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2重人格の彼は私を求めた。

作者: 春男

彼は優秀なんだと思う。


求められた成功を成し得る姿を私は幾度と目の当たりにしてきた。


先生が期待すればその思いに答え、生徒が羨ましがれば方法を躊躇なく伝授し、親が望めば結果を作り、友人が頼れば手を差し伸べる。


褒められ、讃えられ、喜ばれ・・・そんな姿を私は何度も間近で見てきた。


しかし、そんな優秀さ故なのか、彼がその成功を喜ぶ姿を一度も見たことがない。

その努力を楽しむ姿は勿論のこと、夢中になっている影すら感じられなかった。


元々、一匹狼な彼。

近づきがたい雰囲気を持つ彼は無意識のうちに己を隠す。


夕方の誰もいない教室での勉学。

空き地におけるスポーツの特訓。


こっそり観察しなければ見れない努力する姿だが、観察が趣味の私は一目見て理解する。


まず質がおかしい。


どの努力も一回目の失敗ですべてを学習、二回目にして挑戦し疑問を払拭、三回目にして簡単に成功。


汗の一滴垂らさず、呼吸一つ乱さないその清々しさ。

感情を宿さない瞳と微動だにしない表情には流石の私も恐怖を禁じ得なかった。


凡人ならまず一回目で絶望する。二回目で恐怖し、三回目で諦める。

それが普通だ。

私のような諦めの悪い者だってまず集中することに苦労する上、その集中が、その苦労が成功という形で報われるのは不確定。


まずもって成功を喜べないことすら論外。


こんな姿を見せる彼だが優秀であるという印象に変わりはない。

しかし、私は新たな項目をつけざるおえなかった。


それは「人としての致命的な欠陥を持つ天才」


その欠陥は簡単に言えば楽しむ心で人間の原動力そのものがないということ。


ではなぜ、彼にそんな精神的的欠陥があるのか。

独断と偏見だが、私の中にある答えただ一つ。


どんな物事も彼にとっては簡単すぎるのだ。


人々が苦しんで手に入れる結果に加え、練習や修練における学習。彼にとってはすべてが朝飯前。


本当に天才すぎると愚痴りたくなるものだが、この短所は彼の長所が織り成す唯一の弱点だった。


しかしこれはあくまで予想。確実な理由は一切ない。

けど、私からしたら彼を観察して得た印象が全て。


彼がなぜ、こんなにも日々を無感情で過ごせるのか。

なぜ、物事を楽しめないのか。

なぜ、自分にとって一番の充実した生き方をしないのか。


私はそれがあまりに『不思議』で仕方がなかった。


人という存在を形成する基礎はその殆どが感情。


楽しいと思えるから人が日々生き続けるように・・・。

怖いものがあるから人が日々死なずにいるように・・・。

面白いものがあるから人が日々笑えるように・・・。

悲しいことがあるから人が日々涙を流せるように・・・。


私達の行動原理の全ては感情が関係しており、朝飯前である苦労もそれは同じ。

必ず何かしらの感情が含まれている。


だと言うのに彼の中には何もない。

隠しているのか何も感じられない。


その姿は作業する機械同然。


行動に一つの意味も見出していない。


だからは私は尋ねた。


「なんの為?」


彼は答える。


「やれと言われたから。」


また私は尋ねる。


「楽しいの?」


そして彼がまた答える。


「わからない。」と、不安の一つも宿さずに。


いつからだっただろうか。


私はそんな彼をただひたすらに眺め続け始めた。

時に話しかけ、時に遊びに誘い、時に悪戯を仕ける。

けど彼はいつもと変わらない。

言葉では言い表せない感情を募らせる私とは真逆に、一度だって笑わない。


変化ない日々の何が面白いか。


何の反応もしない彼に、私は不満をため続ける。


しかし発散するすべはない。

寝てストレスを半分に。


そんな日々を続けて約5年・・・


一ヶ月前、ついに私に限界が来た。



彼の心が見たい。彼の感情が見たい。

誰もいない夕日照らす教室の中。

二人きりになった途端、私は唐突にも彼の頬を引っ張り始めた。


最初は弱かったそれを徐々に強くしていく。

強くしながら彼の表情を見逃さないよう観察する。


しかし何時まで経っても彼は痛いとは言わない。

ただ驚いたように目を見開き、私に向き直るだけ。


しかし、彼だって人間なんだ。

感情がないなんてあるわけがない。

数分間、赤くなる頬を捻り続けると・・・彼はついに、ポロポロと一粒一粒、涙を机へと落とし始めた。


「ねぇ・・・痛い?」

「・・・。」


その涙をきっかけにする為に私は彼に尋ねる。

彼な感情の再起動のきっかけとする為、彼の心境の確認をする。

しかし、やはり帰ってくるのは涙の垂れる音。


「痛いかって聞いてるんだけど・・・なんで答えないの?」

「・・・。」


この機会を逃してはいけないから再度尋ねる。しかし意味はない。

同じように帰ってくるのは涙の垂れる音。

諦めるしかないのかな、数秒待ってそんな考えが出てくると同時に、やっと彼は言葉を返してくれた。


「・・・分からない。」


プチっ


しかしそれは私の望んでいたものではなく・・・彼は簡単に堪忍袋の尾はぶち切った。

私はガバッと両手で彼の頬を抓りにいく。

そして大声で彼に痛みを伝える。


「ねぇ、分かるっ!これが痛み!これが痛みなの!」


彼の視線を私以外には向かせたくない。

だから力を一気に強める。

すると彼を怯えたように体を震わせた。

だと言うのに何も反抗しない彼に腹が立つ。


「なにか言ってみなさいよ!

