解く姉さんを眺めながら、時計を見る。
あと、20秒。
「そういえば長期休み、この前話したあの子のお家に招待されたの」
「……それじゃあ、うちにも招待しないとね」
「確かにそうね! ……招待状ってどう書くんだっけ……」
「……姉さんは下手に作法に囚われるより、好きなように我が家に来て欲しい気持ちを書き綴るのが一番だよ」
あと、10秒。
「……今日が何の日か知ってる?」
「クリスマスでしょ?」
「それ以外で」
ーーあと、5秒。
「うーん? ん? これは……」
ガサガサとラッピングが解けてプレゼントの全貌が顕になった。
パチクリと長いまつ毛を瞬かせる姉さん僕は微笑んだ。
ーーあと、3秒。
「これから着る服だよ」
2、
「へ、ふ、服ってこれ」
1、
「ピンクのドレスじゃない。しかも、凄くキラキラして」
「『私』の趣味じゃない?」
「え」
0。
ゴーンゴーンと鐘の音がする。
パーティが始まった合図だ。
今更焦ったのかそれとも僕に危機感を感じたのか、バンッと彼女はテーブルに手をついて立ち上がろうとした。
「そ、そう、パーティ行かなきゃっ!」
しかし、彼女は立ち上がることは出来なかった。
それもそうだろう。強力な葉っぱで淹れたお茶だ。彼女がこの世界からどんな加護を与えられているかは知らないけれど、これは毒ではない。薬なのだから危害ではないのだ。
「な、にを、したのっ」
「話の途中だったよね。今日が何の日か分かる?」
「今そんな話っ、」
「関係ない? 悲しいこと言わないでよ。姉さんのことなんだから」
今日は貴方が姉さんになった日。
世界から愛される姉さんが生まれた日。
「そして、僕のたった一人の大好きな姉さんが亡くなった日だ」
家の事が好きで、自分の出生に誇りを持っていて、だからこそ僕のことを思って厳しくして愛してくれた姉さん。
臆病で不器用だったから、強く当たってしまうって僕は分かっていたよ。完璧主義で誰よりも努力していたからこそ、生半可が許せなかった姉さん。
ピンク色と宝石を、宝石なんか比じゃないくらいキラキラした目で見ていた姉さん。
恋をした姉さんもとてもきらきらしていた。皇室に入るのだから菓子を食べ過ぎては示しがつかないと言って、大好きなアップルパイでさえ月に一度しか食べないようにして。それでも一欠片僕に分けてくれる姉さんが、僕は大好きだったんだ。
彼女は姉さんの瞳から涙を流した。
誰に許可をとって泣いている。
姉さんは何があっても泣かなかったのに、お前がそれを破るのか。
僕だって姉さんが姉さんではなくなったあの日に泣きたかった。
でも、それ以上に誰も姉さんのことを望んでいなくて、
誰もが姉さんの悪口すら言わなくなった時が一番絶望した。
けれど、泣かなかったのは姉さんが「涙? 人前で流してみなさいただじゃ置かないわ。そんなの卑怯者でしかないのよ」と言ったからだ。
姉さんは僕のことなんか好きとは口に出さなかった。でも貴族社会で僕が陰口を言われないように、パーティで俯かないように厳しく教えてくれた。それは、紛れもなく僕に対する愛だった。
お前の口から出る軽いものとは違う。
僕も姉も『キャラクター』ではないのだと、生きているのだと。
生きて、いたのだと。
今ようやくわかった頃だろうか。
「記憶を消せば、お前という存在も死んでくれるのかな。そうすれば、姉さんが帰ってくるのかな」
「っ!」
世界中が姉さんを嫌いでも。
誰もが姉さんを愛さなくても。
僕だけは姉さんが大好きで、愛していたんだ。
「僕に姉さんを返して」
遅くなってごめんね、姉さん。
ーー転生悪役令嬢の弟は、姉さんが大好きだったのである。
登場人物
僕
・悪役令嬢の弟
・一応攻略対象。彼のルートだと唯一悪役令嬢が死なない
姉さん(6歳まで)
・よくいる悪役令嬢
転生悪役令嬢(6歳から)
・憑依ではなく転生である
・よくいる聖母のような天使のような
・この世界が乙女ゲームで、弟ルートじゃないと死ぬのを知っていて現実逃避しながら右往左往してた
・でも、転生者なのでこの世界の人間たちとは対等ではない
【追記】
この話に関しての解釈はまさに三者三様だと思います。
解釈以前にどういう話なのかですら読み手次第でガラリと色を変える話とも言えますし。
解釈等につきましては私から明言する気は一切ございませんのでお好きな解釈でお楽しみくださいませ!