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9 長髪男の登校

 階段を下りると、そこには私と似たような服装のトモルが待っていた。ただ、彼女の下の服はスカートで、季節が季節なら少し寒そうだなと思った。

「ランディーヤさん、おはようございます」

「おはよう、トモル」

 優しく笑うトモル。前のように女王のそれとそっくりだとは感じなかった。やはりあれは私の見間違いだったのだろうか。


 今から朝食にすると言うトモルの後についていく。歩く度、朝食だろうか、胃袋を刺激する匂いが鼻孔をくすぐる。

「あら、おはよう二人とも」

 居間に入ると、台所で鍋の中身をかき回しているトモルの母と、朝食の並べられた席に着き、新聞を広げている父、眠そうな目でテレビを見ているシンジ。彼らは朝食に手をつけておらず、私が来るのを待っていてくれたようだった。少し申し訳ない。


 四角い食卓を、台所でせわしなく動いている母以外の四人で囲む。私の席はトモルの向かいに用意されていたようで、トモルの父が促すままにそこに座った。

 なんとなしに正面のトモルの顔を見ると、彼女はそれはそれは幸せそうにへにゃりと笑うのだった。思わずこちらも笑顔を浮かべるが、すかさずその隣で米をつついていたシンジから鋭い眼光が送られてくる。いくら姉を大切に思っている彼の行動とはいえ、笑いかけることも駄目なのか。

 朝食は、白米と汁物、焼き魚と葉野菜の漬物と、塩辛そうな物が並ぶ。数年前に一度あちらの世界で訪れた、大陸の東にある国を思い出した。確か名前は――

「ラン、早く食べろよ。姉ちゃんを待たせるんじゃねえ」

 シンジの相変わらず眠たそうな声に、はっとして見つめていた焼き魚から顔を上げると、目の前には頬いっぱいに朝食を頬張り、顔を真っ赤に染めているトモルの姿があった。その様はまるで小動物である。

「…………むぐっ、むごっ」

 トモルは何かを言おうとしたが口の中の朝食が邪魔をして言葉にならず、慌てて咀嚼と嚥下を繰り返す。慌てて口の中のものを処理しようとしている彼女を見て、私は慌てて制止の意を込めて手を突き出す。

「いい、いい。慌てなくていいから」

「お前は慌てろ。姉ちゃんはもう食い終わるぞ」

 シンジは静かに汁をすすりながらこちらを見た。確かに、食卓についている四人の中で私のみが朝食に一切手をつけていなかった。台所から母が心配そうに「ランさん?もしかして和食は嫌いだったかしら?」と聞いてくるのに笑顔で首を横に振って否定を示す。


 私が朝食に手をつけられない……いや、口まで運べない原因はただ一つ。

「……すまない、この食器に替わる物はないだろうか?」

 私が手に持ってトモルに向かって見せたのは、黒く細い棒きれ二本。箸だ。

 以前、大陸の東の国に行った時に目にしたことはあるのだが、実際に使ったことはない。私たちジダーリャの民は主にナイフ、スプーン、フォークを使って食事をしていたため、二本の棒を使って食べ物を口に運ぶことができないのだ。

 さっきから、箸を使い慣れているであろうトモルたちの持ち方を見よう見まねでやってみたが、どうにも上手くいかない。箸を取り落として恥をさらすのは避けたかったため、素直に使えないことを申告することにしたのである。

「ああ、お箸。確かに毎日使ってないと使いづらいですよね。フォーク取ってきますね」

 トモルは嫌な顔一つとせずに、台所からフォークを取ってきてくれた。シンジがお前箸も使えねーのかよ、とにやついているのはこの際無視する。

 トモルから手渡されたフォークで、ようやく朝食にありつくことができた。果物や蜂蜜などの甘い食物が何かしら付いてくるジダーリャの食卓とは違い、予想した通りしょっぱいものばかりだったが、どれも美味しかった。

 私が食べ始めた頃にはすっかり朝食を平らげてしまっていたトモルを待たせては悪いと思い、作ってくれた母に内心で詫びて食事をかき込んだ。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 母に見送られ、トモルと私は家を出た。