ほら、ほら!口がついてるでしょ!

立派に呼吸も出来る喉もあるでしょ!

痛いとか止めての一言も言えんのか、あんたはっ!!」


中性的な男の子。この世では貴重とも言える美男子が彼だ。

そんな彼に私は痛みを教える。


「泣いてる暇があるならさっさと認めなさい!

自分が痛い!痛い!止めて、止めてっ!って叫びたがってるのをさ!」


恐らくこんな瞬間、誰かに見られたならバッシング間違いなしだろう。

というか元々、クラスでも密かな人気はNo.1の子にしていい仕打ちではない。

でも私は制御装置が外れたように行動する。

思いのまま彼を虐める。


「・・・っ!」


しかし彼も私に従う木偶の棒ではない。

私の頬にしている捻りを手で払い除けようとする。

私の上下関係を叩き込むべく、彼の手ごと顔を両手で挟み込む。


「何逃げようとしてんのよ!

私を前にして逃げれると思ったら大間違いだからね!

いい!良い機会だから教えてあげる!

あんたはね!自分の気持ちが分からないんじゃない!

身に感じても!見て見ぬふりを続ける!人間関係面倒くさいからってすべて投げ出して、男の風上にも置けない糞みたいな人生を送るだけのただの怠け者よ!」


彼は逃げれないと悟ったのか、私の勢いに圧倒されたのか、もう動かなくなった。

彼の大きな目は私から外れない。


「本当の貴方はねっ、辛いものは辛いって、ちゃんと心で感じてるのっ!

痛くて、苦しいものはちゃんとその通りに感じれてるの・・・っ!

今流してる、この涙がいい証拠っ!」


親指で彼の涙をなぞる。


「分かる?本来なら、本来ならね・・・貴方は幸せに笑えるの。

時に泣いて時に笑って、ちゃんと毎日を充実に過ごせるの。

なのに・・・簡単に出来るってのに・・・!いつも、いつもいつもいつも!あんたは自分を騙すっ!

悲しいとか、楽しいとか何一つ例外なく騙して、何でもないって、抑え込む!」


彼の涙はまだ止まっていない。

それどころか、私の与える恐怖のせいかその勢いは増している。


「いい!私の善意で教えてあげるからよく聞きなさい!

貴方はね、もう限界なのっ!

今まで我慢し続けた反動で・・・痛みに関わらず我慢する事に無意識に体が拒絶し始めてるの!」


彼は分かってない。

世の中で限界を超えてしまった人が、どれだけ恐ろしい事をしているのか。

知性ある人間がストレスによりどれだけの悲劇を起こしているのか・・・本当に彼はわかってない。


私はなんとしてでもそれを伝えたかった。

もうしちゃ駄目だって、言いたかった。

だけど素直に言えたならこんなにキレてない。

その罪悪感もあり、私は彼に笑いかける。


「・・・ねぇ、知ってる?

人ってね、限界を超えるとね・・・もうまともに喋ることすら出来ないほど・・・壊れちゃうんただよ。」


今、私は泣いているのだろうか。

正直、自分でも分からない。

想いに忠実に体が動いているため、思考がまとまらない。


「正直言うとね、私としちゃ貴方が幸せだろうが何だろうがどうでもいいの。

無表情でい続けようが、笑顔でいようが、泣き喚いていようが、何一つ私には関係ない。」

「・・・。」


彼の瞳から一瞬、光が消える。

しかしそれを確認しようとも、滝の如く思いを吐き出す私は止まらない。


「けどね!貴方が死ぬのは絶対に嫌。

限界が来て、壊れて、私の前からいなくなることも・・・絶対、絶対絶対絶対っ!どんな理由があったってっ!私は絶対に許さない!」


彼に向けるこの気持ち。言葉にするならなんだろうか。

この世に生を受けて十数年の私には分からない。

けど私の知ってる言葉で何が一番合うかと問われれたなら私はこう答える。


これは"愛"だ。


「だからもう私の前で我慢なんかしないで・・・っ!

限界を迎える姿なんて・・・私の前で見せないでっ!」


多分、私は泣いてる。

じゃなかったらこんなに視界は歪まない。

だけど止まるわけには行かない。

ここで何も言わなくなってしまったら、私の負けが確定する。

私はゴリ押しのような形で叫び散らす


「分かったのっ!?分かったんだったらちゃんと・・・頷けェェェェェェェェェ!!」

「・・・。」コクコクコクコクコク!!

「・・・よろしい。」


私は目を瞑り頷くことで、怯えた彼を安心させる。

しかし、これで開放してしまえば彼は絶対この癖を直さない。

だから念の為にもう一度、今度は静かに脅迫する。


「・・・一応言っとくけど、この約束破ったなら・・・そんときは泣いて謝るまで虐め続けてあげるから・・・覚悟しときなさい。」


別に彼に恨みがあるわけじゃない。


ただ、私的にもったいないと思ったのだ。


感情がない状態でも彼は何でも成し遂げる。

であるなら、裏を返すと、感情さえあれば彼は何にだってなれる。


人は選択してこそ幸せになれるというもの。

故に選択をしない人は幸せにはなれない。

なるか、ならないかで言えばなったほうがいいのは確実。


だから私は強制的にでも彼に選択させる。

このまま行けば彼はどの道破滅、だから彼自身が幸せになれる道を選ばせる。


これからの私の苦労が目に見える。

だから今、貯まるであろうストレスを発散するために叫び散らす。


「分かったんだったら頷けやァァァァァァァァァ!!!」


人生なんて自分勝手なもの。

彼に自分のお申し合わせを押し付けるのもその一つ。

文句や嫌味を言われてもしょうがない。


けど、所詮この世は弱肉強食。


「・・・。」コクコクコクコクコク!!!


強者である私がルール。

彼の反抗に一切の強制力はないのだ。

私はそんな状況を作り上げたことに満足する。

満足できたという事は余裕が生まれるということ。


「「・・・。」」


お互いの目を覗くだけの5秒間。

私の目にはクリっだとした丸い茶色の瞳が映るる。


(うん、可愛い・・・。)


最初に言っておこう。これ関してはわざとじゃない。

本当に無意識に体が好奇心に従っただけなのだ。


「・・・んっ。」

「・・・んヅッ///!!?!?!!!??!!!」


私は躊躇なく、彼の唇に自分の唇を重ねる。

勿論彼は逃げようとした。

しかし私は腕力でそれを認めない。

無理やり舌を侵入させ、彼の自由を奪おうとする。


しかし私はあることに気づいた。


「・・・甘い。」


ほんのりと感じる彼の甘さ。

ケーキやフルーツの様な甘ったるいものではない。

それはまさに麻薬と同じ。

彼は毎度、私の欲求を刺激してくる。


私は我慢できなくかり、今度は深くグチョグチョに、ぐちゃぐちゃに、彼を犯し始めた。


「ま、待ってぇぇ///んぁっ、んん///おね、おねかぁいぃぃ///や、やめぇ///・・・ヂュルヂュル・・・ハァっ///ハァっ///ハァっ///。」


彼が珍しく自分の思いを言葉にする。

けどこの時だけは私の強制力が勝っていたため叶わない。

彼の口の主導権は私が奪っていた。


しかしそんな幸せな一時も第三者の乱入で途絶えてしまう。


「キャアアアアアアアアアアッ////!?」


放課後だからもう誰も教室内に来ないと思っていた。

しかし運の悪いことに、親友『沙梨さゆり』が乱入してきた。


「な、な、な、なにしてんのっ、玲奈!?」

「・・・ちっ。」


彼女こそ純情ピュアの象徴。

中学生になってキスで顔を染めるほどの純情さにクラスをまとめる学級委員長という役職が重なる。

故に、さゆりは私の行為を必死に止めようとしてきた。


「駄目だよ!学校内での不純異性交遊はっ!?

しかも無口王子とじゃんっ!?