 朝の道は、私たちと同じような制服を来た少年少女、鞄を片手に手首に巻いた時計を見ながら早足で去っていく壮年の男性などとすれ違う。朝は皆どこかせわしないなと思った。

 遅刻間際なのか、クルマが通常の速度を遥かに超えた速さで私の横を通過していくこともあった。あれではすぐに事故を起こすのではないのか。


 聖獣ルネミーニャの変化(へんげ)したペンダントは、つついてみてもわざと揺らしてみても、何の反応も見せず、静まり返っている。私の制服を創った時に、本当に力をギリギリまで使ってしまったのだろう。冷静でいてこちらを煽り倒してくるあの口調はどうにも好きになれないが、私のために魔力が続く限り手を尽くしてくれているのはわかる。次にルネミーニャが現れた時、ちゃんと礼を言おう。


 トモルにとっては通い慣れた道だからだろう、迷いなく進んでいく。隣で歩く彼女は、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせている。よほど学校が好きなのか。

「あ、ランディーヤさんは転入生の扱いになるので、皆色々教えてくれるから何も心配しなくて大丈夫ですよ」

「転入生……か、わかった」

 トモルの言葉を聞いて、少し安心する。この世界に来て日が浅い私は、トモルたちこの世界の住人の導きがなければ右も左もわからぬ幼子同然の存在だ。遠くから来た転入生ならここらのことはわからなくて当然だし、皆できて当たり前のことを一人だけできずに恥をかくこともないだろう。


 学校へと進んでいくのにつれ、私らと同じ制服を纏った男女が増えていく。だんだんと学校が近付きつつあるのだろう。

 そこで、私は複数の人物の視線が私に向けられているのを感じた。周りを見てみれば、目が合う学生が数人。皆目が合った途端にパッと逸らしてしまったが、私の容姿がそこまで珍しいのだろうか?

「何故、彼らは私を見るんだ?そこまで変わりのない容姿だと思うが」

「ランディーヤさん、髪が長いからじゃないですか?……あ、そうだ。あんまり長いままにしておくと先生に注意されるかもしれないです」

 確かに、見たところ男子学生は私のように長い髪の者はおらず、気持ちのよい短髪ばかりだった。

 ふと隣を見ると、トモルは背に負っていた薄桃色の鞄を下ろし前に持ってきて、ガサゴソと漁っていた。

「予備あったかな…………あった!」

 はい、と渡されたのは、掌に収まるくらいの紐輪だった。少し考えて、これは髪を束ねる髪紐だと気付いた。

「これでまとめれば何も言われないと思うけど……でも長い髪は目立ちますね」

「そこまで目立つのなら切ってしまおうか?」

 戦が始まらなければ、私の髪は肩くらいの長さで落ち着いていた筈だ。それに、この長さだと頭が重く感じるような気がする。彼女の言うように、長髪が目立つのならば切った方がいいのか。

「や、やめてください!ランディーヤさんはそのままでも十分かっこ……な、何でもないです!」

 顔を茹蛸のように真っ赤にし、不自然に慌て、一人でばたつき、そして最後には自分で自分の口を覆い発言を止めるトモル。私の前では彼女はおかしな動きが多い。大丈夫だろうか?

「は、早く縛っちゃってください……」

 消え入りそうな声で急かされ、私は髪を後ろで一つに束ねた。急いだせいか、見ずとも少し雑な仕上がりだとわかった。もう一度束ね直そうとした時、トモルに右手を引っ張られる。

「着きましたよ。ここが三滝(みたき)高校です」

 弾んだ声でそう告げるトモルに促され、改めて前を見てみる。

 そこには、大きな四角い建物がいくつかそびえ立っている、柵に囲まれた土地があった。その中に、私たちの周りを歩いていた学生たちは皆そこへ吸い込まれていく。


 ここから私の新しい生活が始まるのだ。それが果てしなく長いものか、はたまた瞬きのごとく短いものなのか、予想は全くつかない。

 しかし、私にはトモルやシンジ、そして聖獣ルネミーニャらがついてくれている。

 これからニホンの学生として過ごすのだ、気合を入れろ……と自分の心に言い聞かせ、私は勢いよく両頬を叩いた。トモルはぎょっとし、己のはたいた頬にはじんじんと痛みが走る。

「だ、大丈夫ですか?いきなりほっぺを叩いて……」

「大丈夫だ。さあ、行こう」

 私の学生生活の第一歩は、こうして始まった。

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