私のいない所でギャルゲー展開なんて許さないからねっ!」


・・・違った、こいつピュアじゃねぇ。不純そのものだ。

何言ってんだこいつ、と私は呆れたが、それが無口王子と呼ばれる彼への拘束が緩む結果となった。


「・・・っ!」


彼は私の手を振りほどき、猫のような俊敏さで廊下へと逃げ出す。

途中の顔を真っ赤にする委員長なんか気にしない。

彼は一秒もかけず教室から姿を消した。


「「・・・。」」


呆然とするさゆりと私。

残された私達は目を見合わせた。


「・・・もしかして・・・私邪魔しちゃった?」


邪魔じゃないと思っていたのか、とツッコみたくなったのは人生初のことだった。


しかしよくかんがえればそんなツッコミできるはずがない。

だって私のやってる事、客観的に見れば痴女そのものだもん。

よくツッコまなかった、って帰り道で自分を褒めてしまったもん。


帰宅後、自室のベットの上で懺悔と後悔祭りが始まる。


腹切でもしたほうがいい勢いで悶苦しみ、「ヤバイヤバイ!どうしよぉぉぉっ!」と今後の立ち回りを思案し続けた。


しかしいくら考えても後の祭り。


私のした事は取り消せない。

私にできる事は土下座して、誠心誠意謝罪することだけ。


「仕方・・・ないよね・・・。」


嫌われるのは確定している。

それにもうどうせその回避方法もない。

だからこんな葛藤は意味ないと無理やり落ち着かせる。


しかし、すればするほど思い出す口に残る彼の味。

あれは本当に麻薬以上依存性がある。


私は抱き枕を抱きしめながら、また味わいたくなるこの欲求を我慢した。


「・・・〜〜ーーっ///!」


今、考えるべきはどんな謝罪をするかどうか。

この欲求の解消法は後回し。

だがどちらを考えるにしろ、両方に不安は残る。

まず突飛な行動を我慢できなかった私だ。

明日、拒絶されて奇行に走らないとは言えない。

嫌われる覚悟だって出来てない。


「・・・どうしよ・・・。」


結局、不安を抱えたまま私は眠りにつく。

現実は非常。

否が応でも日々はちゃんと時間経過してくもので、目が覚めれば清々しい太陽の光が目に入ってきた。


「・・・世の中は残酷だ。」


ボサボサの髪の毛としばしばする乾いた目。

いつもどおりの朝なのに、いつも以上に気が重たい。


「行きたくないなぁ〜。」


しかし現実は非常なり。

ここで登校拒否と非行に走れば、それは自分の日を認めないクズとなる。

私のプライド的にそれは許されない。


私は重くなる足は学校へと進んでいった。


その通行途中。


「おはよ〜、玲奈ぁ〜。」


さゆりが楽しそうに走り寄ってきた。


「・・・おはよ。」

「ん?寝不足?目の下のクマすごいよ?」

「・・・昨日の懺悔として土下座の練習してた。」

「うぉぅ・・・。」


さゆりは事情を知っているだけに複雑な表情になる。

しかし詳しいところまでは知らない。


「そう言えばさ、何であんなことしたの?」


私が懺悔したというのに、傷を抉ってきやがった。

特に言いふらすような子じゃないのを知ってるため本心で言う。


「・・・分かんない。多分欲求不満だったんだと思う。」

「え?痴女さん?」

「私もそう思った。でも安心して、無口王子以外には発情しないから。」

「めっちゃ堂々と言い切ってるけどちゃんと反省してる?」


してる、してる。めっちゃしてる。

と言いたかったが、心のうちで拒絶されたら既成事実でも作ったらいいやとか思ってたりする。

これでも反省はしてるんだよ?ホントだよ?


「しっかし、男っ気のなかった玲奈も遂に恋愛かぁ〜。

前は来るものすべて拒んでたのにねぇ〜。

あぁ〜、青春って美しい。」


さゆりの趣味はギャルゲー。

故に現実の恋愛ものは大好物。

クラス委員長になったのもそういうのを客観的に観察できるからという理由らしい。


「青春・・・ね。結局私のはもう今日で終わりよ。

あんなことしたんだし。」

「・・・そうかな?大丈夫だと思うけど?」


私の後悔に対してさゆりの根拠のない自信。


「・・・さゆりなら知らん男にいきなり唇奪われてその人好きになれる?」

「美女美男子の日照らされる物静か教室内での激しいキス・・・ブフォっ!」

「聞く相手間違えた。」


妄想豊かで羨ましい限り。

彼女はアニメでよくある展開を想像し鼻血を出しながら昇天した。

いつものことなのでガン無視がいいだろう。


さゆりのゲーム知識披露を耳の端で捉えながら、謝罪の方法を脳内で吟味する。

恐らく無口王子が休みもせずいつも通りに日常を送るならもう教室にはいるはずで・・・


「入りたくない。」

「逃げちゃ駄目だよ。」


予想通り、いつもとは違い机に突っ伏して寝てはいるがもう教室内に彼はいた。

寝て得るのが唯一の救い。

私はさゆりに背中を押されながらも、自分の席である彼の前に座る。

が、しかし安心したのが油断だった。


椅子のこすれる音で彼の体がビクリと震える。


「・・・。」


私は理解した。こいつは起きている、と。

彼もおそらく私と同じで分からないのだろう。

恨み辛みがあるかは知らない。

でも寝たふりをする時点で、私に気を使っているのがわかる。


「・・・健気〜。」


本来なら私は責められるべきだ。

罵倒され、彼の純情を弄んだ罪を償うべきなのだ。

けど彼は優しいから、自分が悪いと思っている。

初めての恨みはあるだろうが、私を強くは責められない。


こんな彼だから私はとても愛おしく感じる。

愛玩動物の様に飼い、甘えに甘やかしてドロドロにし、私なしでは生きられないほどの依存させたくなってくる。

けど昨日のことでさすがに私の理性にも耐性がついたようで。


私はサラサラした彼の髪を撫でるだけに留まった。


「「・・・。」」


数秒間、撫で続けると彼はゆっくりと顔を持ち上げる。

相変わらずの目の下のクマ。

真ん丸な目に艷やかな唇、ピョコっと小さなお鼻に少し赤らんだ頬覗かせる。


「「・・・。」」


お互いに目が合うと体の動作を一時停止した。

私は彼を見て沢山の想いが頭を過る。

しかし今日するべき謝罪以外の感情は正直に言って不要。

謝ろう、彼の真っ直ぐな瞳を見て私はそう決意した。


まずは頭を下げる。


土下座は悪目立ちするから無しとしても机に頭をつけることぐらいはしなければならない。

決意からくる私の行動。


しかしそれは動作の直前で私の耳元に近づく彼によって止められた。


「・・・っ!?」


あまりに突然。

甘い匂いに、綺麗な顔の急接近。私の体は硬直する。

そんな私を彼は気に止めず、耳元である言葉を囁いてくる。


「放課後・・・校舎裏・・・来て。」


それは死の宣告。甘い言葉に隠された絶命を告げる宣言。

彼は私の想像以上に怒っていた。

私が彼の初めてを奪ったことに激怒していた。

校舎裏に来い=ボコボコにしてやる、と言う構図。

私はその日の全てを放心状態で過ごすことになった。


今ならわかる。直接嫌いと言われたほうが傷つかなかっただろう。

変にどう精神的に殺されるかを自分から煽ることもなかった。


授業終わりの校舎裏。

気づけばそこで立ち尽くしている自分がいた。


「は・・・っ。」


意識は視界に無口王子を捉えたと同時に覚醒する。

私はまるで石のような緊張を好みに味わっていた。


「「・・・。」」


無言の時間。

私の思考を覗いてみよう。


(よし!土下座の準備は出来ているっ!

両膝、おでこを地面につけて『ごめんさない!』と叫ぶんだ!

よし!や、やるんだ!土下座しろ!土下座するんだ・・・っ!)


無意味な時間はお互いに過ごしたくないだろう。

恐らく最初で最後の私の彼への気遣い。

片膝をつこうと腰を下ろし、膝を曲げようとする。


さぁ、これが土下座だ!無口王子に女の維持だ、そう思ったとき・・・


「貴女は僕のこと好きですか?」

「・・・・・・・・は?」


地面を手につく直前、彼はド直球に羞恥心を抉ってくる質問をしてきやがった。

私は一瞬唖然とする。


「「・・・。」」


返事を待つ彼にどう反応するべきか思案する私。

先にしびれを切らしたのは彼だった。


「嫌い・・・?」


彼のこの表情は初めて見る。

幼稚園、小学校ともに過ごしてきたが一度も見たことのないその表情。

それは絶望した顔だった。


「好き!大好き!家に監禁して愛で続けたいって思うぐらい愛してる!」


あまりに突然なことだったため、本音が全て出る。

それは予期しなかったことで、焦りが出てくる。

それに加え、彼が嬉しそうに目を輝かせる姿を見て羞恥心が込み上げてきた。

私はとっさに否定する。


「あ、待って、違くて・・・これじゃあ私変な女じゃん。

いや、突然キスする時点で変な女なんだけど・・・。」

「え?違うの?」


あ、止めて、そんな小動物のような顔やめて。

・・・彼は卑怯だ。もう私に否定の道を残してくれない。


私は恥ずかしさの余り両腕で顔を隠して静かに頷く。


「・・・違わないです///大好きです///。」

「・・・良かった。」


本当に彼は卑怯だ。そんな安心するような微笑みを魅せられたら、もう彼を諦めきれるはずもない。

私は完璧に彼の呪縛から逃れなくなった。


それを彼は理解したはずだ。

私の告白で分かったはずなのだ。

なのに彼はまだ、私を縛ろうとする。


「そんなあなたにお願いがあります。

・・・一度でいいんです、僕に・・・キスしてくれませんか?」

「・・・へ?」


彼は私が欲していた許可を簡単に出してきた。

突然の事ゆえ、疑い深くなっている私はこれは罠なのではないかと疑う。

だってそうだろう?余りに都合が良すぎる。

私がした事は本来は切腹もの。なのにご褒美であるキスをいただけるなんて、余りに私が幸せすぎる。

実は脅迫するためでカメラ仕掛けてます、と言われたほうが納得できる。


しかし彼の顔はマジ。

赤らんではいないけど視線を真っ直ぐ私に向けている。

まるで張り詰めた糸のよう。

質問も拒否も許されないような雰囲気。


気づけばまた私は彼の唇を奪っていた。


「・・・///。」


前回とは違い、今回、彼は一切抵抗しない。

来るがままを受け入れ、そして私と同じ愛情を下手ながらも自分の舌で返してくれる。


数十秒間。


彼の限界は近くなり、息苦しいなか激しい息遣いが聞こえてくる。

舌動かすのも辛くなっているも確認すると、なんとも言えない達成感が味わえた。

私はそんな彼に満足し、唇を離す。

私の目に体を火照らせた目を潤わせる彼が写った。


「・・・?」


そんな彼に違和感を覚える。

身長、髪、筋肉量、顔共に彼なのは間違いない。

今まで見て触れて確認してきた彼と何一つ変わらない。

でもこのときはなにか違うように感じた。

直感が囁くのだ。


彼は彼であって・・・彼ではない、と。


しかし嫌悪感はない。

私の愛は今の彼にも向いているし、私の心は彼を受け入れている。

ただ不満を抱いた。

まだ私の知らない彼がいる事に好奇心が湧き出てきた。


「・・・んっ。」


これは意地悪だ。

知らない彼を私色に染めるため、今度は前回以上の激しさで彼の口内を犯すことにした。


「んみゃっ///!?ま、まっでぇッ///!?ん///・・・んぁっ////!」


二度目はないと安心していたからか、彼は私の攻めに耐えられない。

受け入れては駄目だと男の本能が思考を支配しているのだろう。

それが逆に彼を苦しめ、辱め、快楽に溺れさせることになるとも知らず・・・本能とは非常なものだ。


「・・・はぁっ///・・・はぁっ///・・・はぁっ///」


最後にはへにゃへにゃと地面に腰を崩す彼。


「・・・で、君は誰?」

「気づいたならキスするのやめてよぉぉぉ……///」


まだ文句を言う余裕があるようだ。

今度は本気で撃沈させに行く。


「みゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ///!?」


彼の叫びはどの音楽よりも心地が良かった。



〜〜〜精神安定&移動中〜〜〜



「本当に申し訳ございませんでした。」


二度に渡る暴走。

人気ない公園のベンチ前。

私は彼に向かって土下座を繰り出していた。


「・・・。」


怒ったように頬を膨らませ、そっぽ向く彼。

いつも以上に感情豊かなので罪悪感が凄い。


「本当に!・・・申し訳ございませんでした!」


認識が甘かったとしか言いようがない。

私は世間一般でいうとキチガイの類である。


「・・・もうしない?」

「はい!しません!キスはするけどあそこまで激しくはしません!」


いや、もうキチガイでもいい。

キスの権利だけは残しておく!


「よし!許・・・あれ?反省してるよね?」

「冗談です!許可なしにもうしません!」


・・・冗談だけどね!


「・・・ホント?」

「ホントです!」

「・・・不安が残るけど・・・まぁ、いいや、許す!」

「ハハァ!有難き幸せ!」


私の悪ふざけに楽しそうに笑う無口王子。

それは学校で見せる無表情とはかけ離れており、私をドキッとさせた。

それと同時に、忘れていた積もり積もっいる疑問が一気に押し寄せてくる。


「・・・で、そろそろ教えてもらってもいい?

何でいきなり、そんな表情豊かになったの?」


一通りの茶番の後、私は真面目に彼に尋ねる。

今の彼は、今までの彼とかけ離れている。

まるで彼の中に感情が戻ってきたような感じだ。


「もしかして今まで本心隠してたの?」

「・・・。」

「あぁ、別に攻めてるわけじゃないわよ。

ただ知りたいの、隠してたのなら、なんで私の前で見せてくれなかったのかをさ。」


彼の顔に罪悪感に苦しむような影が見える。

私は彼の恐怖を紛らわすためそっと彼の手を握った。


「・・・っ!」


すると彼はハッと体を震わせ、落ち着くためか一度深呼吸を始める。

彼の目は私を真っ直ぐ捉えた。


そして彼はポツリと自分を語り始める。


「僕ね、2重人格なんだ。」


彼が言うにはこうだった。


本来なら自分は好奇心旺盛な少年だったよう。

朝起きて、外で遊んで、親孝行して、寝るのが好きなただの男の子。


しかしいつからか、そんな自分は一日一時間しか活動出来なくなっていた。

目が覚める時間は朝だったり、昼だったりとほぼランダム。

その上、起きて一時間経てば、必ず襲ってくる強烈な眠気。


最初は何かの病気だと疑ったらしい。


しかし病院に行く前、あることに気づく。


どこで寝ようとも、朝目覚める時に必ずいるのは自分の部屋のベットの上。

夜目覚めれば必ず着ている自分用の寝間着。

お風呂に入った記憶がないのに濡れている髪。


これはまるで自分が寝たあと、何かしらが自分の体を操っている様ではないか、と。


それに気づいた夜、彼は夢の中でもう一人の"自分"

に遭遇した。


自分と同じ姿、同じ背丈に、同じ声音。

違うところなんて一つもない。

強いて上げるなら、目が死んでいて、感情のかの字も宿さないところぐらい。


彼は言った。

「一体君は誰ですか。」と。

その人は言った。

「僕は君。君は僕。」


彼は尋ねた。

「これは君が原因なの?」と。

その人は言った。

「そうだ。そして君もだ。」


彼は尋ねた。

「一生・・・このままなのかな?」と。

その人は言った。

「それが望みなの?」


彼は叫んだ。

「そんなわけがない!普通に戻りたい!」

その人は不気味に笑った。

「なら、そうしよう。」


そこで彼の目は覚ます。

記憶はあった。その夢の記憶ははっきりと頭に残っていたらしい。

その後すぐさま病院に行き自分の症状を調べた。


挙げられた可能性は一つ。それが"2重人格"。


現在、彼の日常の4割はもう一人の人格に主導権がある。

そしてその人格と会話できるのは夢の中だけ。



これが彼の主張だった。

それを彼の隣で聞いた私は頭を抱える。


「え〜っと、じゃあ何?本来の貴方は今で、いつもの貴方は別人格の貴方ってこと?」

「うん、信じられないかもしれないけど・・・そのとおりだよ。」 


確かに、にわかには信じられない話だ。

これを何も知らない状態で聞いた日にゃ、エイプリルフールと勘違いするだろう。


しかし今の私はどこか信憑性がある話だと思っていた。

まず今の彼だ。

この彼は、私が知っている幼稚園卒業までの彼に随分酷似している。

私が何も喋らない彼を信用するのも、本性が今、目の前にいる彼のように優しい子なのだと思っていたからだし、中学になって目を追い始めたのも、今とのギャップの差を感じたからだ。


それに加え・・・私がついさっき見ていた現実。

これが何よりも信じるべき証拠なのは違いなかっか、否定の材料は全て擦り潰された。


「・・・はぁ〜、2重人格かぁ〜。こりゃあさすがに・・・情報量が多いって。」

「ご、ごめん!困らせる気は無かったんだけど!」

「あったでしょ。」

「・・・っ!?」


私は泣きそうな彼を見る。


「私ね、これでもそれなりに頭良いのよ?

周りから褒められ疎まれ、憎まれるぐらいには優秀なの。

貴方の言おうとしてることぐらいは分かるわ。」

「・・・え?もしかして・・・全部?」

「えぇ、予想でしかないけど・・・あらかたね。」

「そ、そっか・・・そうだったんだね。全部わかってて・・・意地悪だね?」

「知らなかった?私はね、好きな人の苦痛にゆがむ顔が大好物なのよ?」


彼が私を責めずにここまでつれてきた理由。

彼が私に自分の悩みすべてをぶちまけた理由。

彼が今、何かを言いよどむ理由。

・・・すべて分かっているから私は彼の背中を押す。

彼が前に進めるように・・・背中を押してみる。

ほら、そのお陰で彼の顔つきが逞しくなった。


「僕は普通に戻りたい。体を取り戻して、日常を・・・日々を生きたい思ってる。

君の言う無口王子・・・もう一人の人格にもそう伝えた。

一応、彼も動いてくれてるんだと思う。」

「・・・。」

「・・・でも原因はいつまで経っても見つからなかった。

なにひとつ分からないままだった。

そんな時、昨日突然、玲奈さんがキスをした。

してくれたから僕は目覚めた。

そして今日、本当にそうなるかを試したんだ。」


案の定、それは事実。

ランダムだった起床が私のキスで起こることが確定した。

彼の絶望は少しでも晴れたらしい。


「・・・・これは僕にとって唯一の希望だよ。

今まで何も変わらなかった現実が、予想外なことでも変化してくれた。

これはきっかけになる。

そして玲奈さん、そんな君は僕の願いの成就に対するトリガーなんだ。」


彼は私の前で頭を下げる。

精神誠意、頭を下げる。


「お願いです。僕のすべてをあげます。

時間も、想いも、自由も、僕の持つもの全てあげるますから・・・僕を助けてください。

この病気を治す手伝いだけでもいいんです。

こんなこと、言えた義理じゃないのは分かっています。

けど・・・僕には、僕達には・・もう玲奈さんしかいないんです。

お願いします・・・僕たちを・・・どうか、どうか、助けてください!」


本当、彼は大のお人好しだ。いや、ちょっとお馬鹿なのかもしれない。


普通、取り引きというのはお互いの需要と供給が合い、その価値が等しくなる時に成り立つもの。

今回の取引については言えば、焦りのせいか彼は自分が大損になっているのに気づいていない。

それ以前に私はレイプにも近い犯罪行為をしているので、本来なら無償で彼の要求を受けなければならないのだ。

なのに彼はそうしない。


「・・・うっ。」


余裕がなかったのだろう。

彼は眠気が襲ってたのか体をよろめかせる。

私はそれを抱き寄せ耳元でささやいた。


「分かった。貴方達を助けてあげる。

いつになるかはわからないけど、あなたの願いを叶えるまで支えることを約束する。

だから安心して。安心して・・・お休みなさい。」


限界が近かったらしい、彼の寝息が耳に響いてきた。

私は頭を撫で寝ている彼にお疲れさまと伝える。

しかしそれは止まざる負えなくなる。

無口王子と呼ばれる彼が目覚めたからだ。


彼はキョトンとした顔で撫でていた私の手を見る。

そして一瞬顔を赤らめ、すぐさま姿勢を整えた。


「・・・ごほん、事情は分かりましたか?」


一つの咳払いで自身の純情を誤魔化そうとする当たり無口王子らしい。

本当に二重人格のようだ。


「まぁ、大体は。」

「じゃあ、あいつの願いも?」

「えぇ。引き受けたわ。」

「そうですか・・・。」


私の淡々とした答えに何とも言えない表情をする無口王子。

嬉しそうじゃないことに違和感を覚えるが、悲しそうにしていないのが反対していないとも見える。

いつも通りに感情の読めない表情だ。


「驚かないのね?」

「・・・確定事項じゃないですか?」

「・・・そうですか。」


頭がいいほうが別人格、と。


「ま、了承済みなら別にそれはそれでやりやすいからいいや。

じゃ、今日はここで解散ね。」

「・・・。」


コクリと頷く無口王子。

私はベンチに置いていた荷物を背負いその場から離れようとする。


「あ、一応言っとくけど、明日からは私の言うことすべて従ってもらうから、そのつもりで。」

「・・・そうですか。お好きにどうぞ」

「・・・むっ。」


やはり無口王子は反応が薄くて面白味にかける。

私はガッと襟を掴んで無理矢理引っ張り寄せ、あることの確認のためにも、3度目となるキスの強制。


「・・・。」

「・・・っ!?」


彼にとっては何度目であってもなれることではないらしい。

いくら浅いキスであっても彼は顔を真っ赤にした。


「・・・ん、人格の変化は一日に一回。使いどころが限られるわね〜。

・・・そしてこの子も起伏が薄いだけで確かに感情は存在する・・・か。

因果関係どうなってんだろ?」

「は、は、はっ、離しぇ///!!」

「おぉっと・・・可愛いっ。」


突き飛ばされるが身体能力は私が上。

子供の反応にしか思えず、思わず本音が漏れてしまった。

これは彼のプライドを今更だが少なからず傷つけたことになる。


・・・ふむ、やるなら全力で上下関係叩き込むか。


私は再度、彼の襟を引っ張り引き寄せる。


「貴方はさっき、私の言うことは全て聞くと了承した。

わかる?これはつまり私に逆らってはいけないということ。

・・・覚悟してね?もう貴方は・・・私から逃れられない。」


耳元で囁やけばそれは羞恥心の刺激となる。

彼は自分のした行動の愚かさに対する悔しさと私の玩具となる未来の予想に対する恥ずかしさに顔を真っ赤にした。


「・・・っ///!白昼堂々とっ、何を宣言してっ!?」

「何って・・・ナニのオカズにするから私に従ってねって宣言。」

「目的変わってんじゃねぇかっ///!」

「鋭いツッコミっ!?」


舐めてんのかっ!と感情を露わにして怒る彼。

私はそれを冗談冗談と宥めながら笑いながら彼の頭を撫でる。


「・・・〜〜〜ーーーッっ///!」

(あ、ヤベ。)


それが子供扱いと捉えられ、赤く染まった彼の顔がもっと赤く染まる。


「もう帰るっ///!」


地団駄を踏むように走り去る彼。

これはもう止められそうにない。

だが、私たちは見えない赤い糸で繋がれたも同然。

彼が離れていってしまうなんて焦る必要はない。

私は叫ぶ。


「私の前でその鉄仮面被り続けられるって思わないようにねぇ〜〜〜!」

「煩いっ///!」


勝ち誇ったときの幸福とはまさしくこれ。

私は今、人生において最大の幸福を感じている。

これには流石の私も耐えられない。

顔が自然に緩んでしまう。


「あ〜ぁ、明日が待ち遠しい。」


恐らく私はこれから大変な目に合うだろう。

それこそ、地獄とも呼べる苦痛を味わうことになる。

人、二人分の人生とはそれほどまでに重いものだ。


それに加え私の人生だ。


余裕なんて言葉は間違っても使えない。


「ふふっ♪」


けど・・・不思議と嫌とは思えなかった。


だって人生なんて表裏一体。

『苦しみ』があるから『楽しみ』があるように、過酷な人生ほど人は幸せな人生をおくれる。

私がするべきはその『過酷』から沢山の『幸』を見つけ、噛み締めること。


今日分かったことだが、未来なんて案外思い通りになるらしい。

不安なんて怯えるだけ無駄。


「『有馬 愁』・・・私の最愛の人。」


今日、恋人となった彼がそれを証明してくれた。

先の未来にいくら不安を感じ、絶望しようとも、私達に出来るのはそれを乗り越えることだけ。


怯えるのがいけないとは言わない。


けど人なんて生きてる限りどうせ前に進むのだから、立ち止まるだけ時間の無駄。


一分一秒、大切に使って前に進む。


彼が諦めなかったから私に出会えた様に、私が想い続けたから願いが叶ったように・・・。


「あぁ、今気づいた。」



私はその場でポツリと呟く。

















「これが愛なんだ。」



空は私の心情の様に晴れ渡っていた。

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